2020年01月29日

◆雀庵の「我ら故あって温暖化にお味方す」

       “シ―チン“修一


【Anne G. of Red Gables/66(2020/1/27】用水路沿いの桜並木に小さな 濃い桃色の花が3つ咲いた。早咲きの河津桜だ。雪が降りそうなほど冷え て屋外作業ができずに鬱屈している私を慰めてくれるのか。同情するなら 「もっと日差しを!」だな。

大体がやね、いくら早咲きでも梅より早いというのはいかがなものか。 敷島の道を外れているから桜並木保存会に代わって口頭注意で勘弁してや ろう。それにしても寒いなあ。明日あたりから雪が降りそうだ。

加齢とともに寒いのは苦手になってきた、お湯割りの焼酎やウィスキー で暖をとれない身にはとても辛いものだ、自業自得なのだけれどね・・・

「女心と秋の空」、天気、特に長期予報はなかなか読めないようで、 「冷夏でエアコン不振」「暖冬で冬物衣料前年割れ」なんていう記事は珍 しくない。プロでも読めないが、大昔から読めない、そのために実に多く の人々、特に農民が苦しめられてきた。

夏場の日照りも困るけれど、冷夏というのは実に恐ろしい。東北の農業 はついこの間まで冷夏に苦しみ、まさに「おろおろ」するばかりだった。 本州最北端の津軽では「5年に一度の凶作」が永らく常態化していた。

太宰治が「津軽」で郷土史から引用しているが、明治以降も、

明治2凶、6凶、22凶、24凶、30凶、35大凶、38大凶、大正2凶、昭和6 凶、9凶、10凶、15半凶

と凄まじい。

いずれも主に冷害で、全国的には大雨、洪水、旱魃、虫害、噴火による 凶作もある。対策の取りようがない冷害は恐ろしい。真夏なのに蚊がいな い、それどころか霜が降る! 百姓は泣くばかり。

<特に昭和恐慌と重なった昭和9、10(1931、34)年の大凶作は農家の 生活を圧迫し、飢餓状態を生んだ。この結果農民運動は先鋭化し、血盟団 事件、五・一五事件を引起す原因の一つとなった>(ブリタニカ国際大百 科事典)

この飢饉を「東北凶作」と言うそうだ。

<1934、35年(昭和9、10)に東北地方で発生した凶作。34年の全国産 米実収高は、気候不順のために、31年の凶作時よりも下回った。とくに、 冷害にみまわれた東北地方の減収は著しかった。青森、岩手、山形3県の 収穫高は、過去5年間の平均値の4〜5割にすぎなかった。翌35年にも、冷 害による凶作が青森、岩手両県を中心に東北地方を襲った。

そのため昭和恐慌時に打撃を受けていた農家経済はさらに悪化し、木の実 や草の根を食糧とせざるをえない家庭や、身売りする娘、欠食児童の数が 急増した。芸妓、娼妓、酌婦、女給になった娘たちの数は、1933年末から 1か年の間に、東北六¥6県で1万6000余名に達している。

こうした状況は大きな社会問題として論議の的となり、政府は応急土木 事業の実施や政府所有米支給によって事態に対処し、民間においても救援 運動が展開された。しかし、凶作の痛手は容易に回復せず、農村窮乏問題 はこれ以後の重要な政治課題となった>(日本大百科全書ニッポニカ)

江戸時代も東北農政局によれば、

<南部藩政中期は現在に比べ、米の品種も稲作技術も貧弱なため、東北 特有の冷涼な気象の影響を受けやすかったのです。南部藩は江戸時代の 256年間に大小合わせて92回の不作・凶作に見舞われ、そのうち減収50% 以上の凶作は4年に1度、餓死者を出す程の凶作は16年に1度の割合で発生 しました>

WIKIによれば「江戸4大飢饉」は寛永、享保、天明、天保の大飢饉で、 東北地方の専門家は天明・天保の飢饉に宝暦の飢饉を加えて三大飢饉と呼 ぶこともある。江戸時代は全期を通じて寒冷な時代であったといい、凶作 や飢饉が絶えなかった。

<宝暦の飢饉は、宝暦4年(1754年)から宝暦7年(1757年)にかけて東 北地方を襲った大飢饉。現在の岩手・宮城の両県にわたる範囲で約5万な いし6万人の餓死犠牲者が出たとされる。

被害はそれだけにとどまらず、現在の青森県の一部を治めていた弘前藩領 内では財政の立て直しをしたため餓死者は出なかったとも言われていた が、実際には多数の犠牲者がいたことが墓石調査により確認されている (弘前大学・関根達人教授/考古学による)>


以上のような歴史、歴史的事実がある。今は長いスパンで見ると間氷期だ そうだが(つまりやがては氷河期になる)、太陽活動に影響され、寒冷化 したり温暖化したり、緩やかな変動はあるのだろう。

寒冷化は上記のように冷害など不都合が多いが、温暖化は問題なのか。 温暖化で氷河が解けて海水面が上昇して小さな島は水没する、大陸も沿岸 部は海になる、これはいけないことなのか。内陸部へ移住すれば済むだろう。

耕地面積が縮小するから農業は縮小する。もしかしたら食糧不足で70億 の人間は50年前の35億に減るだろうが、不都合はあるのか。水産資源は増 えるだろうから問題ないか。

温暖化で急に地表面積が小さくなるわけではない、何百年何千年もかかっ て変化するのだからどうってことない。寒冷化も同じで、降った雨や雪が 海に流れていかないから大陸が氷に包まれるといっても、海水面が下がっ て地球上が徒歩で移動できたりする。

温暖化、寒冷化で騒ぐより、地球という生命体にとって最大の敵である 人間の数を制限した方がいいと思うが・・・

1986年のチェルノブイリ原子力発電所事故での放射線被曝の被害は30年 以上経た今でも分かっていないが、人間がいなくなったので野生動物が 「野生の王国」を満喫しているのは確からしい。

<人間のいなくなったことが自然の復活をもたらしつつあるようで、た とえば事故後およそ20年後現地に入ったウクライナ系米国人ジャーナリス トによれば、イノシシを主として、いくつかの希少な動植物が数を増やし ているという。テレビ番組「Life After People(人類滅亡後の世界)」 では、人類滅亡後の地球の姿を想像するサンプルとして、チェルノブイリ が取り上げられている>(WIKI)


人間がいなくなっても地球も宇宙も全然困らない、むしろウェルカムだろ う。まずは人口半減計画をスタートさせればいい、要は「自分の国は自分 で賄え、他者=国連に依存するな」と自主性に任せることだ。合従連衡、 ガラガラポンで、消えるものは消え、新しい秩序が生まれるだろう。

「商売としての温暖化騒動士」はゴアなどごろごろしているが、滑稽で はあるがいささか醜いし、入院した方がいいんじゃないかというキャラも 多いようだ。ギャラ目当てのキャラ。

小生はこの際だから「寒いのは大嫌い、温暖化大歓迎!」の陣営にお味 方いたす。


今回も長くなったのでここまで。(つづく)2020/1/27



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