2021年10月06日

◆岸田氏公約公約 改憲猶予なし

          【櫻井よしこ 美しき勁き国へ】 

4日に首相に選出される自民党の岸田文雄総裁は、総裁選で憲法改正を任
期中に目指すとした。日本を標的とした弾道ミサイルを相手国領域内で阻
止する敵基地攻撃能力の保持についても、「抑止力として用意しておくこ
とは考えられるのではないか」と明言した。

出身派閥である宏池会(岸田派)の非軍事に傾く伝統を思えば、岸田氏の
覚悟表明の意味は重い。

米国がアフガニスタンから撤退し、国際社会の安全保障体制は日本を含ん
だ諸国連合の形になりつつある。だが、日本は依然として自衛隊を警察法
の枠内に閉じ込め、通常の軍隊としての活動を許さない。これではわが国
はもたない。岸田氏の公約、憲法改正には一刻の猶予もないのだ。

日本国の切羽詰まった現状への責任は日本国民全員が負うべきものだが、
吉田茂元首相を源流とする宏池会の伝統及び宏池会所属の政治家の責任は
極めて大きい。

吉田氏の私的軍事顧問を務めた辰巳榮一元陸軍中将は、吉田氏に再軍備や
憲法改正の必要性をたびたび進言した。警察予備隊が創設され元軍人が採
用されたときや、自衛隊法が成立したときは、とりわけ懸命に説得した。
自衛隊が国土防衛の任務が与えられた以上、憲法9条は改正されなければ
ならないという辰巳氏の主張は筋が通っている。

だが、非軍事にこだわる吉田氏は聞かず、これを「戦力なき軍隊」だと強
弁した。「戦力の不保持」をうたった日本国憲法を念頭に、本来国軍と位
置づけるべき自衛隊を、軍から切り離すためのへ理屈を展開したのである。

杏林大の田久保忠衛名誉教授は、吉田氏はこのとき、日本の防衛力にも憲
法改正にも、さらに国家存立の根底にあるべき価値観にもモラトリアムを
かけたと指摘する。

その辰巳氏に昭和39年11月、引退後の吉田氏が助言に耳を貸さなかったこ
とを「深く反省している」と頭を下げた。が、吉田氏の反省はその後も生
かされなかった。

吉田氏の後に続いた宏池会出身の首相は池田勇人氏だ。日米安保条約保障
条約を改定し、その先に憲法改正を目指して挫折した岸信介元首相とは異
なり、池田氏は経済政策に特化した。池田氏は37年の欧州訪問で、所掌秘
書官を務めるなど側近だった伊藤昌哉氏に語っている。

「日本に軍事力があったらなあ。俺の発言はおそらくきょうのそれに一〇
倍したろう」(『池田勇人』伊藤昌哉、時事通信社)

池田氏は軍事力を否定する日本を「宦官(かんがん)」にたとえ、伊藤氏は
民主主義に徹することと軍事力排除を同一視するのは日本特有の価値観だ
とし、「武衛問題について日本人は白痴に近い」と論難している。

だが、結局、吉田氏も池田氏も軍事力保持の国家的必要性を認識しなが
ら、その国際社会の普遍的原理を国政に反映することなく終わった。この
二重基準の修正こそ、宏池会代表としての岸田氏の責任である。果たして
岸田氏にその自覚はあるか。

北朝鮮は9月中旬以降、わが国も米国も迎撃できない極超音速ミサイルを
含む新型ミサイルを発射し続けている。中国は台湾と、親台湾路線の日米
に断固たる姿勢を見せるべく、台湾海峡に連日、数十機の戦闘機群を飛行
させている。

台湾の国益の多くはわが国のそれと重なる。4月の日米首脳会談でも6月
の先進7カ国(G7)首脳会議でも台湾海峡の平和と安定重視は自由主義
陣営の共通の戦略として確認された。中国の脅威に対処することで、紛争
に至ることなく緊張した状況を乗り切るには、米国との協力を強化し、よ
り強い抑止力を構築することが欠かせない。

その努力は日本が真っ当な独立国になる道をも切り開くはずだ。岸田氏に
求められることは軍事を忌避する宏池会思考からの大転換なのである。大
東亜戦争における日本の全てを悪とし、日本否定の思考に沈んで日本の軍
事力構築を忌み嫌う自己否定から始まっているのが宏池会ではないか。そ
のような考えから転換するときだ。自らを信じて、米国との軍事協力体制
を強めるときだ。

米国は今、明確に、中国の脅威に米国一国だけでは向き合えないとして、
同盟諸国の協力を求めている。米国の軍事戦略は新しい事態に向けて急速
に再編されつつある。刮目(かつもく)すべきはその海洋圧迫戦略だ。第1
列島線の内側を海兵隊と陸軍が固め、海空軍が遠い外側から中国海軍を攻
撃して押し返す戦略だ。第1列島線を構成する南西諸島は日本国の領土
だ。そこで米軍と協力するのは当然である。

第1列島線上に中距離ミサイルを配備したいとの提案が米軍からなされた
場合、岸田氏は「全く否定するものではない」とした。これは評価したい。

しかし、そこに核の持ち込みの可能性が出てくる場合、「核兵器を持た
ず、作らず、持ち込ませず」という非核三原則は変えられないと岸田氏は
否定した。

中距離ミサイルの配備は無論、核ミサイルの配備も日本防衛に欠かせない
はずだ。北朝鮮も中国も核を保有し、彼らのミサイルがわが国を射程内に
とらえている限り、わが国が米軍の核を拒絶するのでは抑止力になり得ない。

吉田、池田両氏の後、宏池会は宮澤喜一、河野洋平、加藤紘一各氏らを輩
出した。彼らは慰安婦問題および教科書問題などで日本の国益を不条理か
つ不名誉に損ねたことに加え、憲法改正にも背を向けてきた。他国に国防
を頼ることに疑問を持たないのであろう。

一連の公約の上に立つ岸田氏は、自身の政治勢力の源泉である宏池会の価
値観や安全保障観を改める責務があるといえる。国力の基盤であるエネル
ギー安定供給のための核燃料サイクルおよび原子力発電に維持継続、男系
男子による皇位継承の安定確保の公約もある。国民は一連の公約を忘れて
いない。その実現には「聞く力:に加えて決断・実行する力こそ必要であ
ろう。

産経新聞 令和3年10月4日 【櫻井よしこ 美しき勁(つよ)き国へ】
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
松本市 久保田 康文 
【産経ニュース】採録

━━━━━━━━━━━━━


◆2B鉛筆がなくなった!

馬場 伯明

小学校の3年生学級の古い写真がある。67年前、1953年4月〜1954年3月、
まだ9歳だ。長崎県南高来郡南串山村立南串第一小学校。写真屋さんが
撮ったと思われるが、縦8cm×横11cmの小ぶりの写真である。男子21人女子
13人の34人学級である。担任は30 歳前で既婚の志方淑枝先生で、少し太
めの静かな先生だった。

表題を「2B鉛筆がなくなった!」としたが、私は小学校3年生のときに
「窃盗の疑い」をかけられたことがある。その経過と結果などを記す。

ある日の午前中、図工の授業で使うためのAちゃんの新品の2B黒鉛筆1本が
なくなった。柔らかく濃く描ける特別の鉛筆である。志方先生が「教室内
を探しましょう」と指示されみんなで教室内を探し回った。だが鉛筆はな
かった。ところが、昼休みが終わったあと、私の机の近くのゴミ箱で2つ
に折れた鉛筆がみつかった。

(志方先生)「だれがこのゴミ箱に入れたの?伯明(のりあき)君、あな
たなの?」。(私)「ち・・ちがいます。おい(僕)は入れとらんで
す」。しかし、信頼している先生に疑われてしまったと思った私は、顔が
真っ赤になってしまった。みんなが私をじろじろ見ていた。

だれがゴミ箱に入れたのかはわからず、折れた鉛筆だけが残った。鉛筆は
壁などに立てかけ足で踏み折ったと思われた。鉛筆の表面には傷跡があっ
た。一方、犯人と決めつけるような目線で、ある児童を睨んだ者もいた。

鉛筆は2本とも削りなおせば十分使えると思われたが、先生が「鉛筆のこ
とは私が調べてみます。指紋をとればこれを触った人はわかるのよ」と言
われた。「今日はもういいから授業を続けます」と言って、2本の折れた
鉛筆は紙でくるみ上着のポケットにしまわれた。

翌日朝一番、先生は、授業の前に新品の2Bの鉛筆1本を掲げて「A君、こち
らへいらっしゃい。折れていたあの2本の鉛筆を削って、自宅で画用紙に
デッサンをしてみたら、短いのでとても使いやすいの。夢中になって描い
ていたらずいぶん減ってしまったの。減った鉛筆の芯は元に戻せないか
ら、私の手持ちのこの鉛筆をA君に返します。今後なくさないように注
から、私の手持ちのこの鉛筆をA君に返します。今後なくさないように注
意してね。名前もちゃんと書いておいてね」と話された。

Aちゃんはうれしそうにその新品の青い鉛筆を受け取った。それで鉛筆紛
失(窃盗?)事件はだれも指紋をとられることもなく終わり、犯人はわか
らなかったが、学級のみんなはそのうち事件のことは忘れてしまった。

当時、私たちは9歳であり67年前のことである。若い志方先生は、あのと
きこの事件をどう考え、なぜあのような処置をされたのだろうか。私はい
くつか想像してみた。

(1)顔が赤い私を(真)犯人と(仮)判断するが一旦その場を救う。
(2)教室の児童たちの表情を俯瞰・注視し(真)犯人の目星をつけた。
(3)窃盗犯人探しを進めることによる学級の無用の混乱を避ける。
(4)犯人を特定し問い詰めることより児童の将来が大切である。

だが、今となっては、事実はあるが真実はわからない。「藪の中」(芥川
龍之介)? それに、ひょっとしたら犯人は学級外部の者だったのかもし
れないのだ。犯人は、「鉛筆は欲しいが手放すのはイヤだ。でも犯人と
『ばれる』ことはもっとイヤだ」と考えたのであろう。だから、盗んだ鉛
筆を手放すのが惜しくて仕方がなく、足で踏みつけ折って捨てたのであろう。

ともあれ、志方先生のおかげで34人の小さい1つの学級は犯罪人を出すこ
となく平和な日常の学級に戻った。

A君は志方先生から新品の鉛筆をもらえたのでよかった。犯人もホッとし
て、今後は他人の物は盗まないようにしようと心に決めたかもしれない。
そうであれば志方先生は教育の本来の目的を達成したのである。

世間では「三つ子の魂百まで」という。いいことも悪いことも「三つ子の
魂」のせいにされがちである。だから、幼いころの育児は責任重大であ
る。あの事件で犯人はどのような教訓を得たのだろうか。その後の人生に
どのような(善・悪の)影響があったのであろうか。

(犯人が学級内にいた場合)「指紋をとればこれを触った人はわかるの
よ」と、穏やかではあったが、志方先生の真っ直ぐなまなざしと冷徹な物
言いにより、犯人(幼い児童)は恐ろしくて体が震えたのではないか。
だから、先生が自分の代わりに「弁償」してくれ、自分を見逃してくだ
さったことに対し、先生の深い「愛情」を感じたのではないだろうか。彼
(または彼女)が、先生の愛情を胸に抱きその後の人生を歩んだのであれ
ば、おそらく真っ当な人生になっただろうし、それこそ、志方先生にとっ
ても、教師人生の冥利に尽きることであったと思う。

教育というのは不思議でやっかいなものだ。やってみなきゃわからない。
そして、七転八倒しいくら苦労しても結果責任なのだ。叱ってもらったた
めに立ち直る人もいれば、誉められたばっかりに増長し失敗してしまう人
もいる。「♪どうすりゃいいのか、思案橋〜(歌:青江三奈)」である。

そして、それから60年後、私は帰省し南串第一小学校の古稀の同級生の会
に参加した。学年2学級で72人の卒業生だったが参加者は25人であった。
長崎県在住以外の参加者は私を含め3人だった。私が「2B鉛筆がなくなっ
た!」事件を覚えているか?」と当時の学級の数人に訊いたが、だれも
「覚えていない」か「知らない」と言った。

ところで、志方淑枝先生はご健在なのだろうか。息子の志方君は大阪で仕
事を続け、私が卒業した島原半島の県立口加(こうか)高校の関西同窓会
長であったが、その後、先生がお住まいの長崎県へ生活の拠点を移した。
先生はすでに卒寿を越えておられるが心身ともお元気だとのことである。

じつは、とても珍しいことだと思われるが、1953年、田舎の小村の小学校
の志方学級3年生の4人の男子児童が、その後国立の海上保安大学、北海道
大学(法)、東北大学(工)、京都大学(法)の大学へ進学し、紆余曲折
を経ながらも社会と国家にそれなりに貢献し今76〜77歳となった

その中で、酒井勝弘君は、東北大学(学部・大学院修士)で物理・数学・
原子力工学を学び、大阪大学大学院博士課程を終え学位を得た。あの高速
増殖炉「もんじゅ」の炉心の設計にも深く関与した。酒井君は、学位が決
定したときに、何十年も話したこともなかったのに、不意に志方先生を思
い浮かべ、電話番号を調べ直接電話して、「志方先生、学位を得ました。
博士になりました」と報告したという。一方、電話先の志方先生はびっく
りである(笑)後に酒井君は埼玉工科大学の教授になった(現在名誉教授)

「2B鉛筆がなくなった!」小学校3年生のときの(窃盗)事件を、志方

先生は児童を思いやる見事な才覚で処理された。全員にあたたかい愛情を
注ぎ存在感を児童に残された稀有な教師であると思う。コロナ禍の終息を
期待し、酒井勝弘君らとともに、ご健在という志方淑枝先生にぜひ再会し
たいものである。(2021.10.4 千葉市在住)

(追記)
1.志方先生と34人の小学校3年生の写真は「断捨離」せずに、古いアルバ
ムとともに、もうしばらく保管しておこう。
2.でも、あの事件の真犯人は一体だれだったのだろうか?(了)

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◆南太平洋の島嶼国家群

「宮崎正弘の国際情勢解題」 
令和三年(2021)10月1日(金曜日)
通巻第7070号   

南太平洋の島嶼国家群、「中国からカネが来なくなった」
2018年のAPECが中国の援助外交のピークだった。

 キリバス、ソロモンなどはチャイナマネーに転んで台湾と断交した。
 米国はそうした国々への外交方針を切り替え、規制を強化した。豪、
NZなどが、南太平洋地域への援助と投資を増やすとし、英仏も加わっ
た。英国領だったフィジー、サモア、トンガなどにも中国が大々的に進出
していた。

 絶頂は2018年のAPECで、パプアニューギニアの首都ポートモレ
スビーで開催され、中国は国際会議場を建設して寄付した。
そのうえパプアニューギニアの五星ホテルを全館借り切り、習近平皇帝の
宿舎とし、そのホテル玄関に巨大な、朱色の中華門を建てた。

 バヌアツは1800万円程度のマンションを買えば、国籍が付与され
た。どっと中国人がやってきて、パスポートを取得した。
バヌアツのメインストリートの80%が、中国人経営の商店街となった。
当時、繁華街のレストランに入ると全席が中国人で北京語が飛び交っていた。
日本人を見かけなかった。そもそも日本大使館は、ビジネスホテルの一室
を借りていただけだった。

 コロナがやって来た。
中国はカネばらまき外交からワクチン外交へ切り替え、相手によっては戦
狼外交を併用した。
 IMF等の調べでは中国の南太平洋諸島国家群(14ヶ国)への援助は
2憶8700万ドル(2016年)だった。2019年には24億ドルに
たっしていた。
その巨額から2020年には15%減少していたことが判明した。

「一帯一路」関連のプロジェクトは、コロナを口実に中国人エンジニア、
労働者が引き揚げたため、中断に追い込まれた。
援助交際はカネの切り目が縁の切れ目。また台湾へ眼を向け始めた。
 

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樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム
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【知道中国 2282回】               
 ──英国殖民地だった頃・・・香港での日々(香港164)

  △
 時代は一気に下って中台関係の緊張が高まっていた1990年代半ばであ
る。台湾財界の指導者であり、李登輝総統(当時)から絶大な信頼を得て
いた辜振甫が来日し、有楽町の国際フォーラムで京劇を公演したことがある。

じつは辜振甫は極めて優れた企業経営者であるばかりか、深い教養の
持ち主であり、粋な趣味人であり、なによりも超弩級の戯迷だった。

国民党の台湾統治初期の恐怖統治時代に亡命した香港で、女性ながら生
(たちやく)の名優で知られた孟小冬に師事している。亡命先で道楽に耽
るとは優雅で余裕というべきか、はたまた豪胆で破れかぶれやぶれという
べきか。
台湾に戻った後、激務の傍ら票友(しろうとやくしゃ)として屡々舞台に
立ち、最後には自分用の劇場まで建設してしまったほどだ。

 その辜振甫が態々東京に出向いて京劇を演ずるのだからタマラナイ。
さっそく戯単を見た。すると「空城計」に「借東風」──共に諸葛孔明が主
人公で、京劇十八番とも言える演目でではないか。

守備部隊が出払って無防備状態の居城を守る孔明は咄嗟に一計を案じ
る。開け放った城門の上で琴を奏でる孔明を目にした司馬懿は、城内に
ヒョッとして大軍を潜めているのではないか。城内に突入したら、待ち構
えている孔明軍に殲滅されるのではないか。疑心暗鬼の末に司馬懿は大軍
を退却させる。

ホッと安堵する孔明──弱兵ながら強兵に負けない「空城計」の粗筋だ。こ
れを当時の両岸関係に当てはめれば、強兵を恃んで台湾に対し理不尽な姿
勢を示すと思わぬ痛い目に遭いますよというメッセージにも読み取れる。

「借東風」の舞台は赤壁の戦である。孔明は法術を使って東風を巻き起
こし、劣勢ながら東風の勢いを借り周瑜軍を助け、曹操の大軍を打ち破
る。東風を日本に見立てるなら、劣勢の台湾に力を貸してくれという切実
な思いが痛いほど感じられた。

辜振甫の東京公演を知らせる戯単に記された「空城計」と「借東風」
は、当時の台湾の政治姿勢を物語っていた。
辜振甫は玄人はだしの『旦那芸』を披瀝したかったわけではないだろう。
やはり舞台を通して台湾が置かれている内外状況を訴えたかったはずだ。

ついでながら最近の中国における政治と京劇の関係を。
 中国政府の「文化和旅游部」は7月1日の共産党建党百周年祝賀を謳っ
て、40本の京劇を推奨した。そのうちの代表的現代京劇を挙げてみると、
 中国共産党創立者の1人である李大?の「短くも勇壮な一生を再現」し
た「李大?」。1921年開催の第1回共産党全国大会参加者13人の代表のう
ちの唯一の少数民族出身者である?恩銘の「初心を忘れずに犠牲を恐れぬ
革命精神を貫徹」した姿を描く「?恩銘」。

産党創立に参加した唯一の女性代表で33歳の若さで犠牲になった向警 予
を「傑出したプロレタリア階級革命家で中国女性運動の模範的指導者」
と称える「向警予」。

建国前の共産党指導者で抗日北上先遣隊を率い作戦中に国民党に逮捕さ
れ刑死した方志敏を「諄々と革命の道理を説き、中国共産党の救国救民の
主張を宣揚し、国民党反動派の血腥い統治を暴露し、確固たる革命精神を
体現した」と賞賛する「清貧之方志敏」など。

 加えるに武漢におけるハイテク工業団地建設に焦点を当てた「光之
谷」。「偉大な歴史的変革過程における反腐敗闘争の勝利」を称える「在
路上」。
 
  ──これらの現代京劇に共通するテーマが、共産党に殉じた有名無名の
英雄たちによる「破私立公」に向け奮闘する姿であることは明らかだろう。

 「私ヲ破リ公ヲ立テル」とは文革当時に毛沢東が掲げたスローガンであ
り、今年2月20日開催の党史学習教育動員大会に総書記として出席した習
近平が行った講話の中心テーマの1つでもあった。
いまなお京劇は、共産党政権の政治的メッセージを映し出す鏡だ。

  ▼
(宮崎正弘のコメント)小生も辜振甫氏の京劇公演を見に行きましたが、
鮮烈な記憶は、豪華な花輪が二百本ほど並んでいたこと。
しかし、そうですか、そういう寓意が含まれていたとは!
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