2020年02月18日

◆立民は「もてない男」?

【阿比留瑠比の極言御免】


とりあえず破談に終わった立憲民主党と国民民主党の合流問題について、未練たらたらの発表が相次いでいる。推進派の立憲民主党の安住淳国対委員長は6日、記者団にこう語った。

「国会審議で来年度予算が上がる(3月末)ころまでには、やっぱり一つの結論を出さないとだめだ」

また、国民民主党の小沢一郎衆院議員は10日、自身が主宰する政治塾での講演で強調した。

「(予算成立後の)4月以降は衆院解散・総選挙がいつあってもおかしくない野党の結集を何としても図りたい」

小沢氏は、新生党代表幹事時代の平成6年6月の講演では、次のように語っていたのが嘘のようである。

「政権を取るための数合わせは野合だ。自民党では最近、流行にあやかって護憲リベラルを言う人が増えた。自民党綱領には自主憲法制定があり、そういう政治家の見識を疑う」

小沢氏の政治塾では共産党の志位委員長の講演も行われたが、小沢氏のご都合主義と何でもありは今に始まったことではないので置いておく。

上から目線が反感

ともあれ、立憲民主党側からも国民民主党からも、それぞれの事情で両党合流を求める声が大きかったにもかかわらず、縁談がまとまらなかったのはなぜか。立憲民主党の中堅議員は解説する。

「国民側が、荷崩れしてバラバラになっても、立憲側に流れてくるだろうと思っていた枝野幸男代表の読み違えだ」

つまり、国民民主党側の足元を見て、上から目線で合流協議に臨んだ立憲民主党側の態度が反感を招き、相手を硬化させたという見立てである。

確かにそれも一つの要因だろうと考えていて、民主党の菅直人政権当時の平成23年1月ごろ、党幹部らの間でこんな自嘲がはやっていたのを思い出した。

 「俺たちはもてない男」

民主党はその前年、22年夏の参院選で敗れたため、衆参両院で与野党の議席が逆転する「ねじれ国会」に苦しんでいた。そこで同年秋の臨時国会では、野党だった公明党の協力に期待していたが、菅氏をはじめとする幹部らの「どうせ公明党はいつかすり寄ってくる」と言わんばかりの態度が鼻につき、ふられた。

次には、参院で否決された法案の再議決を可能とする衆院3分の2議席の確保を目指し、政治的主張を異にする「たちあがれ日本」に粉をかけ、与謝野馨元官房長官の引き抜きには成功するものの、他のメンバーには袖にされた

すると今度は、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)移設問題をめぐってケンカ別れした社民党にすがりつこうとしたが、もう相手にされなかった。そんな中で前述の「もてない男」発言があちことで聞こえるようになったのだった

自分たちは注目の的だといい気になっているうちに旬が過ぎ、高慢な態度が周囲の拒絶感を呼び起こしているのも当時とどこか似ている。 

自分がまいた種

ちなみにその後、菅政権当時の23年2月には、民主党内の小沢氏に近い衆院議員16人が菅政権に見切りをつけて会派離脱を宣言した。さらに小沢氏側近だった松木謙公農水政務官が辞表を出し、政権に三くだり半を突き付けた。

そんな事態を起こした小沢氏が今、野党再結集を必死に呼びかけていることにも、歴史の皮肉を感じる。結局は自分のまいた種であり、因果はめぐる糸車ということか。 

(産経新聞論説委員兼政治部編集委員)

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