2020年01月26日

◆ゴルフのマナーもつらいよ

馬場伯明


夏坂健さん(1936〜2000)は64歳で早世された。横浜市生まれ。雑誌などにゴルフの洒脱なエッセイを連載。エスプリに満ちた文章はゴルフ好きの多くの読者を魅了した。35年間シングル(low handicapper)を維持したトップアマでもあった。

ゴルフについて何かを書くとき私は夏坂健さんの本を開く。「夏坂さんはどう書いているのだろう」と。無論、わかっている、夏坂さん文章の下駄の底についた泥にも及ばないことを。

昨年秋、あるコースをラウンドしたとき同伴競技者である先輩のAさんが言った。「ちょっと待って。済んだショットの『グチ』を言うなよ。次のホールからゴルフがよくなることはない」と。

う〜〜ん、正しい。「スウェイしたからトップした」「体が開いた。こいじゃあかん」。「ヘッドアップだ。こう打ちゃよかった」とつぶやき素振りする。独り言ではあるが、言い訳ばかりだ。

Aさんが決定的な一言を加えた。「同伴の俺らことが心にない。聞えるだけで気分が悪くなる。『くそっ、俺としたことが・・』と誰もが耐えている。ちゃらちゃら言うな」と。

要するに「ラウンドのマナーが悪い」ということである。反省し次のショットからは黙ることにした。ところが、悲しいものである。私のグチは長年の習性であり、また出てしまい、再々迷惑をかけた。年末までの数ラウンドではスタート前に「今日はグチらない」と肝に銘ずるようにした。少しはよくなったと思うが、・・・どうだか。

どうしたらいいのか。「過去ではなく未来を語る」ことである。「♪済んでしまったことはしかたないじゃない(「知りたくないの」菅原洋一)」と歌にもある。済んだショットやパットは忘れ次のプレーに集中する。実行あるのみである。

昔話の「花咲か爺さん」に出てくる「欲張り爺さん」が庭を掘ったら化け物や欠けた瀬戸物などのガラクタが出てきた。ラウンドでもそんなガラクタ行為がザクザク出る。よくないマナーやルール違反の行為を(自戒も込めて)いくつかあげる。

ティーグラウンドでは、打者(同伴競技者)の打球方向の真後ろに立ってはならない。ショットを盗み見る行為だ。そもそもティーグラウンドに上がってはならない。また、打者が構えている横や後ろでビュンビュン素振りをするバカもたまにいる。

戦後GHQとの折衝などで活躍した白洲次郎さんが「Play fast」を掲げた名門・軽井沢ゴルフ倶楽部の1番ティーでは、打者本人の素振りも禁止されているという。「プレーの際もティーグランド上で素振りはしない」(「軽井沢という聖地(129p)」2012 桐山秀樹・吉村祐美著)。立札もある(倶楽部に確認した)。

さて、ゴルフルールの本質は「Play the ball as it lies(ボールをあるがままの状態でプレーせよ)」である。私的なラウンドやコンペであってもスルー・ザグリーン・ノータッチが本来のルールである(*1)。

ところが、ローカルルールと称し6インチプレースOK(15.24cm置換可)のコースが多い(*2)。しかも、その6インチが実際のラウンドでは60cmくらいまで縄伸びOKになりがちである。私も「打ちやすい場所に出せば(いい)」と言う同伴競技者の囁きに甘え、「サンキュー」と言って打ちやすい場所にプレースしたことがある。本来は誤所プレーで2打罰だ。

また、ストロークプレーのグリーンではホールアウト(カップイン)しなければならないのに、1グリップ〈約27cm〉)OKとすることが常態化している。その1グリップも50〜60cmの「規制緩和!」に堕していることも少なくない。

このような悪弊に染まれば月例競技などの公式競技のときに正しい対応ができなくなる。20年前千葉県のホームコースの月例競技で、グリーン上でホールまで10cm未達のボールを「OKですね」と言ってピックアップしてしまった。即1打罰。同伴競技者やキャディにも笑われ自分はトホホ。当時年間約70ラウンドの大半が「OKパットあり」だったのだ。

グリーン上でマークするときボールの接地点ぎりぎりにマーカーを潜り込ませ、リプレース(*3)ではマーカー外周面の前に置く。1〜2cmほどホールに近づく。このような「ズル」をする人がいる。みみっちいな。「博士や大臣」であっても・・・台無しである。

夏坂さんの「フォアー」の「苦い戦争(271頁〜)」より抜粋・抄録する。1971年、ジェーン・ブラロックは賞金女王への道を走っていた。2日目終了後、LPGAの役員から、「きみはグリーン上でミスマークをやった。・・有利な方向にボールが動かされたと判断、失格と決定した」と。「なんですって!」驚く彼女・・。その後、事件は法廷に持ち込まれ、結果は無罪(1973)。だが、裁判に疲れ1人の優れたゴルファーが姿を消した。

故郷の長崎県南串山町では2ヶ月に1回ゴルフ会があり帰省時たまに参加する。農漁業・商工業・土建業の人たちで構成されるが、百姓・漁師などと侮るなかれ。このコンペはノータッチ・ホールアウトで運営されている。また、2020年の新年会で同席した千葉県のMさんグループのコンペもそうしていると言う。疑惑の余地がなく何といさぎよい。今どきの私的なゴルフでは尊敬に値する。

ところで、ゴルフに、身分、地位、職業などの差異というか上下や優劣を持ち込む人がおり日本社会ではほぼ容認されている。困ったものである。千葉県の「東急セブンハンドレッド倶楽部」でのラウンド経験がおありだろうか。正面玄関を入ると左右の大きな柱に次の文言がある。

右側の柱。有朋自遠方来不亦楽乎(朋あり遠方より来るまた楽しからずや)。論語の第一章「学而第一」の一節である。友人が遠方からわざわざ訪ねて来てくれる、なんと楽しいことか。晴れの日に心を許した友人たちとラウンドする楽しさ・・・。

左側の柱。不許冠職入山門(冠職山門に入るを許さず)。身分、地位、職業・職制をひけらかす人は(このゴルフ場に)立ち入ってはならない。ゴルフの真髄が明確に表明されている。世間という衣を脱いで子供のように無心に(でもいいマナーで)ラウンドする楽しさ・・・。

さらにこのゴルフ場のHP(特記事項)には「ゴルフにおけるエチケット、マナーを貴重な財産として大切に守り続けてまいりました」とある。いいな。でも、私は人間修行が足りず、ときに卑屈、または横柄になり「不許冠職入山門」を厳しく守ることがなかなかできない。

ゴルフの技術を向上させることは容易ではない。しかし、練習に励めば相当のレベルまで達することができる。私でも50歳の頃に千葉のホームコースのメンバーの大会で39・38=76で回り優勝したことがある。

しかし、ゴルフのプレーとマナーとは異質のものである。「・・・礼儀正しさとスポーツマンシップを常に示しながら洗練されたマナーで立ちふるまうべきである(ゴルフルールの第1章「ゴルフの精神」)。

マナーは生まれや育ちによるとも言われる。努力はしていてもふと根っこの人品が顕れてしまう。(故)田中角栄元首相のゴルフラウンドについては多くの人たちがあれこれ書いている。そのプレーは上手く豪快で、饒舌で面白かったらしい。しかし「マナーがよかった」とは書かれていない。

夏坂さんの著書にはゴルフを深く愛した心情が自然に溢れている。ゴルファーのなすべきプレーとマナーが淡々と書いてある。夏坂さんを近くで見てはいないが、私はその著書の数冊を本棚の見えるところに立てている。

最後に、ゴルフについての含蓄のある言葉を紹介する。「同じ職場で18年一緒にいるより18ホール一緒に回ったほうが、その人がよくわかる(日経新聞「マナーの小道31」)。ゴルフを始めて40数年。「ゴルフのマナーもつらいよ」かもしれないが、後ろ指を指されないように精進していきたい。(2020.1.23千葉市在住)。

(追記)
(*1)「スルーザグリーン」:プレー中のホールのティーグランドとグリーンおよびコース内のすべてのハザード(主にバンカー等)を除いたコース内のすべての場所。大まかに言えばフェアウェイとラフのこと。

(*2)「プレース」:元と違う場所にボールを置くこと。6インチなど。
(*3)「リプレース」:ボールを元あった場所へ戻すこと(グリーン上など)。フェアウェイやラフなどでの「6インチリプレース」は誤用。「6インチプレース」が正しい。(了)

        
    
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