2020年05月03日

◆雀庵の「独房生活は“3”との勝負」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red
Gables/110(2020/5/1】多摩丘陵の散歩往路は自転車を押して坂道を登るのがきついが、帰路はいろは坂の下りでまるでジェットコースター、スリル満点で実に爽快だ。このままピ、ピ、ピーン! 大空へ向かってジャーンプ! 崖下に落ちてもいい、と思うほど興奮する。



やりかねないなあ、と思うからドキドキ感はひとしおで、漱石「猫」の迷亭の「素晴らしい枝ぶりで、そこで首を吊ったらさぞかしいい気分だろうという誘惑に駆られた」という「首掛けの松」の笑い話は結構真実ではないか。畑の肥溜めは避けるが、「湖に身を投げる」というのは古今東西ロマンチックではあるね。



このところ多摩川を散歩しているが、いろいろな草花を見るのがこれまた気分がいいし、向こう岸まで300mほど視界を遮るものがないので、とても解放感がある。



一時期は釣り人を見かけなかったが、チャイナコロリで家にごろごろしているのにうんざりしたのか、釣り人がずいぶん増えた。シラサギやカワウが「何だこいつら」と見ているのが面白い。



野鳥を目当てに望遠レンズ装備の高級カメラをもった人も多い。用水路の取水口あたりに巣があるカワセミは昔から大人気で、10人ほどがカメラを持って待機していることもある。家人によると近くの用水路でたまに見かけるカワセミが小生の屋上庭園に来ていたそうだが、スズメが集まるから「何なんだ」と偵察に来たのかもしれない。



「何なんだ」・・・疑問/好奇心は発見発明発奮発情の原点だな。「性交は失敗の母」になる確率は成功を大きく上回っている。江戸時代までの古人・先人は血統をつなぐ生殖=神事と、娯楽や商品としての性を明確に分けていた。好き合って一緒になるのを「野合、畜生」と蔑み、長屋の熊さんだって周りのオバサンから「犬猫じゃあるまいし」とやいのやいの言われて大家さんに仲人になってもらい、神事の正式婚にしたのだ。



話を戻すと、ジョギングや高級スポーツ自転車の人も増えた。ヘルメット、専用ウエアはいいとして頑丈そうなメガネ、不気味な烏マスクというのはいささか殺気立って無粋ではあるね。昔は♪みどりの風も
さわやかに にぎるハンドル 心も軽く サイクリング サイクリング ヤッホー
ヤッホー・・・のんびりしていたものだが・・・



堤を少し下りた森とか灌木、疎林からはウグイスの声が聞こえて、稼ぐ必要のなくなったヂヂイは「ああ平和だなあ」と思うが、現役の人なら「どうしよう」と困っている人は多いだろう。死ぬわけじゃないから、これから先の手立てを考えたり、読書を通じて勉強すれば、それなりに天がくれた好機になるかもしれない。



「どこへも行けない、うんざり、まるで刑務所だ!」と思っている人もいるだろうが、独房生活ではまれに「苦にしない」人がいる。小生は吶喊小僧だったが、上司(小隊長)の井上さんは、まるで田舎の小学校の先生みたいに無口でにこやかだった。



彼の特技は禅の達人のように瞑想でき、もしかしたら瞑想どころか完全に「空」になって、それが何時間でも何日でもできるから「独房でも苦にならない」というのだ。自分の利益、エゴがなく、論争もしない。いるだけで部下がついて行く仁者のようで、こういう人が「神」として担がれるのかもと思うほど、まあ人間離れしていた。



小生のような小僧でもゴロツキでもインテリでも、独房生活はなかなかキツイものである。気が滅入るのが収監/拘置3日目、次が起訴/拘留の3週間、以降は新聞購読、書籍差入れ、日記などで気を紛らわすのだが、30日という節目で鬱になりやすく、小生は拘束から3か月あたりでは精神が七転八倒して脳みそが壊れそうな気分になった。



このハードルを越えれば多分、諦観となってそこそこ静かに日々を送れるようになる。1年、2年・・・イワン・デニーソビチのように「考えたって仕方がない」と、環境に精神を慣らしていくのだろう。シベリアでの過酷な懲役10年プラス閏年のオマケの4日間ではそうするしかない。



“ラスプーチン”佐藤優は2002年5月14日から2003年10月8日まで512日間拘留された。同志の鈴木宗男より75日間多かったが、「宗男先生を巻き込んでしまった。彼より早く保釈されるわけにはいかない」という想いだったのだろう。独房では220冊以上の読書と日記、思索で過ごした。



黙秘はせずにいたし、大物だから待遇は悪くはなかったろうが、トイレと小さな洗面所付きの4畳で、しかも監視カメラ付きの512日をめげず腐らず戦意を失うことなく過ごしたのは戦後岩波ボーイとしてはいい根性をしている。



(小生はあの事件は今でも分からない、宗男の強引な施策を戒めたのかなと思うが、公開処刑すべき缶から管や鳩ポッポはお咎めなし、一体何だったのだろう)



コロナ休暇を如何に過ごすか。個人も企業、組織も危機を前提にして次世代モデルを研究していけば「災い転じて福となす」に違いない。長期スパンの戦略に3か月や半年を費やしてもいい・・・そんな気構えでやっていこうぜ、のう、同志諸君!(2020/5/1)
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