2019年11月15日

◆雀庵の「台湾ゲリラの残虐さに茫然」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red Gables/51(2019/11/13】コピーライターの利彦君に
メールを送った。

<2週間ほど前に産経の健康食品広告を見ていたら、コピーが面白かっ
た。ポンポンポンと口上を述べて「さー、どうだ、買ってけ!」と、ほと
んどヤシのバナナの叩き売り、タンカバイで、「あっ、これモロ利彦節だ
なあ、ずいぶん磨きがかかってきたなあ」なんて思ったけれど、勘違いか
なあ。

得意なジャンルが広がるというのは良いね。あれもこれもで大変だろう
けれど、忙しいうちがハナよ。

わしゃ今日は水疱瘡の孫の世話だ。一緒に動物園に行って楽しもうと
思っていたが、孫はシャツを上げて腹を見せた。発疹ができていた。これ
では連れ出せない。

ゴミ出し、雨の時の洗濯物取り込みでさえドジルと「まったく留守番も
できやしない!」と叱られるから、孫の具合が悪くなったら非難轟々、下
手をすると追放される。恐ろしい時代だ。牝鶏鳴きて国亡ぶか>

産業革命(技術革新)が凄まじい勢いで進んでいる。「1980年あたりか
ら通信自由化が全面展開し、ポケットベルや携帯電話・パソコン通信・イ
ンターネット・衛星放送などの新たな通信サービスが展開され、料金の低
価格化も進んだ」(WIKI)。

85年以降のバブル時代は銀行はじゃぶじゃぶとカネを撒き、IT企業もど
んどん試行錯誤的に新機種を出し、ユーザーも新システムを導入していっ
た。ある日突然のごとくに出版・印刷業界ではアップルのマッキントッ
シュが「標準」になり、一般のビジネスの世界ではマイクロソフトのウィ
ンドウズが「標準」になった。


「標準」に対応できない人材や企業は消えていった。

産業革命で人間は幸せになったか、というと、むしろ逆ではないか。記
者は記事を原稿用紙に書いて編集デスクに渡したら「お先に失礼します」
と、飲み屋に行けた。今はスマホで、いつ、どこにいようと仕事の連絡が
来る。無視すれば「メール送っといたろう、なぜ返事しない!?」と怒ら
れ、やがては「融通の利かない、使い勝手の悪い奴」との烙印が押されて
出世コースから外されるのだ。

建設現場で釘を叩くとか鋸を引く音はしない。電動工具だらけで、電池
や電気がなければ仕事ができない。台風で電気が止まったら何もできない。

忙しくなって、脆弱になっただけではないか。技術の進歩、教育の進歩
がもたらしたものは「浮薄の普及」ではなかったか。便利になればなるほ
どオツムも体も劣化するのではないか。鉄道や自動車のない時代、日本人
は1日で10里、40キロを歩いた。江戸〜大阪500キロを女は13日間、それを
男は10日で歩いた。7日で歩く猛者もいた。

福翁は江戸〜横浜往復24時間で横浜の外人居留地を観察し「これからは
英語だ!」と学んだ。「バターン半島死の行進」と言うけれど、日本の歩
兵は足が達者だった、一方で米比兵はいつもはトラック輸送だったから歩
けずにバターンバターンと倒れていったのではないか。「戦場にかける
橋」は創作、不思議の国のアリンス。

小生は「リベラル≒アカモドキ」とよく書くが、ビッグデータを分析する
と「リベラル=アカ=バカ=危険」なのだという。掛谷英紀コラム「なぜ
人は共産主義に騙され続けるのか」「ビッグデータが暴く自称リベラルの
正体」は実に興味深かった。


いまだに共産主義を信奉する人がいるのは、不都合な現実を見ない、見
えない、見たくないという「浮薄の普及蔓延」によるのではないか。一種
の宗教とか、自分が出世できない体制秩序破壊を是とする、下郎の逆恨み
的な一種の精神疾患ではないか。正義を装う狂気。

台湾清軍討伐の石光真清らの戦い。清軍、先住民は情け容赦ない攻撃を
する。彼らには残虐とか殺人を好む嗜癖があるようだ。石光の手記「城下
の人」から。

<(土塀に囲まれた大家屋を包囲し、その中の敵を攻撃するために決死
隊が土塀に爆薬をしかけた)


爆薬が破裂した。大隊長も私も、また前線陣地の(絶交した)本郷も。双
眼鏡を目にしてじっと先方を見つめた。爆煙が風に吹き去られると、土塀
瓦解の破壊箇所が現れた・・・だが、そは狭い通路にしかなっていなかっ
た。決死の十名は起き上がって土塀の中に吸い込まれていった。

だが・・・本郷は石像のように突っ立ったまま、突撃の命令も下さず、
じっと先方を眺めていたのである。やがて敵兵に捕らわれた十名の決死隊
が、裸にされ、煉瓦米の上に引きずり上げられた。耳をそぎ、鼻を落と
し、手を斬り、足を断って、なぶり殺しにして、塀の外に投げ棄て
られたのである。

それでも本郷は依然として突っ立ったまま動こうとしなかった。彼の部
下は土に伏せたまま、これも戦死体のように動かなかった。

この悪夢のような時間が十分であったか二十分であったか、あるいは一
時間であったか判らなかった。五分位の短時間であったかもしれない。辺
りはしんと静まり返って、両眼の底に、ドキン、ドキンと心臓の鼓動が響
いた。

次第に私は全身の血がたぎり立って来るのを感じた。大隊長がその時ど
うしていたかも気がつかなかったし、大隊長の許しを得なければならない
ことも気づかなかった。私は本郷の後ろ姿に向かって突進していった。

彼の斜め後方二十歩ほどに近づいた時に、彼の神経も昂っていたのであ
ろうか、気づいて私の方にさっと身を開いた。別人かと思うほど、紫色に
膨れ上がった彼の顔に、二つの眼が食い入るように光っていた。私の眼も
険しかったに違いない。

兵士もおらず、大隊長もおらず、彼一人そこに立っていたら。私はおそ
らくは大喝して彼を張り倒したに違いない。彼の険しい眼と私の眼とが
ぴったりと合って火花を散らした。

やがて彼はくるりと後ろ向きになって、兵に射撃を命じた。その時はす
でに敵側から激しく撃ちまくっていたのであったが、私たち二人は向き
合ったまま気がつかなかったのである。


「彼とは絶交したんだ、絶交して良かった・・・僕は間違っていなかっ
た・・・」

私は大隊本部に戻り、三木大隊長に別れを告げた。大隊長は不機嫌な表
情で何も言わなかった。私は早々に兵を率いて、汚らわしいものを避ける
ように、新竹城に帰還した>

発狂亭“戦争を知らない幸福は不幸の元か”雀庵の病棟日記から。

【措置入院 精神病棟の日々(168)2017/1/21】産経、黒田勝弘先生
「韓国 知日派の挑戦と自己批判」、そして忘却と怨恨と捏造の先祖返
り、その繰り返し。

永遠に成長しないのが韓国だろう。小生は「韓国は不治の病、DNAで継承
されるから永遠にビョーキ」と確信している。先生曰く「朴正煕は二宮金
次郎の銅像に感銘を受け、李舜臣(文禄・慶長の役における救国の英雄)
像を各地に建立した。今はびこっているのは慰安婦像で、『こんな人にな
りなさい』と子供たちに教えようというのだろうか。朴正煕は草葉の陰で
泣いているに違いない」。

韓国人の大好きなキリスト教は磔刑のキリスト像を象徴としている。ソ
クラテスは「邪論で若者を惑わした」として処刑されたが(自死)、キリ
ストも似たようなものか。「己の言動に殉じた」のだろう。そこには潔
さ、美しさがある。

朝鮮ピーは家族や自分のために娼婦になった。金持ちになった者も多い
だろう。「サンダカン八番娼館」を読むと、性交で成功して故郷に錦を
飾った娼婦はちやほやされ(おすそ分け狙いが寄って来る)、尾羽打ち枯
らした娼婦は軽蔑され、嫌われ、苛められた。

キリストもピーも韓国では聖人なのか。韓国女は国内(内需)ばかりか
海外(外需)でもピーを売り、韓国GDPの10%は風俗産業だという説があ
る。娼婦は愛国産業戦士だから、あちこちに銅像が造られるわけだ。歴史
的にも妓生(キーセン)は王室や貴族のパーティでは欠かせない「接待公
務員」「美女軍団」だったのである。

欧米などでは韓国女=娼婦のイメージが年々高まっているのではない
か。美女コンテストをしても整形で皆同じ顔をしているから審査員は大い
に困るだろう。今でもコリアンバー、コリアンパブってあるのだろうか。
(つづく)2019/11/13


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