2020年07月04日

◆パンデミックは奇貨となるだろうか

加瀬 英明


全国に外出自粛を強いていた緊急事態宣言がようや解除された。

といっても、相手は疫病神(えやみがみ)だからまだ安心できない。しばらくはマスクを着用して、人々とのあいだの距離をとることになるのだろう。

武漢(ウーハン)ウィルスの大流行という奇禍によって、自宅と近くの事務所を往復して逼塞する日々を過していたが、自分の時間を落ち着いて持つことができたのは、珍しい財貨――奇貨というものだった。

予想もしなかったが、おとなになってから、はじめて長い休暇に恵まれたと思った。

 インスラ、アウタルキア

2つの小さな島に似た、自宅と事務所に籠るうちに、英語で「孤立、隔離」を意味するアイソレーションの語源が、海外に留学した時に学んだラテン語の島の「インスラ」insulaであるのを思い出した。英語のアウタルキー(自給自足)の語源が、ラテン語の「アウタルキア」autarkiaだったと、頭に浮んだ。

自粛中は人出や、交通量が大きく減ったから、喧噪が失せて静かだった。

仕事や会合や、絶え間ない都会の騒音によって、関心がつねに散らされて、自分をおろそかにしていたが、案じることから感覚まで自給自足するようになった。

自宅が表通りの裏の路地に面しているが、狭い庭に集まったスズメの囀りや、近くの皇居の森から飛んでくる野鳥が鳴きかわす声が、はっきりと聞えて嬉しい。

街が静かになったからだ。玄関を出入りする時に、家人が植えた花の甘い香りに気がついて、狼狽(うろ)たえた。喧騒のなかで視覚や聴覚を酷使していたために、五感が鈍ってしまったのだと思った。

つい、4、50年前までは、私たちは東京に住んでいても、自然が心身の一部になっていたから、自然を身近に感じたものだった。

だから樹木が芽をふくころに、屋根や緑を静かに濡らす雨は、春雨(はるさめ)だったし、5月に入ると五月雨(さみだれ)、秋から冬にかけて降る雨や、通り雨は時雨(しぐれ)といった。

春なら霞(かすみ)、秋は霧といったのに、いまでは環境が人工的になったためか、心が粗削(あらけず)りになってしまったためか、1年を通してただ霧としか呼ばない。

英語は季節感が乏しいので、霞も、霧もすべて「フォッグ」fogか、「ミスト」mistか、「ヘイズ」hazeであって、季節によって呼び分ける繊細さを欠いているから、味気ない。

 自然との一体感

英語では、ヨーロッパ諸語も同じことだが、チェリー(桜)、ピーチ(桃)、プラム(スモモ)、オレンジというと、私たちはすぐに花を思い浮べるのに、心より胃袋が先にくるので、食用のさくらんぼ、桃、プラムの実や、オレンジの果実を連想する。こんなことにも、異文化に出会うとカルチャーショックとなって、眩暈(めまい)を覚える。

そこでチェリー・ブロッサムとか、ピーチ・ブロッサム、オレンジ・ブロッサムというように、あとにブロッサム(花)をつけないと、花として鑑賞する対象にならない。花より団子なのだ。

アメリカやヨーロッパで、邸宅や高級レストランに招かれると、季節外れの同じ油絵が、1年中掛けられている。日本であれば、それぞれの季節に合わせて掛け軸をとりかえるのに、興を殺がれる。

 『源氏物語』を読む

私は『源氏物語』、川端文学の優れた訳者として有名な、エドワード・サイデンステッカー教授と昵懇(じっこん)にしていた。

「サイデンさん」と呼んだが、下町をこよなく愛していたので、山の手で育った者として、下町文化のよい案内役をえた。永井荷風文学をよく理解できるようになった。

サイデンさんが米寿になった時に、拙宅において40人あまりの男女の友人が集まって、祝った。

全員で相談して、米寿の祝いに浅草で和傘を求めて贈った。洋傘が普及したために、残念なことに、幼い時に母がさしかけてくれた和傘の油紙を打つ、調子(ここち)よい雨の音が聞かれなくなった。

サイデンさんはその6年後に、東京で亡くなったが、生前愛していた上野池端の会館でお別れの会が催され、丸谷才一氏、ドナルド・キーン氏ら、500人以上の親しかった人々が参集した。私が献杯の辞を述べた。

私は『源氏物語』を、サイデンさんの知遇をえるまで、製紙、香料の産業史の本として読んでいたが、サイデンさんの導きによって、王朝文学として親しむことができた。

 香りは舞台回し

『源氏物語』には数えたことがないが、50種類あまりの紙が登場する。溜漉(ためす)きの紙は中国で発明されたが、源氏に「唐の紙はもろくて朝夕の御手ならしにもいかがとて、紙屋(かんや)を召して、心ことに清らかに漉かせ給へるに」(鈴虫)と、述べられている。

流し漉きの丈夫な和紙は日本で発明されたが、物語のなかで紙が重要な役割をつとめている。

さまざまな香り――薫香が、もう1つ物語の進行を取りしきっている。名香に、梅花香、侍従、黒方(くろぼう)、荷(か)葉(よう)、薫衣(くのえ)香、百歩香などという名がつけられているが、おそらく6、70種類の薫香が舞台回しのように出てくる。

香りはくらしに密着していた。屋内にくゆらしただけでなく、袖や、紙、扇に香りをたきしめた。それも、自分なりの芳しい香りを工夫して、四季にあわせて調合した。

今日の日本では、クラブのホステスや、名流婦人が、不粋なことに1年を通して同じ西洋香水をつけているのには、辟易させられる。大量生産された安いガラス瓶に、はいっている。

源氏の世界では自分だけの香の壺を、四季にあわせてもっていた。

香りは清めであり、人々ははかない香りに感傷を託して、宇宙の静寂を感じた。

西洋の香水は、今日、日本の家庭に普及している除臭剤とかわりがないが、源氏の世界の香りは、優美なものだった。

 自然は静かだが、人間は煩さすぎる

「匂」という字は、もとの中国にない。日本でつくった国字だ。よい香りがたつことだけを意味していない。

日本刀の小乱れした刃紋も「匂う」と表現するが、美しく輝いていることをいう。「朝陽に匂う山桜哉(かな)」という句がよく知られているが、山桜が朝の光をいっぱいに受けて、輝いているという意味である。

『源氏物語』のなかで、女性が「匂ひやか」というと、美しいことを表している。

桜の花は馨らない。光源氏が桜の花が美しいのに、香りがないことを慨嘆している(若菜)。

香を賞(めで)るというが、香りと静けさは1つのものだ。心を落着かせて集中しないと、身心を香りにゆだねることができない。

ゆとりがなければ、香を賞でることができない。香を嗅ぐことによって、ゆとりが生まれた。人生に間をはかることが、大切なのだ。

世間で“引きこもり疲れ”とか、“自粛疲れ”という言葉が流行っているが、自分を取り戻すよい機会だろう。

 2020年は、文明開化の成れの果て

私たちは明治の開国から、文明開化の号令のもとで西洋を模倣するのに努めるうちに、四季のゆるやかなうつろいに背いて、いたずらに慌(あわただ)しい社会をつくってきた。欧米に憧れて、モダン――スピード感、刹那的、享楽的なもの――を追い求めてきた、成れの果ての時代に生きている。

今日、私たちが洋装をまとっているのは、日本を守るための手段であったはずだったのに、利便な文明開化に身を窶すあまり、いつの間にか目的にかわってしまった。

サイデンさんはキーン氏と同じ海軍日本語学校の卒業生で、硫黄島の攻略戦に加わった。

日本では先の大戦中に英語を「敵性語」として使うことも、学ぶことも禁じたが、アメリカは今日でも敵国の言葉を積極的に学ぶ。やはり、覇権国家なのだ。


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