2020年07月14日

◆エルドアン、こんどはアヤソフィアをモスクに

宮崎 正弘

 
令和2年(2020)7月12日(日曜日)弐 通巻第6583号 

 エルドアンのナショナリズム、こんどはアヤソフィアをモスクに
  欧米は衝撃を食らったが、自国ファーストで何が悪いのか?

 欧米のメディアはトルコのエルドアン大統領を酷評し続けてきた。
一時は世界秩序の厄介者のように扱った。しかし西側の批判など何処吹く風、トルコはNATOの重要メンバーであるにも拘わらず、上海協力機構(SOC)に加盟し、リビアとカタールに派兵し、シリア内戦では鵺的な軍事行動を取った。

プーチンとは馬があう。ロシアのパイプライン敷設を積極的に推進し、ついにはロシアのミサイル防衛システムを導入した。
そのうえでエルドアン大統領は平然と訪米し、トランプと対等の立場で会談するほどの政治力を発揮する。民主、人権の西洋的価値観を奉ずるトルコ人からは目の仇だが、国内ではなかなかの人気を誇る。

 7月11日、トルコ政府は最高裁判所の決定を受けて、世界遺産のアヤソフィアをモスクとすると発表した。トルコナショナリズムが、グローバリズムとの訣別を宣言したような画期的な出来事である。

 トランプはアメリカファーストを標榜し、列強も「国際秩序」を看板に掲げながらも、実質は自国ファーストである。自分の国の権利を優先させるのは常識である。しかし国際社会の常識が通じない日本だけは「ジャパンファースト」ではなく、「国連ファースト」の夢遊病に罹患している。

 エルドアンのナショナリズム、最初は目立たなかったが、トルコの大学すべてにモスクを設置したあたりから芽を出し、クーデター未遂事件では、直後に10万近くの軍人、政治活動家、教職員らをパージし、権力基盤を固めた。

 トルコの歴史教科書はエルトゥールル号遭難のことを教えるので国民の大多数が親日的だが、史実として六世紀の「突厥」建国をトルコの始まりと教えている。トルコの国名はチュルクに由来する。
 
 アヤソフィアはもともと東方正教会の荘厳な建物だった。コンスタンチノーブル(今のイスタンブール)陥落以来、紆余曲折を経て、宗教混在の博物館として登録し、世界遺産となっていたが、エルドアン政権は、これを正式にモスクとしたのだ。

 ▼これはトルコの国風運動ではないのか

 欧米はトルコの行動を苦々しく思いながらも、NATO海軍は、その本拠がトルコのイスタンブールにあり、また地政学的には地中海への出入り口であるポスポラス海峡を扼しているために、ロシア軍事力の抑止力として、大いに活用してきた。トルコ軍は38万、精鋭は内務省直属の部隊だ。

 欧州勢はトルコのEU加盟には多くの理由をつけて、一貫して難色を示してきたが、トルコを西側陣営にとどめ置くために、制裁を口にしながらも実質的なことは行っていない。むしろトルコへの直接投資を増やして、トルコ観光ではドイツを筆頭に欧州から一千万人前後がカッパドキアなどトルコの観光地を回っている。

トルコはエルトゥールル号に義援金を運んだ山田寅次郎に若者の教育を依頼したが、その教え子のひとりがケマル・アタチェルクだった。アタチュルクは日本の明治維新の成功に倣い、トルコの近代化・西洋化路線を歩んだ「建国の父」である。

だからエルドアンのモスク回帰を短絡的にアタチェルクの西洋化近代化路線否定ととる向きもあるが、ちょうど明治維新の近代化西洋化路線が鹿鳴館でピークを打ち、その後、国風が吹いたように、トルコに国風が本格化したという文脈でとらえるべきである。

イランで日本人が取り残されたときに、救援機を飛ばしたのはトルコ航空機だった。
ポスポラス海峡に海底トンネルを掘り、イスタンブールの地下鉄を東西につなげたのは日本の援助だった。地下鉄の駅には、ちゃんと日本の国旗が飾られている。
駅の出入り口の大型スクリーンには地下鉄開通式典に安倍首相が出席した場面を流している。これらを筆者はカメラに収めてきた。
西側のメディアが嫌うエルドアン、じつは日本は彼に学ぶ点が多いのではないのか?
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集中連載 「早朝特急3」(第43回) 
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 第三部 暴走老人、地球の裏側へ(その2)

 第二章 チリ 

 ▼南北に長ーい国は北にインカ文明が残り、南部はパタゴニアの大自然

 チリは南北に長い。異形に長い国である。
 南北の距離、じつに4329キロ、東西の幅は平均175キロ程度だから、その国土のかたちは地球上のどの国にもみることのない形を成している。北のペルー、北西にボリビアと僅かに国境を接するが、大部分は間に横たわるアンデス山脈が風土と文化をアルゼンチンと国境をわけた。
 サンチャゴに入ると街がどんよりとした薄もやのなか、視界が開けず、南米一高いという自慢のノッポビルも白々と霞んでいた。
朝靄ではなく、折からの山火事の影響でもない。山火事は日本でもちょっと報道されたが、数ヶ月燃え続けた。カリフォルニアの山火事のように延々と燃え続けて火の勢いが風を生み、その風に乗って地をなめるようにさらに燃え広がる。
 2017年の山火事は焼失面積、じつに40万ヘクタール。周辺国ばかりかアメリカも消化ヘリをとばして沈下作戦に協力した。日本政府もJICAを通じて消化剤を送った。宏大な森林が灰燼に帰して木製、チップの輸出産業に大打撃を与えた。

 縦横に走るハイウェイ、行き交う新車を見る限り、チリは立派な先進国ではないか。調べてみるとGDP成長率は6%台もあり、一人あたりのGDPは1万3000ドルだ。地上300メートル、95階建てで「グランタワー」と呼ばれる高層ビルが建つあたりが新都心、ビジネス街である。
こうした近代的な高度成長の副産物が排気ガスだ。どんなに好天でも立ち並ぶ高層ビル群が白く靄ってみえるのはいつものことという。
 
 チリと言えば地震国、と連想する向きも多いのではないか。日本にも何回かやって来たそのTSUNAMIの影響は記憶に新しい。それでも最近の「チリ」は日本の公務員を騙して大金をせしめた売春婦のアニータ、またフランスで日本人女子留学生が失踪した事件の元彼が逃げ帰った国、などと芳しくないことを思い浮かべるかもしれない。
失踪した女子学生、筑波大学では畏友、古田博司教授の教え子だった。
 首都のサンチャゴに十数年住むという日本人女性ガイドは「アニータは何億円だかを馬鹿な日本人男性に貢がせ、それをウリにいまではテレビタレントです。日本の男はチョロイって、売春を誇りにしています。あんな女性がチリ女性の典型と誤解されてはたまったものではありません」と憤った。チリ人は一般的に陽気で、人なつっこいとされるが国民の80%近くがカソリックを信仰する国であって、売春婦を威張らせておくような国情はやはりどこかおかしい。
 チリの人口は1800万人、台湾より少ないのだ。しかもその三分の一にあたる600万人が首都サンチャゴに集中しているというから台北より人口稠密である。
 在留邦人は僅か1800名なのにニッポンというホテルがあり、金太郎、将軍、そしてハポン(日本)という日本料亭もある。寿司バアは数えきれず、日本人気を伺わせる。日本との交易史は意外に古く、1897年の日本チリ修好通商航海条約以来というから、すでに123年になんなんとする。
サンチャゴの下町を歩いても、中華料理、韓国焼き肉レストランを見つけきれなかった。そういえば中国人観光客にもひとりとして出会わなかった。

▼チリワインはとうにフランスワインを抜いている

 さてチリといえばワイン。フランスなどヨーロッパの産地をしのぐ味、としてチリ産のワインが脚光を浴びはじめたのは十数年も前からだが、2020年統計で、とうとうチリ産がフランスを抜いて、日本ではトップとなった。
ワインはよく呑むから、チリは農業国、良質の葡萄栽培、そして銅鉱山の国というくらいは知っていたが、個人的にはもう一つ、アジェンダ政権の時の苦い想い出がある。

 1970年、投票によって合法的な左翼政権が誕生するという「保革逆転」がチリでおこった。
 当時、日本でも共産党の躍進があったため選挙で全体主義政党が政権を握る可能性が皆無ではなかった。この恐怖のシナリオがチリで現実のものとなったことに不安を感じ、企画を担当していた出版社から『保革逆転』という本を出し、チリを訪問した直後の曾野綾子さんらのルポを載せた。
 CIAが背後で使嗾しているというクーデターの可能性に怯えたサルバドール・アジェンデ大統領は、こともあろうに大統領府に武器弾薬、機関銃をひそかに貯蔵し、武装蜂起して共産党一党独裁を狙った。抜け道、隠れ道、密室が造られ、大統領宮殿はまるで軍事要塞となっていた。
 アジェンデはもともと医者出身だったが、チリには富裕層の企業独占より国有化が望ましいと社会主義計画政策を強行した。
愛用の拳銃はカストロから贈られたものだったが、武装蜂起に失敗し、この銃で彼は自殺する。
アジェンデ時代、チリでは鉱山などが片っ端から国有化されて社会は活気を失い、経済は急速に沈滞した。
 国家的危機を察知したアウガスト・ピノチェット将軍が軍事クーデターを起こし、この要塞化した大統領府を空爆した。共産化は防がれた。アジェンデ政権の崩壊は西側を喜ばせた。
サッチャーはピノチェットを称えて止まなかった。
 このクーデタ直後に曾野綾子氏はサンチャゴにはいり田舎町の教会を訪問した。そこで見聞したことは全体主義政権崩壊をよろこぶ民衆の声に溢れていた。
 政権掌握後、ピノチェットが選択したのが「シカゴ・ボーイズ」だった。すなわち新自由主義経済を標榜するミルトン・フリードマン政策の採用だ。自由競争の原則が再導入されると経済は蘇生し、「チリの奇跡」と呼ばれた。
 ところが、ところが。いまのチリではアジェンデの銅像が聳え立ち、大統領宮殿前の公園に威風堂々周囲を睥睨しているのだ。
そしてもっとビックリはピノチェットの銅像がない。
評価が逆転している。これは驚きだった。チリ国民の間にピノチェット将軍はどえらく人気がないのだ。
 最大の原因は西側のジャーナリズムに求められよう。最初はピノチェットを持ち上げながら、独裁的なにおいを嗅ぎつけるや猛烈な批判に転じた。トランプ大統領がCNNやニューヨークタイムズを名指しで「嘘ニュース」と非難して激しくののしっているが、リベラルなメディアの報道姿勢の問題は今に始まったことではないのだ。

▼闇ドルが通用する世界は、インフレが激しいという原則

この稿ではそのことは措くとして、現代のサンチャゴに話を戻そう。
市内、新市街は摩天楼が林立する近代的な大都会となって、地下鉄も縦横に走る。
 地下鉄のチケットはユニークだ。朝のラッシュアワーと昼間、夜間の三色に色分けして、料金が異なる方式をとる。シェスタの風習があって午後一時から五時までは閉店となる商店が多い。やはり南国に来たなぁという感じである。
 南米のどの国もそうであるように常にインフレに悩むため米ドルが通用し、現地通貨の交換レートが旅行者からみれば悪い。公式レートは一ドル=680ペソくらいだが、レストランは勝手に一ドル=500ペソと、ドルで支払うと割高だ。両替商も街のいたる所にある。チリに長逗留するなら断然両替して臨むのがよさそうだ。
 クレジットカードはかなり使えるものの暗証番号とともにパスポート番号まで打ち込まなければならず、個人情報のスキミングを恐れて一度も使わなかった。
 旧市街は舗装された道の多くが遊歩道になっており、かなりの人通りである。起点はモネダ宮殿だ。もともとは造幣局だった建物を大統領府にしたもので、前庭で毎朝、時には音楽隊つきで衛兵の交替式を行っている。
 この衛兵の交替式は格好の観光ポイントだ。広い前庭にこれを目当てに結構な人々が集まっている。殆どが外国人観光客だ。
 騎馬隊、音楽隊がでてくる壮麗な儀式を見物したあと、証券取引所へと歩を進めた。1893年開所したというこの建物の外見、どこか懐かしさを覚える。兜町の旧東京証券取引所と似た印象なのである。
兜町の建物は1931年に作られているので、「証券取引所」のモデルがどこかに存在するのかもしれない。
 都心では官庁街とオフィス町が渾然としており、この一角を抜けると繁華街の長い長いショッピングストリートが続く。

 ▼国民は基本的にどこかが明るくて楽天的だ

 途中、サンチャゴ大聖堂の偉容が聳えていた。内部に自由に入ることができ、ミサも撮影が許可された。カソリック独特の宗教展示物、絵画、マリア像などを見た後で大聖堂の外に出ると金ぴかの消防夫の立像。不審に思って近寄ると、突然動いた。パントマイムのおっさんだった。このようなユーモアが日常生活に溶け込んでいるようだ。
 チリの南部は自然景観の宝庫、パタゴニア地方だ。
 フィヨルドが山や谷を蔽い、南極へ近くなればなるほどに寒冷地となるが、サンチャゴとて東の山側へ登れば名だたるスキー場がいくつもある。
 市民の胃袋を満たす中央市場にも行ってみた。魚市場にならぶ魚介類は大ぶりなものが多く、日本人とわかると「ウニ、ウニ」と大声を掛けられた。日本人の大好きなウニの名産地でもある。鮭などもサイズがどことなく大きい。チリ産の鮭は日本のスーパーでも特売の目玉商品としてお馴染み。安価で身はソフトだ。

 魚市場に隣接した、ちょっと洒落たレストランで昼飯をとった。
 どの店もショーウインドウには大皿に山盛りの料理が並んでいて、一瞥しただけで満腹感を覚える。チリ人の胃袋は大きいようだ。
街中でも豊満な身体をゆすりながら歩く老若男女の姿を多く見かけた。どの皿も新鮮で美味だが、やっぱり量が多くて筆者はもてあました。野菜サラダも新鮮。添えられたポテトフライも美味かった。ただし「二、三人前?」と思うほどの量なのだ。こうしたフライドポテトのようなものを多食するせいなのか、街中に脂肪過多の老若男女が多い。
 燃やすのは山ではなく、体脂肪にすべきだなどとつぶやきながら街を歩いた。 

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 読者の声 どくしゃのこえ READERS‘OPINIONS 読者之声
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(読者の声1)谷崎潤一郎の「上海交遊記」で谷崎は田漢・郭沫若両氏と語り合う。両氏が言う支那の現状は外国資本が流入し、うまい汁はみんな彼らに吸われてしまう。物価は日増しに高くなり、だんだん生活難に追われる。
上海は殷賑な都会だとはいえ、富力と実権を握るのは外国人だ。租界の贅沢な風習が田舎に及んで、純朴な地方の人心を蠧毒(とどく)して行く。百姓たちは田を耕しても一向金が儲からないのに、購買欲を刺戟されて、そのためになお貧乏する。
 谷崎は「排外思想は北京や上海のような都会にあるだけで、田舎の百姓は今でも呑気に「帝力我に於いて何か有らん哉」で、政治や外交に頓着なく、安い物を
喰い安い物を着て満足しながら、悠々と暮らしているもののように思っていた。都会に富が集中して田舎が疲弊するのは世界的の現象で支那に限らない。外国の資本
と言っても主にアメリカとイギリスの金で、これも世界中を席巻している。日本にしてもアングロサクソンの金力に支配されているだろう。つまり世界中が彼らにうまい汁を吸われている訳で、苦しんでいるのは支那ばかりではないかもしれない。まだしも支那は国土が広く、ちっとやそっとの借金ではビクともしない富源があるだけ、外の国よりましかもしれない」と反論するも、「それは違う」と、郭君は言下に否定する。
 「日本と支那とは違います。現在の支那は独立国ではないんです。日本は金を借りて来て自分でそれを使うんです。我々の国では外国人が勝手にやってきて、
我々の利益も習慣も無視して、彼ら自ら此の国の地面に都会を作り、工場を建てるんです。そうしてわれわれはそれを見ながら、どうすることもできないで踏みにじられて行くんです。此のわれわれの絶望的な、自滅するのをじーいと待っているような心持は、決して単なる政治問題や経済問題ではありません。日本の人にはそういう経験がないのだから、とてもお分かりにならないでしょうが、此れがわれわれ青年の心をどれほど暗くしていることか。対外的の事件が起ると、学生たち迄が大騒ぎするのはそのためなんです」

 谷崎は日本の支那通の意見として「支那人は経済的には偉大な人種だが政治的能力がない。外国人に国の主権を奪われても、彼らは平気で勤勉に働き、どんどん金を儲けていく。支那は昔から幾度となく外国人に征服されながら支那民族は少しも衰えず繁殖する。そして征服した者が、却って支那の固有の文化に征服され、結局『支那』という坩堝の中に溶かされてしまう」と反論する。
郭君「昔の征服者は我々よりも文化の低い民族でした。支那が自分よりも文化の高い民族に出会ったのは、歴史上今度が始めてなんです。彼らは北からも南からも、
西からも東からも此の中原へ侵入してくる。経済的に侵入してくるばかりでなく、いろいろ悪い事をしてわれわれの国を引っ掻き廻す。彼らが軍閥どもに金を貸し
たり武器を売ったり、それからまた、租界というような中立地帯を作らなかったら、今日のように国内が乱れ、始終戦争が続くことはなかったでしょう。支那には
昔から戦争があった。しかし今日の有様は、野蛮人の侵略や、単なる内乱とは性質が違っているものと、われわれは見ているのです。いや、われわればかりではありません。国民全体が、今度は今までの野蛮人を相手にするような訳には行かない。真剣になって対抗しなければならないという自覚を持つようになったんです。おそらく今度ほど、国家という観念が一般の頭に染み渡ったときはないと思います」

 独立を果たした中国がいまや世界中で金力による新たな植民地支配を行おうとしている。やられたらやり返すのはいいとしても方向性が間違っている。
もともと天上天下唯我独尊の国ですから何を言っても聞く耳を持たないのでしょう。100年まえは日中連携で白人支配を打破する可能性も少ないながらありえました。しかしアメリカは1911年設立の清華大学を始めとして日中離間を図りその後の展開は支那事変で近衛文麿の蒋介石の「国民政府を対手とせず」で泥沼の展開になりました。
 近衛文麿が「英米本位の平和主義を排す」を主張したのは大正七年(1918)でした。
欧米から危険視されたであろう近衛のまわりには共産主義者が送り込まれ、理想主義者ほど騙されやすいから何かおかしいと思いながら日中関係はどんどん悪化していく。国際連盟設立を呼びかけたウイルソン大統領は民族自決をうたいながら、国内では陸軍や連邦施設に白人・黒人の分離を徹底させた差別主義者だった。
高山正之氏が言う通りの白人の腹黒さ。プリンストン大学では公共政策・国際関係論の学部からウッドロー・ウイルソン元大統領の名前を外す方針を決めたという。
https://www.bbc.com/japanese/53208754
 第一次世界大戦から100年経って歴史の見直しが始まっています。靖国神社の「みたま祭り」、今年はコロナの影響で中止となりました。
「千と千尋の神隠し」という映画では主人公の千尋という少女と両親が神々の領域に迷い込み、両親は豚に姿を変えられ、千尋は名前を奪われ「千」となり記憶もあやふやになってしまう。今の日本は「大東亜戦争」という名を奪われ戦争の記憶も書き換えられたまま。「大東亜戦争」という名を日本は取り戻すことができるのか、新聞テレビの洗脳を受けない若い世代が増えるほど日本はまともになっていきますから、これからに期待できそうです。
 (PB生、千葉)

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(読者の声2)貴誌前号書評の日下氏の箇所で、「『諦めて死ぬ』と言える医療である」。 
これには脱帽。確かに我が国の医療は、世界一の長寿国などを目指して薬漬け、チュウブだらけで生き永らえさせ、死んだほうが楽な人間まで生かそうとする。
 それで医療費がかさみ大変だ。行政は破産する、年金が不足する・・と大騒ぎ。何か変だ。人間にとって大切なのは人生観の確立だ。いま将に、日本の医療は見直すべき時期に来ていると、82歳の老人でも思っている。
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