2019年10月26日

◆雀庵の「続・清弱体、台湾狙う英米そして日本」

           “シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red Gables/40(2019/10/25)】学友から「横浜市大自動車部
卒業生の会」の誘いがきた。こう返信した。

<覚えていてくれてうれしいよ、返事が遅れてしまった、すまない。体調
が安定しない →気力が衰える →市大はすっかり変わってしまい、センチ
メンタルジャーニーの雰囲気はない。

過日、三浦半島を周遊したが、車窓から眺めた市大はおしゃれな「青春
キャンパス」。悲惨な青春の舞台の面影はない。自動車部のガレージ・倉
庫ももちろんない。裏山のてっぺんの高射砲台跡もないだろうし、第一、
小道があるのかどうかも分からない。

小生は車酔いでタイムラリーは無理、1回練習しただけだったが、なぜか
懐かしい。中津川渓谷近くの清川村の運転練習所、小野君が側溝に落とし
てびっこになったブルーバード、堀口君の白い(やがてくすんできた)ダ
ウンコート、石堂君とシェアした新大津の山の上のあばら家、・・・


懐かしいけれど「あの日に帰りたい」とは思わない。天職につくまでの青
春/凄春彷徨は「道に迷っているばかり、胸にとげさすことばかり」、思
い出せば懐かしいけれど慚愧無念で苦しすぎる、しょっぱすぎる。


まあ、正直に言えばそういうことで、さらに言えばアル中になって緊急措
置入院、以来3年間断酒中だから酒席は辛い、怖いのよ。今でも「ああ、
メーカーズマーク、スーパードライ、酎ハイ、ギンギンに冷えた吟醸酒呑
みたいなあ、でも呑んだらおしまいだ」と毎日のように思うのよ。

「一升瓶換算で6000本呑んだのだからもう十分じゃないか」「棺桶に酒を
どぼどぼ入れてもらおう」と慰めるのだが、メチルアルコールやミリンを
呑んだ人、ヒロポン中毒になった人の気持ちがよく分かる。


そうだ、カナダへ行こう!「大麻 フロム カナダ」はまずいが、カナダ
でやろう、娯楽用/嗜好用マリファナ(大麻)入り飲料も合法化された!

でも、生来が「のめり込む」タイプだから結局は依存症になってしまい、
脳みそが壊れるわけ。酒の代わりに「ひとを食う」ことで紛らすしかない
か、やっぱ>

そう、「ほどほどに」ができない。トコトンやっちゃう。「自滅型」。吶
喊小僧、猪突猛進、執着質、狂気、突破者、特攻、殉教、革命家、冒険
家、博打うち、芸術家、作家、芸人、学者、職人・・・世の中を大きく動
かしてきたのはそういう人が多い。

「短編の名手」と称賛されるO.ヘンリは10年足らずの作家生活で280編の
作品を書いた。最後の3か月は人とも会わず、電話も切り、アパートの一
室にこもり、肝硬変と戦いながら小説を書いていたようだ。病院に運び込
まれるまでの最後の数日間をどう過ごしたかは不明だが、ベッドの下に
ウィスキーの空き瓶が9本転がっていたという。酒の力で創作意欲を得よ
うともがいていたのだろう。バッカス・ヘンリ!

旅行作家というか異文化研究学者のイザベラ・バード著「朝鮮紀行」、満
洲の奉天へ向かう船旅は未曽有の大雨と氾濫で生き地獄のよう。

「私は高熱を発し、全身ひどい痛みに悩まされた。3日目の朝から雨が降
り、風が吹き始め、そのあとの恐ろしい4日間、風雨は一度もやまなかっ
た。屋根を覆っていた油紙は風で破れてしまい、雨が吹き込んでくる。雨
水が6インチ(15センチ)もたまり、強烈なにおいを発し、船倉の中には
乾いたものは何一つなかった。

私は濡れた服を着て、濡れた蚊帳の中で、濡れたベッドに眠っていた。本
格的に体の具合が悪かったものの洪水の『液体コレラ』を飲まなければな
らなかった。井戸はすべて水中に没していた」

ようやく奉天に着いたものの馬車が横転し、バードは骨折し、腱を痛め
る。それでも前進するのだ。マダム・コンジョー!

偏見かも知れないが、人間は「理性・知性・奮闘」の人と、「気分・感
情・安逸」の人に分けられるのではないか。前者は稀で、後者は圧倒的多
数である。

ロシアの知識人が反共の罪で日本人将校用の獄舎につながれた時、彼は言
葉が通じないものの、それまでの兵士の雑居房とは違う落ち着きを得て
ホッとしたと書いていた。前者(将校、高等教育)と後者(一兵卒、普通
教育)は外観は似ていても全然種類が違う人間ではないかと思う。

前者は「リーダー、発信者」、後者は「フォロワー、受信者」のような感
じ。一流の職人は「理性・知性・奮闘」で「凛」とした風情、貫禄があっ
た。祭りなどでわが街の大工の頭領が伝統の仕事着で現れると、辺りは
ピーンとした、清浄と緊張の雰囲気になったものである。一目を置かれる
存在だった。

小生の「第二の親父」である寿司屋の大将も腕は立つ、頭はいい、弟子は
育てる、守る、「是は是、非は非」という人で、風格があった。惰弱、軟
弱とは正反対で、多くの人から尊敬された。

「よく考える、作戦を練る、そして何がなんでも進む、チャレンジする、
負けても負けてもくじけない、新しい道を探す」、そういう人が歴史を
創ってきたのではないかと思う。

そういうトップグループのシッポ、末席でもいいから、そこにいたいなあ
と小生は思う。たとえ牛尾でも二番手、三番手グループの鶏のトップより
ははるかにいいと思う。夏彦翁曰く「最先端ではなくても、その尻にくっ
ついていればいい。遅れすぎると落ちこぼれる」。会社をデジタル化する
上でこの言葉はとても参考になった。

だから書籍、新聞などを楽しみながら読む。娯楽であり勉強だ。「気分・
感情・安逸」の人は文庫本一冊を読むのに半年、一年かかる。テレビやス
マホがないところでしか読書をしない。多くの、実に多彩な人の思考、経
験、喜怒哀楽、人生を追体験できる読書の能力が落ちるから成長どころか
後退する。

福沢先生は「人間に上下はない、しかし、仕事の軽重、上下はある。軽い
仕事は軽い報酬、重い仕事は重い報酬、学問に精出せば重い仕事に就け
る」と鼓舞した。

今の世の中は上の方、トップグループは競争が激しいから必死で勉強す
る。一方、下の方は面白おかしく暮らせればいいや、まあ制限時間に間に
合えばいいんじゃない、とひたすら麻薬中毒のように遊ぶ、脳みそを劣化
させる。

結局、貧富の差は拡大し、代々にわたって勝ち組、負け組が固定化する。
努力しなくても餓死するわけじゃないから負け組が奮起することもない。
福祉、社会保障が手厚くなればなるほど負け組は努力せず、社会はいびつ
化、劣化する。

「金持ちから貧乏人、さらに乞食がいてこそ社会だ」と夏彦翁は言う。セ
イフティネットの家制度が破壊されたから、子供が多くても老親の面倒を
見ないケースは珍しくない。このままだと生活保護依存の貧困層ばかりが
増えることになる。

カミサンの故郷、鹿児島県奄美市は「生活保護を受けるのは当たり前、貰
わないのはもったいない」になってしまった。住民のなんと62.5%が受給
している(平成20年度)。県全体では15.6%だから奄美市は異常であり、
さらに離島の多い瀬戸内町は67.9%と想像を絶する。

遊んでいないで一所懸命に勉強、学問しないと競争に負けるよ、貧乏暮ら
しになるよ、この世は弱肉強食なんだよと叱咤激励するのが教育だろう
が、現場では「国は文化的生活、生存権を保障している、個性的に生きる
権利がある、みんな平等、個性が大事、目指せ福祉国家、お花畑!」とか
教えているのではないか。

EUというリベラル≒アカモドキの壮大なお花畑実験は悲惨な失敗に終わる
だろう。もうすぐ我々はそれを見ることになる。

さて、書物を通して追体験する「台湾」。アヘン戦争(1840〜42年)の弱
肉強食で清朝をノックアウトし支那大陸を貪り食い始めた英国は、さらな
る版図拡大のために台湾を狙うようになり、海洋測量を始めた。中共が尖
閣を狙って測量しているのと同じ。戦争の準備を始めたわけだ。

俺にも食わせろと“遅れてきた青年”米国もアジアに目を向けた。1853年、
黒船の蒸気船を率いるペリー艦隊が日本を威嚇し開国を迫り、翌1854年に
は台湾に上陸して石炭の埋蔵探査をし、ペリーは「台湾占領すべし」と政
府に提案した。

獲物を狙う猟師、「うまそうやな」とスカートをめくる強姦魔、ヤクザ、
ゴロツキ。こういうのが「国益」という利権争奪戦を繰り返していたのが
大航海時代で、今もちょっと化粧をしただけでやっていることは同じだろ
う。プーチン・ロシアのクリミア強奪なんて昔と変わらない。モノ、武器
は進歩しても人間は昔のままである。

英国は米国の本家筋だが、自分の縄張りに米国がちょっかいを出してきた
ことで焦り始めた。そこに1856年、広州湾で英艦と清国が砲撃戦をする
「アロー号事件」が起きる。英国広東領事のパークスは「チャンス到
来!」と出兵を促し、昨日の敵は今日の友とフランスと一緒になって天津
に乗り込んだ。

天津は北京の海の玄関、今は電車で1時間ほど、紫禁城は恐れおののいた
ろう、台湾の首府(台南)と淡水など4港を開港した(天津条約)。英国
は盛んにドラッグ(アヘン)を売り、台湾は砂糖、米、樟脳、茶を輸出した。

アヘン戦争とアロー号事件は日本に大ショックを与えた。「このまま開港
したら列強の餌食になってしまう」という危機感は幕府も諸藩も共有し、
「攘夷」は日本全体の意志になった。親幕府派と反幕府派の違いはあって
も尊皇攘夷は同じだった。1862年、横浜で生麦事件、イギリス公使館焼き
討ちなど攘夷の嵐が吹き荒れていた。

台湾は一気に国際舞台に押し出され、強国の餌食になっていく。米国も本
家を見習ったのかどうかは知らないが、ヤクザの本性を現すのだ。1867年
3月10日、米商船ローバー号が台湾南部で座礁し、船長以下13人の乗った
ボートが漂着した。

ところが先住民のパイワン族は出草(首狩り)で応じた。船員は「台湾は
国際条約国だから保護してくれる」と思っていたから、わけが分からない
ままに殺されたのだろう。厦門の米領事リゼンドルは北京と台湾府に抗議
したが、結局、「パイワン族の地は清朝の支配が及ばない化外の地(皇化
の外の地)」と分かった。

リゼンドルは台湾南部の恒春に乗り込み、南部18蛮社(部族)の大頭目
トーキトクと直談判し、海難救助に関する国際条約を結んだ。つまり、
「清は台湾全土の統治者ではない」ことを世界のゴロツキどもに示したの
だ。1869年10月9日だった。

同年6月27日、日本は戊辰戦争を終えて新国家づくりに本格的に着手し
た。1639年の鎖国以来、232年ぶりの1871年11月、日本と台湾は劇的な再
会をする。それが良かったのかどうかはまだ分からないが、これからはお
互いに手をつなぎたいという「日台新時代」にはなるだろう。

朝から雨、昨夜から降っているのか。先日、網戸が切れており、「もしか
したら2か月ほど前から我が家に移住してきたミッキーが寒くなったので
室内に入りたがっているのだろう」と修復し、ガラス戸を閉めておいた
が、朝、網戸の修復箇所には縦10センチ、横5センチの台湾みたいな形の
穴が開いていた。どうもミッキーはドブネズミみたいだが、如何せん。

発狂亭“「ドブネズミと老人」じゃ売れそうもないな”雀庵の病棟日記から。

【措置入院 精神病棟の日々(157)2017/1/18】産経、古田博司「正論 
近代完遂の日本と失敗の周辺国」、近代化のハードルの一つは「統一され
た自我の理想像」だと言う。これこれこれだから我は我、これがわが国の
アイデンティティ、国柄だ、というものがないとダメだということだろう。

氏曰く「古代→ 中世→ 近代などという段階を踏めたのは世界のほんの一
部の国だった。いま世界で紛争やいざこざや奪い合いが起きている国は、
全部近代化に失敗した国である。で、本当は中世がなかったので、そのま
ま古代が露呈した」。

古代は王朝、貴族の世界、中世は戦国時代の武力で覇を競う乱世、近代は
幕藩体制・封建主義(王朝=権威、集団指導体制=権力)、現代は立憲君
主制=権威・建前と、自由民主人権法治の体制だろう。先進国(列強)の
G7(日米英独仏伊加)はすべてこの過程を経ている。中
世・近代は青春のようなもので、戦ったり、勝ったり負けたりする中で現
代に至るわけだ。青春がないと、子供から一気に大人になる。自転車しか
乗れない子供が一気に大型バスを運転するようなもので、危うい。

人生は自分を試料に実験しながら、試行錯誤で生きるのがいいのだろう
が、大失敗すると取返しがつかないから危うさはある。

「橋を叩いて渡る」と言っても叩き過ぎれば橋というチャンスはなくなっ
てしまう。思い切って渡った方がいいとは思うけれど・・・失敗したらこ
うしようなんて思っていると上手くいかないし、橋を渡っても次の橋があ
るし・・・他者に危害、損害を与えれば罰せられるが、破産ぐらいなら再
チャレンジはできるだろう。


一所懸命にやった末の敗戦なら支持者は応援してくれる、そういうものだ
ろう。(つづく)2019/10/25


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