2020年08月09日

◆人種差別問題に揺れるアメリカ社会の闇 

加瀬英明


アメリカ全国の都市で、「ブラック・ライブス・マター」(黒人の生命(いのち)を守れ)という、抗議デモが盛りあがっている。

5月にミネソタ州で数人の白人警官が黒人の容疑者を取りおさえる時に、窒息死させたことが発端となったが、イギリス、フランスなどにも飛び火している。

アメリカ各地で奴隷制の支持者や、奴隷の所有者、奴隷貿易で財をなした歴史上の人物の銅像が引き降ろされて、撤去されている。

アメリカの3大名門大学は、ハーバード、エール、プリンストンといわれるが、私が留学したエールは創立者が奴隷商人だとか、プリンストンのウィルソン研究所は第1次大戦時のウィルソン大統領が人種差別主義者だったことから、改名する圧力が高まっている。

首都ワシントンも、初代ワシントン大統領が数百人の奴隷を所有していたことから、名を変えるべきだという声があがっている。

 アメリカが溶解しつつあるのだろうか?

トランプ大統領は歴史的な名前を改めたり、銅像の撤去に反対している。11月の大統領選挙で、民主党の大統領候補のバイデン前副大統領が勝ったら、どうなるだろうか?

日本はどうだろうか? 私は有斐閣の『六法全書』を持っているが、日本国憲法の扉のページに、独立宣言文を起草したトマス・ジェファーソンによる『アメリカ独立宣言文』が、初版から今日まで掲げられている。

編著だった我妻栄、宮沢俊義東京大学教授が占領軍の木偶(でく)で、黒人を蔑視していたためだが、ジェファーソンは多くの奴隷を所有し、奴隷の悲鳴を聞きながら、独立宣言文を書いたのだった。『六法全書』から削りたい。

パリでも市民が連日のようにパリ最大の共和国広場を埋めて、「人種差別反対」を叫んでいる。共和国広場といえば、残虐きわまりなかったフランス革命で、無辜のマリー・アントアネット妃がギロチンによって、市民が歓声をあげるなかで処刑された場だ。

今から101年前を振り返りたい。パリにおいて第1次大戦に勝った連合国が、敗れたドイツを裁くパリ会議が行われた。日本は連合国の一員だった。

アメリカのウィルソン大統領が議長だった。戦後の国際秩序を守るために、国際連盟が創設されることになり、日本全権団が連盟規約に「人種平等条項」を加えるように提案した。日本案に11ヶ国の小国が賛成し、アメリカ、フランス、イギリスなど植民地帝国の5ヶ国が反対し、多数決で採択されようとした。
 
ところが、ウィルソン議長が「このような重要な決定は、全会一致でなければ認められない」といって、日本案を葬った。

日本全権団は、今日、共和国広場を埋めた同じパリ市民から、罵声を浴びせられた。

アメリカが奴隷制度を廃止したのは、明治元年の5年前だった。フランスが奴隷制度を廃止したのは、1848年だ。フランスはアフリカに多くの植民地を持ち、アメリカへ奴隷を輸出して巨額を儲けた。ボルドー港が奴隷貿易の中心だった。私はボルドーのワインを飲みたくない。

アメリカの黒人の1人ひとりが、奴隷だった証しの生きた銅像だ。アフリカの黒人の肌が黒いのに対して、アメリカでは褐色をしている。奴隷の女性たちが白人の所有者によって、性的に弄(もてあそ)ばれたからだ。

日本は中国、朝鮮半島と異なって、歴史を通じて奴隷が存在しなかった珍しい文化だ。

初代神武天皇が橿原において即位された時に、「六合(くにのうち)(天地)を兼ねて都を開き、八紘(あめのした)(世界)をおおいて宇(いえ)(一つの家)とせむ」という、人種平等の詔勅を発せられている。

今日、人種平等が人類の規範となったのは、日本が先の大戦で大きな犠牲を払って、数百年も白人の苛酷な支配に喘いだアジアを解放し、その高波がアフリカも洗ったからだった。

 日本は世界の光だった。私たちは大いに誇りたい。

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