2019年12月19日

◆よそ者の善意

     高山 正之
 

パシュトゥン人はパキスタンとアフガンにまたがって分布する。

勇猛で、18世紀には思い立って栄華を誇るサフャビ朝の首都イスファハン
を襲い、金銀財宝を奪った。

彼らはその金でアフガンに初めて王朝を建てた。根っからの盗賊民族とよ
く言われる。

悪さをしていないときは羊を追い、畑を耕す。

長閑に暮らしていても金持ちそうな旅人を見かければ即座に鍬を放り出し
て盗賊に変身する。

19世紀半ば、英軍がカブールを放棄して家族や娼婦など総勢1万5000
人で南に引き揚げ始めたときも彼らは見逃さなかった。

英軍の長い隊列のどこかを襲って殺し、奪った。1週間で隊列は消滅し、
ジャララバードの砦に辿り着けたのは医師のウイリアム・ブライドンただ
一人だった。ホームズの相方ワトソン君のモデルになった人物だ。

彼らはインダス川をカヌーで下っていた早大生すら見落とさず、人質にし
て莫大な身代金を取っている。
彼らは秋の収穫を終えると南のパキスタン側に戻る。

あるとき戻ったら国連難民高等弁務官事務所の職員が待っていた。「大変
だったでしょう」と難民キャンプに案内された。

ソ連が武力でアフガンに侵攻し、多くのアフガン人が難民化した、と西側
人権派が大騒ぎをして国連も救済に出た。パシュトゥンはそんなやわじゃ
ないのに。
でも彼らは黙ってキャンプに入り、日本などから贈られた毛布や衣料、電
気冷蔵庫まで心づくしの救援物資をいっぱい貰った。

満足しきった国連職員が去っていくと彼らは貰ったものを叩き売って我が
家のある村に戻っていった。
実は戻ってからも忙しい。持って帰った一袋7キロ詰めの生阿片を精製せ
ねばならない。

まず不純物を取り除いて消石灰を入れて煮立てる。ドロッとしてきたら今
度は塩化アンモニウムを混ぜる。最後に無水酢酸を加えてヘロインを抽出
する。
この工程が臭い。現役の記者だったころ、あの辺を歩いた。クエッタから
アフガンにいく途中には高い土塀で囲まれた家があって、そこからこの悪
臭が漂っていた。彼らは麻薬業者という顔も持っている。

降ってアフガン国境を越えるとすぐスピンバルダックという街に出る。訪
れて3年後にあのタリバンがここで生まれた。
初仕事は数人の少女を誘拐した無法者を襲い、少女を助け出し、犯人をイ
スラムの教えに従って処刑した。

正直、アフガンの民がいいことをするのはあまり見かけたことがない。こ
れはこちらが承知しているただ一つの善行だった。
だからと言ってタリバンはまともさを広めはしなかった。むしろ彼らの持
つよそ者嫌いを徹底させていったように思う。

特にモンゴル系のハザラ人を嫌い、見つけては生皮を剥いで殺した。
ハザラが根城にしたバーミアンも徹底的に破壊した。巻き添えであの巨大
な磨崖仏まで破壊されたのはよく知られる。

そういう人種偏見をこちらもスピルバルダックで体験した。通訳に雇った
タジク人が彼らの話すダリ語に通じていて、連中が襲ってくるという。
その場は何とか逃げ出せたが、そのあと同じルートで来た尾道市の学校教
諭二人が射殺体となって見つかった。座らせて後頭部に一発ずつ銃弾を撃
ち込む処刑スタイルだった。

そんなパシュトゥン人の世界で中村哲は彼らに寄り添って医療を施し、
1600本の井戸を掘ってきた。
ただ、掘った井戸で潤う人たちはにっこりするが、そうでない人は冷やや
かだった。脅しもあったという。

彼の活動に共鳴する日本人は多い。応援に行く人たちが多くなると彼らの
目はハザラを見る目に変わっていったとも聞く。
08年には手伝いに行った日本人青年が殺された。

彼らのよそ者嫌い昂じて今年は米国人NGO5人が殺された。
善意を煩わしく思う世界があることを中村医師は生涯をかけて教えてくれた。

出典:『週刊新潮』令和元年(2019)12月19日号

 【変見自在】よそ者の善意 著者:高山 正之

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松本市 久保田 康文 
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