2020年09月12日

◆雀庵の「中共崩壊へのシナリオ(73」

             “シーチン”修一 2.0


Anne G. of Red
Gables/183(2020/9/8/火】台風一過、涼しくなったが、咬みつくような日射しだ。小学校の校庭では小1が100人ほど、何のためかは分からないが動いており、半年ぶりに見る光景だ。校庭には子供がよく似合う。


しかし皆、マスクしているためか、キャーキャー声は聞こえない。小生の耳が遠くなっているためでもあるだろう。


加齢による劣化はオツムから足指まで日々進む。やがて亡き母のように呆けていくのだろう。呆ける前に中共を潰さないと安心(あんじん)できないから焦る。


マルクス曰く「存在(下部構造)は意識(上部構造)を規定する」。簡単に言えば「経済の在り様によって人の考え、社会の在り様は変わる」。ちょっとひねくると「出来不出来に関係なくみんな月給50万円にすると争いごとのないユートピアになる」「共産党・共産主義を支持して物欲をなくせばこの世は理想郷になる」。


つまりすべて嘘八百、おとぎ話以下の悪い冗談だ。真実は「人間の意識、願望、必要、価値観、創意工夫が経済システムや社会の在り様を創っていく」、つまり「意識が存在を規定する」のだ。


神が人間を創ったのではない、人間が神を創ったのである。そんなことを言うと日本では「野暮は言いっこなし、イワシの頭も信心から、好きにさせたらいい」。ところが宗教原理主義や共産主義独裁などの非寛容な国では「神への冒涜だ」と確実に制裁され、首チョンパになる可能性もある。


まったく宗教や主義思想は正邪混淆、度数の高い酒みたいだ。飲み過ぎるとひどい目に遭う。分かっちゃいるけど適当なところで止められない人は珍しくない・・・トホホホ


日本は酒飲み天国かと思っていたが、「アルコール依存症者の割合:2010年
世界保健機関(WHO)」によるとたったの1.1%、190か国/地域中136位。1位は今話題の共産主義独裁国家ベラルーシの11.0%だ。


欧州の“共産圏”など北方は特に寒いからだろう、アル中は多く、2位はハンガリー9.4%、3位はロシア9.3%。自由がない、日射しがないとかを含めて鬱屈の種が多く、ウォッカなど強い酒で憂さを晴らすためだろうか。


日本がアル中が少ないのは、体質や伝統的価値観もあるが、「酔っぱらうほど飲むのはカッコ悪い、みっともない、恥」という意識や、会社人間ではなく仕事が終われば「俺の時間」という個人主義が1995年あたりからのICT化(PC、モバイル普及など)とともに高まったからだろう。「個」優先の個人主義とか、また酒が安くなったことで有難味が減ったということも影響していそうだ。


世界的に価値観が多様化し、個人主義は進んでいるだろう。(株)リスキーブランドの「日本の社会的価値観の動向」レポート(2008〜2018年の10年間の時系列データ、各年約4000サンプル)によると、


<日本の社会的価値観はこの10年、「冷笑主義/シニシズム」の傾向が高まった(社会風習や既存の価値・理念などに対して、懐疑的で冷笑するような態度をとる傾向)。特徴は、


1)他人への無関心、2)信頼関係の希薄化、3)感動の希薄化、4)リスクは取らない、5)今さえ楽しければ、6)贅沢の日常化、7)冷めた目線


補記:団塊ジュニア世代は、1971年から1974年までに生まれた世代と言われます。1971年生まれの人を例にとると、20歳の時にバブル経済が崩壊し、大学を卒業するタイミングで深刻な就職氷河期を迎えた世代です。



団塊ジュニア世代は、その上の世代であるバブル世代や団塊世代と異なり、やみくもな消費意欲は少なく、クールな価値観が特徴と言われています。「冷笑主義」の萌芽は、団塊ジュニア世代にあったという仮説も成り立ちます。


団塊ジュニア世代以降に生まれた人の人口は、2017年時点で約6247万人と、全人口の49%を占め、2018年には過半数を超えると予想されます>


バブル経済は1985〜1990年の5年間だったが、この時にそれを堪能した若者は1963〜1968年以前の生まれで、団塊ジュニアは「バブルってなーに?」、パーティが終わってから社会人になったわけだ。「バブル世代」?の小生にとっては余熱を含めて10年近くは美味しい思いをしたのだが、3、4年遅れてきた青年はシラケっぱなし、ヒッキー志向/思考になりやすいのも道理だ。



1990年代から湾岸戦争など中近東が不安定になったことや2008年のリーマンショックもあって、先進国はいずれも低成長が続いているから、今の40代、50代以下は基本的にはシラケた個人主義の人ばかりで、コロナ禍もあって、これからも「シラケた」人々は増えていくのだろう。


そういう時代の中で「中共殲滅」という冷戦あるいは熱戦に先進国は積極的に取り組むかどうか。理論的にはシラケた国民はシラケたままで「我関せず」だ。ところがドンパチが始まると男は数千年、数万年の戦士のDNAが甦り「女、子供を守れ、敵を倒せ!」となるようだ。


これは理論ではなく本能だろう。第1次大戦のとき、欧州のマルクスボーイは一夜にして愛国戦士に変身し、「戦争を革命に転化せよ」と叫んでいたレーニンはがっくりした。「祖国を憎悪するように若者を教育しないとだめだ」と、以来、世界のアカどもに「若者には自虐史観を植え付けよ」と指令した。


第2次大戦のとき、我関せずと青春を謳歌していた米国の明るい、軽佻浮薄な、JFKみたいな若者は(参戦のためにFDRルーズベルトの仕掛けた罠にはめられた)日本軍の真珠湾攻撃に覚醒し、一夜にして愛国戦士に変身したのである。


多民族国家ユーゴスラビアは「我が国はひとつであり、民族主義的な思想は許さない」と「タガ」であったチトー亡き後の1990年代には四分五裂、昨日の友は今日の敵、血で血を洗う内戦になった。もろ先祖返り、民族のDNAが甦ったのだ。


人々のDNAは今なお変わらないかもしれない。しかし、近代になって工業化が進むと兵器の破壊力は急速に高まり、戦争の規模は大きくなり、職業軍人だけでは足りずに国民皆兵になり、1、2年で収まっていた戦時は3、4年に長引き、戦争の人的、物的損害は勝っても負けても耐えがたいほど甚大になってしまった。


1945年の未曽有の大量破壊兵器である原子爆弾の登場は、米ソなど先進国に最早、御先祖様のDNAでは戦争ができないことを悟らせ、確かに強国同士の戦争は75年間もなく、共産主義圏の盟主、アカどもの心の故郷、核兵器大国であり大帝国のソ連も包囲網、冷戦、軍拡競争で自滅した。


核兵器の是非は世界中の政治家や識者が75年間も論じたが、「核の恐怖が安定をもたらした、それに代わるものはない」という現実は否定しようがない。「国権、国境、格差を緩めれば、やがて戦争や対立のない世界になる」というEUの試みも、不法移民という侵略を招いただけの“脳内お花畑”で終わりそうだ。


ソ連に代わる現在の紅い盟主、自由世界の敵は、毛沢東原理主義の習近平中共である。脳内毛語録帝王の習近平は「東風が西風を征す、中共は世界に君臨する」と本気だ。世界から見れば「荒唐無稽」だが、習近平とその一派にとっては崇高な目標であり、まさに「キチ〇イに核」。


西側諸国はソ連を自滅させた包囲戦で世界の悪夢「習近平の夢」を潰すべし。エキセントリックなドイツも何やら夢から覚め始めたか? 川口マーン惠美氏の論考「王毅外相の“不機嫌な訪独”をドイツメディアはどう報じたか 第2テレビは異例の中国・メルケル批判」(現代ビジネス2020/9/4)から。


<◆ドイツメディアで何かが変わった


9月1日、夜7時のZDF国営第2TVニュースの真ん中あたりで、中国の王毅外相のドイツ訪問のニュースが流れた。ドイツのマース外相との共同記者会見の様子が主だったが、二人の態度が凍りつくように冷たい。ニコリともせず、ほとんど目も合わせない。ひょっとして演技かと思うほどの異常さだった。


マース外相は、伝統的に中国寄りのSPD(社民党)の政治家にしては珍しく、最近、かなり中国の人権侵害に言及していた。香港との犯罪人引き渡し条約もいち早く停止している(日本は香港と犯罪人引き渡し条約を結んでいない)


ただ、この記者会見を見る限り、民主主義の価値を守りつつ、中国のメンツも潰さないというマース外相の試みは、ほとんど暗礁に乗り上げていた。「ヨーロッパが中国との良い関係を望んでいるということをお伝えすることは私にとって非常に大切」、「地球温暖化防止は、中国の協力なしには行えない」など涙ぐましい。


それでも、今やこのマース外相の態度が、ドイツの主要な政治家の中では中国にかなり厳しいものとして映るのは、メルケル首相(CDU・キリスト教民主同盟)があまりにも中国に近しく、対中政策を卑屈な叩頭政治にしてしまっているからだ。


このニュースのあとで同テレビ局のホームページを見たら、この王毅外相の訪独についての詳しい記事が出ていた。こちらは、これまでになく、歯に衣を着せぬ率直さで中国批判を展開している。タイトルは「中国に対する幼稚な思い込みからの決別」。


記事のリードは「王毅外相はヨーロッパ訪問で、恐喝し、威圧する中国を見せつけた。彼は、『中国に対する幼稚な思い込みからの決別』という方向転換を加速させてくれるかもしれない」。


ドイツ政府はここ20年間、交易が盛んになれば、中国は自然に民主化されるという理屈をかざして商売に励んできた。それが正しくなかったことは、すでにここ10年ぐらい明らかなのだが、しかし産業界の意向もあり、これまで軌道修正は「意識的に」なされなかった。


つまり「中国が勝手に民主化すると、ドイツ人が幼稚に思い込んでいたわけではない」ということは、ここで付け加えておきたい。


記事では、ウイグルで100万人が収容所に入れられていることも、香港で人権や協定が破られていることも、チェコの議員団が台湾を訪問したあと王毅外相に恐喝されていることも、中国が強硬に売り込んでいる5Gのファーウェイが、ウイグル人の監視と抑圧に多大な貢献をしていることも、全部書いてある。


そればかりか「特にメルケル首相とアルトマイヤー経済相は、北京の怒りを買って経済的な不利益を被ることを恐れて、今でもシャープな批判は躊躇っている」とメルケル批判まで入っていたのにはビックリ。


これまでにはなかったことだ。ドイツメディアで、何かが変わった!と私は感じた。



この日、第2テレビの9時45分のニュースでは、王毅外相の件がトップニュースに出世していた。そればかりか、香港から亡命してきている活動家Nathan
Law氏のライブインタビュー、CDU議員ミヒャエル・ブラント氏の解説などを含め、30分番組の13分あまりを割くという大きな扱いだった。


ブラント議員は驚くほど的確に中国の現状と問題点を提示しており、こういうものが主要メディアのニュースの時間にここまで丁寧に取り上げられることは今までほとんどなかったため、私は、再びドイツの中国報道の分水嶺を見るような思いだった。


◆王毅外相の不機嫌の理由


今回、王毅外相はドイツの前にイタリア、オランダ、ノルウェー、フランスを訪問した。コロナ騒動勃発以来、初のヨーロッパ訪問だ。彼の目的は明らかで、米中紛争においてEUを中国の味方に付けることだろう。



ところがヨーロッパに来てみたら、風向きはすでに変わっており、今や中国の気にいることを言ってくれる国は無くなっていた。


イタリアのように、中国から莫大な投資を受け、コロナの非常時にも助けてもらい、しかも「一帯一路」に率先して加わった国の外相でさえ、「(香港の)自治権と自由の保持は絶対に守られなければならない」と言ったのだから、王毅外相の不機嫌は想像に難くない。こうなると、最後の望みはドイツであったはずだ。


ドイツはこれまで中国とはとりわけ仲が良く、顔を合わせば“ウィンウィン!”と口癖のように言っていた。中国がEUでダンピングなどの問題を起こすたびに、助けの手を差し伸べるのがメルケル首相の役目となっていたほどだ。だから今回も、マース外相は仏頂面をしながら、奥歯に物が挟まったような物言いを繰り返した。


「我々は主権国家として堂々と行動しなければならない」「物事は対話で決めるべき」とか、「コロナ対策は国際協力が必要」「二国間関係は同じ目線で互いに尊敬し合い」とか……。


また、台湾には一切言及せず、香港問題についてはマクロン仏大統領のように「非常に懸念」とは言わず、「心配事はまだすべて取り除かれたわけではない」となる。いったい何が言いたいの?という感じだ。


この日、王毅外相が強調していたのは、中国とヨーロッパの関係が悪化しているのは、第3国のせいだということ。もちろん米国を指す。中国は、自分たちがヨーロッパでの覇権拡張を図っていることなどおくびにも出さず、中国とヨーロッパは米国がいなければ仲良くできると示唆した。


◆EUはどこへ向かうのか


ただ、私がわからないのはヨーロッパの本音だ。現在、どの国も中国に向かって人権やら民主主義を主張し始めたが、商売を犠牲にしてまで中国に楯突こうという国を私は知らない。しかも皆、自分たちが人権問題などに拘って中国との交易に穴を開けたら、他の国が喜ぶだけだと思っている。


直近の利益を犠牲にしても中国の伸長を阻止しようとしているのはオーストラリアぐらいではないか。


そもそも、本当に中国を牽制し、自由と民主主義を防衛するつもりなら、価値観を共有する国として米国と協調するべきだろうが、メルケル首相はトランプ大統領を蛇蝎の如く嫌っており、ほとんど反民主主義者の扱いだ。だから結局、中国はヨーロッパの国々が、それぞれ別々に何を言おうがどうってことはない。


唯一怖いのは、EUが束になって中国を締め出すことだろうが、EUがそう簡単に結束するとも思えない。さらにいうなら、EUが結束できなくなった理由の一つが中国なのである

ドイツの対中政策もかなり歯痒いが、考えてみたら、日本の対中政策はもっと酷かった。ドイツではようやく国営放送の一つが、ルポではなく、ニュースとして中国の実情を報じ出したが、日本の公共放送はまだ頑なに中国に寄り添っているように見える。どうしたものか?>


トウ小平は1962年に「黒い猫でも、白い猫でも、鼠を捕るのが良い猫だ」と言った。主義や思想でメシが食えるか、現在の中国が最優先で取り組むべきは経済発展だ、という至極まっとうな意見である。5000万人が餓死した直後なのだから、まったく理にかなっていた。毛沢東は頭にきてトウ小平を追放し、文革で国中を滅茶苦茶にし、そして復権した。


晩年になって毛沢東は外国賓客を篭絡するためには「カネ、名誉、女、欲しがるものは何でもくれてやれ」と指示した。「黒だろうが白だろうが、欲深だろうがスケベだろうが、そんなことは些事、中共にとって役立つならいい奴だ」と“進歩”した。


政策ミスで1億人を殺して初めて気づいた毛に倣って、習近平も1億人を殺すつもりか。殺して何をしたいのか。習近平語録に曰く――( )は修一流の翻訳。


「なぜソ連は解体したのか? なぜソ連は崩壊したのか? その大きな理由は、彼らの理想と信念が揺さぶられたことだった」(毛沢東主義、共産主義は絶対だ、断固としてブレない!)


「中国は主要かつ責任ある国としての役割を今後も果たし続けていく」(必ず世界を征服、赤化する!)


「中国への扉は決して閉じず、更に広く開くだろう」(三跪九叩頭すれば属国にしてやる、朝貢せよ、欲しいものは与えるぞ!)


「広大な太平洋には、中国と米国のための充分なスペースがある」(米国は太平洋の東側、中国は西側と東・南シナ海を縄張りにする、WINWINで行こう!)



中共では昨年から小中で「習近平語録」を教え始めたとか。毛語録の真似だ。修一語録に曰く「暗愚の正義はやがて国を亡ぼす」。
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