2020年09月24日

◆地球史探訪:なぜ中国はかくも傲慢なのか?

伊勢雅臣


そして、なぜこの国は「中国は一つ」「日中友好2千年」などと、虚妄のスローガンを叫び続けなければならないのか?


■1.中国の王毅外相、チェコを恫喝

 8月30日にチェコのビストルチル上院議長が企業家やメディア関係者ら約90人を率いて、台湾を訪問した事に対して、中国が凄まじい反応を見せました。王毅外相は「中国政府と人民は絶対に座視することはなく、近視眼的な行為と政治的なばくちに高い代償を支払わせる」と強く警告した、と中国外務省のホームページ上で発表されました。「警告」というより「恫喝」です。

 単なる言葉だけの「恫喝」ではありません。前任の上院議長は、台湾訪問を目前にして、今年1月に心筋梗塞で急死しています。その妻は、夫が中国大使館から訪台を中止するよう脅迫されていたと明かしています。後任のビストルチル氏は、それを恐れることなく、見事に遺志を引き継いだのです。

 今回の訪台の大義は「ハベル元大統領の精神を示すこと」でした。ハベル氏は、チェコスロバキアの共産党一党支配を打倒した1989年の「ビロード革命」の指導者でした。反体制の劇作家時代には何度も逮捕と投獄を経験し、大統領に就任してからも民主主義と人権重視を訴えてきました。

 当然、中国には批判的で、ノーベル賞委員会に中国人権活動家の劉暁波氏への平和賞授賞を呼び掛け、実現させました。中国の圧力をはねのけて、台湾の李登輝元総統をチェコに招いてもいます。共産党独裁の悲惨さを実体験しているだけに、自由を護ろうとする台湾の苦闘も他人事ではなかったのでしょう。

 王毅外相の「恫喝」に対し、フランス外務省はすかさず「欧州連合(EU)の一員に対する脅しは受け入れられない。われわれはチェコと連帯する」と批判しました。ドイツのマース外相も、「脅迫はふさわしくない」と述べ、フランスと歩調を合わせました。やくざまがいの恫喝で、中国の異質さがますます目立ってきました。


■2.「一つの中国」をアピールし続けなければならない自信のなさ

「この国はなぜ傲慢なのか」とは、中国近代史専攻の岡本隆司・京都府立大学教授の著書『歴史で読む中国の不可解』[岡本a]の序章のタイトルです。その中にこういう一節があります。
__________
中国はたとえば台湾や香港との関係で、必ず上から目線の態度を持し、「一つの中国」を呼号している。つまりは字面と違って、無二の存在ではない。だから自他にアピールが必要なのであって、よほど自信がないのである。[岡本a,
133]
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 なるほど、弱い犬ほどキャンキャン吠える類いでしょうか。しかし、これほど巨大な国が「自信がない」というのも、不思議です。岡本教授は、この点を中国人の持つ異様な「正統」の概念で説明しています。

「一つの中国」を訴え続ける背景には、「正統」は一つしかありえない、台湾が「もう一つの別の中国」であったら、それはとりもなおさず、自分たちが「正」しくない、偽りの存在であって、永久に蔑視、批難されてしまう、と考えるようです。

 同じ理屈から、日本が建てた満洲国は「偽満州国」と永久に批難し続けなくてはならないのです。しかも念の入ったことに、本来の「洲」を、地方にはどこにでもある普通の「州」の一つであるかのように、字まで変えています。


■3.ヒステリックな「自己中心主義」

 そもそも「正統」が一つしかない、という強迫観念そのものが異様です。たとえば、ドイツ民族はドイツのみならず、オーストリアでもドイツ語を母語とする人口が90%以上ですが、ドイツこそ「ドイツ民族の正統の国家」で他は「偽の国」などと主張したりはしません。「一つのドイツ」としてオーストリアを併合したのはヒトラーくらいです。

 中国の建国はわずか70年ほど前ですが、台湾はその時から分離独立していたので、ドイツとオーストリアのように、別々の国家として仲良くすれば良いのに、それができないのは、「正統な中国は一つしかない」という脅迫観念によるものです。この観念を生み出したのが中華思想である、と岡本教授は指摘します。


・・・中国は古来、世界・文明の中心と自任し自称してきた。それは主観的な認識であると同時に、史上ある時期までは客観的な事実でもあったから、そこに住む人々の間では、血肉にひとしい観念となっている。
 しかも加うるに、儒教という自分本位のコンセプトがあった。こうして自分こそ中華・中国、中国こそ至上、ほかはみな低劣な「夷(野蛮人)」、という自尊と自己中心主義に転化する。[岡本R02、117]


「自己中心主義」、すなわち自分だけが世界の唯一の中心なのですから、それを脅かす存在は徹底的に排除しなければ、逆に自分が否定されたと感じてしまう。なんとも、厄介な自己中心主義です。

 しかも、中国が実際に唯一の世界の中心であった時期は、それほど長くはありませんでした。多くの時代では、大陸内部で分裂抗争をしているか、北方の遊牧民族国家に脅かされたり、完全に支配されたりしていました。だからこそ、逆にヒステリックに「中国は一つ」と叫び続けなければならないのです。


■4.中国独自の「領土」概念

この自己中心主義は、現在の国際社会の常識には全く合致しません。現代の国際法の仕組みは、多くの独立した主権国家が、対等の存在として同盟を組んだり、交渉したり、というものですが、これはヨーロッパ近代の歴史の中から生まれてきました。たとえばチェコは人口1千万人、面積は静岡県程度の小国ですが、政治的にはあくまでも独立した主権国家なのです。

中国の自己中心主義はこの国際体制になじみません。互いに対等な独立主権国家という概念がないからです。自国が世界の中心におり、他国はすべて従属するものだと見てしまうのです。

この世界観では他国との境界が曖昧になってしまいます。中国はモンゴル、チベット、朝鮮、ベトナム、琉球など、朝貢という名目で実質的には貿易をしていただけの周辺国も、自分の服属国であり、それら属国の領土も、自分が間接的に支配している領土であると思い込んでいるからです。

これは現代の国際秩序における、独立国の「主権」のおよぶ「領土」とは違う観念です。「領土」も「主権」も日本人が西洋の概念を翻訳して創った漢字熟語ですが、それを中国人は「服属国」の領土も自分の領土と、すり替えて使っています。

だから、モンゴルもチベットも琉球も中国に朝貢していたから、中国の領土である、という主張をするのです。1930年代の地図を見ると、朝鮮もベトナムも本来、中国の「領土」ですが、戦争の結果奪われたもの、と表示しています。

中国が尖閣諸島を、自分たちが「主権」を有する「領土」と言いつのる背景には、嘘をついている意識はなく、こうした歴史から当然の主張をしている、と信じ込んでいるようなのです。

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