2019年10月10日

◆【変見自在】雄大の殺意

  高山 正之  


「生(な)さぬ仲」とはお腹を痛めた子ではない、継母と継子という意味だ。

 大正期、柳川春葉(シュンヨウ)の同名のベストセラー小説がある。

 ハリウッド女優の珠江には日本に残した前夫との間に6歳の娘滋子がい
た。(成瀬監督映画版)

 引き取りに帰国すると娘は生さぬ仲の育ての親、眞砂子と貧しいながら
幸せに暮らしていた。

 実の娘と暮らしたい珠江。しかし娘は育ての母を慕って泣き暮らす。実
母は最後に決断し、全ての財産を眞砂子と娘に与えて独りロサンゼルスに
戻っていく。

 少なくとも娘は優しく理解ある二人の母に見守られて幸せになりまし
た、で話は終わる。

 戦前戦後、何度も映画化されたいい話だが、ではこれが生さぬ仲の男版
はどうなるか。つまり実の母子の家庭に男が転がり込んできた継父と継子
のケースだ。

 例えば大阪・東住吉区の小学校6年生、めぐみちゃんの場合。31歳の母
が29歳の男と一緒になった。

 生さぬ仲の義父は借金まみれだったが工面して娘のために1500万円
の生命保険をかけてくれた。

 めぐみちゃんを可愛がり、体を抱きしめて、時に性的に犯すこともあった。

 彼女が汚れた体を洗うために風呂に入っていたら火が出た。父母はすぐ
逃げ出したが、11歳少女は逃げ口もないまま焼け死んだ。

 父母は一旦は保険金詐欺と殺人の罪で収監されたが、再審無罪となっ
た。保険金も支払われたと聞く。

 生さぬ仲の継父と娘という関係では、父は豊かで幸せになれても凄惨過
ぎる最期しかなかった。

 あるいは埼玉の小学校4年生、遼佑君9歳。42歳の高校教員の母が10歳
年下の進藤悠介と再婚した。

 遼佑君は頭がいい。対して義父は大学は出たというけれどまともな働き
口もない。家でぶらぶらだからヒモにも見える。実の父親はやはり教職に
身を置き剣道の達人だった。

 生さぬ仲の新しい父は十分に見劣りがした。それで小4児童の首を絞め
た。腕力だけは継子よりあった。

 生さぬ仲の父が取る行動は動物界ではもっとはっきりしていると動物行
動学の竹内久美子は言う。

 例えば猿の群れ。最強の雄ボスが君臨し、雌猿がそれを囲む。強い遺伝
子を残すことは種の繁栄に繋がるから正しいことだ。

 しかしボスも老いる。ある日、もっと強く若い猿が挑戦しボスを倒す。

 新ボスには就任の儀式がある。雌猿が抱いている旧ボスの子らの喉を鋭
い牙で切り裂き殺していく。

 旧ボスの血筋を絶つ。自分の組織を守るための当然の殺しだが、儀式に
は別の意味がある。

 抱いていた子が殺された瞬間、雌猿は激しく発情して新ボスを迎え入れる。

 新ボスによって遼佑君が殺されたのも、めぐみちゃんが性的に虐待され
不慮の死を遂げたのも猿の行動学で十分に説明がつく。人間としては少し
寂しい。

 で、結愛(ゆあ)ちゃん事件だ。5歳の幼女は夜明け前に父親の船戸雄
大(34歳)に「サッカーボールを蹴るように横腹を蹴られて」(27歳の母
親の供述)起こされ、冷水シャワーをかけられ、震えながらきれいな文字
を書かされた。

 食事は父が「女の子が太ってはいけない」(同)と言って与えられな
かった。「もうおねがい ゆるしてください」と書いたノートを残して昨
年3月に衰弱死した。

 事件報道で、こんな残忍な父もいるのかと呆れたものだが、先日の初公
判を伝える新聞を見て仰天した。

 雄大は実は結愛ちゃんとは生さぬ仲の継父だった。雄大は継子だからと
言われぬよう躾けたと言う。

 それは嘘だ。生さぬ仲のこの父に殺意があったのはその行動で明らか
だ。猿の行動に最も近い。

 ただ雄大は猿より狡賢い。殺意を躾の言葉で包み隠し、それを空涙でぼ
やかす。

 罪名は保護者責任遺棄致死だが、むしろ悪意ある殺人、謀殺とすべきだ。

 それにしてもなぜ新聞は「生さぬ仲」を大きく報じなかったのか。事件
の様相はそれで大きく変わる。



出典:『週刊新潮』 2019年10月17日菊見月増大号 【変見自在】雄大の殺意

著者:高山 正之


松本市 久保田 康文さん採録 


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