2019年10月20日

◆雀庵の「台湾:豚去りて餓狼来たる」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red Gables/37(2019/10/19)】台風19号去りて子・孫来た
る。我が家に漂っていたヂヂババ2人だけの陰気で憎悪に似た暗雲は消え
て、すっかり秋晴れ。家の中は運動会みたいに賑やかで、難を逃れた衣食
住用品でいささかグチャグチャ。バアバは躁状態で買い物や料理、掃除、
おしゃべりですっかりご機嫌だ。

そのうちバアバは疲れ果てて「ああ、みんな出掛けた、ようやく静かに
なった・・・」となるだろう。

そして思い出すのである、「そういえば3Fのヒッキー、生きてるかし
ら?」。こうして再び三度、彼女は飽きもせずにヂヂイに干渉し、説教し
て楽しむのだ。

精神科の医師から「ご主人だけの時間、奥さんだけの時間、それを持つ
ようにしなさい」と言われて、小生は「まったく異議なし!」と同感した
が、精神科の看護婦でありながらカミサンは「意味が分からない」と言った。

つまり自分の患者は第三者として冷静に観察できるが、自分の亭主(お
もちゃ、ペット、所有物、うっぷんの吐け口、サンドバッグ)はそういう
距離を置いた目で見ないから医師のアドバイスが理解できない。「精神病
患者の家族もまた心を病んでいるケースが多い」と精神病治療で有名な国
立久里浜医療センターの医師が書いていたが、まったくその通りだ。

サンドバッグは叩かれても叩かれても再起三起する、台湾のように。香
港、台湾、自分加由!

さて、海賊出身でありながら明国海軍司令になり、オランダを台湾から
叩き出した鄭成功。台湾住民は「解放軍」として歓迎した。本人だって
「外科手術でがん細胞は切除した、あとは抗がん剤治療で見守ればいいだ
ろう」と思っていたろう。しかし、現実はお花畑の桃源郷ではない。王育
徳先生の「台湾」から援用する。

<当時の台湾の人口は10万人。鄭成功が帯同した兵士が2万5000人、そ れ
にその家族が5000人、さらに鄭成功の長男、鄭経は本土から1万人を入 植
させた。

一気に40%の人口増である。「人は城、人は石垣、人は堀」というのは分
かるが、人は飯を食わなくては役に立たない。鄭成功は「家族に必要な農
地を開墾せよ、登記せよ、永代の所有権を認める」と告諭した。屯田制
だ。素晴らしい政策である・・・それが日本なら。

日本人なら食うものも食わずに荒蕪地の木の根、草、石を除去して水
田、畑を開墾しただろう。が、支那人、朝鮮人は手っ取り早く持ち主を殺
す、追い出すのがデフォルトだ。戦後の混乱に乗じて半島人は駅前一等地
を占拠したことを思い出せばいい。

海賊上がりの餓狼の軍隊に公正を期待するのは無理である。この布告は
はっきり言えば、土地の横領略奪を許可し、いや、奨励したものだった。
島民は自分たちが歓迎した鄭成功が、オランダ人に代わって第二の支配者
になったのを見た。爆発的な人口増加、さらに後から来たものが支配階級
としてやりたい放題。

鄭成功は生まれ育ちが日本ということもあったのだろう、法治には努め
たが、思うようにはいかなかった。大体、三代目はろくでなしだが、鄭経
もその例外ではなかった。

また、強烈な風土病が台湾開発のブレーキになった。「台湾初めて開
け、水土服せず、病めばすなわち死す」(台湾外記)の過酷な島である。
1664年に台湾移住第二団に加わった蘆若騰はこう詠んだ。


「驚き聞く、海東の水土悪しきを。征人、疾疫すること十に九」


ほとんどが熱帯病にやられ死屍累々になるという。なんと蘆若騰自身、台
湾一歩手前の膨湖島で病死してしまった。それどころか鄭成功、鄭経も39
歳、40歳の若さで病死してしまった。


王育徳先生曰く――

「それが今日のように、豊かな住みよい島と変じたのは、不撓不屈の開
拓者の意気が“地霊”を制した結果であるが、日本統治時代に入ってからの
衛生医療の発達を忘れるべきではなかろう」

ちなみに「空気中、水中、土中には目には見えないが病原菌、腐敗菌が
うじゃうじゃいる。アルコールなど殺菌薬で病原性の微生物を除去しなけ
れば病気、けがは治らない」と世界中が知ったのは1860年前後、幕末の頃
からである。

鄭氏三代が努力したものの台湾という恐ろしいばかりの悍馬はちっとも
馴染まないどころか、寄って来るものを蹴飛ばす、咬みつく。小生のよう
な軟弱男は「女子と小人は養い難し、君子危うきに近寄らず、三十六計逃
げるに如かず」と考えるが、命からがら大陸から来た移住民もまた「逃げ
場」があるわけではない。しがみつくしかない。


ここに鄭氏三代に仕えた陳永華が舞台中央に登場する。福建出身、経済に
長けていた。大清帝国の圧力を受けながら「10年成長、10年教養、10年立
国(国民国家)、合わせて30年で清と肩を並べ、独立する」という成長政
策を唱えた。

陳永華は獅子奮迅して政治経済社会の安定と改革発展に努めた。彼は「科
挙」合格者、つまり清朝にとどまれば無為徒食の竹林の清談で蓄財蓄妾美
酒美食の優雅な生活が保障されていた。鄭成功と出会い、意気に大いに感
ずることがあったのだろう、鄭氏政権を支えてきた。餓狼に牙を収めさ
せ、鍬鍬を与え、屯田兵として生きよと巡撫した。

日本生まれ育ちの鄭成功は「開山王」として、そして鄭成功に意気を感
じた陳永華は、鄭氏父子を補佐するその業績を諸葛亮が劉備、劉禅父子を
補佐するがごとくとして「鄭氏諸葛」と称され、「永華は今の臥龍なり」
とも言われた。台南永華宮には陳永華の神像が安置されている。

なお、WIKIにはこう記されている。

<日本の台湾統治時代に日本人により陳永華の墓碑が発見された。墓碑
には「皇明贈資善大夫、正治上卿、都察院左都御史、總制、諮議參軍、監
軍御史,諡文正陳公暨配夫人淑貞洪氏墓」。墓碑は保存され、1954年には
衣冠塚が設置されている>

発狂亭“台湾独立、英国独立、香港一国二制度熱烈支持、中共殲滅”雀庵
の病棟日記から。

【措置入院 精神病棟の日々(154)2017/1/17】産経、河崎真澄「イン
フラ銀 融資9件のみ 実務進まず他機関依存」、2016年の融資はたった
の9件1800億円、職員数は計画の700人がたったの90人だとか。中共は金欠
病で、インフラ銀の化けの皮がはがれてきた。

「中国の対外投資44%増 最高額更新」、前年比44%増の19.4兆円だっ
たが、中共は慌ててブレーキを踏み、12月は39.4%減に。元、ドルの海外
逃避は制御できない。習近平はダボスで「中国が世界経済の新旗手だ」と
アピールするそうだが、カネが中共に見切りをつけて逃げていくのによー
言うよ。

長谷川秀行「雇用改善に重点を置くのならトランプは格差是正やAI問題に
取り組むべきで、隣国の低賃金労働で代替できる仕事を強引に本国に戻す
ことが労働環境の真の改善にどれほど資するかは疑問である。失業率は
4%台半ばまで改善し、完全雇用に近い」。

ホントかよ?

この失業率、日本の場合は職安に通っていないとカウントされない。失
業保険金給付が終わると、多くの人、特に60歳以上は事実上、求人がない
ので職安にはいかない。求人欄に「年齢不問」とあるのは、そうしないと
職安に叱られるからで、電話してごらん、「実は若い人が欲しいのです」
と謝絶される。

かくして「完全雇用」になるのだが、就職を諦めた「無業率」は相当高い
のではないか。

米国の場合、能力重視のため、新卒採用はまれで、普通は大卒してから
就職までスキルアップに努め、2〜3年後に就職というケースは多いだろ
う。この就職浪人を含めれば米国の失業率は相当高いだろう。

米国資本が低賃金に引かれて外国で安く生産して世界市場で儲ける、し
かし、本国の民は仕事がなく、購買力もなく、工場は錆びだらけ。これが
モラルか? 実家が貧窮しているのに自分は蓄財蓄妾美酒美食で「それは
悪いことなんですか?」。犯罪ではないが、社会に恩返しするという尺度
ではインモラルである。

読者はバカじゃない。記者は望遠レンズ、広角レンズ、標準レンズ、接
写レンズ、虫眼鏡、顕微鏡で世間を観察しないとダメよ。赤いフィルター
とかの色付きで見てはいけません。(つづく)2019/10/9


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