2020年03月29日

◆【変見自在】支那ウイルス 

高山 正之
 

「スペイン人は足が地につくくらいの絞首台を作った。そこにインディオを13人ずつ吊るし、足許に置いた薪に火をつけて生きたまま吊るし焼きにした」

ドミニコ会司教ラスカサスが16世紀に著した『インディアスの破壊についての簡潔な報告』の一節だ。

新大陸に入ったスペイン人は確かに残忍だった。彼らは男たちを死ぬまで酷使し、働けない者は子供でも殺した。子を持つ女も一緒に殺した。

ただ処女は自分たちの慰みものにした。

カナンの地に入ったユダヤびとは先住のミディアンびとらを平定すると、男は殺し、男を知った女も殺した。ただ処女は「神ヤハウェからの贈り物」として兵士たちが分かち合った。

同じことをスペイン人がやった。結果、例えば今のメキシコ人は1割が白人で6割が処女のインディオに産ませた混血の民メスチソ。残りは深い森に逃げて生き残ったマヤ族ら先住民という構成だ。

中南米で行われた蛮行は北米に入った今の米国人たちもそっくり真似てインディアンをほぼ殺し尽くした。

白人はみな同じことをやってきた。ただラスカサスの本が出てから何故かスペイン人だけが「残虐な国民」と批判され続けた。

理由の一つにユダヤ人の意趣返しがある。

いわゆるレコンキスタ以降、スペイン人は多くのユダヤ人を異端審問にかけて殺した。トルケマーダは8千人を火炙りにした。

ユダヤ人はオランダに逃れ、そこでラスカサスの本を各国語に訳し銅版画までつけて出版した。

スペインの悪評は世界に知れ渡った。

スペインに遅れて植民地獲得に出た「オランダや英国がその悪評をスペイン帝国衰退の道具にした」(西尾幹二『歴史の真贋』)。

どこへ行っても悪評が待っていれば国民の士気は落ちる。かくて無敵艦隊がやられ、植民地は奪われ続け、新興の米国にも嘗められるようになった。

米国は19世紀末にどぎつく脚色した英語版ラスカサス本を出版し、スペイン人を「拷問好きで肉欲的な殺戮者」(ニューヨーク・ジャーナル社)と罵った。

その上で戦争を仕掛けてキューバだけでなくフィリピン、グァムも奪った。

米国はラスカサスで一番儲けた国になった。

400年続いたスペイン苛めは、それほど悪い人でもないフランコまで極悪の独裁者に仕立て、国連までスペインを「除(の)け者にするよう」決議した。

その少し前、第一次大戦末期に世界で致死性の呼吸器疾患が流行った。

日本では「流行性感冒」と呼んだ20世紀最悪のバンデミックで1億人が死んだとも言われる。

発生地はカンザス州の兵舎だとか西部戦線の塹壕だとか諸説があった。

最近、カナダの歴史学者マーク・ハンフリーが「支那発生で支那人が蒔いた」とする説を発表した。

それによると、大戦で働き手が不足した英仏が急ぎ苦力(くーりー)十万人を手配した。

彼らは太平洋を越え、バンクーバーから列車で大西洋側に運ばれ、再び海路で英仏に送られた。

その頃支那では肺ペストに似た病が流行り、日に50人が死んでいた。

苦力たちにも同じ症状が出て仏ノイエル・シュルメールの病院には「数百人の苦力が呼吸器疾患で死んだ」記録が残る。

この凶悪な流行病を何と呼ぶか。当時「カンザス病」とかも候補になった。

それを嫌がった米国がどうだろう、この際、世界の嫌われ者「スペインの風邪」にしては、と持っていったと言われる。

それから1世紀。武漢から汚らしい伝染病が世界に蔓延し、人命も世界経済も瀕死に追い込んでいる。

運び屋はスペイン風邪と同じ支那人。そこまではっきりしているのに習近平はとぼけ、支那外務省は米軍が持ち込んだと言い出す。

仮に発生地がカンザスだって構わない。

いま世界で一番恥知らずな嫌われ者は支那だ。それを「支那ウイルス」と呼んで何の不都合があるか。

出典:『週刊新潮』 令和2年(2020)4月2日号

    【変見自在】支那ウイルス

著者:高山 正之


松本市 久保田 康文さん採録 


この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。