2019年08月28日

◆少子化対策ではなく人口政策の確立を

加瀬 英明


多くの識者が少子化によって、日本が衰退してゆくことを憂いている。

これまでは年間出生数が200万人台だったのが、90 万人台を割って
しまうことになるとみられる。

この30年ほどか、日本の都会に住んでいると、誰もがかつての王侯貴
族のような生活を営んでいる。
 贅を極めているのに、贅に耽っているのに気付かないほどの贅沢はな
い。スマホを使って世界中の料理が、自宅に届く。タクシーを拾って、運
転手に行き先をいえばよい。

指先1つで家電を動かせる。テレビによって、バラエティー・ニュース・
ショーをはじめ、居間で滑稽劇(おわらいげき)を楽しむことができる。

身の回りに、あらゆるサービスがある。サービスserviceの語源は、
ヨーロッパ諸語のもとのラテン語で、「奴隷」を意味する「セルヴス
servus」だ。大勢の奴隷にかしづかれているのだ。

それなのに、国民が不満でいっぱいだ。狂言『節分』に「えっ、この罰
当りめが」という台詞(せりふ)があるが、これほど恵まれた生活をしてい
るのに、そう思わない。

亡国を免れるためには、子を産む女性や、子育てを望む若い夫婦に、国
が補助金を支給すべきだ、金(かね)をぶつければ出生率があがると、説く
人々がいる。だが、私は社会が豊かになるにしたがって、出生率が減って
きたのに、金(かね)で解決できるというのは理解できない。経済成長によ
る物質的な豊かさこそが、少子化の惨状をもたらしたのではないか。

スウェーデンやフランスが子を産むシングル・マザーや、夫婦に、児
童手当や、住宅、教育費など給付を増やすことによって、出生率が向上し
たと喧伝されるが、その後、出生率が低下している。

いまでは工業ロボットやAIが、私たちの生活を支えている。テクノロ
ジーが私たちの生活を、大きく変えている。

このところ先進諸国は、どの国も「人手不足」の悲鳴をあげている。ア
メリカでは失業率が半世紀ぶりに、3・6%まで落ちている。イギリス、
ドイツ、フランスなどの諸国でも、求人難が深刻だ。日本でも10年前の
平成11年に失業率が5・09%だったのが、2・4%まで落ちている。
技術革命によるもので、政府の施策がもたらしたものでない。

ハイ・テクノロジーと金(かね)と数字が、私たちを支配するようになっ
ている。金(かね)は空腹などその場を凌(しの)ぐために、使われる。人と
人との絆が金(かね)によって結ばれているから、短時間で使い捨てにされ
る。男女の結びつきも例外ではない。

テクノロジーも数字も、理によってつくられているから、心も情もない。

だが、心は生きているから、金(かね)とテクノロジーと数字だけになる
と、家族も、家族的経営も崩壊して、人々が神経症を患って、子殺しや親
殺しに走る者が急増する。

私は「少子化対策」という言葉が気に入らない。なぜ、「人口政策」と
いわないのか。

対米戦争が始まった昭和16(1941)年に、政府が国の将来を想い量って
「人口政策確立要綱」を決定した。戦後、日本が国であるべきでないと信
じるようになったために、かつての「産めよ増やせよ」という言葉を連想
させるといって、「人口政策」という言葉が抹消されたためだ。

私は平成6(1994)年に、厚生省(現厚労省)が「少子化」対策として、
子育て支援などの「エンゼルプラン」を発表した時に、意味不明な「エン
ゼル」という言葉を使ったのに、憤ったのを覚えている。英語の天使「エ
ンジェル」だったのか。外国に魂を売った小(こ)っ端(ぱ)役人が造語した
にちがいない。

 
数年前に、友人と小料理屋で浅酌した時に、友人が「手鍋提げても」と
いったところ、若い女子従業員が「手鍋って、どんな料理ですが?」と質
問したので、呆れたことがあった。もちろん、好きな男と夫婦になれるな
ら、どんな貧困もいとわないという意味だ。

政府が1990年代に“フェミニズム運動”を煽って、「男女共同参画社
会」を推進したことも、少子化を悪化させた。女性は家庭を築くことが何
より大切な役割であるのに、家族を否定することをはかったものだった。

あわせて軽佻浮薄な言葉狩りが進められて、「婦」は女性が帚をかかえ
ているから差別だといって、警察庁が「婦人警察官」を「女性警察官」、
防衛省が「婦人自衛官」を「女性自衛官」と改称した。

私は母親が座敷や家の前の路地を掃くのを見て、帚が母の心の延長だ
と信じていたから、母が冒涜されたと思った。

私は松下政経塾の役員を永年勤めたから、そういうべきではないが、家電
製品はすべて心を省くものだ。

警察や自衛隊では「婦道、婦徳」という言葉を使うことを、禁じてい
るにちがいない。だが、いまでも「妊婦」という言葉が使われている。ど
ちらかにしてほしい。「家族」もウ冠の下に豕(ぶた)と書くから、差別語
ではないか。

女性の高学歴化が結婚年齢を引き上げ、子供の教育費がかかりすぎるこ
とが、子を産む意欲を減退させているという。

学歴崇拝が日本を滅ぼす。高収入を望んで、自分をひたすら他に委ねて、
合わせる受験戦争が、幼稚園から就職まで続く。

二宮尊徳、伊能忠敬、渋沢栄一の3人をあげれば、農家の子だったか
ら、最終学歴は寺子屋の4年ばかりだが、まず自分で自分を創ったうえ
で、日本を創った。虚ろな教育に国費を浪費するべきでない。

個人が何よりも尊重される。だが、「個人」という醜い言葉は、明治に
入るまで日本語のなかに存在しなかった明治翻訳語だ。私たちは人と人と
の絆のなかで、生きてきた。

どうしたら、少子化を防ぐことができるのだろうか。

愛国心を鼓吹するほかない。

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