2020年02月18日

◆妙な投機か、正常な反応か

宮崎 正弘

 
令和弐年(2020)2月17日(月曜日)通巻6370号  <前日発行>

奇妙な投機か、正常な反応か、ビットコイン初の20000
ドル台を突破
上海株下落、NYは急騰、そして金価格は1600ドル台へ高騰

 コロナウィルス災禍以後、もっとも注目するべき値動きはウォール街の株価急騰ではない。ビットコインの激しい高騰ぶりである。
2019年12月31日、武漢でコロナウィルスが確認された日、ビットコインは7251ドル30セントだった。

2020年1月30日、WHOが非常事態を宣言した日に、ビットコインは1万ドルを突破し、2月14日には20089ドルにまで急騰した。およそ1・8倍の値上がりである。

中国人が買っているかどうかは不明だが、とくにインドでの取引が急増しているという。

金価格も不気味な上昇を続けており、1オンス1600ドル台と突破している。日本の貴金属販売店には朝から長い列が出来ているが、マスコミ種にはならないようである。

他方で、原油価格は急落、原因は中国のガソリン消費激減、新車販売20%減、市況は悪化している。原油価格は25%下落、また商品市況も芳しくないが、中国の購買力が急速に減退しているからである。

他方、有名ブランドの中国の蹴る売り上げは半減に近い。
「中国本土に約250店舗を展開する米ファッションブランド持ち株会社のカプリ・ホールディングスは、150店舗近くを閉鎖。ラルフローレンは、115店舗のおよそ半数で営業を見合わせている。アディダスは1万2000ほどある店舗の相当数を一時閉鎖する方針だ」(フォーブス電子版、2月16日)

欧米の高級ブランドは、じつに売上高の14%を中国市場に依存している。とくにルイビュトンなどのLVMHとティファニーが17%、コーチなどのタペストリー、カナダグースが10%、前掲のカプリ・ホールディングスの中国依存度は6%である。

中国人民銀行は市中に出回っている紙幣を、銀行に回収すると、すぐに新札に取り替えている。

紙幣に病原菌付着を怖れているからといわれているが、スマホ決済が普及している中国でも、農村部、地方都市では、薄汚れた紙幣が流通しているからだ。

かくして市場では奇妙な投機が続くが、これこそは正常な反応なのかも知れない。
     
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樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 【知道中国 2032回】                
 ──「彼等の中心は正義でもなく、皇室でもない、只自己本位でゐる」服部(14/16)

服部源次郎『一商人の支那の旅』(東光會 大正14年)

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もう少し識字率について考えてみたい。服部の旅行から四半世紀ほどが過ぎた1949年の建国時の識字率が20%と報告されている。章炳麟が「文字のあるものは百分の二に足らず」と記した「革命の哲学」を発表した『民報(第8号)』の出版は1906年だから、この当時の識字率は「百分の二に足らず」、つまり2%以下だったわけだ。

もっとも章炳麟の示す数字が正確な統計調査に拠るものなのか不明だが、いずれにせよ革命派、というより20世紀初頭の中国における最高の知性は識字率を2%以下と見做していたことになる。


服部の旅行は大正14(1925)年だから、「百分の二に足らず」(1906年)から「全人口の二十分の一も無いのである」(1925年)までの19年間で、2%から5%に2.5倍増である。服部も章炳麟と同じように正確な統計数字に基づいているわけではなかろうが、それでも1つの「目安」にはなる。

1949年の建国時の識字率が20%だから、いわば2%から5%までに19年を、5%から20%まで24年を要したわけだ。混乱と戦乱の20世紀前半の中国社会を考えると、まずまずの伸び率と言ったところか。

最近の識字率は66.84%(1980年)⇒90.9%(2000年)⇒95.1%(2010年)⇒96.8%(2018年)と飛躍的な伸びを見せる。

やはり衣食足りて礼節ならぬ文字を知る、のだろう。2018年時点で文盲は全人口の3.2%(=100−96.8)だから少ないようだが、14億余の人口である。依然として4500万人(14億×0.032)前後が文字を知らないこと驚くばかりだ。

ここで問われている文字が漢字であるとするなら、この4500万人のなかには自らのことばを奪われた非漢族系のウイグル族、チベット族、朝鮮族・・・は、どれほどの割合を占めているのか。

こう考えると、識字率の飛躍的上昇が生活水準の上昇であり、共産党政権の文化政策の成果だと単純に見做すわけにはいかない。66.84%(1980年)⇒90.9%(2年)⇒95.1%(2010年)⇒96.8%(2018年)の上昇する数字の裏側から、自らのことばを失われてゆく非漢族系の嘆きが漏れてくるようにも思える。

いや、むしろ無機質の数字が語り掛ける共産党政権の漢化、いいかえるなら民族浄化の残忍さに驚くほかはない。

ここで服部に戻る。「支那の教育」に就いては、「今や支那は孔孟道教が廢頽して、祖先崇拝の美風も地を掃ふたと思へた」。「孔孟道教既に廢たつたとすれば、修身倫理の無い國民?育は危險此上なしである」。

 「支那の宗教」に関しては、「之を要するに支那の宗教は幼稚である」の一言で切り捨てる。「宗教は幼稚である」ということは、「支那」そのものが「幼稚である」ということだろう。いや、そうであるに違いない。

「民國政府の無力」について、服部は「近時學匪の跋扈甚しく、今回の上海事件(五・三〇事件)の如き彼等は常に先頭に立ち衆愚を指揮して居る」とし、政府ともあろうものが「彼等の鼻息を覗て外交團」に対応しているほど。
 
「政府の無力無能も呆れるの外はない」ほどだ。「政府の無力無能」の伝統は“天津肺炎”の惨状が呆れるばかりに物語っている。


「中國の小學教科書に、朝鮮も琉球も支那の屬國であつたが日本に奪はれた書いてある」が、「支那人は支那以外に世界はない、世界は悉く支那であると思つてをつた、故に西洋人を西夷と言い、日本人を東洋鬼と嘲つた」。
じつは彼らには「邊彊と云ふ文字はあるが、國境と云ふ思想はない」。

それというのも「主權がないからだ」。そこで「一國家の外觀をなすも、其實質に至つては御氣の毒ながら完全なる國家ではない」と喝破した。
      
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書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評 
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜従軍慰安婦」の虚偽と捏造の報道。朝日は万死に値する
自国憎悪の紙面製作、事実を無視して中韓に阿る報道テロだ
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西村幸祐著『朝日新聞への論理的弔辞』(ワニ・プラス、 1600円+税)
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今般出版された西村幸祐氏による最新のメディア評論集である。これまでにも保守派論壇からの朝日新聞に対する批判は数多くあったが、西村氏の評論は単なる感情的な批判や安易なレッテル貼りではなく、長年西村氏が朝日新聞の論説や記事を丹念に観察し、読み込んできた結果をまとめた極めて精緻にして論理的な内容の評論集である。

西村氏は朝日新聞の存在理由が、徹底した自国憎悪の紙面製作にあり、事実を無視して中韓に阿り、また報道しない自由を謳歌してきた反日メディアとしてのいわば報道テロリズムであったと明快に断言する。

西村氏によれば、本書の題名にある「論理的弔辞」とは丁度50年前当時高校生であった西村氏が読んだ三島由紀夫と東大全共闘の討論を収めた『討論 三島由紀夫vs.東大全共闘─美と共同体と東大闘争』(新潮社)所収の三島由紀夫のエッセイ「砂漠の住民への論理的弔辞」から拝借したものである、と巻末で紹介されている。

今年は三島由紀夫の没後50年であり、憂国忌の発起人でもある西村幸祐氏の三島由紀夫への追憶と憧憬の念が感じられる。

本書の中で西村氏は朝日がいかに報道統制を意識的に行ってきたか具体的事実を示している。たとえば国家・国民にとって最も重要な安全保障の問題について、まず軍事や国防への関心の高さが必要であり、メディアによる的確で不断の報道がなければならないに、日本人ほど軍事に関心の低い国民が世界的に珍しいのは、朝日を中心とする旧メディアが可能な限り軍事問題や軍事情報を報道してこなかったからだと指摘する。

西村氏はまた昭和27年に日本が占領体制から脱して独立国家になった時点で、同時に日米安保条約が発効した事実の重さを指摘する。すなわちそれ以降も今日まで日本全国に米軍基地が残り、いわば憲法9条と日米安保条約はセットになっており、米国による日本の永久占領が組み込まれていると西村氏は述べる。かつて三島由紀夫は≪日米安保と憲法9条はシャムの双生児≫と言っていたが、西村氏もこれは全く正しい、50年たっても真理は真理のままであると言う。

いわゆる「従軍慰安婦」問題において朝日が自認めざるを得なかった虚偽と捏造の報道についても朝日は万死に値する。とにかく多くの読者が本書を手にとって、本来あるべきメディアと報道の姿について考えて頂きたい。
        
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜読者の声  どくしゃのこえ   READERS‘  
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(読者の声1)武漢の病院に兵士が多く派遣されているなど臨戦態勢の中国。そんな中、日本からの支援物資に漢字で書かれたメッセージに中国人が感動しているという。

山川異域,風月同天(住む場所が異なっていても風月の営みは同じ空の下でつながっている)

長屋王が鑑真和上に贈った袈裟に刺繍されていた言葉といわれています。

千年以上前の漢詩が現代の中国人にも通じるところが漢字の魅力です。米中貿易摩擦に新型肺炎と弱り目に祟り目の中国では日本批判も手控えられ、日本軍の侵攻シーンが出てくる紅いコーリャンが放送延期になるなど日本に気を使っているという。

戦前の兵士は30キロもの荷物を背負って徒歩での行軍、銃弾は腹と腰に、これが重かったそうです。中国軍は弾帯をたすき掛けで日本軍との違いはすぐにわかったという。

お困りの国、韓国では日本よりも多く支援したのに韓国に対する感謝がないと不貞腐れている。韓国の支援はいつも金額の多さを表明しながらほとんど実行しない口だけ支援。

しかも韓国国内向けにハングルのみで表示するから中国人には意味不明。1990年代にソウルの地下鉄で出会った日本語世代の男性、「韓国人はパカですよ、漢字を捨ててしまった」と嘆いていたことを思い出します。

語頭に濁音がない韓国語では馬鹿がパカの発音となる。

漢字に対する日中の感覚の違いも面白い。田中英道氏の「発見!ユダヤ人埴輪の謎を解く」で紹介されていた由水常雄氏、「正倉院ガラスは何を語るか」に和同開珎の銀貨が唐の玄宗皇帝時代の遺物からローマ金貨などとともに出土したとあります。

1970年代に高校生だったのですが和同開珎に銀貨があったことさえ知らなかった。開珎の読みですがカイホウと習いました。

近年ではカイチンが優勢。ですが珎を珍の略字とする説はおかしい。中国の開元通宝以来日本でも寛永通宝などホウとなります。中国人研究者の説では寶の異体字から冠と貝を省略したものだろうという。

臭の字など犬の嗅覚の鋭さをあらわすもので、犬が大になるのはおかしいというのには納得。中国に行くと簡体字ばかりで嫌になりますが上海では海の字がもとの水と母の教なのでなぜかホッとします。日本では江戸の黄表紙でも海の字体がでてきますから漢字の成り立ちなどあまり関心がなかったのでしょうか。

簡体字で一番驚いたのは豊田の豊の字が三に縦棒だったこと。豊の旧字の部分に使われているからといっても略し過ぎだろうと思ったらちゃんとした字でした。

峰や蜂でおなじみのホウで意味も豊と同じだという。簡体字の中国でも贏だとか金が三つ重なった字だとか面倒な字がでてきます。中国人なりに漢字に対するこだわりがあるのですね。

ところで別の話題。

米国大統領の予測。ブルームバーグ氏は悪名高きヒラリー・クリントン氏を副大統領候補者とするらしい。これで軍産報道共同体・既得権益集団の熱烈なる支援を得る訳で、武漢問題による経済破綻の責任を取らされるトランプ氏は極めて不利になる。

72歳のヒラリーは4年後に76、8年後には80歳になる。既に健康を害している様なので、それほど忍耐力は無いだろう。ブルームバーグ氏に取って恐ろしいことには、事故死などでは副大統領が自動的に繰り上がる、という憲法上の規定である。氏は全財産と命を賭けての選挙戦になる。クリントンに取って不都合な人、敵、味方、が随分多くの不慮の死を遂げられた。ヒラリーも人生最後の勝負になる。(MS生)
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(読者の声2)国会での辻元清美議員「鯛は頭から腐るという言葉ご存知ですか」という言葉、そんなことわざないだろうと調べると1998年の佐高信の本が元でした。

『鯛は頭から腐る─日本の社会に蔓延する無恥、無能、無責任 (日本語) 単行本
? 1998/4』

もともとはロシアのことわざで「魚は頭から腐る」らしい。数日前は中古で1円からだったのに今日16日は676円からになっている。腐っても鯛といいますが、辻元議員は自民党が鯛だと認めている。つまり立憲民主党は雑魚なのだと自白しているようなもの。旧社会党のように何でも反対で議席が維持できればよいという腐れ野党の成れの果て。

2月12日の国会質疑を各党別に比較したグラフが「もえるあじあ」というサイトにありました。
https://www.moeruasia.net/wp/wp-content/uploads/2020/02/index_5-24.jpg

立憲民主党は桜を見る会が37%と際立って多い。国民民主党はバランスがとれている。国民民主党は小沢と組んだのが致命傷、立憲民主党との合同も破談、保守系の議員は自民党が引き抜きにかかるのでは。野党優遇の質疑時間配分も再考すべき時期ではないでしょうか。
  (PB生、千葉)
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(読者の声3)貴誌でも告示のあった「三島由紀夫の文学と肉体展覧会」。(三島とセコンドランゲージ)を町田のコトバランドへ見に行きました。
https://www.city.machida.tokyo.jp/bunka/bunka_geijutsu/cul/cul08Literature/tenrankai/20190930182208087.html
 運良く山中湖の三島文学館館長の佐藤秀明先生の講演も聴くことが出来て、そうですよね。あの驚天動地の三島事件から半世紀。いろいろな思いが展示を見ながら駆けめぐりました。(FD生、日野)


(宮崎正弘のコメント)そうでしたか。じつは土曜日に、町田で拙講演の機会があり、ついでとばかり、小生も町田市文学館(コトバランド)の同展を拝観しました。

珍しい作品や英語翻訳本や映画化された作品のポスターも並んでいましたが、小生にとっては、檄文のオリジナルを初めて見たこと。事件直前に東武デパートで開催された三島展のカタログ、そしてなんと小生が書いた初回の追悼会の案内状(誰が保管していたのでしょうね)があったこと、この三つだけでも収穫でした。

講演の時間が重なったので、佐藤秀明氏とは挨拶だけでしたが、会場は満員でした。


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