2020年10月30日

◆続いた「荘厳なる終焉」

毛馬一三



本稿は、全国版メルマガ「頂門の一針」に掲載されました。「頂門の一針」には、多彩かつ有名な執筆家・ジャーナリストが世論・卓見を投稿しています。どうかご拝読ください。

◆本文ー
畏友仲村友彦氏の「荘厳なる終焉」を、全国版メルマガ「頂門の一針」と私のメルマガ「ネットメディアおおさか」に掲載したところ、本人へは勿論、私の処にも予期以上の反響があった。

仲村原稿は、私が書いた「運命の子・愛犬もも逝く」を読み、54歳で早逝した愛妻の思い出と重ね合わせながら、生きとし生けるものの終焉の荘厳さを心情を込めて綴ったものだ。

生き残る人に「感謝の意を伝えて息を引き取った私の愛犬と仲村氏の愛妻の終焉の有り様」が余りにも極似していることに感動した感想を詳述したものだった。

ところがなんとこの掲載直後、またもや「荘厳なる終焉」の新舞台が、仲村氏を待ち受けていたのである。気丈で通る仲村氏が、その展開を落涙しながら語った想いを、下記に記してみることにした。

仲村氏は、居住地の神戸から46年ぶりに「中学同窓会」に参加するため、生まれ故郷の奄美市へ飛行機で帰郷。同窓会では、60歳を超えてお互い健康であることを称え合いながら、酒宴に酔い痴れ、同夜はホテルで宿泊。

その翌日、「ヘルニア」で入所している介護老人ホームに母・チヨ子さんを訪ねた。91歳になった母と会うのは5年ぶりだったが、高齢とはいえ、前回に会った時と少しも変った風はなく元気だった。

ベッドから身を起こしてやると母は、彼の手を両手でしっかり握り「友彦!よく帰ってきてくれたぁ。有難う。会いたかった」と語りかける。手の温もりが母の愛情を伝えてくれる。長男でありながら5年ものご無沙汰を詫びた。母親の近況に耳を欹てた。

母親が痛むという腹部をやさしく撫でながら、病床生活に耳を欹てたり、愛妻の死後も引き続き大阪の海運業界で活躍している自分の様子などを30分くらい話し合っている内、いつの間にか母はすこやかに寝入ってしまっていた。

この間、ホテルに戻ってシャワーをしてこようと思い、レンタカーを疾駆させて20分ほど離れたホテルの自室に戻った。そこへ驚愕する「一報」が飛び込んできたのだ。

日頃、母親の介護に当たっている4男の弟が咳き込むように言う。「母さんの病状が悪化した。救急車で県立総合病院の集中治療室に搬送したので兄貴、すぐ来てくれ」。えっ?嘘だろう?ほんの先程まで元気に話していたんだぞ!

頭は真っ白になった。冷静になるよう自ら言い聞かせながら、取るものも取らず入院先の総合病院に駆けつけた。暫く待っても病状が皆目分からない。

入院から4時間たった夜8時、主治医が家族を呼んだ。「ヘルニアは関係ない。腸内癒着で、肝臓にも空気が入っており、重篤」と、事実上余命が薄いことを宣言。「手術は出来ないことは無いが、開腸の大手術となり、成功率は30%ぐらい」と説明する。

家族会議が始まった。もう歳だから痛ませず、このまま逝かしてやったらどうかが大勢の意見だったが、面倒見ている4男夫婦が「30%に賭けよう。少しでも長生きしてもらいたいよ」と言い出し、結局手術に託すことになった。

午前1時過ぎから手術が始まることになった。母親が手術室に向かう時、ベッドで運ばれる母親とやっと対面できた。仲村氏が母に「頑張ってね!」と声を掛けると、母はしっかりした意識の下で、仲村氏に優しい眼差しと頷きを送り返した。

だが、手術は開腹して腸内を調べた結果、腸内のほとんどが「壊死」状態にあることが判明、手術はすぐに中止となった。

母は、家族に看取られて逝去した。信じられない逝去だった。昨日話をしたばかりの母親が息を引き取るなんて、「生きている」ということは、一体何なんだろうか?


仲村氏は慟哭している内、ふとあることが頭をよぎった「あの優しい眼差しと頷きが、母の最後のメッセージだったのではないか。きっとそうだ」。

1日も満たない前日の昼、「友彦!よく帰ってきてくれたね。有難う。会いたかった」と語りかけてくれたのも、母親が「終焉の前に感謝の意を長男の自分に伝えた」のだ。

ということは、長男の友彦氏が帰郷する瞬間まで永らえる努力を続け、逝くのを待っていてくれたのだ。その「役目」を果たしたことに安堵し、この世を去ったに違いない。なんと素晴らしい母親なんだろう。

そう考えている内、毛馬氏の「運命の子・愛犬もも逝く」とそのあと自分が反響として書いた「荘厳なる終焉」とが、今回の母親の「有り様」とが重なり合い、この3者が1本の太い絆で結ばれているような気がしてならなくなった。

自分自身終焉を迎える時、毛馬氏が言うとおり、身内に「感謝の意」をしつかり伝えて逝けるだろうか。この1本の絆で結ばれた「荘厳なる終焉」だけは、自分の生き方の中に、絶対活かしたいと思っている。

以上が、仲村氏の想いを綴ったものである。1本の絆の話も、私には信じられる。しかし、両親・祖父母の終焉には総て立ち会えなかった私自身にとって、仲村氏が生前の母親と最後の「会話」をし、「おくりびと」の「親孝行」の大役も果たしたことは、限りなくうらやましい。合掌。

ご参考―
◆仲村友彦氏著「終焉の大切さ」
http://hyakka.seesaa.net/article/129580726.html

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