2020年01月21日

◆ハイテク兵器の汎用部品となる製品

宮崎 正弘

 
令和弐年(2020)1月20日(月曜日)通巻6345号   

ハイテク兵器の汎用部品となる製品を中国へ輸出するな
  米国、台湾やオランドに最強の圧力、ハイテク流出へ

半導体製造装置を創れるのは日本と米国、オランダである。韓国と台湾も部分的な製造装置は作っているが、大局的技術として影響が薄い。

狙われたのはオランダだった。リソグラフィ(露光装置)に優れる蘭ASML社。なにしろ中国は半導体を自製できないため、インテル、クアルコム、サムソン、そして最大の供給源は台湾のTSMCに依存してきた。中枢部品は日本依存だった。

2019年11月、オランダ政府は対中輸出ライセンスを与え、出荷直前だったASLM社のリソグラフィ装置の中国企業(SMIC社と言われる)への船積みを保留した。

契約金額は1億5000万ドル、SMICの中国名は「中芯国際集成電路製造」、いまのところ中国最大の半導体メーカーである。

世界最大の半導体メーカーは米インテル。同社はZTEへの半導体供給をやめたため、ZTEは倒産しかけた。習近平がトランプに緊急に電話し、14億ドルの罰金(イランへの不正輸出)を支払って供給を条件付きで再開してもらった。

インテルは主力工場をイスラエルへ移管する。

中国企業はクアルコム買収にも迅速に動き、M&A成立寸前にトランプ政権が割って入った。クアルコムが中国籍になる寸前だった。

さて半導体の設計は英国のアーム社である。

これを3兆円の巨費を投じて買収したのは孫正義だった。アーム社は設計図の中国への提供を規制した。このためチャイナアームという怪しげな合弁子会社が中国に誕生し、気が付けば孫正義は、保有した株式を、前者中国合弁のファンド筋に売り払っていた。

TMSC(台湾積体電路製造)には「軍事用半導体を米国で生産するように」とトランプ政権が圧力をかけている。

TMSCは次世代ジェット戦闘機F35仕様の半導体を製造しており、このハイテク兵器部品が中国に流れる可能性が高いため、トランプ政権は執拗な圧力を継続している。

TMSCは二股をかけて、制裁を回避するため、中国に合弁企業をあたらしく作り、この面妖な合弁企業に、なんとエンジニア3000名の台湾人が移籍した。表向きの理由は給料が2倍なので、大挙してスカウトされたとした。


 ▼焦りだした中国は国有企業にメス

中国でのIT産業、スマホなど一連に新時代のハイテクは「民間」企業が立ち上げた。とは言えアリババもテンセントもトップが共産党員、ファーウェイは軍部との密接な関係があることは天下周知の事実である。

中国はデジタル監視技術や公安データ、防犯システム、送電管理、リチウム電池製造メーカーなど40社以上を昨年末までに国有化した。国有化されたのは美亜柏科、連光軟件、英飛拓、東方網力など。

「ハイテク企業のテコ入れ」を表向きの理由としているが、本質的にはハイテク企業の統括と軍事技術との整合性の深化にある。

同時に中国は国有企業の人事を次々と入れ替え、しがらみのない、汚職に染まりそうにないエリートと交代させている。しがらみがなければ透明性が高まるだろうが、その分、経営的なマネジメントに遅れがでるだろう。

シノペック(中国石油化工業集団)、CNPC(中国石油天然気集団)、それに送電大手の「国家電網」などだ。

総合的な見地からいえば、米国の中国排斥戦略への対応であり、国家安全保障の発想から組織的再編を急ぐわけだが、ファイナンスの面から考えると、首をかしげたくなる。

アリババは香港に上場した。5億株の新株で、およそ1兆2000億円をかき集めた。アリババは既に2014年にウォール街に上場しており(時価総額54兆円。このうちの14兆円がソフトバンク保有)、香港でも上場となると重複になるが、問題は「なぜ、資金が必要なのか?」ということだろう。なぜなら新株発行というのは、新しい借金を意味するからである。

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樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

【知道中国 2019回】        
 ──「支那を亡すものは鴉片の害毒である」──上塚(37)
上塚司『揚子江を中心として』(織田書店 大正14年)

             ▽

冷静・客観的に判断すれば、欧米列強は日本を依然として「支那の執達吏、番犬たらしめん」とする下心を隠さない。日本に「無智驕慢なる番犬」の役割を与え続ける。だが、何時までも、そんな役回りに甘んじているわけにはいかないだろう。

かくて上塚は、「日本は最早此の如き愚直と、追隨の痴呆を止めねばならぬ。資本的侵略主義の下に、支那を分割せんとする白哲人と相携へて、此等諸國の傭兵となり、我が親しむべき同胞を侵犯する事は、日本國民の主義として許さざる所である」と決意を披歴する。

だが彼らを、はたして「我が親しむべき同胞」と無条件に信頼していいものだろうか。


上塚は「日支兩國は經濟的競爭の立場に置かれるべきではない。相共助して生存し得べきものである。隣國を束縛し、其の死命を制する事は歐米人の喜ぶ所ならんも、我が日本にとりては、何等の利益をも齎らさない」と続けた後、『揚子江を中心として』の長かった旅を、次の一文で閉じている。

「我が愛す可き隣人に對して温き友愛の誠を注げよ。彼をして蘇生せしめ、健康ならしめる事こそ、我が日本の前途に光明あらしむる唯一の方法である。(完)」

だが「温き友愛の誠」など、利害打算が無限に絡み合う国際政治の場では通用しない。

上塚が筆を擱いた大正14(1925)年10月から1年ほど遡った1924年11月、孫文は上海を出発し日本への最後の旅に発つ。神戸で約10年ぶりに再会を果たした頭山満に対し、「此の際特に二つの問題を支那の爲に御盡力を御願ひしたい。第一は治外法權の撤廢と第二は税權の獨立である」(藤本尚則『巨人頭山滿翁』頭山翁傳頒布會)と懇願したという。

それから程ない11月末、県立神戸女学校で講堂を埋め尽くした約2000人の聴衆を前にした孫文は、あの余りにも有名な「大亞細亞問題」を説いた。

「日本が(列強との間で結ばれた)不平等条約を撤廃した日が、我々全アジア民族の復興の日だった」

「日本がロシアに勝利した日から、アジアの全民族がヨーロッパを打ち破ろうとして、独立運動が発生した」(『孫文革命文集』岩波文庫 2011年)

こう日本を『賞賛』する一方で、孫文は次のように“注文”することを忘れてはいない。

「日本民族は、欧米の覇道文化を取り入れた上に、アジアの王道文化の本質をも持っていますが、今後は世界文化の前途に対して、結局のところ西方覇道の手先となるのか、それとも東方王道の防壁となるのか、それはあなたがた日本国民の、詳細な検討と慎重な選択に懸かっているのです」(同上『孫文革命文集』)。


「日本は世界の三大強國と誇ってゐるけれども思想その他の方面において儘く後塵を拝しつつあるのではないか、これは日本人が脚下の亞細亞を忘れてゐるためであつて日本はこの際速やかに亞細亞に歸らねばならぬ、而して第一着手に先づ露國を承認すべきだと思ふ」(『大阪毎日新聞』大正13年12月9日)とも付け加えた。


やがて帰国の途に就いた孫文は船中で体調を崩し、日本を離れて3か月後の1925年3月12日、北京で「革命未だ成らず」の一言を遺して不帰の客となる。


以上を要するに、日本は「西方覇道の手先」から脱し、「速やかに亞細亞に歸」り、本来の「アジアの王道文化の本質」に目覚め、「東方王道の防壁となる」べきだ。その第一歩として「露國を承認すべきだと思ふ」というのが孫文の趣旨だろう。

だが、ソ連が新しい形の「覇道国家」であり、孫文の期待したような「王道国家」でなかったことは、その後の歴史が明らかにしている。


はたして中国は「我が愛す可き隣人」なのか。日本は西欧列強がアジアに据えた「無智驕慢なる番犬」に過ぎなかったのか。

またまた大難問に突き当たってしまった。


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