2020年07月03日

◆敵基地攻撃を可能に、政策転換を図れ

櫻井よしこ


中国は水のように「侵略の手」を伸ばす。水は低地に隈なく流れ込む。中国は弱い所に隈なく入り込む。米国が武漢ウイルス禍で混乱し、11月の大統領選挙で動きが鈍い現在、中国の侵略の手は日本周辺でも大胆に動いている。その状況下の6月15日、河野太郎防衛大臣が唐突に、「イージスアショアの配備計画を停止します」と発表した。

陸上配備型イージス・システム(イージスアショア)は日本がどうしても進めなければならない二正面作戦、中国及び北朝鮮の脅威への対処を充実させるために、2017年12月に導入を決定したものだ。

秋田県秋田市と山口県萩市の陸上自衛隊の基地・演習場に配備すれば、日本列島全体を防護できる。イージスアショア2基で北朝鮮のミサイルを捕捉し、迎撃ミサイルも巡航ミサイルのトマホークも発射できる。強力な守りと、強力な反撃能力の双方を持てる、とされた。

さらに、イージスアショアによって北朝鮮のミサイルへの対応能力が整えば、手持ちのイージス艦7隻は南西諸島で尖閣、沖縄を脅かす中国用に振り向けることも可能になる。

同計画はしかし、河野氏の突然の判断で大幅修正に追い込まれた。計画変更の理由に、河野氏は年来の秋田、山口両県に対する説明と現実が異なることを挙げた。

万が一、敵のミサイル攻撃があり、イージスアショアから迎撃ミサイルを発射した場合、ミサイル本体は高く飛んで宇宙空間で敵ミサイルを破壊するが、途中で切り離されるブースター(第一段ロケット)が自衛隊の演習場内におさまらず、民有地に落下することが判明した。ブースターは必ず演習場内に落ちるため安心だ、と今まで地元に説明してきたが、それが事実でないことが判明したために停止する、というのだ。

元外務副大臣の佐藤正久氏が指摘した。

「北朝鮮から核攻撃を受ける危険と、ミサイルを打ち上げるブースター、1.8メートル程の空のタンクですが、これが落下してくる危険を同列に論じる点がそもそも間違いです」

歪んだ国防思想

この空タンクが民家を直撃する可能性はゼロではないが、限りなくゼロに近い一方、北朝鮮の核は広島に落とされた核爆弾の10倍以上の殺傷能力を持つ。そうした強力な核兵器を運ぶ「スカッド」「ノドン」両ミサイルは日本全土を射程におさめているではないか。北朝鮮の悪魔の攻撃を受ければ数十万人の命が奪われかねないのだ。

大きく異なる二つの危険性、ドンガラのブースターと核兵器を積んだミサイルを、同レベルに置いて論ずる姿勢に日本独特の歪んだ国防思想がある。現実を見ることなしに希望的観測で判断する悪癖だ。政治家もメディアももっと現実に沿って考えなければならない。佐藤氏はさらに強調した。

「たとえば防衛省にはPAC3が配備されています。首都がミサイル攻撃を受ける場合、イージス艦などが宇宙空間で、つまり上層で迎撃できればよいのですが、撃ち逃がして地上に近い下層で迎撃する場合はPAC3が働きます。そのとき撃ち落としたミサイルの残骸などは新宿区に落下する危険性が大きい。こういうことを正直に国民に言うべきです。

その上でどんな態勢を作れば、『新宿区に残骸落下』などの事態を防げるのか、具体的に示すべきです。もっと広い用地を買収したり、海岸沿いに迎撃ミサイル基地用のスペースを確保するなど、国民被害最小化の手はあるのです」

一方で、自民党安全保障調査会会長で元防衛大臣の小野寺五典氏は、政府はイージスアショアの配備中止を決めたわけではないと語る。

「イージス・システムは現在も作っています。秋田、山口を代替できる適切な地があればそこに据えることも可能ですが、海上スペースも有力な候補です」

考えられるのは、➀海上構造物に据えつける、➁海上自衛隊のイージス艦に載せる、である。

海上設置の場合と陸上設置の場合、同じイージス・システムでも仕様が異なるとの指摘があるが、システムを作っている現段階では、修正は可能だという。技術的に修正可能だとしても、日本にはもうひとつ、難題がある。自衛隊の疲弊である。とりわけ海上自衛隊は隊員も船も足りない。充足率91.7%で最重要の訓練日数さえ短縮につぐ短縮が起きている。

イージスアショアの導入にはそもそも海自の負担軽減という目的があった。いまその導入が否定されるとして、小野寺氏の指摘するように海上に設置、またはイージス艦にシステムを載せる場合、海自の現有勢力では難しいだろう。

「投資」感覚

河野氏の判断で日本列島全体の守りに穴を開けることになってはならない。そのためにまず政府は何としてでも国民・国土を守る決意を明確に示すことだ。侵略に毅然と対処する決意を強く打ち出すときだ。

それが国防の穴を塞ぐ第一歩だ。その点で河野氏の発言は極めて不適切だ。氏はイージスアショア見直しについて「投資としても合理性がない。潔くやめよう」と語っている。

無論、予算の無駄遣いは許されないが、国防をカネの多寡で論ずることは愚かである。わが国の隣りには北朝鮮や中国がいて、ロシアが中国と共同で尖閣諸島海域でわが国領土を奪うかのような動きに出ている。

目的達成のために最終的に軍事力行使をためらわないこんな国々に囲まれている限り、損得勘定を超えて可能な限りの国防努力が必要だ。氏は防衛大臣として省内の売店のレジ袋中止やエコバッグ推奨に力を入れているそうだが、国土や国を奪われてしまえば終わりなのである。

防衛大臣なら「投資」感覚でイージスアショア配備停止を宣言するのでなく、その結果、ポッカリ開いてしまう国防の穴を具体的に埋める案を示す責任を果たせ。

6月に入ってトランプ大統領は9月までに独駐留米軍、9500人を削減して2万5000人に縮小するよう指示した。ドイツからの撤兵は米議会の強い反対で一応見合わせることになったが、元駐独大使のグレネル氏は6月11日の「フィナンシャル・タイムズ」紙にこの決定は「アフガニスタン、シリア、イラク、韓国、日本など多くの国から米軍を撤退させるという枠の中でとらえるべきだ」と語っている。米国の大方針は変わらないということだ。

ここで明確に確認しておこう。日米安保条約は国際条約であり、責任ある国として米国も日本もきちんと守るだろう。だが中国に対処するには、日本自身、責任ある国として国防力を養わなければならない。その国家意志を示すためにも河野氏の言葉とは逆に、安倍晋三首相は国防予算を増やし、敵基地攻撃を可能にする新たな政策を提示することだ。

『週刊新潮』 2020年7月2日号
日本ルネッサンス 第907号

この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。