2020年03月30日

◆雀庵の「ヒッキー毛とフォニー習(14)」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red
Gables/89(2020/3/28】散歩コースの「緑化センター」(元・農業試験所)はいつも幼児の声で賑わっている。小生が小学生の頃は豚の品種改良も行われており、小錦のような巨大な豚がブーブー鳴いていた。


今、駅近くには保育園がいっぱいあるが、子供を他者に預けてまでする大事な仕事って何なのだろう、それとも共稼ぎしないと暮らせないほど貧しいのかと考えさせられる。昔は奥さんは専業主婦がほとんどで、共稼ぎだと「旦那の甲斐性がないから・・・」とバカにされていたものだが。


小生が所帯を持ち親になったのは1980年以降だが、「ひらけ!ポンキッキ」で紹介された童謡「パタパタママ」は子供たちとよく聴いていた。子育て中の専業主婦の楽しさを謳歌しており、とても好きっだったが、外仕事をする「キャリアウーマン」とか「キャリーさん」が80年代頃からもてはやされてきて、今ではすっかり消えてしまった。


子育てと外職(そとしょく=本来は建設関係など現場仕事だが、自宅での内職ではない通勤仕事)・・・両立できないから保育園がヘルプするのだが、外職したいのは24時間仕事のような子育てがきついとか小遣いや生活費が足りないからなのか・・・


旦那は職場で心身疲れても家では優遇されていたのが、今では「私だって忙しくてクタクタなんだから、お風呂掃除くらいしてよ、冗談じゃないわよ、モー」。家が安らぎのシェルターではなくなった。「亭主達者で留守がいい」、奥さんだって亭主がいないときはパタパタママをエンジョイしていたのに・・・


「幸せだなあ、我が家は死ぬまで共稼ぎでいくんだ、Wインカム・ワンキッド、いいだろ」


旦那も奥さんも子供もそれで本当に幸せなのかなあ。物欲はそこそこ満たせても、大事なものをなくしているような・・・

こういうのを「老いの繰り言」というのか。


それはともかく、わが街の保育園児はみな一日に一回は緑化センターで“放牧”放し飼いを楽しんでいる。芝生の広場には小さな書庫もあり、絵本がいっぱいあるから、駆けずり回った後は絵本を見たり、読んでもらったりしている。


小さな森や花の道、温室もあるから2時間は楽しめ、週末は老若男女が集う。小生もよく行くが、100円ほどで珍しい花を頒布しているし、使い切った土を無償配布しているのも魅力だ。ミミズが紛れ込んでいるから悪い土ではない。昨年は図書室整理であふれた古本もくれた、「ご自由にどうぞ」。小生は英国のガーデニング雑誌“The
Garden”を貰った。


「本との出会い、本当の出会い」。この月刊誌は The Royal Horticultural Society
(RHS、王立園芸協会)の機関誌で、協会の歴史は1800年のウェッジウッドに遡るそうだ。


彼は高級陶器で有名になった元祖、始祖。我が家にも紅茶セットがあるがティーバッグで利用するのは罰当たり、邪道だし、マグカップに慣れているため小さいのは不便であまり使わない。万一割ろうものなら責められるし・・・「あれはお客さん用なんだから使わないでよ、もー、冗談じゃないわ、五客揃っているから価値があるんだからね!」。


小生のマドンナ(畏れ多くも神戸女学院卒)は香港グルメ研修でウェッジウッドの食器を20キロほど買ったが、成田に出迎えると現地で手懐けた男が運び屋になって大汗かいていた。お嬢様に完敗・・・気の毒に。


元祖ウェッジウッドは「種の起源」のダーウィンの叔父さんだというから、もう大昔、産業革命で大英帝国が「この世をば我が世とぞ思う」ほど輝いていた頃だ、♪坊や良い子だ寝んねしな、今は昔の物語。国家も人間もそれなりに絶頂期があるというのは面白い。


ジョンソン首相はチャイナコロリで蟄居閉門、国民も「皇国の興廃この一戦にあり、英国の宝、国民健康皆保険を守れ!」と各員一層奮励努力、必死で蟄居閉門に耐えているとか。女王の民はいい根性しているよ、英国加油! 習近平と男妾デトロス禁油! WHO、ダブルエッチのオッサン、いやーね、キモイわ。


それにしてもジョンソン首相の髪形、シュールというか、鳥の巣みたいですごいね、ちょんまげの小生も
Yes, you win! あんたの勝ちだ、と拍手したくなる。


それはさておき(林家三平みたいに話が飛ぶなあ、翔ぶのが怖い? それともお好き?)、“The
Garden”を見ていると、箱庭盆栽風の“凝縮内向的”日本庭園よりは“翔んでる”英国風のガーデンが小生には合う。庭園の「庭師」は尊敬するが、「造形作家」を自称する「先生」は好きになれない。無口の職人が大好き、饒舌な芸術家は大嫌い!


全然意識していなかったのだが、今朝、改めて我が屋上庭園を見ると、本場より規模は異次元的に小さいながら“The
Garden”なのである。何となく日英のハーフというかジョンソン首相の髪形風で、何となく楽しい。「何となく暮らしてる」小生の心に沿うなあ。


庭づくりにあたっては「子供の頃にいっぱいあった野原みたいにしよう」とは思っていたが、日本庭園や支那庭園に見られる「人工的」な匂いがしないのはいい。雑然としていながら自然のノビノビした感じがあり、まあ「可愛い花の咲く野原」みたいな面白さ、楽しさはある。


地図で見ると英国本土(グレートブリテン島)は日本よりちょっと小さいが、ざっくり言えば、日本は7割が山で平地は3割足らず、一方、英国は山は1割で9割が湖水地方を含めて平地なのだ。つまり英国には視界を遮るものがない、やたらとだだっ広い。だからゴルフや乗馬が発達する、好まれる。


ドイルの「シャーロックホームズ」を読んでいると、列車の旅では単調な景色が延々と続く様子が描かれている。日本では海、山、畑、街、海、山、畑、街の繰り返しだ。線路も道路もクネクネしている。


<ホームズはひと頃アヘンに凝っていたが、今は元のパイプに戻り、頭脳も恢復したようだ。車窓からの眺めは変わり映えしない。ホームズはタイムズを読み終えた。

「ねえ、ワトソン君、この頃日本はずいぶん新聞を賑わしているね。支那はともかくもロシアに勝ったのは今でも信じられないほどの青天の霹靂だったなあ。英日の関係はすこぶるいいけれど、自信を深めた日本人が今後、『英国は小さな島国だ』と甘く見ると失敗するかもしれないね。『小さな島国のとてつもない大国だ』と思っていた方がいい。日本はうぬぼれるのではなく、英日同盟は日本のためにも継続すべきだと思うんだが、君はどう思う」


日本海軍によるバルチック艦隊の激滅に、いつも冷静なホームズも興奮したようだ・・・>

と、いうような作品があっても良かったろう。

かつての英国植民地である北米、豪州も広い。シドニーから車で山岳地方のブルーマウンテンズ世界遺産地域に向かう際、牧場に沿っていったが、景色がずーっと同じで居眠りし、目覚めてもまだ牧場だった。

短編の名手と言われるO.ヘンリーは前科者でアル中という共通項があるので小生は親しみを覚えるのだが、彼は2年ほどテキサス州でカウボーイをしていた。小生は1年ほど都内でスパイダーマン=鳶職をしていた。

まあ似ているのだが、O.ヘンリーのいた牧場の広さは40万エーカー、東京ドーム3万4000個分・・・と言われても・・・日本人は・・・東京23区は約6万2100ヘクタールだから、これをエーカーにすると・・・クソッ! とにかく広いのだ。


度量衡くらい世界で強制的に統一したらいいが、ISO規格はあまり馴染まないようだ。度量衡にはそれぞれ歴史的背景があるから難しいのだろう。リンダ、一寸(ちょっと、3センチ)困っちゃう、3センチの虫にも15ミリの魂・・・

ああ、神よ、未だに「サインコサインタンジェント」、あれは一体何だったのですか、ストレイシープを助けたまえ。分からないことばかり。

想像もできない40万エーカーに牛が1万2000頭、羊が6000頭・・・「出荷年齢になった牛を1000頭集めて駅の裏のランチに追い込め」と言われても・・・日本人には想像もできない広さ、規模だ。モーあきまへん。

平原や丘陵の多い見晴らしのいいノビノビ系大陸にはガーデンが、山がちで視界が限られるチマチマクネクネ系島国には盆栽風庭園が好まれるのだろう。


支那は広くても下層民や山賊以外は城塞都市暮らしだから名園=盆栽風庭園だ。大陸に住んでいても辺境以外の支那、漢族は基本的に農耕民族であり、英米が「大胆ザックリ肉食革新攻撃」系なら、日中は「繊細チマチマ草食保守防衛」系ではないか。


日本はちっぽけな島に1億3000万人、支那は広い大地に14億人。共に草食系で寄らば大樹ののび太、スネ夫のような存在である。



日本はジャイアン米国の庇護を受け、支那は14億の何をするか分からない阿Qパワーで、とりあえずは生存を確保しているが、14億の阿Qが「どこでもドア、何でもあり」の角の生えたドラえもんになると世界は封鎖封印するしかない。


毛沢東は党内抗争を阿Qを煽って戦った。禁じ手だ。党内抗争が党外抗争、全国抗争になり、有史以来の子が親を殺すという、およそ桀紂の暴政もかくやという大混乱をもたらした。この野蛮的、非文化的「文化大革命」発動を前に、毛沢東はこう宣言した。


<新たに生まれたどのような事物の成長もすべて困難や曲折を経なければならない。社会主義事業の中で、困難や曲折を経ず、大きな努力を払わず、いつも順風に乗って、たやすく成功を収められると思うなら、そうした考え方は幻想にすぎない>(1957/2/27「人民内部の矛盾を正しく処理する問題について」)


死屍累々、餓死者続出という「大躍進政策」の大失敗に、この天上天下唯我独尊の神ッている狂気の天才はめげない、懲りない、この道を行く、それに小生のような阿Qが群がり、怒涛の進撃で既成秩序に反対する、即ち「共産主義の計画経済ではうまくいかない、市場経済で活性化するべし」という劉少奇やトウ小平ら改革派を弾圧していったのである。

<文化大革命は1966年から1976年まで続き、1977年に終結宣言がなされた、毛沢東主導による運動である。名目は「封建的文化、資本主義文化を批判し、新しく社会主義文化を創生しよう」という文化の改革運動だった。

実際は、大躍進政策の失敗によって国家主席の地位を劉少奇党副主席に譲った毛沢東が自身の復権を画策し、紅衛兵と呼ばれた学生運動や大衆を扇動して政敵を攻撃させ、失脚に追い込むための官製暴動であり、中共内部での権力闘争だった。

各国の知識人やフランスの五月革命などの政治・社会運動にも大きな影響を与えた。大量虐殺と共食いも特定の地域で発生した

文化大革命は内乱状態を引き起こしたが、最終的に1976年の毛沢東死去で終結した>(WIKI)


70年代は中ソの緊張、同時に文革で疲弊した中共と米日など自由主義国との国交回復なども進み、時代はトウ小平の改革開放=市場経済推進へと進んでいく。


それを苦々しく思い、共産主義への回帰を狙っているのが文革の産んだ鬼っ子、習近平である。自らを第二の毛沢東にし、世界に君臨したいという習近平の夢は今、最大の岐路に立っている。つづく。(2020/3/28)
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