宮崎 正弘
令和元年(2019)10月2日(水曜日)通算第6212号
「香港大乱、どこへ向かうのか」
香港取材報告に替えて
宮崎正弘の香港報告は下記サイト(5分目あたりから35分ほど)
https://www.youtube.com/watch?v=jqMK44vN7OQ
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書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評 BOOKREVIEW
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ウクライナの失敗は、明日の日本の失敗に繋がる
歴史の教訓は、この国の悲劇にある
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ナザレンコ・アンドリー
『自由を守る戦い ーー日本よ、ウクライナの轍を踏むな』(錦正社)
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ウクライナは地政学的に、列強の「通り道」という、悲劇を産みやすい地
にある。したがって中世からの歴史をみても、ウクライナは何回となく他
国から侵略されてきたため、いまも下記のブラックジョークがある。
「私はオーストリアに生まれ、ポーランドで育ち、ハンガリーの学校へ行
き、ソ連で就職した。今はウクライナに住んでいる。」
「たいへんな人生でしたね」
「いや、私は生まれてから今まで一度もこの街をでたことがない」。
ウクライナはプーチンが率いる新帝国主義=ロシアによって、クリミヤ半
島をまた奪われた。東部はロシア兵が民間人を装って這入り込んで無政府
状態となり、ウクライナの主権は及ばない。反ロシア運動が起こるのは必
然的である。
肥沃な農地に恵まれた農業大国ゆえにウクライナは列強から狙われ、何回
となく「植民地化」された。ソ連時代にはアフガニスタン戦争で前線に送
られ、多数のウクライナの若者が犠牲になった。
文化は破壊され、ウクライナ語を喋ってはいけないとするのが教育現場
だった。
近年、ウクライナの最大の過ちは、自国の防衛を他国に委ねてしまったか
らだ。しかもロシアの操り人形をいわれたヤヌコビッチ「大統領」は民衆
が蜂起すると、さっとロシアへ逃げ去った。
ウクライナは軍需産業が栄えたが、いまは昔のこと、経済的にも苦境に落
ち込んで、しかし国民の願いであるNATO入りも、ユーロいりも展望さ
えない。
この悲惨な境遇の最大原因が「自国の防衛を他国に委ねたからだ」とす
る。だから、日本はウクライナ型危機に陥る危険性を論理的に説く。
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樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム
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樋泉克夫のコラム
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【知道中国 1962回】
――「由來支那國民は經濟的、然り利?的觀念が強い」――片山(2)
片山潜「支那旅行雜感」(大正14年)
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片山が「内外綿會社のストライキ騒ぎ、丁度僕が上海に上陸した時はその
ストライキが始まつて居た、が餘り世人は注意を拂はなかつた」と記した
1925年末、?田は「第六回コミンテルン執行委員會總會(プレナム)に出
席するため」に上海入りしている。
ならば徳田は上海における片山の活動を十分に意識していたはずだが、奇
妙なことに『わが思い出 第一部』には片山の「か」の字も見当たらな
い。おそらく徳田は片山への言及を意図的に避けたのだろう。その背景
に、片山のモスクワ生活末期における女性問題に対する日本共産党の“不
快感”が潜んでいるとも思える。
それはさておき、「支那旅行雜感」は「五・三〇事件」前夜の中国をコミ
ンテルン幹部としての立場から描いているだけに興味深い。そこで片山の
見方を理解するうえからも、当時の全体状況を予め知っておく必要がある
だろう。好都合なことに、徳田が『わが思い出 第一部』で事件発生前後
に言及していてくれた。そこで徳田の記述を通して、当時の中国の政治状
況を押さえておきたい。
1925年3月の孫文の死を徳田は「華北の革命運動をしばらく弱めたけれど
も、中國全體にたいする革命的高揚は決しておとろえず、彼の遺言は、革
命を高揚させるために、力強いものとなった」と捉え、次いで内外綿会社
の労働争議を起点とする動きを「上海の勞働者と學生の革命的團結はます
ます強くなつた」と見做している。
その後の動きを、『わが思い出 第一部』を引用して時系列に従って記し
ておく。
「一人の中國人の紡績勞働者が工場で監督のために殺されたため、これに
抗議して勞働者と學生が平和的示威運動をおこなつた」。
この平和的示威行進に向かって、租界を警備するイギリス警官が放った拳
銃の一発が、「1925年5月30日の出来事だ」。
翌日、上海の勞働者は、これに抗議してゼネラル・ストライキを實行」
する。その後は「數日間にわたつて廿萬人以上の工場勞働者がこれに參加
し」、これに「手工業勞働者、官廳、商店の從業員學生、中國人商人など
が合體し」たことで、参加人員は50万人に膨れ上がった。6月1日になる
と、「中國商人は全部店を閉め」、3日には「中國人の經營する銀行はす
べて仕事を中止するまでになつた」。
徳田は一連の動きを「勞働者、商人および學生から選出された統一的委員
會によつて指導された」「反帝國主義ストライキ」と見做し、「この五・
三〇事件の反響は、中國全土にわたつて反帝國主義解放鬪爭を高揚させ
た。(中略)運動は他の中心都市に波及して、漢口に、九江に、北京に、
青島、南京、廣東に、全面的な大罷業が起り、中國共産黨ならびに國民黨
の勢力を強大にしたのである」と評価する。
だが「上海の五・三〇事件をへき頭とする中國民族解放運動の嵐は夏ごろ
から反動をよびおこした」。「市内は戒嚴令が布かれ」、「勞働者のスト
ライキはなお十月までつずいたが、その後はもはや繼續する力を失つた」
というのだ。
――以上が徳田の見解である。
対する片山は「支那の勞働運動は、?々發展の望みがある、第一今日學生
は勞働問題及社會問題の先駆者で」、「彼等は實際の首領となつて罷工の
盡力をするのが常である」と捉える。どうやら学生が指導していると思わ
れる内外綿会社における労働争議を、「(租界における)英米の官憲は私
かに喜んでる」。加えて「(日本以外の)資本家は痛快を叫ぶと云ふ風で
あつた」。また租界内での事件であればこそ、「一般支那民族は關せず焉
であ」る。
「支那の勞働運動」が前門の虎なら、上海租界の「英米の官憲」や
「(日本以外の)資本家」は後門の狼だろう。前後を敵に囲まれ、内外綿
会社は苦戦を強いられたわけだ。
《QED》
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読者の声 どくしゃのこえ READERS‘ OPINIONS
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(読者の声1)「アジアの民主化を促進するシンポジウム」のお知らせ、
です。ソ連の崩壊で欧州はほぼ自由化されたのですが、アジアはいまもっ
て民主化された国々は少なく、とりわけ大国の覇権主義的拡張主義によ
り、多くの弊害、人権の抑圧状況があります。
そこで、各民族、各国家の伝統と歴史に沿っての民主主義、自由の確立、
難民問題の解決、社会的格差の是正などをテーマに、下記のとおりシンポ
ジウムを開催しますので、万障お繰り合わせの上、ご参加されますことを。
記
とき 10月19日(土曜)午後2時
ところ TKP九段下 神保町ビジネスセンター 2階
https://www.kashikaigishitsu.net/facilitys/bc-
kudanshita-jimbocho/access/
登壇 加瀬英明(外交評論家)
渡邊利夫(拓殖大学前学長)
参加費 千円
主催 アジア自由民主連帯協議会(ペマギャルポ会長)
連絡先 (080)3485−7189(三浦)
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(読者の声2)先週、貴誌の告示をみて、宮崎正弘さんの独演会を拝聴に
伺いました。始めから終わりまで、世界政治の舞台裏、メディアには殆ど
報じられない裏話が豊富で、メモを取るのも追いつかないほどでした。
受付で先生の御新刊を併せて購入した、貴著『「火薬庫」が連鎖爆発する
断末魔の中国』(ビジネス社)をようやく読み終えました。
中国がいつの間にか、南シナ海から、南太平洋の島嶼国家にも魔手をひろ
げていた実態。はじめて知ることですが、それらを宮?さんは、じっさい
にトンガ、フィジー、バヌアツ、パプアニューギニアを歩かれて、中国の
驚異的進出ぶりを目の当たりに観測されての記事ですので、足で稼ぐルポ
は、迫力がありました。(FH生、町田市)
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(読者の声3)とびっきりの講演会のお知らせ
!)演題 「日本政治の課題」
!)講師 衆議院議員・税制調査会最高顧問・元国務大臣 野田 毅 先生
!)日時 令和元年10月23日(水)PM6:00〜
!)定員 先着90名(要予約)
!)会場 神奈川県民サポートセンター3F 304号会議室(JR横浜駅徒歩
3分ヨドバシカメラ裏手)
!)問い合わせ先 045-263-0055
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(読者の声4)貴誌6211号(9月27日弐)に投稿された「JJセブ
ン」様に関連してですが、二酸化炭素等の人為的温室効果ガスが地球の気
温を危機的に上昇させている、というのが温暖化論者の主張の根幹です
が、人工衛星による地球気温の測定結果は、この20年余り横這い状態の
ようです。
人間による二酸化炭素の排出量は20世紀の半ば頃から直線的に増え続け
ており、温暖化論者は、おおむねその半分程度が大気中にとどまって地球
を保温していると言います。
仮に毎年の排出量が一定不変なら、大気中の二酸化炭素濃度は一直線に上
昇する筈ですが、排出量が年々増えるのであれば、大気中二酸化炭素濃度
は放物線状に急上昇する筈です。
しかし実際の測定値はごく低い角度で直線的に増えるだけです。つまり人
間が排出する二酸化炭素は、その大気中の濃度に何ほどの影響も与えてい
ないということです。
大気中二酸化炭素濃度の上昇は、江戸時代半ばから後半あたりにピークの
あった小氷期と呼ばれる寒冷期から地球気温が回復しつつある結果、海水
中に溶け込んでいた二酸化炭素が徐々に大気中に放出されている結果だと
考える方が合理的です。
温暖化論者の主張は、錦織とジョコビッチの試合の、錦織が取ったゲーム
だけを編集して、錦織が勝ったと言っているようなプロパガンダです。
温暖化論者の言い分に対しては、あそこが怪しい、ここが怪しいといっ
た断片的な疑義ではなく、総合的に嘘っぱちであることを論じた本が相当
数出ております。
さしずめ、以前宮崎さんが書評を書かれた、渡辺正東大名誉教授の『地球
温暖化狂騒曲』や、その前の著書、『地球温暖化神話』などを一読される
と全体像が見えてくるのでは、と思います。
近年の状況は、人為による温暖化ではなく、小氷期からの気温の回復であ
り、それもここ20年ほどは横這いになっている。地球の気温に関して
は、太陽エネルギーの揺れなどの方が圧倒的に大きな影響力があり、むし
ろこれからは長期的な寒冷化に向かう恐れがあることを心配すべきかと思
います。 (虎穴麻呂櫃)
2019年10月02日
◆「香港大乱、どこへ向かうのか」
at 18:18
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| 宮崎 正弘
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