2020年01月13日

◆雀庵の「そして台湾人だけが残った」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red Gables/63(2020/1/8】元旦の産経1面を見て初笑い、ゴーンが「ゴーン with the Money」、カネとともに「大脱走」した。まるで「パピヨン」みたいに大胆素敵?

ゴルゴ13じゃないけれど「アンタの出番だ」とアングラ工作のプロが出動して、「事実は小説より奇なり」の、手品みたいな手法でゴーンをレバノンの奥様のもとへお届けした、「ハッピーニューイヤー!」、熱い抱擁。

安倍政権と日本人は茫然自失、自分たちがノーズロのオメデタイは国に住んでいることが分かって、「どうなってるんだ!」と苦虫を噛みつぶす人もいるが、圧倒的大多数は「ま、人生いろいろ、それより五輪よ、五輪! 過去より未来が大事なのよ」。


知らない間に日本が中共の「東海省」になって、習近平皇帝が皇居に住み、彭麗媛ブームで国民は大はしゃぎ。五輪もあって「この世の天国、加油!チャイナ」となるね、何しろ米国の占領軍を解放軍と歓迎した国柄だから。マックの帰国に際しては感謝の日本人が20万人も沿道で手を振り、政府も別れを惜しんだのだ。

<首相の吉田茂は「貴方が、我々の地から慌ただしく、何の前触れもなく出発されるのを見て、私がどれだけ衝撃を受けたか、どれだけ悲しんだか、貴方に告げる言葉もありません」という別れを悲しむ手紙をマッカーサーに渡し、1951年4月16日には衆参両議院がマッカーサーに感謝決議文を贈呈すると決議し、東京都議会や日本経済団体連合会も感謝文を発表している>(WIKI)

マスコミ人種や学者は検閲、言論統制され続けるとやがて慣れてきて、政府/GHQの許容範囲で苦もなく言論を展開する。「長い物には巻かれろ、泣く子と地頭には勝てぬ。自由でメシが食えるんか、のう。痛いのは最初だけや、慣れれば好むようになるで」・・・

皇居無血開城、東海省発足、その露払いイベントが習近平皇帝の国賓訪日で、安倍は「イザという時は私を東海省長にしてください」とお願いしているのだろうか。姑娘のハニートラップに引っかかったか?


ところでゴーンが逃げ込んだレバノン(首都ベイルート)。どういう国なのか、「分からない国」ということは分かったが・・・

<1982年、イスラエルは本格的にレバノン南部に侵攻、占領すると、PLO、シリア、イランなどが対抗して、レバノンのシーア派勢力を応援した。その過程で、イスラエルの占領に抵抗するためにできあがったのが、シーア派の政治武装組織ヒズボラである。ヒズボラは特にイランから大量の武器や支援をもらうなど密接に関係している>(Global News View)

ヒズボラはなんと、「ゴーンの件は一切知らんがな」と恥ずかしげもなく宣うレバノン政府以上に力があるとか。つまりゴーンを live or die を問わず日本に連れ戻すにはレバノン政府ではなくヒズボラと交渉しなければならない。日本の友人であるイスラエルと敵対するヒズボラと交渉・・・つまり「カネ出すからゴーンを返して」となれば、イスラエルは怒るで。

ここは秘密裏にイスラエルにカネを払い、世界有数の諜報能力をもつの「モサド」(イスラエル諜報特務庁)に頼るしかない。「目を覚ましたら日本の刑務所にいた」とゴーンが驚くほどのオペレーションをせんと、日本の汚名をそそぐことはできんで、のう。

ま、ゴーン事件を「日本の汚名」なんて恥じる人は1割で、9割は「知ったこっちゃない」、100年間は戦争のできない国にする、というGHQの洗脳は敵ながら天晴だなあ。

さて、台湾の物語。先住民、土着した漢族、大陸から一獲千金を求めて来台した小ブル漢族らにとって、清国から台湾を受け取りに来る日本軍は敵である。日本がぐずぐずしていると三国干渉のように列強から獲物を取られて「臥薪嘗胆丸」を飲むしかなくなる、そういう時代だった。(今もそうだな、油断していると獲物は逃げる、奪われる)

王育徳著「台湾」から。

<日本は台湾の抗戦が、また外国の干渉を招くのを恐れ、台湾接収と鎮定を急いだ。1895(明治28)年5月17日、樺山総督一行500名は宇品港から出発。5月20日には、遼東半島に到着したばかりの北白川宮親王率いる近衛師団に台湾鎮圧命令が下った。



近衛師団の移動がいかに慌ただしかったかは、満洲戦場に備えて冬服のままで炎暑の台湾に向かったことからもうかがえる。5月29日、近衛師団は清国との受け渡し手続きも早々に基隆に敵前上陸した。

台湾鎮定に動員された日本軍の勢力は、後からの増援部隊を含めて、二個師団半約5万人、軍夫2万6000人、馬匹9400。

当時、7個師団しかなかった日本陸軍の3分の1以上を占め、海軍に至っては連合艦隊の大部分が投入された。

これに対する(にわか仕立ての)台湾民主国軍は、台北近辺を重点に正規軍3万5000、広東兵と湖南兵が多かった。移住民で組織された「義勇」は10万人ほどと推定され、大地主、独立百姓、小作人という主従関係が軍隊組織化したものである。

近衛師団が6月3日に(台北の玄関)基隆を占領すると、台北の上下は動揺した。民主国軍の唐景松総督は次々と増援軍を派遣したが、急募の軍隊は地理に慣れずに道に迷い、しかも給与が悪くて飢餓の手前にあった。部隊長は勝手に肩書を僭称し、指揮系統は紊乱した。(修一:戦は儲けるチャンス、というのが支那人の初期設定)

(元々神輿に担がれただけの)唐景松は台北を動く気はなかった。


断末魔の台北のすさまじい様相は米人記者、James W. Davidson の「The Island of Formosa, 1903」に詳しい。6月4日になると、敗残兵が台北市内になだれ込んで、火をかけ略奪を働き、広東兵と義勇が衝突して市街戦を演じたりした。

この日の夕刻、唐景松は数十名の親衛兵に守られ、変装して台北を脱出した。淡水のドイツ商人の家に姿をひそめ、6日、ドイツ汽船で厦門に去った。前後して民主国の要人も台湾を捨てて逃げ去った>

潔いというのか、逃げるが勝ちというか、さすが支那人というか漢族というか・・・前漢を起こした劉邦は楚軍から追撃され必死に馬車で逃げていた際、途中で追いつかれそうになったので馬車を軽くするために2人の子供を突き落としたという。その際の言い草が「子供はいくらでもできるが、俺は俺だけ、一人しかいない。子供は親のために死んでこそ親孝行だ!」。そういう国柄、民族性なのだろう。

中共の汚職摘発事件を見ていると、日本の賄賂より一つか二つ桁が大きい。日本では「たった300万円」で国会議員がお縄頂戴になるが、中共相場なら3000万、3億円の規模になるのだろう。1兆円以上を溜め込んだ人も珍しくない。漢族は私利私欲、私利私略が強いが、捕まると「これでオシマイだ」と非常に諦めが早い。ゴーンのようにジタバタしない。民族性の研究というか民族人種行動学なんて面白いジャンルではないか。

日本人は「せめて最後は潔く」なんていう人が多そうだ。断酒歴3年の小生は最期に一気飲みして「護国の鬼」になりたいが、飲酒参拝、ダメ絶対!と拒絶されるのだろう。難しい問題ではあるね。

発狂亭“雨水防止のペンキ塗りにハマっている”雀庵の病棟日記から。

【措置入院 精神病棟の日々(179)2017/1/23】産経、島田洋一「正論 同盟の中身こそ信頼の中核だ」、「日本が軍事面で自律性(攻撃力)を強めない限り、経済の論理ではアンフェアな要求をのまされる展開になりかねない」、なるほどね。

<社会主義が魅力を失って以来、左翼勢力は経済統制の手段に「環境」を好んで用いてきた。度を超えた環境主義者を米保守派は「スイカ人間」と呼ぶ。外はグリーンだが、割って見ると中はアカという意味である。

トランプ政権は、水や空気の清浄化を図る伝統的な規制以外の、特に温暖化防止を錦の御旗に重ねられてきた規制は全面的に見直すとしている。外交安保では「日本は専守防衛なのでできません」では(安倍氏の言う)いくら首脳間の信頼関係構築に努めても「揺るぎない同盟の一層強化」とはいかないだろう>

いい論考だ。肉マンだろうが餡マンだろうが、具=中身が伴わなければただの風船、張り子の虎だということ。危機感を持っているのかどうか・・・心もとないね。。(つづく)2020/1/8
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