櫻井よしこ
日本ルネッサンス 第970回
「これからが本当の意味でのスタートだ。強い思いで、強い覚悟を持って
臨んでいきたい」
10月4日、岸田文雄新首相はこう語った。大変結構だ。今、日本を取り巻
く情勢はおよそ全ての分野で厳しい。問題に呑み込まれることなく、ひと
つひとつ解決して乗り越えていくには、揺るぎない強さが必要だ。
そこで氏は早速、衆院選を10月31日に行うと決定した。解散、総選挙の日
程は首相の専権事項だ。思ったとおりにやればよい。だが、そこから先の
岸田氏の「思い」が、見えにくい。党や閣僚人事を見ても、「これをやり
たい!」という氏の明確な意思が伝わってくるわけではない。
政権はスタートした。岸田氏は自民党を掌握して内外の問題に対処する強
い体制をつくれるだろうか。政治ジャーナリストの石橋文登氏が10月1
日、「言論テレビ」で語った。
「安倍晋三元総理がなぜ『一強』と言われる強い政権基盤を持つに至った
か。二つ要素があります。まず安倍・麻生両氏が組んで自民党内の中道保
守勢力をきっちりおさえた。他方、菅氏がはねっ返りの河野太郎、小泉進
次郎ら若手をおさえた。こうして自民党の9割を常にコントロールしてい
る状態を作れたから、安倍一強だったわけです。岸田さんの人事を見る限
り、それが崩れましたね。危ういと思います」
石橋氏は幹事長人事について語っているのだ。
「幹事長に甘利明氏を据えました。甘利氏は菅降ろしの先鋒だった。菅で
は選挙は戦えないと、重鎮クラスで言ったのは、甘利氏が最初でした。菅
氏はそのことを決して忘れないでしょうね。甘利氏をいち早く幹事長にし
た岸田氏は、菅氏をいわば野に放ったことになる。安倍・麻生・菅の一致
した支持を受ける体制作りの見通しは暗い。岸田氏がそこに気付かなけれ
ば、政権は危ういと思います」
『正論』11月号で森喜朗元総理が面白いことを語っている。岸田氏が出馬
の挨拶に来たとき、幹事長は誰にするのかと問うたそうだ。岸田氏は
「え〜」と口ごもって未定だと答えた。森氏はさらに尋ねた。
「それはそうだな。どこの派閥がどうするかまだわからないから言えない
でしょう。官房長官くらいは決めているんでしょ」
だが、官房長官人事についても意中の人はいなかったというのである。内
閣の要が官房長官、党の要が幹事長。この二つの役職が政権の屋台骨とな
る。各々を誰に任せるかで、政権の命運は決まる。にも拘わらず、最重要
の人事構想を岸田氏は決めきれていなかったというのだ。そして甘利氏を
幹事長に据えた。この人事は岸田氏が党内の人間関係の機微を読みとれな
いでいることの証左とみられた。
同時に、岸田政権は岸田氏ではなく、多分に甘利氏にコントロールされて
いると、指摘され始めた。よろしくない兆候である。
保守の姿勢
だが、否定的なことばかりではない。総裁選で善戦した高市早苗氏が、非
常に強い権限が集中する政調会長に任じられた。
言論テレビで『正論』発行人の有元隆志氏が解説した。
「宏池会(岸田派)には、高市さんを閣僚にして、彼女に靖国神社参拝な
どされたら困るという考えがあり、その結果、彼女を党四役の一角に据え
たという事情があります。しかし、これがひょっとして、保守層の支持基
盤をきちっと固めてくれるかもしれません」
その理由は、政調会長に与えられている強い権限だという。
自民党は活発な部会活動で知られる。早朝から勉強会を開催し、侃々
諤々、政策を議論する。自民党議員は部会での論争を通じて鍛えられてい
く。政調会長はそれら部会の長から調査会長までを決定する立場にある。
部会を誰が仕切るかで、政策立案の流れも影響されるために、高市氏は自
民党内にかなりの勢力を持っているリベラル派の政策をおさえて、党全体
を保守の方向に持っていくことができるというのだ。
高市氏はまた、近く行われる衆院選の公約作成にも最終的に責任を持つ立
場だ。氏が「イエス」と言わなければどんな政策も党の公約にはならない
という意味だ。自民党を二分する勢いで議論されている夫婦別姓や
LGBT法案の問題を見れば、高市氏が政調会長として君臨することに、
自民党の支持基盤である保守勢力は安心するだろう。岸田氏が宏池会伝統
のリベラル路線に傾くのではないかという懸念があるとき、高市氏の保守
の姿勢は大きな意味を持つ。
聞き上手を脱して…
日本周辺の国際情勢が厳しいのは周知のとおりだ。中国はわが国の尖閣の
海に侵入し続ける。台湾海峡には連日数十機の戦闘機群を飛行させる。こ
の中国の脅威から目を逸らさず、中国に対して十分な抑止力を築かなけれ
ばならない。それには一にも二にも自衛隊の強化であり日米同盟のさらな
る緊密化である。岸田氏にそれができるか。できるようになるためには、
岸田氏は宏池会の軍事忌避の伝統を否定しなければならない。
宏池会の歴史を少し振り返ってみる。その源流といえる吉田茂元首相は、
自分に仕えた軍事顧問の辰巳榮一氏が幾度も再軍備と憲法改正を進言した
にも拘わらず、助言を退け続けた。しかし、昭和39年11月、引退後の吉田
氏は辰巳氏に、助言に耳を貸さなかったことを「深く反省している」と頭
を下げたのだ。
後に続く宏池会出身の首相は池田勇人氏だ。池田氏は軍事力を否定する日
本を「宦官」にたとえて、日本が軍隊を持てないでいることを悔やんだ。
だが、吉田氏も池田氏も軍事力保持の国家的必要性を認識しながら、その
国際社会の普遍的原理を国政に反映させることなく終わった。二重基準な
のである。日本国民に対する無責任さだとも言える。
さらにもう一人の宏池会出身の首相、鈴木善幸氏は昭和56年5月、レーガ
ン大統領との会談後に発表された共同声明の中の「同盟」という言葉につ
いて、「軍事的意味合いはない」と言う始末だった。
日本に日米安全保障がないとき、また日米同盟に軍事的意味合いがないと
き、日本の安全は一体、どうなるのか。現実を見ないで虚構の平和に縋る
のが宏池会の伝統だ。
その派閥の代表ではあるが、それでも岸田氏は総裁選挙の中で、憲法改正
を公約した。自衛隊の強化の必要性も明言した。日本を標的とした弾道ミ
サイルを相手国領域で阻止する敵基地攻撃能力についても、「抑止力とし
て用意しておくことは考えられる」と語った。
政治家として発した言葉は重い。実行しなければならない。聞き上手を脱
して決断・実行の人になるべきなのだ。宏池会の軍事忌避の打破こそが公
約実現の基盤である。
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経済失墜気配も利権構造が因縁
「宮崎正弘の国際情勢解題」
令和三年(2021)10月19日(火曜日)
通巻第7086号
経済失墜気配も利権構造が因縁、スキャンダル頻発の背後は権力闘争
習近平の究極の狙いは曾慶紅一派の経済利権壊滅。ちかく「大粛清」か
曾慶紅は江沢民政権の陰の実力者だった。
事実上、江沢民政権を動かしていた。肩書きは国家副主席。日本政府は往
時、その実態としての権力状況をとらえて来日を誘い、特別の歓迎体制を
敷いたほどだった。
曾慶紅が中国北京奥の院の権力中枢を牛耳っていた。そして習近平体制を
誕生させたのは表向きキングメーカー江沢民だが、その裏にあって、曾慶
紅が選考したのである。
「習近平ならぼんくらでもあり、われわれの言うことを聞くだろう。わ
れわれの利権を脅かすことまではしまい」とタカを括って江沢民と曾慶紅
は習近平を党総書記とした。
面従腹背、雌伏すること三年。習近平は「朋友」の王岐山を駆使して、
CCDI(中央紀律委員会)を基軸に「虎も蠅も」と腐敗キャンペーンに
乗り出して多くを失脚させた。
習近平に敵対する派閥を潰すことが真の目的だったが、それを表沙汰には
しなかった。当初、国民は汚職顕官の摘発に拍手を送った。
まずは軍と公安から着手し、軍編成を四総部制から十五の部局に改編し、
子分たちを要所につけたが、依然として軍人には反習近平の軍閥が多く、
今に至るも軍の不満はおさまっていない。周永康の失脚により、うまみを
奪われた公安系も、習への不満を募らせている。
あまつさえ連立を組んだはずの共青団にも手を出した。胡錦涛、李克強首
相らを激怒させたが、証拠を挙げての腐敗追求に沈黙せざるを得ず、周
強、令計画失脚以後は、胡春華を守ることにキュウキュウとなって共青団
勢力は大きく後退である。ちなみに恒大集団は、李克強首相との強い絆が
云々されている。つまり習近平が恒大集団の救済に動き出す気配はない。
曾慶紅は反撃にでた。
習の右腕だった王岐山が影響力を持つ海航集団の経済犯罪を巧妙にメ
ディアで告発させ、海外での評判を落としていく。同社の経営は無謀な投
資を続けたために倒産危機に直面し、資産売却後、とうとう倒産した。こ
んにちに恒大集団が時間をかけて首を絞められている状況と似ている。
江沢民、曾慶紅の金権統治だった香港利権にも習近平は大胆にもメスを
入れた。それがインサイダー取引の元締め「明天証券」の倒産に直結した。
▼習近平は「豚頭」か「裸の王様」か
習近平は王岐山を使い果たしたと見るや、寝首をかかれるおそれがある
ため、朋友だったと雖も、王岐山と露骨に距離を置き始めた。
第一に王岐山の親友だった任志強の拘束である。2017年、任志強は
堂々と論陣を張って「習を裸の王様」と激烈な語彙を用いて批判した。王
岐山は、任を庇えなかった。
第二に王岐山の飛車角とも言われ人たちの拘束であり、衝撃的だったの
は汚職摘発の事実上の隊長格、CCDIの董宏を「規律違反」で逮捕拘束
したことだ(21年4月)。紀律取り締まりの本丸の人物が規律違反とは
これ如何に?
第三に上記に関連して、李東生、孟宏偉、王立科、伝振華らの失脚がつ
づいた・
第四に2021年九月、陳峰(元海南省書記。海航集団トップ)を「経済
犯罪」容疑で拘束した。海航集団の負債は773億ドルに積み上がっていた。
危機を認識している王岐山は、参列資格をとわれる国家行事にトップセブ
ンの列の最後に金魚の糞のように、べたべたと付いてくる風景は、もはや
日常である。月30日に北京人民大会堂で開催された建国前夜祭儀式にも
トップセブン七名の端っこの席に座っている。
「わたしは健全です」とアピールしているのだ。
失脚前日まで、公式行事ににこにこと出席していた薄煕来の表情が、王岐
山の最近の行為に重なって見えるのは筆者だけだろうか。
王岐山の最近のニックネームは「清王子」という。辛亥革命で王朝が消滅
していたのに「王子」を名乗った溥儀の立場?
11月、中国共産党は六中全会を開催するが、経済問題とくに負債処理、
エネルギー不足、金融不安などで「責任」の追求があるだろう。大粛清が
あるかも知れない。
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三島由紀夫研究会公開講座の記録
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(令和3年9月21日)
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「三島由紀夫と青嵐会─時空を超えた絆」
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河内孝(元毎日新聞社常務取締役、東京福祉大学大学
院特任教授)
◎
今日の講演では三島由紀夫という比類ない天才が日本人の心にどのよう
な衝動を与え、その影響が日本の政治、文化、社会にどう現れていったの
か、自民党の政策集団、青嵐会との関連で話をしてみたいと思う。
青嵐会が結成された昭和48年当時、私は毎日新聞社千葉支局で成田空
港建設に反対する三里塚闘争の取材をしていました。昭和49年に政治部
配属となったので、青嵐会草創期の息吹は知りません。青嵐会メンバーと
接触し始めたのは三木内閣期の「三木おろし」や大平内閣期の四十日抗争
あたりからです。
青嵐会が血判により結成されたのは昭和48年7月10日。記者発表は
同17日。それを朝刊ですっぱ抜いたのは、朝日新聞社でした。宇都宮支
局勤務の経験がある政治部記者・秋山耿太郎氏(後に社長)は渡辺美智雄
氏と親しく、その筋から情報をもらったのだと思います。
発表が遅れたのは、当時、衆参両院で重要法案の審議が大詰めを迎えてお
り、与野党攻防が激化していたので閉会まで一週間延ばしたのではないか
と思います。
発表直後に青嵐会メンバーの何人かが取材に答えております、浜田幸一
氏は、「血判状というものは、人にお見せするものではない。しかし、
50年後、100年後、政治史の1頁として出てくる可能性はあります
ね」と述べている。48年後の今日、皆さんに血判状をお見せできること
には、一種、感慨を覚えます。
『青嵐会誓詞』には中尾栄一氏の筆で、「本日、青嵐会の発足に当
り、意見一致をみた同氏はこの約束を証するため左に署名する。昭和四十
八年七月十日」とあります。血判をするか否かについては、10日の時点
で激しいやりとりがあったようです。
石原慎太郎氏の車には消毒綿とボンナイフが用意してあったが、切れ味が
悪かった。このため、中山正暉氏の秘書がホテルニューオータニの売店に
行き、ナイフを買ってくるとか、最後に署名した土屋義彦氏は血判を嫌が
り、帰ってしまうとか、加藤六月氏は酒席を経て血判に臨んだため、勢い
よく指を切りすぎてしまい、出血が止まらなくなったというハプニングも
あったようです。
当時、血判という行為はセンセーショナルに報道されましたが、一方で
訴えた政策は、ほとんど無視されました。
血判に至る過程では内部に様々な議論があり、渡辺美智雄氏は血判に反
対だったようです。これに対し中尾栄一氏は、こんなふうに反論したよう
です。
少し前に報道各社が北京に支局を開設する条件として、以後台湾を無視す
る、と節を曲げたことに義憤を覚え、「マスコミの自由を守る会」を結成
した。
ところが田中内閣成立に伴う中国ブームの中、派閥の締め付けにより脱会
する議員が相次いだので、中尾氏は、「政治家の署名ほど、いい加減なも
のはない。今度やるときは簡単に抜けられないようにしよう」という考え
から、血判を主張したと語っています。
三島が自刃して青嵐会が発足するまでには時間的な開きがありますが、
私は関係者への取材を通じて、三島と青嵐会の間には強い精神的紐帯が認
められると思っています。
三島は『サンケイ新聞』昭和45年7月7日に寄せたエッセーで、「日本
はなくなって、その代わりに、無機的な、からっぽな、ニュートラルな、
中間色の、富裕な、抜け目ない、ある経済的大国が極東の一角に残るので
あろう」と述べています。
ある意味で、青嵐会が生まれる社会状況を予言していたのではないか、と
いう気がします。
青嵐会が結成された昭和48年は「狂乱物価」を背景にして総選挙で
共産党が躍進した年です。当時、中山正暉氏は三島が『文化防衛論』で行
政権と共産
主義が結ぶことを恐れよ、と述べていることを引用し、「我々が守らねば
ならないものは、三島さんがおっしゃったように伝統とか歴史とかいろん
なものがある。中でも民族の魂を支える新しい憲法を命をかけて作ろう、
ということです」と述べています。選挙によって共産党が(野党連合で)
政権を掌握する可能性があるので、そのための防波堤として、自民党が
しっかりしなければならない。その際、三島が主張した文化や伝統の重要
性、民族の魂としての憲法という問題が出てくることになる。こうした三
島精神は青嵐会に引き継がれていったのだと思います。
一方、私が『血の政治』(新潮新書)を書くための取材で当惑したの
は、石原慎太郎氏の証言でした。当時、東京都知事だった石原氏は私に対
して、「僕自身に関する限り、青嵐会結成と三島さんの事件は関係ない
な」と否定されました。
しかし、三島事件直後にまで遡ると、石原氏の発言は非常に振幅が大き
い。三島事件当日、石原氏は新聞記者に対し、「これは現代の狂気です。
そうとしか言いようがありません」と述べている。のちの著書『国家なる
幻影』でも、三島の行為は政治的には無駄に近かったと述べている。
ところが、他の青嵐会メンバーの間からは三島精神を評価する発言がい
くつも見られるので、石原氏の発言だけで三島(事件及び思想)と青嵐会
に関係がなかったと捉えることは正しくない。石原氏は昭和49年1月の
青嵐会国民大集会(日本武道館)では田中批判の急先鋒で、田中内閣打倒
を宣言しているが、近著『天才』では田中角榮を礼賛している。
私はここ数年の「田中角榮ブーム」に対して批判的な一人です。今日の
政治腐敗、混乱の多くは田中の時代に始まったものであり、田中が保守政
治の基本原則を踏み違えたことによる。特に日中国交回復のやり方を誤っ
たことを見ても、田中の性急な北京接近は、現在の日本外交に大きなダ
メージを与え続けていると信じています。
次に青嵐会結成の時代背景を説明したい。昭和44年1月に東大安田講
堂事件が起きて、同年11月の国際反戦デーでは新宿騒乱があった。ただ
し、この新宿騒乱は三島が予期したような自衛隊治安出動には至らずに終
息し、昭和45年11月、三島は市ヶ谷駐屯地で自刃します。その後、昭
和47年5月の沖縄返還、7月の田中内閣成立を経て、9月には日中国交
正常化、台湾断交が行われている。
米国ですら7年かけ台湾との関係を調整したうえで中国との国交を正常
化したのに対し、当時の田中政権の性急さ、乱暴さが分かると思います。
佐藤内閣末
期から水面下で中国との交渉は始まっていたが、中国にとっては、佐藤よ
りも田中のほうが御しやすい存在と映っていたのでしょう。青嵐会が結成
されるのは日中国交回復から約1年後の昭和48年7月であり、同月10
日の時点で24人が血盟している。さきに述べたように、田中内閣成立後
は「狂乱物価」に見舞われ、それを背景に共産党が衆院選で躍進してい
た。その危機感も青嵐会結成の一因になったのです。
日台断交一周年目にあたる昭和48年9月、青嵐会、日華議員懇談会、
日韓友好議員連盟の3団体が航空機をチャーターして訪台し、?経国総統
と会談している。そこで?総統は、「日本の外交的誤りは真珠湾攻撃と日
中国交回復である」と述べています。
一方、党内左派の動きとしては、同年暮れに自民党河野グループが政治
工学研究所を発足させている。河野洋平らのグループは、同年6月頃から
俳人でもあった藤波孝生のアイディアで「青嵐会」という名称を考えてい
たが、それを先に奪われてしまったので、大分悔しがっていたという。
青嵐会は、田中の台湾切り捨て、列島改造論が引き金を引いた地価騰貴
に反発して結成されたものであり、そこには三島が死を以て訴えた主張が
影響を及ぼしていた。青嵐会は、次第に田中金権政治への批判を強め、倒
閣運動につながってゆくが、田中内閣は、『文藝春秋』昭和49年11月
号の田中金権追求特集が引き金になり、11月26日、退陣に追い込まれ
ます。
かつて林房雄は精神と肉体の乖離、矛盾を問題視した。その精神(言行
一致)を体現しようとした政治集団が青嵐会だったように思います。ま
た、村松剛は、「三島事件の影響はすぐに現れず、やがて地下水のように
人々の心に浸透していく」と述べています。当時に比して、憲法や防衛と
いった問題が国民に意識されるようになったことに鑑みれば、確かに三島
の精神は地下水のように浸透していると言えるかも知れません。
日本人が考えなければならない基本理念とは何か、日本の文化や伝統は何
によって象徴されるのか、命を賭して守らなければならないものは何か。
それを説いたのが三島であり、多くの人がそれを考えた。その中に自民党
政策集団である青嵐会がいたといえるでしょう。
青嵐会趣意書を見ると、三島が惹起した問題がどのように反映していた
のか、が分かります。たとえば、第二項目に「国民道義の高揚を図るた
め、物質万能の風潮を改め、教育の正常化を断行する」とある。
青嵐会メンバーのほとんどは地方から身を起こした人たち、非キャリア官
僚出身の技官などを経て、国政に転じた人たちだった。そのため、「頭と
いうより体で」考え、実践する人たちだった。教育の荒廃を憂慮し、日教
組教育打破の必要性を訴えた。当時、大阪で少年が親をバッドで撲殺する
事件があり、そのニュースに中川一郎氏が、「世も末だ」ととてもショッ
クを受けていたのを覚えています。
青嵐会代表世話人だった中川氏は1983年1月に自殺しました。前
年の自民党総裁選で思ったよりも票が得られなかったことに心身とも衝撃
を受けたためでしょう。同じく代表世話人だった渡辺美智雄氏は人の心を
読むのが上手かった。幼少期、養子に出され、養母の顔色を見ながら育っ
たためであり、戦後は行商先で国際政治などを語る「学士行商」を経て、
政治家となった。
一方、知名度のある石原慎太郎氏が青嵐会幹事長となったことは、会の
広報マンとして有効だった。ちなみに私は『血の政治』を書く際、当初は
青嵐会メンバーの息子たちをメインに据えて取材していた。
彼らが父親の跡をどう継ぎ、どうやって乗り越えようとしているか、を
テーマにするつもりだった。しかし、彼ら二代目政治家には私が初代に感
じたパワーが伝わってこなかったので、編集者と相談の上、青嵐会そのも
のをテーマにすることにした。
同書第5章で述べたように、青嵐会誕生のルーツは三つある。
第一が三島が訴えたように、戦後政治の偽善やナショナリズムの不在に対
する反発。かつて宮澤喜一氏は青嵐会について、「戦後抑圧された健全な
ナショナリズムの発露」と語っている。こうした評価を青嵐会結成当時の
マスコミがどうしてできなかったのか、不思議に思う。
第二のルーツは、農本主義の情念(高度経済成長から取り残された農漁村
の情念)。
それらを集合した第三のルーツが自主憲法の制定でした。
歴史の上で青嵐会が突き付けたテーマは重い。そもそも自民党は日本社
会党の統一に対抗するため、路線の異なる自由党と日本民主党の合同によ
り誕生した政党です。
当時、鳩山一郎や岸信介が目指していたのは総選挙で3分の2の議席を獲
得して憲法改正を実現し、その後に安保改定を実現することであった。
のちに岸自身がインタビューで答えているように、憲法改正より先に安保
改定をしてしまったことは失敗であった。実際の歴史が憲法改正から安保
改定へ推移していれば、国家としての独立自尊のアイデンテティーが復活
し、三島事件も必要なかったのではないかと思う。
青嵐会は自民党を鳩山や岸の理念に戻すための運動だったと言うこともで
きます。
ドイツは1955年の主権回復と同時に再軍備を実現し、翌年にドイツ基
本法を制定しNATOに加盟した。ところが、日本では順番が逆になってし
まった。
のちに吉田茂は、経済発展を優先させるために再軍備は見送らざるを得
なかったとしながらも、同時に、「終戦直後の政策を今後も日本が取り続
けるならば、国際社会からの批判を招く」と述べている。であれば、後継
の池田勇人や佐藤榮作に対し、順逆を正すための指導をすべきだった。
三島が述べているように、日米安保体制に依存し続けるのか、自主防衛
を選ぶのか、政治の側が真剣に考えるべきであった。
自民党は政権党として何をすべきか、それを忘れてきたことに問題がある
と思う。この問題は、今もなお自民党に問われ続けている。
(三島由紀夫研究会事務局速記)
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読者の声 READERS‘OPINIONS どくしゃのこえ 読者之声
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(読者の声1)仮想・暗号通貨の未来、その2。
「トロイアの木馬」とは、敵に自発的に自らを破壊させる戦略・装置・仕
組み、という意味。今風に言えば、超限戦。通常の兵器を使わず、あるい
は使えないので、敵を騙す。それは、最もコスパの高い、しかも人道的で
敵味方の被害も少ない、優秀な諜報戦略。
ビットコイン(以下$Bと略)はサトシ・ナカモト氏が2008年に発明した
とされるが、実在の人物なのか、今のところ誰も知らない。(発明者とし
て現在の価値で、約6兆円の$Bを持つらしい)USドル圏、円、ユーロで暮
らす安心安全な国民にとっては、弱い通貨の国民の苦しみ、不安、不条理
を知らない。全く落ち度もないのに、外人の投機などで通貨が売られて、
国が弱まり、輸入品の値段が跳ね上がる。国内においても、無責任な政府
が通貨を乱発し、超インフレで破綻する。
そこで家族を残して海外に出稼ぎをし、苦労して稼いだ外貨を国許へ送ろ
うとすると、膨大な換算手数料などを取られる。彼らにとっては、基軸通
貨もユーロも誠に不便で理不尽な不公平な通貨なのである。
翻って、近年、過去50年ほど、先進国の国民でも同様な被害を受けてい
る。ここでも腐敗した中央銀行は政府と官民の金融機関に迎合・結託し、
彼らに有利な経路で、ふんだんに通貨を発行供給分配し、貧富の極端な格
差が拡大しつずける。
つまり、北も南も右も左も、世界中の99%の全ての人民、貧乏人は自国の
通貨の不公平な運営の被害を受けつずけている。この強固な巨大な集団は
俗にデイープ・ステイトと呼ばれ、民主的選挙によって選ばれる議員など
が、仮に束になっても永遠に勝ち目はない、と認識されてきた。
そんな所に2008年に静かに現れた小さな「木馬」が$Bである。この新
型木馬の不思議な点は、秘密がない、つまり中に恐ろしい兵隊など入って
いない。
多少の数学を知れば、全てが公表されており、公正透明。しかも、政府、
政治家、銀行家などの支配、影響を受けない、という独立性にある。これ
は従来の通貨と全く異なる「水平」で、決められた方法によって自動的に
利用者同士で秘密に運営される仕組みである。しかも、利用者の国籍も問
わず、国境も認識しない。しかも瞬時に決済され、ほぼただの手数料。
先日書いたように、「第3次世界大戦は、「全体主義vs自由主義の国家
間」の戦争ではなく、「自由を守る国民vs自由を奪う政府・国家」の内乱
となり、既に2020年から戦闘が公然と世界中で始まっている」。
実際に、既に、勇気と行動力のある情熱的な国民性の国々では政府、警察
に対して暴力が向けられている。今のところ、その主たる原因は、強制的
な武漢菌対策、不法な危険な人体実験に反対する、本能的な自己防衛によ
る。自分の幼い子供達までも、あるいは未知の子孫の存亡さえ危険に晒さ
れては、大人しく受け入れるわけにはいかない。正しい比較は、ユダヤ
人、女、子供も強制的に毒ガス部屋に押し込められる、に等しい。違い
は、遅延性。これからインフレが加速し、必要なものが欠乏し、ワクチン
の嘘・被害が明らかになると、この内乱も加速するだろう。
過去1年、$Bなどが急速に広まり、多くの政府、その金融取締機関が正
式にその存在を認める傾向にある。民間の金融企業にとっては、近年稀に
見る、素晴らしく儲かる「急成長株」なのである。
そこで、この無色透明な100%デジタルの木馬を、自ら引き入れる。一度
体内に入ると増殖し、本来のDNAである基軸通貨をも破壊してしまう。長
らくいじめられていた人民は$Bという兵器で国内の敵、荒廃した中央銀
行、政府を打ち負かす。そんな壮大な夢の実現のための兵器としてナカモ
ト氏が発明したのかは不明であるが、$B信者の中には、究極の人民のた
めの人民による世界通貨、と考える。
つまり極めて政治性の強い、金融・通貨変革である。これから、全ての政
治家、論者、報道はこの「踏み絵」の試験をしいられる。早く懺悔し改心
せよ、と。
本来の通貨のあるべき基本的性格は、普遍性である。1メートルはいつ
でもどこでも誰に対しても、同じ、であるように。($Bの急激な乱高下
とは、見方を逆にすると、それだけ激しくドル、円の信用が疑われている。
本来の「金」の任務が、今のところは、$Bに移行した、とも言える。)
(在米のKM生)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━
◆買おうかどうか迷っている時間の損失
轟 晃成
(とどろき・あきなり)の人間社会考察
ネット広告で出てきた、3万円以上もする高級なまくらを買うかどうか
を、かれこれ2か月くらい迷い続けていました。そして結局買うことにし
ました。まだ届いていませんが、とても楽しみにしています。僕はあまり
物欲がある方ではなく、むしろモノは減らしたいのですが、睡眠は重要な
ので思い切って投資をすることにしました。
2か月もの間、評判などを情報収集していましたが、結局最後の決め手は
「これ以上迷っている時間がもったいないから、買って終わりにしよう」
という気持ちになったからです。失敗しても受け入れる覚悟が整いました。
時間とお金のどちらが大事かということについては、人にもよりますし、
また同じ人でも時期によって、例えば学生時代なのか社会人なのかでも変
わります。しかし、悩んでいる時間は三つの意味で損失だと思います。
一つ目の損失は、悩んでいる時間そのもの。二つ目に、いつまでも懸案と
して残っていることによって、脳のメモリが消費されること。そして三つ
目に、早くサービスを享受しないことによる機会損失です。
例えば、オンラインサロンや有料アプリなどの月額制のサービスでは、1
か月だけ試して合わなければ解約することもできます。1か月分の料金は
1000円もしないものが大半かと思います。
そのようなものであれば、加入するか迷い続けるよりも、とりあえず試し
てしまって、継続するかしないかの結論を出してしまった方が早いものも
あります。特にこの手のサービスは早く試さなかったことによる機会損失
が大きい世界です。
何でも欲しくなってしまう人の場合は、衝動的に買わずに、数日から数週
間寝かせておいて、それでも欲しければ買うことで、本当に必要なものが
スクリーニングされて、無駄遣いをしなくて済むという考え方もありま
す。それは一理あると思います。しかし、悩んでいる時間にも損失は発生
していることは気を付ける必要があるのではないでしょうか。
有名な言葉で「悩む理由が値段なら買え。買う理由が値段なら止めてお
け。」という考え方があります。自分なりの購買基準を作って、決断力を
付けることで、悩む時間はできるだけ短縮していきたいものです。
2021年10月22日
◆岸田氏の課題、「宏池会体質」の転換
at 06:04
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| 櫻井よしこ
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