2020年07月07日

◆雀庵の「中共崩壊へのシナリオ(26」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red
Gables/137(2020/7/5/日】多摩川から我が街自慢の二か領用水が分岐するところにミニ水族館「二か領せせらぎ館」があり、散歩の帰路に久し振りに覗いてみた。



水槽は種類別で、同じフナでもギンブナ、キンブナ、ゲンゴロウブナ(ヘラブナ)などに分かれて展示されている。実際の川ではコイ、オイカワ、ウグイなどもうじゃうじゃおり、小生にはよく分からない。子供の頃はフナの甘露煮は良く食べたがギンブナだったのか、ヘラブナだったのか。



<フナは、コイ目コイ科コイ亜科フナ属(Carassius)に分類される魚の総称。



フナは生物学的な分類が難しいとされている魚のひとつである。姿・形・色だけで種を判別することはできないため、初心者が種類を見分けることは困難である。



日本においては「フナ」と呼ばれる魚は慣例的に細かい種類に呼び分けられている。しかし、その「種類」がそれぞれ生物学的に別種か、亜種か、同じ種なのかはいまだに確定されていない>(WIKI)



難しいね。人間とサルもご先祖様が同じだからややこしい。



サル目(霊長目)直鼻猿亜目 真猿下目狭鼻小目 ヒト上科ヒト亜科ヒト族、ここからチンパンジー属
(ape)とヒト属
(human)に分かれるそうだ。髪の毛が3本、多いか少ないかでサルやチンパンジーになったり人間になったり。



「ケダモノ! 大っ嫌い!」なんて言われる男もいる(「嫌よ嫌よも好きのうち」、よっ、色男! 俺もあやかりたい)。



日本人は"yellow
monkey"、米国白人は「豚野郎」と言われたり。平時には公言はしないけれど他民族/人種を罵倒する言葉は世界中に溢れている。



<【7月3日
AFP】サルたちに支配された街へようこそ──。タイ中部ロッブリーでは、サルが増え過ぎてしまい、手に負えない状態となっている。数はここ3年で6000頭に倍増し、人間との共存はほぼ限界に達しつつある。



新型コロナの感染拡大以前は、餌をやったり、一緒に写真を撮ったりするために訪れる大勢の観光客のお目当てであることから、住民たちはサルのおふざけも大目に見てきた。



しかし、新型コロナの影響で外国人観光客が訪れなくなり、サルの行動に思いも寄らない変化が起きた。餌となるバナナが与えられなくなり、腹を空かせたサルたちが凶暴化したのだ>



日本の猫島も人気だが、餌がなくなったらやはり狂暴化するだろうなあとは思うね。衣食足りて礼節を知る。



小生は前回こう書いた。



「南アでは失業者の多くは黒人で、貧困→ 教育不足→ 単純労働→ 転職・解雇→ (就業意欲喪失、犯罪)→ 貧困という負の連鎖が何代も続いているようだ。



今の米国黒人もそのようだが、先住民、メキシコ系、南米系、アジア系はそれなりに社会に溶け込んでいるように見えるのに、黒人だけが不満を爆発させている。人種により得手不得手があるのだろうか」



フランス中部オーベルニュ地方視察の帰路、パリに寄ったとき、白人ガイドが「ズック靴の黒人はひったくりの常習犯ですから気を付けて」と注意を促していたのには驚いた。



黒人は暴行・脅迫の強盗あるいはかっぱらい・置き引き・盗みの泥棒だと思って警戒しろ、ズック靴を履いているのは逃げるためだ、というわけだ。「そこまで言っていいんかい?」の気分。



カミュは「異邦人」の中で、作品舞台である仏領アルジェリアのフランス人青年ムルソー(カミュの投影?)が、原住民のアラビア人を、敵意を持った「何となく」得体の知れない害獣と思ったのか、アラビア人に狙われ怪我した「何となく」友達のようなフランス人ヤクザに代わって、「何となく」銃で撃ち、倒れたアラビア人に「何となく」さらに4発撃ち込む。



ムルソー自身「何となく日差しが強いせいで殺したみたい」と陳述する。死刑判決。教誨師が押し掛けると「俺にかまうな、ほっといてくれ」と叩き出す。



「何となく運命が定まり、今、心はすっかり落ち着いている、せいぜい公開処刑に来て罵声を浴びせてくれ!」



若者特有の、潔癖感、正義感が満たされないと「不条理だ、この世は生きるに値しない、俺は孤独な異邦人だ」と思い込んでしまう危うさをカミュは描いたのだろう。



WW2による価値観の大変化もからませて「われら不条理の子」(ボッシュ)なんていう焼跡闇市派による後追い本も出るなど、大きな話題を呼んだ。



カミュは「異邦人」でアラビア人そのものにはほとんど触れていない。そもそも関心がないようだ。仏人ピエール・ロッチの「お菊さん」では日本人は下等動物として観察されている。



ロッチを愛読しているフランスかぶれの荷風も同様で、日本をバカにしつつも消えそうな美、特に娼婦に耽溺するという、複雑な思いが荷風の魅力だ。小生は毎晩、荷風の日記「断腸亭日乗」を読み、笑いながら眠る。最高クラスの文学、史書であり、同時に滑稽本だ。



閑話休題。フランス人は別の人種を「自分たちと同じ人間」と思っているのかどうか・・・せいぜい「何となく人間に近い動物」と思っているような感じがする。



パーティで白人美女が黒人男と腕を組んで現れる。米国人は不快感から目をそらし、フランス人は「大きなペットを連れてきた」とニッコリする、と開高健が書いていた。フランス人にとって黒人は人間未満の動物なのか。



人種間、民族間、部族間の争いは「文明社会」を自称する国であっても尽きない。問題が単なる利害や偏見なら教育、法律で是正できるかもしれないが、本質的、根本的に人間は一律ではなく、その集団である国家、民族などもそれぞれ得意分野、不得手分野があり、是正や矯正できるものではないのではないか。



犬とサル、猫とネズミ、鷹とハト、虎とライオン・・・同じ場所、同じケージで「仲良く暮らしなさい」というのは、そもそも無理筋だろう。理想は理想、現実は現実、「タブーだから」と逃げずに最適解を探す時期になったのではないか。
長くなったので以下次号。(2020/7/5)
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