2020年10月23日

◆ヒューマニズム、民主主義

宮崎 正弘

 
令和2年(2020)10月22日(木曜日)通巻第6677号   

(読書特集)

宮本雅史『国難の商人──白石正一郎の明治維新』(産経新聞出版)
執行草舟『脱人間論』(講談社) 


  書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評 BOOKREVIEW 
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人間が神を創造したのではない。神が人間を造ったのだ
  ヒューマニズム、民主主義、科学文明の毒に汚染された日本は滅亡一歩手前

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執行草舟『脱人間論』(講談社)
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久しぶりに感銘を受けて震撼した。

思想家・執行草舟の新作は、戦後タブー視されてきたテーマに正面から挑んだ。「知の冒険」などという陳腐な表現ではなく、これは武士道の哲学に少年時代から遭遇して思索を深めてきた著者が、70年の人生をかけた思索の結晶である。決然として闘ってきた人生の痕跡、その全エネルギーを注入した思考の書である。

書名の「脱人間」とは「新しい旅立ち」のことだと著者は言う。

「いま世を覆っている人間中心のヒューマニズムは、すでに行き過ぎて腐臭を放っている」。

なぜなら人間が神を創造したのではなく、神が人間を造ったことを否定したからだ。

ニーチェは「神は死んだ」と言ったが、そうではなく、「人間が神を殺したのだ」(27p)。

「いまの腐り果てた文明を捨てなければならない」(中略)「現代人は既に、人間として疲弊していまっている」からである。

執行氏があげる三大毒素とは民主主義、ヒューマニズム、そして科学文明である。

これらはウイルスであり、現代日本人はこれらの「ウイルスに遺伝子と脳の特定部位が侵されて」しまった。それゆえ題名にあるように『脱人間』の手術が必要だと言い切る。

ヒューマニズムは西洋の近代化が生んだ真のリヴァイアサンであり、物質至上主義は「魂の進化」ということを忘れてしまった。魂は永遠であり、肉体は現世における単なる容れ物でしかない。

 魂のために肉体を捨てることは、いまの世の中に受け入れられるものではない。そこには、現代的な綺麗事や優しさと抵触する本来的な厳しさがあるからに他ならない」(93p)

著者の信念が次のように開示される。
 
私は武士道だけが好きだったので、この現実に突進する野蛮性を幸運にも持つことが出来た。非常に助かったのは、武士道が別に立派な思想ではないという点だった。どちらかと言ったら偏りが激しく野蛮だと言われ、人から褒められることは全くなかった。それが良かった」(ここにいう氏の武士道とは三島由紀夫が座右とした山本常朝のそれである)。

またこうも言われる。

「いまの人は本当に去勢状態になっている。だからいまの学校における『イジメ撲滅』もすべて子供の去勢化を目指している。子供の感情を、合理的に作り上げられると思いこんでいる。これでは子供の心が崩壊してしまう」(125p)。

こうした社会趨勢を煽っているのが悪質なメディアである。

アルベール・カミュは「何か不可能なものが欲しい」と戯曲『カリギュラ』に書いた。

「不可能に挑戦するのが人間存在の本質であり、本来の人間に備わる特徴を表していた」(139p)。

なぜ古代の人間はあれほどに動的で挑戦的だったのか?

それは「原初の人々は、人間を神の分霊と言っていた。神の分霊として、宇宙の霊魂は地球に降り注いでいた。そして、その分霊の一部が、後に人間の魂となり、地球上に棲息していた類人猿にはいることによって、肉体を持つ人類が生まれた。だから、まず魂となったものの原型は、全体的な存在である神の分霊だと言える。その分霊がまた分離して一人ひとりの人間に入ることによって、個々の人間が生まれた」(142p)。著者はスサノオも「神の分霊だ」としている(389p)。

現代人の特徴的な認識は狂気を理解できないし、姓と暴力を否定するのが『正しい』と認識しているのだが、「戦争を完全否定することによって、愛と正義を完全に見失ってしまった。そしてグローバリズムの金銭絶対思想に飲み込まれたしまった」(210p)。

「日本文明を支えていた家族意識を、ヒューマニズムと人権によって根こそぎ失ったのである。日本人は、自己の生きる術(すべ)を失った。いまの家庭は、日本人の家庭観とは全く相容れないものとなった。今の家庭は家庭ではない。それが分からなければいまの日本の社会問題は解決しない」(311p)。

すなわちGDPがどうのこうの、所得をあげてデフレをやめ、こどもを増やす政策を云々などという議論は意味がないと執行氏は訴えているのである。

肉体は滅びても魂は永遠であり、分霊としての人間が適切でなくなれば魂はほかの容れ物を探す。

かくして「ヒューマニズムの悪徳を拭わなければ、我々はAIロボットに人間の地位を奪われるだろう。そしてそのときが来れば、現人間はAIロボットの家畜を化しているに違いない」(396p)。

読了後、評者はスサノオの荒ぶる魂を、ヤマトタケルの絶叫と静かなる詩を、そして三島由紀夫の雄叫びを聴いたような気がした。

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