2020年04月24日

◆雀庵の「明確な国家ビジョン示す時」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red
Gables/103(2020/4/22】歳をとると同じ話を繰り返すのかなあ・・・大体古人も同じことを手を変え品を変えて説く。舞台芸術も筋は同じだろうが、演者の創意工夫、解釈、表現などで観客の感動はずいぶん違うようだ。


戦前の岡本綺堂の随筆などを読むと「団菊左はすごかった」という言葉によく出会う。


<団菊左:歌舞伎で、明治期の東京劇壇の三大名優、九世市川団十郎・五世尾上菊五郎・初世市川左団次をいう>(デジタル大辞泉)


小生は伝統芸能にすこぶる疎いが、「歌舞伎は最初の3、4回は分からないが、5回目あたりから楽しめるようになる」という話を聞いて「・・・」、腰が引けてしまった。職場にほど近い新橋演舞場を眺めるたびに「はあ・・・何事も修行かあ・・・いつか、そのうちに・・・」と溜息をつきながら演舞場わきの蕎麦屋でザルを食っていた。


蕎麦屋の初老のオヤジの風格所作はまるで歌舞伎を見るようで、実に美しかった。「そばやー!」と声を上げたくなるほどで、


「歌舞伎が好きで好きでたまらない、楽屋に入りびたりで勘当された大店の次男坊、菊五郎に諭されて廓上がりの女房と二人、演舞場の隣に小さな蕎麦屋を始めました」


そんな落語か講談にもなりそうな雰囲気だった。映画なら森繫、淡島千景のコンビがぴったり、「夫婦善哉」蕎麦屋編のようではあるね。


歌舞伎役者もすごい人はすごい。例えば指物師を演じる時は一流の親方を訪ねて所作を学ぶ。斎藤隆介「職人衆昔ばなし」の「指物師恒造放談」から。


<(陛下のお泊りになる宿の電燈の笠を十二三個作ったことよりも)あたしの自慢は尾上松緑に芝居を教えてやったことさ。――ってえのも大きいが、実は指物師が主人公の芝居でね、道具と仕事について聞かれたから教えてやった。


「親方、指物師ってえのはどんな台を使って削るんだい?」


ってえから、


「一尺の三尺五寸が基準で、厚みは二寸から三寸、左右に留メがあって、右足を台におっつけたら左足を長く伸ばすのがコツ。板を削って体をかがめても左膝が立たねえのが玄人」


って教えてやったらその通りやった。


「仕事は明日必ずできます」


ってえセリフがあるんだそうだが、どうしたら良いかってえから、ミガキをしてたら良かろうが、チョンマゲ時代でペーパーもあるめいから、木賊(とくさ)で磨いてることにして、木賊はストローを短く切ってそう見せたらどうだって知恵を貸したら、そうやったようだ。



「道によって賢し」、あたしはこれでも尾上松緑の師匠さ。へへ。けれど役者衆も自分の仕事にゃ熱心で気に入ったね。芸の上のことになりゃ、あたしたちにも頭を下げて教わりに来るんだ。仕事をするものはああでなくっちゃならねえ>


この本、小生の師匠、山本夏彦翁の雑誌「室内」に連載され、単行本化された。著者の斎藤隆介は日共党員。夏彦翁はヤクザで前科持ちの安部譲二も起用したが、外野が騒ぐと「私は文を見て前科を見ない」と言ってのけた。斎藤隆介にもそのように接したのだろう。著者もすごいが、夏彦翁の見識の高さ、度胸の良さには圧倒される。


大手出版社がチョイと苦情が寄せられたら月刊誌を廃刊してしまうという、およそ根性なしのヘタレ、醜態を見ると、出版界が寂れていくのは自業自得なのだろう。中共走狗の「世界」は消え、次はリベラル≒アカモドの最後の牙城「文藝春秋」が保科と半藤と手を携えて沈むのを我々は近く目にするだろう。


以上、どうでもいいような話ではあるが、一流は生まれながらにして一流ではなく、皆、並以上に努力しているということで、「才能とは努力する能力」であり、生まれ育ちの出自はいろいろでも、努力すれば一流になれるということを改めて考えたからだ。


「頂門の一針」掲載の前田正晶氏の論考によると、米国は基本的に、高等教育を学んだ上流知的支配階級と、その指示で働く下流肉体労働階級に完全に分かれており、階級間の接触や移動、交流はまずあり得ない社会だという。


本家の英国もそのようで、ジャーナリストのコリン・ジョイス氏によれば飲み屋も別々だそうな。チャイナコロリで学校が閉鎖され、ネット授業や家庭教師の手当てができない貧困層の子供の教育はこれまで以上に上流・下流の格差が広がりつつあるという。


先日、米国内で「都市封鎖解除しろ」というデモ・集会があり、小生の目で見ると粗暴犯で何回か刑務所を出入りしたような、それでもちっとも懲りない「塀の中の懲りない面々」米国版のような、およそ学問とは無縁のマッチョの映像を見た。銃で武装している人もいた。


こういうのが典型的な米国下層階級なのか。8割ほどの人がそれなりに生活に満足している日本ではまず見ない人々だ。頑張って上を目指そうという考えもなく、無知で粗暴であることを居直っているような人々を含めて、「国にどう貢献できるかではなく、国が何をしてくれるのか」しか考えない人が国民の多数であり、それが下層階級だとしたら、米国の大統領は恵まれた仕事とは言えない。


パラサイトのような人も一票は一票で、彼らの支持なしには選挙に勝てない。バラマキを拡大すれば下流階級は喜ぶが「もっともっと」とおねだりは際限がない。迎合ばかりしていたら上流階級から嫌われる。


貧しいと言われても、「そもそも自己責任だろうが・・・」と言ってはいけないのか。


アンタ、ちっとは努力したのかよ? 遊び惚けて高校中退、興味は女とおしゃれとテレビとスマホ、仕事はまあそこそこやるけど「上を目指すってかったるいし」って、遊んでばっかり、どうするんだよ!


「ウッゼーナー・・・だからヂヂイは嫌いだぜ、説教ばっか。大体ねえ、俺、字読むの好きじゃねえし・・・親方も資格取れって言うけどさあ、字見ると眠たくなっちゃうんだよ、遊んでるときはめちゃ元気なのに・・・昔からだから・・・


昨日のドリフ、面白かったよなー、喜劇役者ってのもいいけど・・・俺、マスクいいだろ、タッパもあるし、でも役者ってセリフ覚えなくちゃいけねえから、ちょっと疲れるよな、漢字難しいし・・・でね、ホストクラブってのはどうかなあって思ってるわけ。


俺、昔からモテたしさあ、ホストなら出世できるかも、へへへ・・・手が荒れるとまずいから、やっぱ今の仕事は合わねえよなあ、ざらざらのごっつい手じゃ客がつかねえよ


来月、給料もらったらふけようと思ってんの。親方に借金あるけど、出世したら返しますって手紙書いておこうと思ってるけど・・・それまでは内緒にしといてよ。今日は呼び出して悪かったね、駐禁のカネまでたてかえてもらって・・・来月返すから・・・じゃ、また」


このダメンズも今は高齢者だが、どうしているやら。稼ぎのいいホステスやソープ嬢のヒモになったところで食えるのは5年、めでたく店を持てたとしても夫婦善哉の蝶子のような「耐えてみせます」系の根性女は今は昔の物語。


わが街で50年も続いていたスナックが先日閉店し、フェロモンたっぷり、浮名を流したママはすっかりしなびて80歳、とっくの昔にパトロンも亡くなり、天涯孤独、生活保護でどこかの施設に保護されたようだ。


動物は死を予感すると大体ひっそりと群から離れ、隠れるように死ぬ。他者のケアに縋って大騒ぎの末に死ぬのは、あまり美しくはないし、これからの人にこそ使われるべき金が無駄に使われているようでインモラルな感じがする。


それを「国民としての当然の権利だ」と思う人もいれば「努力もせずに他者に依存しながら権利だけを主張するのはいかがなものか」と思う人もいる。上下の階級や階層が硬直化すると国民としてのまとまりが弱くなり、あまりいいことではないだろう。

日本は上下階級の流動性がある方だろうが、それが良いのか悪いのか、小生にはまだ分からない。下流を上流に引き上げるのはとても難しい。一方で上流を下流に引き下げるのは実に簡単だが、世界競争の中で国力は急速に落ちてしまう。


どういう国にしたいのか、明確な国家ビジョンを示す時ではないか。世界中禍危機によるゲーム中断の今、国民的な議論の高まりが必要ではないのか。(2020/4/22)

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