2020年05月27日

◆現行法でウイルス第二波を防げるか

櫻井よしこ


安倍晋三首相が5月4日、緊急事態宣言を概ねひと月延長すると発表して、1週間が過ぎた。私たちがいま見ている新規感染者数は約2週間前の私たちの行動を反映したものだが、全国の新規感染者数が100人を切る日もあり、東京では50人以下の日々が続く。

気を抜けば数字は一気に跳ね上がるのであろうが、現時点で日本人は「感染爆発」を免れている。5月8日の「言論テレビ」で西村康稔新型コロナ対策担当大臣が強調した。

「日本人は凄いなと、強く感じます。4月7日に緊急事態を発するとき総理とかなり議論しました。接触を8割減らすのは相当な努力が必要で、しかもイメージし難い。そんな要請ができるのか、と。総理は、日本人は必ず出来るから、頼もうと仰って、極力8割削減をお願いした」

日本人の公衆衛生に対する意識の高さ、倫理観や連帯感を含めて、そこに安倍首相は信頼を置いたというのだ。

実は、日本の首相として、それしか選択肢はなかったのである。周知のようにわが国の緊急事態宣言は首相にも知事にも命令権をほとんど与えていない。お願いするだけだ。それでも国民の大多数は自粛し、新規感染者数は確実に減り、第一段階で日本人はウイルス抑制に成功した。

ただウイルスとの闘いは長く続く。政府は14日にも緊急事態宣言の一部解除に踏み切るが、解除に伴ってまたもや新規感染が発生し、第二波、第三波がやってくると考えるべきだ。

そのとき、現体制のままで乗り切れるか。大半の国民が文字どおり一所懸命に外出を自粛したのとは対照的に、一部のパチンコ店は営業を続けた。知事の「要請」にも「店名公表」にもかかわらず営業を続けた。この間に政府はパチンコ店への休業支援策を打ち出したがそれでも休業しないため、知事は法的に従う義務を伴った「指示」を出した。しかしこれにも従わない店が兵庫にも千葉にも出現した。「指示」には罰則はないため、店側が開き直れば、打つ手がないのだ。

第二波の襲来も早い

西村氏はこうした事態を念頭に強制力を持つ法整備の必要性を説いた。そもそも今回の武漢ウイルスに対処する際の法的根拠は、民主党政権が作った新型インフルエンザに対する法律が基になっている。民主党は中央政府にも地方政府にも権限を与えることを嫌い、国民一人一人の権利と自由を最大限尊重した。結果、ウイルス襲来の国難の中でも、わが国政府には何の強制力もないことは既に述べた。武漢ウイルス問題の直接の責任者として、西村氏が語った。

「個人の自由や権利を尊重するフランスなど欧州諸国でも国民の外出を強く規制する都市封鎖、ロックダウンが発令されました。現在の特措法については、国民の生命と健康を守るために、『指示』にも従わない場合、命令を出して罰則を科すやり方を考えるべきだと思います。また、日本が欧州や米国と同じような法体系を整えるかについては、幅広い憲法論議が必要です」

安倍首相が14日に緊急事態宣言の一部解除を行い、その後全てがうまくいけばよいが、そうでない場合、第二波の襲来も早い。西村氏のいう法改正は急務であろう。

「現状を見ると、警戒が緩むのを心配せざるを得ません。今日(5月8日)時点でパチンコ店24店が開業しました。そうした中、ウイルスの収束に向かうため、強い措置もとれるよう、法改正はできるだけ早くする必要があります」と西村氏。

特措法改正を日本維新などの協力で実現したとしても、次に考えなければならないのが、特措法を支える緊急事態条項を憲法に書きこむことだ。この点について立憲民主や共産党などは論外としても、自民党自体の議論が揺れている。

自民党が提唱した憲法改正4項目の内、緊急事態発令については、「大地震その他の異常かつ大規模な災害」により、国会が機能しなくなった場合、とされている。

野党は「その他の異常かつ大規模な災害」では余りにも範囲が広すぎる、日本が軍事的に好き放題してしまう余地があるなどと反発し、議論は全く進んでいない。対応する自民党が譲歩案を出し、結果として党内の意見が二分されているのだ。

第一の考え方は緊急事態条項は本来、激変する国際情勢の下で国民の命と国土を守るために、つまり安全保障上の必要性を満たすために必要で、世界各国およそ例外なく緊急事態条項を備えている。従って日本も軍事的側面も含めて広くとらえるべきだというものだ。

平和ボケに驚く

第二の考えは現実を重視し、できるところから改正していくという視点に立つ。先の条文に「自然」の二文字を加えて、「大地震その他の異常かつ大規模な自然災害」とする。緊急事態を発令するのは大地震をはじめとする大規模自然災害の場合に限るというものだ。

正論は第一案であろう。しかし、与党の一翼を担う公明党は後ろ向きだ。立憲民主党や共産党は元々反対だ。自民党は公明党の賛成を得たうえに、さらに国民民主党の常識派や日本維新などの協力を得なければ改正はできない。それゆえ軍事的思惑に関する疑念を振り払うべく「自然」災害対策であることを明確にしようとしているのだ。この種の議論を目の当たりにする度、私は日本国の余りの平和ボケに驚くのだが、これがわが国の現実である。

ではなぜただの法改正にとどまらず、憲法改正までしなければならないか。東日本大震災での苦い経験があるからだ。地震と津波で変わり果てた被災地復興にはまず、瓦礫や倒壊家屋の片づけが急務だった。法律で知事はそうした片づけを指示できると定められている。しかし、実際には憲法29条「財産権は、これを侵してはならない」に阻まれて復興作業が遅れに遅れた。宮城県の村井嘉浩知事は「柱一本でも私有財産だ」と言って戸惑い、内閣府の参事官は「憲法で保障された国民の権利や自由(財産権や経済取引の自由)を安易に制限するわけにはいかない」と答弁した。憲法に根拠が書かれていなければ、法律で緊急時の政府権限を定めても実際には機能しないのだ。

武漢ウイルス問題は私たちに日本国の在り方の歪(いびつ)さを突きつけているが、課題は他にもある。ウイルスに打ち勝つことがいま、最大の課題であるのは明らかだ。感染者の重症化を防ぎ、死者を出さない。国民各自が応分の負担をして充実した医療体制を整えることなしには、経済活動の再開も暮らしの立て直しも儘ならない。

「健康の一帯一路」を謳い始めた中国とは全く異なる、真の意味の医療大国を日本は目指すべきだ。それを国家戦略と定め、国を挙げて体制作りを急がねばならない。

『週刊新潮』 2020年5月21日号
日本ルネッサンス 第900回
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