2019年12月05日

◆国民の国家意識の欠落こそが

加瀬英明


国民の国家意識の欠落こそがわが国の危機である

皇居で行われた『即位礼正殿の儀』の式典は、平安時代の絵巻が再現され
たように、美しかった。

全国民が天皇を戴く日本の歴史を目(ま)の当たりにして、日本の古い国柄
にあらためて誇りをいだいたと思う。

即位礼の前日に、私は数土文夫前東京電力会長と、月刊誌『致知』の求め
によって「日本は何をなすべきか」というテーマで、新年号の対談を行った。

数土前会長は、福島原発事故後に東電会長に就任される前は、日本を代表
する製鉄会社であるJFEの社長、会長をつとめられたが、漢籍と日本の
精神史に造詣が深い経営者として、多くの心ある人々から慕われている。

対談が始まると、国民が国家意識を欠いていることが、いま、日本が直面
しているもっとも大きな危機だと、意見が一致した。

今日の日本は、日本を取り巻く国際環境が厳しさを増しているというの
に、国家としての自立心が希薄なために、日本の平和と繁栄を持続できる
か、深い不安に駆られる。

憲法を急いで改めねばならないが、多くの国民が「憲法改正よりも台風被
害からの復興が先だ」とか、「福祉を優先すべきだ」「保育所をつくるほ
うが先きだ」と思っている。

まったく次元が違った、筋違いな議論だ。

現行の日本国憲法は日本の安全と生存を、一方的にアメリカに依存してい
るが、外国であるアメリカがどのような状態のもとでも、日本を守ってく
れる保障はない。

現行憲法は日本の自立を妨げており、国家の存亡をアメリカに委ねている
から、アメリカへの「甘えの憲法」でしかない。

だが、いつまでアメリカに甘えていられるものだろうか。日本が自立しな
ければ、日本が危ふい。

甘えは、幼な児が行うことだ。日本は揺り籠から一刻も早く出て、おとな
の国にならなければならない。

護憲派は保育所で無心な時を過している幼児の集まりのようだ。

護憲派やマスコミが、現行憲法を「平和憲法」と呼んでいるが、日本を幼
な児にとどめようとする玩具(おもちゃ)なのだ。

現行憲法は独立国の憲法とは、とうてい、いえない。

占領下で、この憲法を書いたアメリカ人のなかに、日本語を自由に読み書
きできる者が、一人もいなかった。

古代から育まれてきた日本の国柄を、理解していた者が、一人もいなかった。

このような外国人が集まって書いたのだから、日本の大黒柱である憲法を
起草することが、できたはずがない。
このような憲法では、国民の愛国心が涌くはずがない。

国家意識が希薄になっているのは、日本にふさわしくない憲法を戴いてき
たためだ。

国家意識が欠落しているから、憲法を大切にすることがない。

そのために、戦後今日に至るまで、憲法を改めることができないでいる。

国民に日本が国家であるという覚悟がないから、国民が憲法に真剣な関心
をいだくことがない。

もし、国民に健全な国家意識があるとすれば、日本が講和条約によって独
立を回復してから、国家の基本法である憲法を、当然、改めていたことだ
ろう。


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