2019年10月28日

◆雀庵の「清弱体、台湾狙う英米そして日本」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red Gables/39(2019/10/23)】津軽・下北半島巡りの帰
路、東京へ向かう高速深夜バスから外を眺めていた。「東北自動車道はす
べて山の中である」と言ってよい。道の両側はスギ、ヒノキなど針葉樹の
高木、その多くは多分、戦後に換金性があるとして植林奨励されたものの
1980年あたりから輸入材に圧されて放置されたもので、広葉樹はとても少
ない。1時間も見ていれば飽きる、眠くなる。

トイレストップで2時間後に見ても針葉樹だらけ。まるで未開地、冬にな
れば雪だらけになるのだろう。如何せん、この地を開拓する方策はないも
のかと、茫然と眺めるばかりだった。

薄明の中で大きな川を渡ると景色が一気に開けた。利根川で、それを越
えると埼玉県、懐かしい人家、生活の匂いがどんどん増えてくる。「あ
あ、夜明けだ、文明だ!」とホッとした。下山で最後の尾根を越えてベー
スキャンプが見えてきた時の感動はきっとこんなだろうなと思う。

緑を求めてたまに山林を散策するのは素敵だが、そこで暮らすとなれば
都会人は1年で逃げ出すだろう。北国の冬は耐えられまい。秋田の人は
「冬は温かいところへ旅行したり、出稼ぎしたり、息抜きする。その間、
雪の下で農地は活力を取り戻し、熟成するのよ。これが雪国の生活」とニ
コニコしていたっけ。

司馬遼は「出稼ぎはキャッシュを稼ぐためで、国に帰れば衣食住に困るど
ころか豊かなものだ」と書いていた。今は出稼ぎは激減したが、若者の人
口減で老人でも地元でバイト先があるのだろう。農家が農閑期に海外旅行
へ出かけるのは当たり前で、JA系の農協観光は売上ランキング11位だ
(2018年)。農家が日本の初期、1970〜80年代の海外旅行市場をリードし
てきたと言える。

東北の人は農家の後継ぎがいない、若者は出ていくばかりだと嘆くが、
別に困っているわけではないようだ。

一方で、日本海気候の豪雪地帯、92%が山という岐阜県の飛騨高山に生
まれ育った友は「一度でも太平洋岸に暮らしたら、もう戻れない」と言っ
ていた。彼の兄も千葉暮らしで、高山の両親は亡くなったが、実家は無住
で今頃は朽ち果てているだろう。彼はバブル時代に高山のゴルフ場会員権
を400万円で買ったが、2回ほどプレーしただけ。「今は50万円くらいじゃ
ないか」という。サルやタヌキはゴルフはしないし・・・

雪国から都市へ出た若者は盆と正月に故郷へ帰るだけになり、両親が亡
くなればせいぜい「墓仕舞い」で行って、それで故郷との縁はまず切れ
る。故郷を思い出すのは「東京○○県人会/同窓会」くらいになるのだろう。

「それは時代の流れでどうしようもない、農業も俺の代で終わりよ」と
ヂヂババは諦観しているのだろうが、小生は一歩でも二歩でも、たとえ
這ってでも前へ進みたい、天が「前へ!」とハッパをかけているんだもん。

小生が、今の日本人が、後藤新平のようにフロンティアの東北開拓、近
代化を進めなければ50年、100年たっても「東北は山の中」のままであ
る。「何とかしなければ過疎化で後退しかねない」、この危機感は昔から
あるが、有名なのは以下である。

<「日本列島改造論」は、田中角栄が自由民主党総裁選挙を翌月に控えた
1972年(昭和47年)6月11日に発表した政策綱領、およびそれを著した同
名の著書。略して列島改造論ともいった。

田中はこの「工業再配置と交通・情報通信の全国的ネットワークの形成を
テコにして、人とカネとものの流れを巨大都市から地方に逆流させる “地
方分散” を推進すること」を主旨とした事実上の政権公約を掲げて同年7
月の総裁選で勝利し、内閣総理大臣となった。

日本にとって、首都の過密と地方の過疎は、当時よりも一層深刻な問題
になっており、少なくとも田中が日本列島改造論を著したのは、こうした
状況への問題提起としての意味を持っていた。交通網の整備で様々な課題
が解決するという発想は、「土建業一辺倒だ」という批判もある。

地方から過密地(特に首都・東京)へ向かう交通網の整備は、大都市が
持つ資本・技術・人材・娯楽が、地方にも浸透しやすくなったことは事実
であるが、同時に地方の住民・人材・企業もまた大都市に流出しやすく
なったことで東京一極集中と地方過疎化をより促進してしまうということ
が起こった。

地方での駅や道路の建設も同様の事象が起こり、駅ナカ・駅前・郊外へ
のストロー効果を招き、中心市街地が衰退してしまった。田中が抱いてい
た理想の未来には不十分で程遠い結果であった。

新幹線や高速道路なども地方と東京を結ぶ路線がほとんどで、地方と地
方を結ぶ路線の建設は遅々として進まないのが現状であり、防災と減災の
バランス確保による国土強靭化も必要である。こうした道半ばの「均衡あ
る発展」を背景に、田中が目指した本来の日本列島再生を実現させるべき
だという論もある。

こうして田中が提唱した「工業再配置と交通の全国的ネットワークの形
成」は幻となったが、「情報通信の全国的ネットワークの形成」は田中に
よる報道機関への懐柔策もあり、日本電信電話公社によって回線が構築さ
れた後、1985年(昭和60年)に実施された公社の民営化に伴う通信自由化
(電気通信事業法施行)を契機として、民間ネットワーク事業者(日本電
信電話株式会社等の回線を利用する事業者を含む)の新電電参入が招来さ
れた。

続く1990年代の民放テレビ全国四波化やパーソナルコンピュータとイン
ターネットの世界的な普及が、これを確立させるに至ったのである>(WIKI)

素人の小生の思い付きでは、東北の脊柱である奥羽山脈(主に東側)を
上手に崩し、その土で高さ10m、1辺4?、面積16平方キロの巨大な台地
(水害に強い)をあちこちに造る。ピラミッドの上の三角錐がないような
感じ。山手線の内側の4分の1の広さだ。そして全天候対応のドーム型にする。

この植民地に産業、住民、公共施設を誘致する。経済特区として地代はな
し(貸与)、税は所得税のみ。気温が温暖に保たれていればか果樹や花卉
の栽培、畜産も可能だ。雇用があれば人は集まる。

高速道や高速鉄道へのアクセスがいいのは当然とし、東西、つまりに日本
海と太平洋を結ぶ高速道も何本か造る。

まずは「隗より始めよ」で、国会関係の機能、省庁などを移す。成田空港
に近い(1時間)茨木県筑波市あたりがいいか。精密機械は桐生市とか足
利市、食品関係は郡山市とか。

船橋や市川、大田区あたりの町工場の親父は「今さら引っ越せない」と
言うだろうが、工場建設など移転に伴う費用の多くは低利で融資するとな
れば「新天地でもう一勝負するか!」となるのじゃないか。

オフィス、工場、住宅、店舗、農地、学校、保育園、病院、そして遊
郭。新しき「令和の街」ができる。治水灌漑の最上の知恵はオランダに学
ぶといい。

新しい街づくりはいいものだが、新しい国造りは大体が血を伴う。血
降って国固まる、西郷先生曰く「焦土の中から国は生まれる」。

英国はブレグジットでEU帝国に風穴を開けようとしている。アリの一穴は
次々に堤を崩していくだろう。イタリアはフェラーリに乗ってまず「いち
抜けた」、ギリシャ、スペインも逃げるね、捨て台詞は「借金なんて貸し
た方が悪い!」。オーストリア、ハンガリーは「メルケルと心中なんてや
なこった」。フランスも動揺して離脱派と残留派が衝突して糞尿バラマキ
合戦になる。ドイツはAfD対アカモドキで殴り合い、分裂するしかないだ
ろう。

1800年代の世界の覇者は大英帝国だった。当時、清国は世界最大最強の
国、「眠れる獅子」と思われていたから誰もちょっかい出さなかった。英
国は冒険心、イタズラ心、早い者勝ちの開拓精神が旺盛で、この獅子に
ちょっかいを出した。「アヘン戦争」(1840〜42年)である。

英が勝ったことよりも、大帝国の清が実は見掛け倒しのただの着ぐるみ、
虎の皮をかぶった豚、脅せばいくらでも金を出す国だと世界の列強、ゴロ
ツキに知らしめたことがケチのつき始めになったことは清朝にとって痛手
だった。

<英国は1841年9月27日には台湾北部の基隆港に近づき、砲台の兵舎一棟
を吹き飛ばした。威力偵察だったろうが、砲台が応戦すると反転しようと
した英艦は不覚にも座礁、そこに台湾守備隊の大小艦船が殺到した。英艦
の乗員270人のうち英兵10人、インド兵23人を殺し、インド兵133人を捕虜
にし、砲十数門を捕獲した。

連戦連敗のアヘン戦争における台湾での勝利である。道光帝は喜び、台
湾守備隊総司令の兆蛍(ようえい、兆は女偏)は勲章を賜った。

第2回戦は同年10月19日、第3回戦は翌1842年3月5日には中部の彰化沖に
接近した英艦1隻に多数の偽装漁船を近づけて座礁させ、敵兵数十人を殺
し、英兵19人、インド兵30人、漢人5人を捕虜にし、砲10門を奪った。

兆蛍の防備強化の賜物だが、その後の8月13日、戦意高揚と称して多くの
捕虜を処刑した。その16日後の8月29日には英と清が停戦し南京条約が結
ばれた。香港割譲、広州、厦門、福州、寧波、上海の開港、賠償金支払
い、捕虜の相互交換が定められた>(喜安幸夫「台湾の歴史」)

当時は戦時国際法が普及してはいなかったが、「捕虜は殺さない」のが
暗黙のルールだったろう。このために英雄だった兆蛍は北京に護送され、
官職、栄誉のすべてを剥奪され、追放されてしまった。

「アヘン売りのやくざ」英国の完勝だ。他人の縄張りにちょっかいを出
す、脅す、反発したら報復する、「済みません、ご免なさいで済むと思う
のかよ、のう、俺は寛容やが、血の気の多い若いもんの抑えが効かんで、
のう、誠意を示したれや」。帝国主義は国家を挙げてゴロツキ、海賊、山
賊、匪賊になって獲物を美味しくいただくことである。

弱肉強食、今はアステカ文明、マヤ文明、インカ文明のように皆殺し、
絶滅、ジェノサイドはないが、借金漬けにする、宗教対立を煽る、格差拡
大で貧困層を奴隷状態に置く、独裁政治を支援するなどにより弱小国を併
呑するようになったが、本質的にはシマ、ナワバリをめぐる戦いだ。

「外交は血を流さない戦争、戦争は血を流す外交」。西郷先生も毛沢東
も同じことを言っていた。覚悟、備えがない国、民族は餌食になる。

10月22日は天皇陛下の「即位礼正殿の儀」。昭和天皇が必死で護持した立
憲君主制は国家がまとまりやすいというメリットはある。民主主義は国論
が二分されて二進も三進もならずに漂流するリスクが大きい。

立憲君主制、天皇・皇帝・王政・皇室制度を世界が学び、国柄に合った
制度を採用すれば世界はより良くなるのではないか。国家、国境を嫌う人
には向かないが・・・

「正殿の儀」は昼あたりから雨が止んでよかったが、愛子様のお姿がな
かったような気がする。お元気だろうか。


今朝は素晴らしい秋晴れでめずらしく心身爽快、台風難民の持ち込んだ荷
物を1F倉庫に収納し、家中はかなりすっきりした。発狂亭“天皇陛下万
歳!”雀庵の病棟日記から。

【措置入院 精神病棟の日々(156)2017/1/18】産経「英、EU強硬離脱
 英国民の反移民尊重 不満根強く 市場より主権回復優先」。


アカの他人からアーダコーダ命令されるのはコリゴリ、「君は君、僕は
僕、結婚ではなく友達で行きましょう」ということだ。EUの未来は「そし
てメルケラー総統の第四帝国が残った」となるだろう。もう少し長生きし
て最後を見たいものだ。

曽野綾子先生「高齢者『75歳から』提案 元気な限り働くのは当然」、
曰く「聖書は、働く意欲を持たない人は食べる資格がないと戒めてい
る」。足腰が動く限りは炊事、洗濯、孫や病人の世話などをやっていこ
う。体力は落ちるばかりだが、できることはあり、家族の役に立つのはい
いことだ。(つづく)2019/10/23


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