2020年09月22日

◆7年9カ月 安倍政権に幕

阿比留瑠比


「保守政権で10年」目標果たす

 「全力投球で毎日、毎日走り続けてきて、ようやく肩の荷を下ろすことができる。次の首相は、8年近くもの長く、私を官房長官として支えてくれた菅義偉(すがよしひで)
さんとなりそうで安心している。これからは、一議員としてしっかり菅政権を支えていきたい」

 安倍晋三前首相は自民党総裁選の最中の11日、憲政史上最長となった政権の座から降りる心境を語った。さばさばとした明るい口調が、かえって7年9カ月にわたり背負い続けてきた重圧のすさまじさを表すようだった。

 連続在職日数が歴代首相で最長となる前日の8月23日には、これまでを振り返り「長かった。めちゃくちゃ長かった」と述べていたが、実感だったのだろう。

任期を1年残し、憲法改正や拉致問題解決など何としても自身の手でやり遂げたかった諸課題を残しての退陣である。安倍前首相はもちろん、その信念と手腕に期待した国民にとっても悔しく残念な決断だったことは言うまでもない。

ただ、完治しない持病とだましだまし付き合いながら激務に当たってきた安倍前首相の労苦を思うと、どこかほっとしてもいる。

外交、安全保障、経済、社会保障に災害、コロナ禍・・・と日本にかかわる森羅万象に最終責任を負わざるを得ない首相の立場としてのプレッシャーの中で、病気療養は難しいからだけではない。安倍前首相は何をやってもやらなくても、通常は全く問題にされないような事案でも、根拠もない言いがかりを含めてマスコミに批判され続けてきた。

特に政権の後半は、必要な法案を成立させ、あるいは改正するという本来の仕事は野党やマスコミに妨げられ続けた。ただ罵詈(ばり)雑言を浴びるためだけに、首相が出席するというような異常な国会のありかたは、この際、見直したほうがいい。



  1次政権時の喪失感

 今回の退陣劇には、平成19年9月に第1次安倍政権がついえたときのような喪失感はない。当時の衝撃の大きさは、安倍首相の辞任でその成果や路線は否定され、日本の国際的影響力は弱まり、与党は大きな改革や法改正を避けるようになり、世論に迎合してポピュリズムに走るだろうことが予想できたからだった。

 このころ、筆者は産経新聞に「失って知る安倍政権の輝き」とのタイトルのコラムを書き、次のように記した。

 「雪崩を打って安倍首相の下に集まり、ほぼ総主流派体制を形づくった自民党が、今回は外交政策や政治信条で最も安倍首相と距離のある福田(康夫)氏という『バス』に乗り遅れまいと必死になっている。そこには、理念や思想は全く見えない」

 そしてその世論と国民に取り入りさえすればいいとする傾向は、政権交代による民主党政権誕生で完成をみた。日本は、坂道を転がり落ちるように小さな存在になっていった。

 筆者は安倍首相辞任当時は「これで日本は十年は時を失うだろう」と考えていた。だが実際は、安部首相は「日本を取り戻す」と訴えて5年3カ月で首相の座に返り咲き、第1次政権の宿題に取り組んだ。

 第1次政権時、安倍前首相がこんなビジョンを語っていたのが印象的だった。

 「私は何年続けられるか分からないが、これから10年は保守でつなぎたい」

 保守政権が左派・リベラル政権へと揺り返しが起きることなく10年続けば、政界も霞が関の官僚らもそれに習い、それが当たり前の前提となる。そうなれば、当時は何となく左側に流れがちだった日本社会が、いつの間にか変わっていくという意味である。

 安倍前首相は第1次政権時はこれを果たせず、また首相が政権をつなぐことを想定していたであろう中川昭一元財務相も今はない。

 だが、安倍前首相は第2次政権を8年近く継続することでこの目標をほぼ実現した。さらに、路線を継承する菅首相が後を襲うことで万全となろう。

 「われわれは安倍さんを単騎突入させ、討ち死にさせてしまった」

 第1次政権崩壊後、同志である衛藤晟一・前沖縄北方担当相はすべての案件で自ら矢面に立ち、倒れた安倍前首相についてこんな後悔の念を語っている。歴史認識問題や安全保障問題で野党や左派メディアと闘いながら、十分な味方の支援がないまま一人で敵陣深くに切り込み、刀折れ矢尽きた前首相の姿が目に浮かぶ。

筆者も当時、安倍首相の前任の小泉純一郎首相にはその政権を支える安倍官房副長官(後に官房長官)がいたが、安倍首相には安倍氏がいないと何度も痛感していた。

  ともに戦う人材集う

 だが、第2次政権以降の安倍前首相には、菅氏や今井尚哉首相補佐官をはじめ首相を支え、守り、ともに戦う多くの人材が集った。再び病に取りつかれはしたものの、戦略的撤退を図るだけの余力は残った。安倍前首相打倒を目指す野党やマスコミのヒステリックなまでの総攻撃を、最後までしのぎ切った。

 「自分は一度、政治的に死んだ人間だ」

 「日本中から『お前はダメだ』という烙印(らくいん)を押され、地獄を見てきた」

 退陣後、「辞め方が悪い」などと激しい非難や嘲笑を受けた安倍前首相は、平成24年9月の自民党総裁選に再び挑む前後に、よくこう述べていた。そんな地獄に耐え、くぐり抜けて退陣後に再び首相となったのは64年ぶり、吉田元首相以来の壮挙だった。

 65歳とまだ政治家としては若い安倍前首相には、今後もまだまだ活躍の場は数多(あまた)あるだろう。本人にその気がなくても、時代が要請すれば3度目の登板の機会もありえる。

 ただ今は、時代の流れを大きく変え、日本の針路を指し示した大宰相に、衷心よりお疲れさまでしたと感謝したい 
産経ニュース【阿比留瑠比の極言御免】
(産経新聞論説委員兼政治部編集委員)
松本市 久保田 康文さん採録 
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