2019年10月25日

◆3時間以内の病院搬送

毛馬一三


脳の病気も心臓の病気も怖い。父親が68歳で、また私のすぐ下の弟も45歳で、「脳溢血」で亡くなった。家系が高血圧症みたいで、私自身も40歳を境に血圧が閾値を越えるようなったため、以後病院の血圧降下剤を朝夕服用している。子供の頃から偏頭痛持ちで、加齢と共に頭痛に襲われる度に、「脳溢血」ではないかと身が縮む思いがする。

今は、大阪市総合医療センターで2か月に1度、同センターで診察を受けている。診察毎の問診、血圧測定に加え、定期的に血液検査やCT検査を受けて、「とくに症状に問題はない」との診断結果が出ると、ホット胸をナデ降ろす。

診察担当の安井敏裕医師が、以前大阪市総合医療センター3Fの「さくらホール」(定員350人)で開かれる市民公開講座で講演した。その講演の演題が、なんと「もし脳卒中になったら」だった。脳卒中になった本人があれこれ手筈できる訳はないので、<脳卒中になった肉親を発見したら、家族はどうしたらいいのか>、であろうと考えた。

定期診察のとき、安井医師に探りを入れてみた。部長はパワーポイントを使用して約1時間講演する予定だと説明したあと、腰を抜かすようなことを告げた。

<脳溢血で倒れたら、2時間59分以内に専門病院に搬送してください。3時間以内だと助かる可能性は大です。3年くらい前にその時間内だと助かる薬が出たからです>と述べた後、<大切なことは、倒れた時間をしっかり確認し、それを医師に必ず知らせることが必須条件。搬送後の各種検査には最低でも1時間かかります。一刻を争うことをしっかり認識していて欲しいです>。安井敏裕医師は今度の講演でよく話したいと言っていた。

3時間が勝負の時間か。そういえば、元NHK同期記者の石岡荘十氏も、本欄で「脳溢血」「心筋梗塞」は、3時間内に病院に搬送されれば、救命率は高いと書いていた。

そこで、「3時間の搬送」とは内容が少し異なるが、石岡氏が日本一メルマガ「頂門の一針」に掲載した「異端の心臓外科医」を、同メルマガの許諾を得て転載することにした。心臓手術で生を与えてくれた一人の医師が浮かび上がる。命の尊さを考えるのにいい機会だと思うからである。

◆「異端の心臓外科医」
石岡荘十

この病院には、日本の北の端、南の涯から、1人の医師のウデを信じた患者が群がっている。そう、大袈裟ではなく患者が群がって来る感じなのだ。

10月29日、日曜日の午後、小田急相模大野駅に隣接したホテルの最大ホールに、どっちかといえば、飾りつけ豪華な会場の雰囲気に似つかわしくない高齢者が続々と参集した。その数520人。「考心会」のメンバーである、といっても誰もわからない。「心臓手術後の生活を考える会」の創立10周年の総会である。

「考心会」の会員は現在なんと1000人。その共通点は、かつて同じひとりの心臓外科医の“手にかかった”患者だということだ。南淵宏明医師に胸を切り開かれたという“過去”を持っている人たちである。心臓手術経験者の患者の会としては、多分、最大だろう。

南淵宏明医師は10年前、神奈川県大和市にある大和成和病院で心臓手術を始めた時から、自分が手がけてきた患者の“予後”、つまり手術後の生活がどうなっているか、そこまで面倒を見るのが心臓手術外科医の責任だと考えている。現在、同病院の心臓外科部長。

といっても、南淵医師がその日集まった元患者の全員を覚えているわけは、当然ない。患者にとって自分の執刀医はただ1人、彼だが、彼にとっては、記憶の限界を超える患者1人ひとりを覚えていられるはずはない。

南淵医師はその日の記念講演で、こう言う。
「お集まりの皆さん全員を、正直言って全部覚えているわけではありません。ですが、これはやばいぞって、冷汗をかきながら必死になって手術した患者さんのことは良く覚えています。今日ここにいらっしゃる○○さんとか---。あれは危なかった(笑)。大部分の皆さんのことを覚えていないということは、大部分はうまくいったということです。もしい
ま不具合がありましたら、このあと遠慮なく言ってください」

考心会は、年1回総会を開き、その都度、南淵医師を始め、ほかの医師や看護師も出席して、術後・予後の相談に乗っている。もちろん無料だからか、長い列ができる。それだけでなく、あちこちで患者が医師にせがんで一緒に記念写真まで撮っている。これは同窓会では、と思わせる風景である。 

南淵医師は奈良医科大学出身。まあ、はっきりいって、わが国の医師のキャリアでいえば、「うん?」という出自だが、彼は飛び出した。それも流行のアメリカではなく、オーストラリア、シンガポールで修行を積む。

というと、わが国では、「なーんだ、そんな国で?」と思うかもしれないが、心臓手術に関しては、かの国はじつはわが国の心臓外科技術を遥かに超えるとんでもない先進国なのである。

わが国のレベルは先進国の中では最低、という現実は知られていない。国民は、日本はアジアの先進国だと思わされている。だから帰国した彼を、受け入れない、叩く、排除する。いじめである。この国の業界は一旦、医局を飛び出した医者は受け入れない掟がある。

しかし、たまたまいろいろあってたどり着いた今の病院で、10年前、心臓外科部門を創設、年間数百例という手術実績とその成功率で群を抜き、その合間を縫って、あろうことかタケシの番組に出演して業界告発まがいの発言を繰り返し、軟派の週刊誌に週1連載エッセイ(週刊現代「異端のメス」)を書き、業界内幕の実態暴露に近い本を続々出版。

こんなことをすれば村八分になるのは当然だけど、心臓手術で人工心肺を使わず、心臓を動かしたまま細い血管の縫合をやってのけるバイパス心臓手術(オフポンプ)の実績を重ねて、特にこの分野で名を成す。

で、「あいつは一体何者だ」と業界だけではなく、その評判は心臓に不安を抱える素人にまで関心をもたれる存在となった。だが、相変わらず業界では“異端”である。

つまり業界の常識から言えば「変わり者」なのだが、患者の気持ちから言えば、この人しかないと思うのは当たり前だろう。それが本文冒頭の現象をもたらしている。

地域住民が、いつも頼りにしている立派な建物の病院に駆け込んでも、心臓病に関する限り、まともな治療、特に外科治療をできるところは稀である。治療が難しい患者が来ると手に負えない。そこでどうするか。

「そうだあの心臓病専門病院に転送しよう」ということになる。リスクを回避しようと逃げまわっているのだ。そんな患者が、大学病院から、それも東北の大学病院からヘリコプターで南淵医師のいる病院に送られてくることもある。珍しいことではない。
 
南淵医師は、48歳。身長180センチを超える大男だ。指も、これが心臓外科医かと思わせるほど太い。だが、繊細な感覚の持ち主、と見た。患者に接する笑顔は少年のそれである。

本メルマガで紹介した、心臓手術では世界屈指といわれ、数少ない応援団のひとり、京都大学医学部の米田正始心臓外科教授は、こう言う。

「彼とは考え方が同じです。ほかでは手に負えない手術だからこそやりがいがある」と。

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