2020年01月16日

◆テヘラン異変。ソレイマニ司令官の追悼

宮崎 正弘

 
令和弐年(2020)1月14日(火曜日)通巻6338号   

テヘラン異変。ソレイマニ司令官の追悼ポスターを剥がす抗議デモ

宗教政権、インフレ対策に無能を露呈、「対米戦争」どころじゃないって
過日のイランでの抗議デモ、つまり狂信的宗教政権と、それを暴力 で守る革命防衛隊の「政府」を、イランの民衆がいかに思っているかを象 徴した。軍が抗議デモに発砲し、1500名が死んだと報じられた。死者1500名? 天安門事件ではないか。

イランのインフレ、じつはもの凄いことになっている。

賃金は上がらず、若者に職はなく、物価だけが暴騰をつづけ、ついに民 衆はテヘラン政権の無能に怒りを爆発させた。対米戦争? ソレイマニ司 令官が殺害された報復。そういう繰り言を言う前に、われわれの生活をナ ントカしろ、というわけだ。

これまで問題視されたことがないが、イランの人口動態の激変ぶりが露 骨だ。

少子化が急速に進んで僅か3年前の四分の一、5年前の五分の一、つまり イラン人が子供を産まなくなったのではなく、生活苦で子供を作れなく なったと見るべきなのだ。

庶民の台所を直撃した猛烈インフレは、つぎにベネズエラ型に移行する 可能性がある。ベネズエラは、生活困窮、無政府状態。450万の国民 がブラジル、コロンビアなどへ逃げた。米国の制裁で命綱の原油輸出が出 来ず、経済回復は到底望めない状況である。

イランから経済難民として外国へ逃げるといっても、西隣のイラクは治 安が悪い(悪化させたのはイランだが)、東隣のアフガニスタンもパキス タンも難民を受け入れる素地はない。両国はイランより遙か以前に経済が 破綻している。

結局、ホルムズ海峡を越えて対岸のオマーン、カタールへ?

過剰防衛の誤断でウクライナの旅客機を撃墜したことをイランは認め た。国民はデモを連日組織し、ついにはスレイマニ司令官の追悼ポスター をはがし始めた。
次に起きることは何か?

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樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム  〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


【知道中国 2014回】                 
──「支那を亡すものは鴉片の害毒である」──上塚(32)
上塚司『揚子江を中心として』(織田書店 大正14年)

             ▽」

ここで、「揚子江流域に於ける米國」に戻る。

やはりアメリカは「終始一貫、親和主義を標榜して又變る所が無かつ た」わけではない。第1次大戦前後を境に「その行動は極めて露骨になつ て來た」。「世人を最も驚かしたるものは、大正5年9月、『シー ムス、カレー』商會と支那政府との間に締結せられたる、支那各地に跨る 五鐵道の利權である」。

「五鐵道」は、「イ、湖南省衡陽より廣西省南寧に至るもの/ロ、山西 省豐鎭より甘肅省寧夏に至るもの/ハ、甘肅省寧夏より同省蘭州に至るも の/ニ、廣東省(海南島)瓊州より樂會に至るもの/ホ、浙江省杭州より 温州に至るもの」である。

後にロシアの強烈な抗議で一部路線変更を余儀 なくされたが、「五鐵道」を地図に落としてみると、「其の企圖の雄大に して傍若無人なる、實に人の意表に出づるものがある」。やはりアメリカ とて“お人好し”のままではいられないのだろう。

ここで上塚は、「五鐵道」に関わる「米國の新利權と列強との關係」に 言及する。

先ず「イ」だが、「英國の勢力圏に突入する事が出來る。又曩に英國の獲 得せる沙興鐵道とも併行して競爭線ともなるのである」。

「ロ」と「ハ」を合わせると、将来的には「實に支那中原の地は正しく 本鐵道によりて東西に?斷さるゝもの」となる。加えて「白耳義『シンヂ ケート』の海蘭鐵道と略相併行し然も其の通過地點は彼に優るとも又劣ら ざる豐沃の地であ」り、「陝西、湖北の沃野を?ぎるの點に於て甚しき有 利の地位にある」。また「直接には東して英國及獨逸の圏内に侵入し、西 して白耳義『シンヂケート』の歸成鐵道に迫り、間接には海蘭、粤漢川鐵 道を脅かすものである」。

「ニ」は「南に南洋群島、西に佛領安南、東に比律賓群島を控え」る 「支那南邊の寶島とも謂ひつべき」海南島を押さえることを意味し、「米 國の此の鐵道を獲得するに就ては蓋し一大計畫の存する事勿論である」。

最後に「ホ」を獲得したことは、「何時も乍ら米國の無遠慮なる外交政 策に驚嘆せざるを得ない」とのことだ。

以上を総括して上塚は、「米國の得たる鐵道利權は支那四百餘州の各 方面に亘り樞要の地點を占有し、其の進むに當りては自由奔放、縱横無 盡、連絡の如何も列國の意好も、何等意に介するなく猛然殺到し來れる」 ものであり、その点は「稍もすれば躊躇逡巡、徒らに機を逸し事を破る我 が帝國の外交政策に一大?訓を與ふるものと稱すべきものである」。

1972年の突然のニクソン訪中、昨今のトランプ大統領による米中貿易戦 争にしても、確かに「其の進むに當りては自由奔放、縱横無盡、連絡の如 何も列國の意嚮も、何等意に介するなく猛然殺到し來れる」と上塚が指摘 するアメリカの対中外交を踏襲したものと言える。

であればこそ、「稍もすれば躊躇逡巡、徒らに機を逸し事を破る我が帝國 の外交政策に一大?訓を與ふるものと稱すべきものである」との苦言も大 いに同意できる。

だが、それにしても、いったい、いつまで我が国の外交は「稍もすれば 躊躇逡巡、徒らに機を逸し事を破る」という陋習、つまり怯懦・卑怯・無 責任に囚われているのか。

アメリカの次は「揚子江に於ける獨逸」である。
 
先ず上塚は「揚子江の上游、四川雲南の地は古くより英佛競爭の舞臺」 であったが、辛亥革命後、「以外(注:「意外」の誤植か)なる分子が此 の間に割込み、英佛兩國の野心を抵制すべく、一箇の楔子を折込んだ。雲 南百色鐵道に據らんとする獨逸即ち是れである」と、イギリスとフランス を相手に意表を突くドイツの行動に驚嘆の声をあげた。

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読者の声 どくしゃのこえ READERS‘ 
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(読者の声1)宮崎正弘独演会は1月15日です。「正論を聞く つどい」は午後六時半から。大手町「産経プラザ」です。

           記

とき      1月15日(水曜)午後6時半
ところ     大手町「産経プラザ」3階大会議室
講師      宮崎正弘
演題      「2020外交展望==米中、中東、そして日中」
資料代     1500円(学生千円)
主催      正論の会(代表・三輪和雄)
★どなたでも予約なしでご参加いただけます。
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(読者の声2)今晩(1月14日)の日本文化チャンネル桜のニュース番 組「フロント・JAPAN」は、福島香織さんが、「台湾総統選挙報告」。宮崎正弘さんは「香港から見た台湾選挙」をテーマに、現地から帰 国したばかりのふたりのチャイナウォッチャーが生々しい現地報告の予定 です。(日本文化チャンネル桜)
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(読者の声3)大東亜戦争や軍人について、いろいろな批判があるが、疑 問があるので挙げてみたい。
 
第一は危機感がない事である。内外の危機にあたり大昔の話をする余裕 があるのか、疑問である。それより再軍備であろう。

第二は情報である。

東亜戦争の元凶であるスターリン、ルーズベルトの対日戦略への言及が ない。いわゆる戦後の古い1人相撲歴史観の弊である。

第三は価値観である。日本の戦争が自存自衛であったことは東條首相が主 張しており、1951年にマッカーサーが米議会証言で認めている。日本の正 当防衛だったのだ。
第四は戦争の当否を勝敗で論じる誤りだ。

大東亜戦争は負けても正しい戦争だった。第二次大戦では人口350万の フィンランドは人口1億五千万のソ連の領土割譲の恫喝に抵抗して断固拒 否し戦った。有名な冬戦争では大戦果を上げたが結局敗戦した。

しかし指 導者マンネハイムは銅像になりヘルシンキ駅頭で国民の尊敬を集めてい る。これが正しい独立国家の国民の在り方だ。日本も東條首相の銅像を建 立すべきだ。敗戦ボケを脱しなければならない。

第五はイデオロギーである。

戦前の日本は反共で自由主義だった。それに対して米国は戦後転向した が、当時のルーズベルトは共産主義ソ連と手を組んで攻撃してきたのだ。 しかし戦後の冷戦の結果を見れば米国が誤りで戦前の日本が正しかった事 は明らかだ。

第六は、当時の戦略や国民軍である日本軍人への非難が結局日本国民への 非難になっていることだ。要するに日本が負けたのは日本人が愚かだった からと言うことに帰結する。そうではないだろう。日本の軍人は世界一で あった。そのため敵は日本軍人の忠誠心を狂信的、勇敢さを残酷性などと 言い換えて非難した。これは事実を報じると賞賛になってしまうからだ。 しかし国際政治の経過を見れば戦後の反日宣伝は終わっている。
日本人は惑わされずに現下の焦眉の問題である再軍備に取り組むべきであ る。以上
   (落合道夫)
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(読者の声4)南米のパリはご存じの通り、アルゼンチンのブエノス・ア イレス市。いつもながらの、群盲象を撫でる的な体験的印象記になるが、 確かに部分的にパリ的な雰囲気を残した大都市。1968年に初めて出張しそ れ以来6.7回訪問しているが、アルゼンチンタンゴも分厚いステーキも 大好き。意外な(?)側面を一言。

ひと昔前になるが、椎名外務大臣がアルゼンチンを訪問した折の現地マ スコミとの記者会見で意見・対応ぶりが立派であったのでQue tipo de tintorero ! との声が挙がったとか、聞いたことがある。当時、アルゼン チンに移民した日本人の代表的な職業がクリーニング業であった。

Que tipo de tintorero ! とは 「なんという洗濯屋、だ!」(洗濯屋 でも−日本人でもーこんなに立派な奴がいるのだネ!)

一般的にラテンアメリカでは人種差別なない、少ない国々と言われている が、今でもまだまだ社会の深層部分では差別はある。

スペイン人、イタリー人の移住者が多いアルゼンチンでは特に社会の上層 部になればなおさらのこと白人至上主義的な意識はあるようです。(木内信胤の信徒の一人)


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