2020年07月12日

◆反戦はいらない

高山 正之


TVのクイズ番組で「映画製作本数世界一はどこの国か」という問いがあった。

近ごろは思わぬ国が映画大国に躍り出る。映画館がほとんどないナイジェリアもハリウッドの倍以上の作品を出していた。

支那も宣伝臭い映画を山と作っているが、クイズの正解はインド。

スタジオはボンベイ(ムンパイ)辺りに犇(ひし)めいていて、地名をもじって「ボリウッド」なんて呼ばれている。年間2千本、ハリウッドの3倍も作っている。

実は日本も昔、世界一だったハリウッドを凌ぐ映画大国だった。

東宝、東映、日活などスタジオがたくさんあって年間の観客動員数は人口の10倍11億人もあった。立ち見など当たり前だった。

映画は娯楽の王様だった。ヒーローも一杯いて、鞍馬天狗が白馬で疾走すると場内に拍手が沸いた。司馬遼太郎が出るまで新選組はずっと悪役だった。

任侠モノは特攻帰りの鶴田浩二と高倉健のはまり役だった。健さんの晩年はなぜか辛気臭い反戦ものが多くて気の毒だった。

若大将の加山雄三は青年将校役が似合った。フランキー堺の八路軍をやっつける独立愚連隊は一級の娯楽作品だった。

そんな日本映画がなぜ斜陽になったか。

一つはテレビの出現。最初は画面サイズが17インチ。おまけに白黒だった。

対して映画の方は総天然色シネマスコープだ。それで東映は毎週2本を封切っていた。テレビなどどう逆立ちしたって恐れる敵ではなかった。

で、昭和33年、遊郭が消えた年に大手5社は傲慢にも邦画をテレビ局に出さないという協定を結んだ。テレビで映画を流したかったら自前のセットで自前の俳優を育てて撮るがいい。

困ったテレビ局は米国から「ローハイド」「コンバット」「パパは何でも知っている」を入れた。ビック・モローは茶の間のヒーローになった。NHKも「バス通り裏」の十朱幸代で結構な視聴率を稼いだ。

テレビが面白くなれば映画館に行く人が減る。

実際、5社協定から数年で観客は減り続け、ついには20分の1まで落ちていった。

日本はこの時だけは米国を見習うべきだった。

米国でもハリウッドの前にCBSなどテレビ三大ネットワークが立ちはだかった。しかし映画は国家の重要な宣伝機関という一面を持っていた。

米国は民主国家で慈悲を知り、一方ドイツは徹底的に悪く描いた。

日本も悪役で、純朴な支那人を虐(いじ)め殺している。だから原爆投下は当然だったという世論を育んだ。

そういう重要な情報宣伝機関だから連邦議会が動いて「フィンシン・ルール」ができた。平たく言えばテレビ局は自前でドラマを賄わず、制作はスタジオに任せろということ。

結果、ハリウッドは益々栄え、テレビ局もいい映画を流すことができた。クリント・イーストウッドのようにテレビからハリウッドの大スターに昇格するケースも生まれた。

日本はそうしたビジョンもなく、スタジオの半分は潰れ、テレビ局も半端なドラマしか作れていない。

それでも残ったスタジオがいい映画を作ればまだ救われたが、そこに自虐史観が割り込んできた。二つ目の凋落原因だ。

例えば日本人を攫(さら)
い、テロを仕組む某国に諜報員が潜入し核施設を破壊し人質を取り返すシナリオなら受けそうだが「北朝鮮を挑発するから」(有田芳生)とかでダメになる。

宮崎駿が素直に零戦を描こうとしても周りの反戦運動家が許さない。

結果、少女を死なせて泣かせる映画しか作れない。そんなの誰が見るか。

でもいいネタはある。例えば拉猛(らもう)。米士官が指揮する支那軍の猛攻。最期を前に朝鮮人慰安婦5人に「彼らは日本人しか殺さない」と白旗を持たせる。5人は生還し、日本人将兵は全滅する。実話だ。

先の戦争と日本人の姿をすべて語っている。そういう反戦でない映画が見たい。



出典:『週刊新潮』 令和2年(2020)7月16日号

    【変見自在】反戦はいらない

著者:高山 正之

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松本市 久保田 康文さん採録 
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