2020年09月21日

◆米国務次官が訪台

宮崎 正弘

 
令和2年(2020)9月18日(金曜日)通巻第6648号  

米国務次官が訪台。蔡英文総統と会見。李登輝元総統葬儀に列席

日本からも森嘉郎元首相ら、国会議員数名が訪台へ

コロナ災禍で外国機乗り入れがほとんどない台北松山空港。

9月17日夕刻、米国の新型軍用機、垂直離陸機が降り立った。なかからタラップを降りてきたのは、恰幅の良いクラック国務次官と人権担当、女性問題担当補佐官らだった。軍用機のお目見えは、台湾への国防関与を示し、中国への牽制でもある。

クラック国務次官の訪台は、過去40年の米台関係で国務省では一番の高位となる。18日に蔡英文総統と会見し、19日に予定されている李登輝元総統の「国葬」に参加する。

また日本からは国会議員数人が、18日にチャーター機で台北入りし、国葬に参加する。団長は森嘉郎元首相。 台北のメディアは歓迎一色となっている。
      
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 産経の李登輝先生特集 メールアドレスの訂正
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産経の李登輝先生特集紙面事務局に「掲載されているメールアドレスが違うようで、メールを送れない」という電話が何件も入ってきているそうです。
rritouki@sankeiitouki@sankei--ad.co.jpad.co.jp
  ↓
ritouki@sankei-ad.co.jp
   (李登輝友の会)
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樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

知道中国 2134回】            
 ──英国殖民地だった頃・・・香港での日々(香港16)

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門番が指し示す先を追うと、洒落た邸宅の車寄せに40代前半と思しき女性が手招きしている。甘先生だ。どんぐりマナコの丸顔で頑丈そうな中肉中背。決して美人ではない。

毛沢東が「中国の女性は化粧を好まず、軍装を好む」と形容していた「新中国の理想的女性像」にピッタリのタイプだった。

真ん中に安っぽい木製の机と2脚の椅子が置かれていた部屋に入る。黒光りのする板張りの床に、年代物の使い込まれた高価そうな家具。そのアンバランスな雰囲気に戸惑ったが、先生の自宅は香港島にあり、この部屋は個人教授用の教室として借りているらしい。


たどたどしい中国語で自己紹介が終わると、机の上に置かれていたテキストを声を出して読むように、と。今でも覚えているが、それは「説的話是語言、写的文章也是語言、可是説的話跟写的文章完全不一様・・・」で始まる、
話し言葉と書き言葉の違いについて書かれた文章だった。途中まで読むと、「じゃ次」と。中国人の生き方を解説した「差不多先生」だった。早い時期のアメリカ留学組で、プラグマテチズム(実用主義)哲学を中国に紹介した胡適の文章だったように記憶する。

なにを聞かれようとも、どうされようとも、どんな結果になろうとも「差不多(そこそこ、だいたい、まずまず、ま〜ま〜、別に〜ッ)」で済ませてしまう。中国人は己がない。だから反省も自省も省察もなく進歩もない──こんな内容だったと思う。


一通り読み終わると、先生は目の前のテキストを指さして、「次回から、これで」。いましがた読んだテキストで次回から本格授業開始の運びとなった。

1週1回1時間は少ないだろうが、懐具合を考えれば致し方ない。以後、甘先生の許に通っての個人教授は4年ほどに及んだような。途中から先生の御主人による授業となり、授業場所も香港島北角に聳え立つ五洲大廈(ウンチョウ・タイハ)に代わった。

さて次の週の「差不多先生」から個人授業の本格開始となる。

胡適の短い文章を何本か読んだ後、謝冰心、落花生や巴金へ。それらを終えると、待望の老舎だった。

なぜ待望か。それは老舎が北京生まれの満州族で、ことに作品中の会話の部分に京片子(北京人独特の単語、耳に心地よい発音・言い回し)が多用されているからだ。

『猫城記』『牛天賜伝』『龍鬚溝』『駱駝祥子』などのサワリを読んだ。さすがに先生は北京生まれの北京育ちだった。会話の部分の朗読を聞きながら、暫し耳福の一刻を楽しませてもらったものだ。


老舎が済んだ時点で、次の教材として『李家荘的変遷』『青春之歌』『紅岩』『金光大道』など現代小説のベストセターの類を提案したが、先生からは色よい返事は返ってこない。

やはり共産党を嫌って香港に逃げてきただけあって、口にこそ出さないものの、共産党式の勧善懲悪・刻苦勉励ストーリーは嫌いに違いない。そこで一気に魯迅へと進んだ。


「某君昆仲(某君兄弟)・・・」ではじまり、「・・・還没吃人的孩子、救救孩子(まだ人を喰らったことのない子供を救え)」で終わる『狂人日記』から始まり、「孔乙己」「祝福」「薬」などの小品、そして代表作の『阿Q正伝』まで。


『阿Q正伝』は、「プライドだけは高いが、実力の伴わない阿Qが人々から辱めを受けた際、精神的には相手が自分より優位に立っているという自己欺瞞によって、自らを慰めるのであるが、その「精神的勝利法」こそが、中国人の悪しき国民性であり、そこからの脱却なしに中国の再生はあり得ないと考える魯迅の思いを形象化した作品」(『岩波 現代中国事典』岩波書店 1999年)として知られる。


一方、『狂人日記』は狂人の戯言の形を借りながら、中国人のヒト喰いを告発している。阿Qも『狂人日記』の主人公である「狂人」も共に中国人である。ならば三段論法では阿Qもヒトを喰っている・・・はず。
      

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■読者の声 どくしゃのこえ READERS‘OPINIONS 読者之声
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(読者の声1)。「ハリウッド超大作映画『ミッドウェイ』に噴飯!

「中国忖度がヒド過ぎる!

https://www.excite.co.jp/news/article/Weeklyjn_21074
にもある通り、支那の会社、つまり、支那共産が製作費を出した映画で、日米離間を目的とする映画だと断言できる。

特に腹が立つのが2点。

(1)
日本軍が米兵捕虜を尋問するシーンがあるが、尋問に応じない米兵を大きな錨に繋いで残酷にも海に沈めるシーンがある。帝国海軍は捕虜を優遇した。同じ年に駆逐艦雷で漂流中の敵イギリス水兵を救出し、「本日、貴官らは日本帝国海軍の名誉あるゲストである」(You
had fought bravely. Now, you are the guests of the Imperial
Japanese Navy.)として厚遇したほどである。

たった一人の捕虜を処分するために貴重な艦の錨を捨てるものか?
バカにするのもいい加減にしろ。救助された英水兵の司令官フォール卿は、戦後、外交官として活躍し、定年退職後、1996(平成8)年に自伝『マイ・ラッキー・ライフ』を上梓し、感謝しているんだぞ。

(2)
日本軍は民間人を攻撃対象としない。ドーリットル(Dooではなく、Dolittle隊と表記することとする。)が不時着した支那で日本軍が善良な支那人を無差別銃撃するシーンがある。

日本軍は断じて弱いものいじめはしない。無垢の老弱男女を殺戮するのはアメリカ軍のお家芸である。東京大空襲や原爆投下で日本人は何をされたか思い出すべきた。

撃墜されて脱出して漂流しているアメリカ軍の航空兵を日本の艦載機が銃撃するシーンもあったが、米軍と異なり、日本軍はそんな卑怯な戦い方はしない。アメリカに復讐はしないことにしても、こうした映像表現は日本に対する侮辱である。

日本外務省はこの映画は日米離間を意図した共産支那によるプロパガンダ映画であり、抗議すべきだ。支那のフアーウエイを出入り禁止するくらいなら、嘘のエピソードをさも史実のように捏ち上げ、日米離間を意図する映画の上映など禁止させるのは当然だと米国政府に働きかけてもらいたい。
悪人は栄え、正しきは報われずでは困る。(匿名希望)

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(読者の声2)貴誌前号の李登輝閣下関連の広告ですが、文中に記されたアドレスでは送信できないようです。正しいアドレスを流してください。 (HK生)


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