2020年02月26日

◆雀庵の「中共は衰退/復活の瀬戸際に」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red
Gables/77(2020/2/25)】「国力」とは何か。小生は畏れ多くも商学部経済学科である。ここまではいいが・・・専攻がマルクス主義経済学・哲学で、とりわけ情熱を挙げて取り組んだのが――


「初級:デモ・ビラ撒き・カンパ」「中級:ゲバ棒・火炎瓶・投石」「上級:アジ・立看・ガリ版」「特級:イザという時への備え・黙秘・房内での過ごし方」「吟醸:保釈・長期裁判
A to Z」。


以上の理論とノウハウでは「優」だったが、現実の経済とは全く無縁だったから、起業しても複式簿記や貸借対照表は恥ずかしながらチンプンカンプン。そういう難しいことは税理士にやってもらい、ひたすら文字を書き、広告宣伝物を創り、客と大酒を食らい、カネを稼いでいた。それ以外に何もできなかったのだ(ナニはしたが・・・)。


バブル景気というビッグウェーブにたまたま乗っただけで、その波の勢いで業務のIT化にも後れを取らなかったから、2001年の9.11同時多発テロまでは会社を維持できた。基本的に海外旅行業界の仕事が主だったから、9.11で一気に売上が落ちたのは打撃だった。

会社の体力、資金力が枯渇する前にきれいさっぱりと廃業できたから、家を売ることも失踪することもなく、まあまあソフトランディングできたのは不幸中の幸いだった。

会社は廃業や倒産は日常茶飯事だが、国、国家となると、「もうあかん、万歳や、国民諸君、勝手に生きてくれ」とはいかないから大混乱になる。まさかのソ連崩壊の時は、年金暮らしの高齢者は服まで売って糊口を凌いでいた。気の毒なタケノコ暮らしまるで敗戦前後の日本のようだった

「国力」が無くなると国家の破綻、ついには「亡国」になったりする。で、このところ「国力」とは何かと考えるのだ。

「家の経営」ということなら、こんな風に考えらる。

街外れに住むAさんは5人家族、共稼ぎで世帯年収1500万円。大・高・中の3人の子供がいる。@300万円。生活はぎりぎりだ。戸建て、車2台、自転車3台、食糧備蓄は50キロ

一方で人里離れた村外れに住むBさんは夫婦だけの暮らしでWインカム・ノー・キッズ、年収1000万円、@500万円、ゆとりがあり、戸建て、車2台、食糧備蓄は20キロ。自転車はない。

台風でこの2家族は床上浸水した。プロパンなのでコンロは使え、電気も復旧したが、冷蔵庫、洗濯機、テレビなど電気製品、車は壊れてしまった。道路は完全復旧していない。スマホは無事だったが、基地局が破壊されて不通だ。

食糧が不安なのでAさんちでは自転車で遠くの町から食糧50キロを調達できた。Bさんちはあと少しで食糧が無くなるが、買いに行けなくて困っている。

自治体は緊急性のある被災者のケアだけで精いっぱいだ。Aさんちは自転車で町役場に行き、とりあえず被災状況を報告し、支援を要請した。

山渓などが煽った「田舎暮らし」に憧れこの地に来たBさんちは、村役場から一山超えた辺鄙なところで、近所に住宅はない。実は村役場も台風で破壊されて機能していないのだ。以前から村役場の建て替えは課題になっていたが、過疎化もあって税収が落ち込み、長いこと先延ばしされている。

この村の産業は以前は林業だったが、継承者がいないこともあって廃れるばかりだった。今はタケノコや山菜、農業だけの過疎地になってしまった。仕事がない、若者が出て行ってしまう、高齢化は進む、村民の8割が生活保護を受けているという衰退ぶりだ。

明るい未来が全くなく、過疎地支援金でどうにか息をしているだけだった。大体、消防団の一番若い人が65歳、災害があってもとても救援は無理。本人が倒れそうだ。

「戦後復興で林業が盛んな頃は若い人も多く、祭りの時なんかずいぶん賑やかだったけどね、今は分校も消えちゃって、村役場もなくなるそうだ。若いもんがいなくなって、そのうち住民は町の施設に移るしかない。村が消えちまうんだから淋しいけどね、まあ、寿命なんだねえ・・・」

Bさんは夫婦が遺体で発見されたのは台風から1年後だった。食糧が底をついて餓死したと見られる。

つまりだ、同志諸君!

「カネがないと求心力が弱まる、世間、世界との交際、交流、取引、接触、戦争、紛争がないと、沈滞する、黴る、腐る、どこにも行かないし、誰も来なくなる、そして孤立する、やがて戦争、病気、気候変動などで死滅する、消滅する」

のである。人も、村も、街も、国も、文明も消えてしまうのだ。

繁栄していた町、国がいつしか廃墟になるのは天災人災いろいろだろうが、活発な経済活動、交流が途絶えると亡びる、自転車やマグロ、サメなどは動いているから倒れない、止まったら倒れる、死ぬ、そんな感じ。

「連帯を求めるも、孤立を恐れず」というのは人や国家の一つの選択肢ではあるが、孤立の行き着く先は「死」だ。今回の新型肺炎で有名になった韓国のカルト宗教もそんな例ではないか。よくある話。

で、国力。「真の国益を実現するブログ」2014/4/5にはこうあった。

<国力とは、以下の総合力だと思います。

・経済(GDP)・軍事力を背景とした統治力・国民の教育レベル、文化レベル・国民の団結力、民主主義による統治力

GDPはあくまで「総額」であって、国民の豊かさをみるには「一人当たり」のGDPをみる必要があります。現在、日本はGDPでは世界第三位、一人当たりGDPは12位です(ドル換算)>

中共の一人当たりGDPは人口が多いから50位あたりか。しかし、戦争は「軍事力、経済力、戦意」がものをいう。

中共の弱点は「戦意」だろう。中共軍は丸腰の敵には滅法強いが、武器を持った粘り強い敵にはどうも勝てない。ベトナムにちょっかいを出したら猛烈な抵抗に遭い、逃げ出した。現場の将兵はやる気なし。漢族のモットーは蓄財蓄妾美酒美食で、そのためには必死で頑張るが、何の報酬、褒賞もない戦争で死ぬなんて、とてもじゃないがやってられない、という気分だろう。

「よい鉄は釘にならない、兵士になるのは人間の屑」が支那4000年の価値観なのである。逃げるが勝ちで、だから督戦隊が見張っていないと皆逃げちゃうのだ。兵士は人間狩りで「兵士にさせられた奴隷あるいは囚人」みたいなもので、逃げる兵士を皆殺しにするという督戦隊は今でも中共軍にあるだろう。

督戦隊は世界的にも珍しい支那の伝統かと思っていたら、歴史的には欧州でも昔は一般的だったようだ。「ソ連の場合、戦車兵を戦車に入れて上から鍵をかけてしまう。鍵をかけてしまうので、蓋が空きません。前へ進むしかない。絶対に逃げられない。これも督戦隊の考え方です」(中杉弘のブログ)

コロナウイルス禍は事故なのか事件なのか、人災なのか天災なのか、今のところ分からない。原因が分からなければ対策は立てられない。収束しても再発はあり得るのかもしれない。中共建国から70年、コロナウイルスを制御できなければ国力は落ちるばかりだろう。下手をすれば国家崩壊の危機にもなりかねない。

中共はコロナウイルス禍は収束に向かっている、秩序ある操業再開をと、いささか焦ってきているが、もしコロナウイルス禍が「故意の人災=犯罪」であるとしたら、第2波、3波の攻撃は避けられない。

世界は「本当のことを知りたい」が、中共は「本当のことを隠したい」ように見える。中共が曖昧なままなら、国際社会は距離を置く。それなら経済復興はままならず、国力は急速に落ちていくだろう。それは中共の自滅の道だ。(つづく)2020/2/25

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