高山 正之
米軍の沖縄攻略戦は昭和20年4月に始まった。
本土を爆撃するB29の発進基地としてだけではなく、米国は戦後の極東戦
略の拠点としてここを確保する気だった
米国領に沖縄インディアンは要らない。制圧は徹底していた。米軍は戦
艦10隻を含む177機による艦砲射撃で島の形を変えてから18万殺戮部隊が
上陸した。
敵は日本軍だけではなかった。生き物はすべて殺していった。浦添や島
尻では女も子供も関係なしに村民の3分の2を殺した。
国吉では生き残った村民のうち男は並べて片端から銃殺していった。
激戦地の宜野湾市では国際法で禁じられていたイベリットを大量に使用
した。毒ガスは防空壕にも流れ込んで女子供も死んだ。
イ・イ戦争の折にこの糜爛(びらん)剤を浴びた将兵を野戦病院で見たこ
とがある。
被爆した部位は大きく水膨れし、はじけると赤く爛れた肉が剥き出しに
なる。吸い込むと喉も気管支も爛れる。
苦しんだ末に肺浮腫で死ぬか肝臓の壊死で死ぬか。最も残酷な毒ガスだ。
49万島民のうち12万人が死んだ。4人に一人が殺された計算だ。
蛮行は終戦後も続く。彼らは1万人以上の女を犯した。6歳の永山由美
子まで犯され、殺された。
沖縄県人は身内の誰かを殺され、妻か娘を犯された。
その慟哭も聞こえないようにトルーマンは「太平洋及び極東戦略を鑑
み、沖縄を米国領に編入する」大統領令を出した。
沖縄県民は鬼畜にも劣る連中を同胞として、ともに「おoh say can you
see」と歌えというのか。
日本は悪い国だから東京で10万を焼き殺し、広島長崎に原爆を落とした
のは正しいと思えというのか。
そんな偽善の国の民になるなんて真っ平御免だ。俺たちは日本人だ。
米側はそんな思いに頓着なく、まず焼け野原に立派な都市づくりを始めた。
名古屋に100メートル道路を作った田淵寿郎を呼んだが、島民は「街中に
滑走路を作る気か」と拒んだ。
三代目高等弁務官のポール・キャラウェイは十分な予算を組んで、ハワ
イやグアムに勝る「豊かで魅力的な米軍基地の島」の建設を企図した。
沖縄政財界はそれも拒んだ。企業助成や新規投資に下し置かれた金は
プールして仲間内で処理した。簡単に言えば使い込んだ。
最新の医療機器やストレプトマイシンなどの高価な医薬品は本土に横流
しした。
いつまで待っても成果が出ないのを怪しんだキャラウェイが査察を入
れ、その不届きを知って激怒した。
琉球銀行の頭取以下全役員をクビにしたが、それでも腹の虫は治まらな
かった。「沖縄の自治など神話だ」と島民への愛想尽かしを公言した。
この顛末がニクソンをして沖縄の米国領化を諦めさせた。「戦略拠点は
必要だが出来悪の民はいらない」
かくて民だけを返す施政権返還が実現した。
島民の思いは半分じつげんしたが、まだ基地は残る。
で、宜野湾市民が立ち上がった。普天間基地に隣接して小学校を置いた。
ある市民は滑走路の先に40メートルの鉄塔を建てた。米軍機が引っかかれば
大事故になる。小学校は燃え、国際非難が集中する。
我が子ですら沖縄奪還の殉教者に供する。民は家族ぐるみで米国と戦っ
ている。
ただ問題はある。本土の連中は未だマッカーサー憲法を墨守し、戦力不
保持を補う安保に縋る。沖縄の米軍基地の存在を正当化する根拠にされて
いる。
押し付け憲法を捨て、戦前の強い日本軍の再興を図れ。そして罪深い米
国の基地を追放したときに、沖縄の民の戦いは終わる。
しかし支那も手先の在日もそれは望まない。彼らは沖縄の民の味方を
装って「米軍基地出ていけ」を叫ぶが、アホな憲法は守れという。それに
朝日新聞も立憲共産党も乗っかる。
両者が乗った「オール沖縄」が惨敗した。民の思いを勝手に歪めたからだ。
〈新潮社編集部より〉
高山正之氏の本紙連載が、文庫になりました。
『変見自在 習近平は日本語で脅す』(定価605円)絶賛発売中。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
松本市 久保田 康文 採録
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
◆開戦前夜/16 習近平独裁で先が見えない中共の危うさ
“シーチン”修一 2.0
【Anne G. of Red Gables/427(2022/2/3/木】多摩川べりのサイクリング
コースでは空に毎日のように銀色の飛行体を見る。長さは1mほど、小さ
な飛行船みたいで、一般的なドローンとは違う。交通情報でも収集してい
るのかなあと思ったが、川べりには大した道路はない。趣味で誰かが飛ば
しているのかもしれない。しかし趣味で毎日飛ばすか?
国交省京浜河川事務所のサイトをのぞいたら「多摩川上空でドローンを飛
ばせる場所は少ない」とあった。一方でユーチューブには多摩川上空から
のドローン撮影映像が結構紹介されている。小さな“飛行船”がゆっくり飛
んでいるのは東名高速の橋、国道246の橋、大山街道の橋(旧246)、第3
京浜の橋などがあるところだから、川の上空を飛ぶドローンが万一橋の上
に墜落したら大事故になりかねないので、それを抑止するため監視してい
るのかもしれない
監視=抑止・・・国防のイロハ、一丁目一番地だろう。備えあれば患いな
し。日本は十分に備えているか? 中近東ではドローン戦争も当たり前に
なってきた。欧州ではプーチン・ロシアが威嚇し、アジアでは習近平・中
共が虎視眈々と覇権を狙っている。激動期だ。日本の当面の主敵は戦狼餓
狼の中共である
中国を拠点に主に日系企業の法務・労務・税務などに当たっている国際弁
護士、村尾瀧雄氏の論稿「中国憲法前文を読み、現在の中国の行動を理解
する」2022/1/29はなかなか刺激的だった。氏は熱烈な中国ファンである
が、主な顧客は日系企業だろうから、クライアントの日系企業には「中国
の今」を正確に伝え、アドバイスするのも当然の仕事になる。氏曰く
<おそらく中国憲法前文を1回も読んだことがないままに、マスコミ諸氏
が「先富論」から「共同富裕論」への歴史的転換の意味を曲解して報道し
ているように思われ、何時も強烈な違和感を覚えます。そこで、この問題
に関しては、論文も書こうと思う一方で、論文を書いても、その種の難解
な文章は読んでくれない方々も多いので、以下、昨年11月に実施したセミ
ナーのレジュメを共有しますので、ご興味のある方は是非、ご一読くださ
い。「先富論」から「共同富裕論」への歴史的転換は1982年憲法前文に組
み込まれた既定路線であり、そこまで大騒ぎするほどのものか、と思う次
第です>
中国憲法の上に絶対的権力者として中国共産党が君臨しているから、人民
支配を目的とした憲法を読んだところで少なくとも小生には「タダの紙っ
切れ」としか思えなかった。曰く、
<中国は、独立自主の対外政策を堅持し、主権と領土保全の相互尊重、相
互不可侵、相互内政不干渉、平等互恵及び平和共存の5原則を堅持して、
諸国家との外交関係及び経済・文化交流を発展させる。また、帝国主義、
覇権主義及び植民地主義に反対することを堅持し、世界諸国人民との団結
を強化し、抑圧された民族及び発展途上国が民族の独立を勝ち取り、守
り、民族経済を発展させる正義の闘争を支持して、世界平和を確保し、人
類の進歩を促進するために努力する>
書いていることとやっていることが真逆。つまり村尾氏は「中国は表と裏
がある、私のセミナーのレジュメも現状をストレートには書けない、そん
なことをすれば罰せられる、そこを忖度して読んでくれ」と言っているわ
けだ、小生の解釈では。
氏のレジュメをざっくり読んだが、確かに「罪を問われないように曖昧な
表現」が多く、分かりにくい。以下は氏の論稿の一部だけだが、分かりや
すく日本語に“翻訳”してみた
<1992年、中国は計画経済を廃止し、社会主義市場経済を採用、翌年には
米国に経済発展への支援を求めた。この時代は「自力更生」どころかアメ
リカ及びその他の外資への全面依存という「他力本願」に依存した時代
だった。
前年の1991年にソ連が崩壊し、米ソ冷戦が終わったことを受け、米国は、
中国経済を発展させれば、いずれ中国は西欧型民主主義を希求する、とい
う期待があったのだろう。2001年のWTO加盟効果もあり、習近平政権にな
る2012年までの20年間、アリババやテンセントなど民営企業の躍進により
中国経済は急速な大発展を遂げた。福祉目標も「小康水準」から「小康社
会の全面建設」に切り替わった。
その結果、1人当たりの名目GDPは1万ドルを超えた程度ではあるが、国家
としての名目GDPは米国の4分の3に至り、2027、28年には米国を超えると
予想されている
「小康社会の全面建設」が達成されると、なぜこれ以上(西側との)妥協
の産物である資本主義による「先富論」を続けるのか?という疑問が生じ
てくる。これが社会主義的な「共同富裕」への歴史的な転換を促した。ち
なみに「共同富裕」と「先富論」はセットになっており、いずれもトウ小
平が打ち出したものであり、真新しい概念ではない。
中国が国力を増すにつれ(習近平政権は)、米国など外資に依存する「他
力本願」的モデルから、毛沢東由来の「自力更生(自力本願)」、外交で
は妥協的な「韜光養晦」から「戦狼外交」へと大きく舵を切り、本来の社
会主義的な「共同富裕」を並行的に進めるようになった。共産党を唯一の
指導政党とするシステムの堅持、内政引き締めこそが目標であり、外から
内政に干渉させない、というのが西側から見れば(威嚇的な)「戦狼外
交」に映っている。
「米中摩擦」の本質は何か。アメリカは中国経済の大発展に助力したが、
中国の政治システムが(民主化に向かわず)中共一党独裁を堅持したまま
であることに失望し、1992年以降「中国=異質な国家」との認識を高め
た。アメリカに匹敵しつつある強大な国力を持つ中国は、衝突こそ望まな
いが、貿易面では激烈な競争を繰り広げるべきライバル国家と位置づけざ
るを得なくなった、ということだ
トランプ政権下(2017〜2021年1月)で始まった「米中摩擦」は、この認
識が米国議会でも共有され、それが長期にわたるだろうことは中共も認識
していると思われる。シナリオは概ね以下である。
1)嫌中派のシナリオ:中共が人民の信頼を失い、動乱が起き、(複数の国
家に分裂し)欧米と価値観を共有する国家群を形成する。
2)親中派のシナリオ:中共が「共同富裕」化を達成し、人民の信頼を強
化、国力を増大させる。米中衝突を避け、中国は極東を含めたアジアの盟
主に、米国は南北アメリカと欧州の盟主になるという、2大国による分割
統治が現実化する。
外資に依存して発展するという他力本願の「先富論」(豊かになれる者か
ら豊かになれ)から伝統的な「自力更生」へ回帰する「共同富裕」の流れ
の中で見ると、「米中摩擦」は日系企業、現地企業にとって貿易面での影
響は無視できず、中国国内でも懸念する見方はある。
本質的懸念は、「先富論」の勝者である民営企業とその創業者に限らない
反対勢力があることだ。彼らは「共同富裕」の動きに対して一見、従順を
示しつつも、その実は面従腹背、本音では強烈な反対に回りかねない。外
国からは決して見えないが、北京における伝統的な権力闘争を超えた、
「先富論」堅持派と「共同富裕」推進派の闘争が、国内不安を惹起する恐
れがある。
習近平が集団指導体制から離れ、強い一人のカリスマリーダー型モデルに
転換を図ろうとするように見えるのも、既得権益を守ろうとする「先富
論」堅持派の強烈な反対をものともせず「共同富裕」の推進を図るためで
あるかもしれない。
もっともこのプロセスでは、政策決定と実行までに猶予期間を設けると、
反対勢力に付け込まれる隙を作る懸念があり、政策決定があると直ちに実
行するという、これまでとは根本的に異なる拙速すぎる動きが見られる。
従来は、政策公表→ 法律法規への反映→ 施行後の十分な周知期間の確保ま
たは一部地域での試験的実施の先行→ 全国レベルでの本格的施行、という
透明性があったが、今ではそれとは違う動きが顕著になっている。このた
め企業は予見可能性のある複数年度にわたる事業計画立案が困難になって
いる。
このように行く先に霧が立ち込め、視界が悪くなっている時期の鉄則とし
て「積極的な投資は抑制し、既存の投資回収速度を速め、中国に対する投
資エクスポージャー(リスク)を可能な限り絞る」ことを心掛けるべきで
あろう、との教訓が導かれる
“翻訳”したものの、それでも奥歯に物が挟まったような物言い。幕末の江
戸では湯屋にも岡っ引きがいて、世間話で「ご政道が乱れているようで
困ったものです」と言っただけでしょっ引かれたというが、中共は文革時
代の時から凄まじい監視国家になり、中共から日本に逃げてきたハーフ女
性(父親がフランス人)は365日、24時間、家の出入りを監視されていた
という。今の中共は完全な監視国家に“進歩”した。嫌な国である。
中共とビジネスをしている在中外国人は常に言動に注意していないと拘束
や収監の恐れがある。そんな国と商売するのは「母国を捨てても中共命」
という思想のためか、あるいはカネ儲けのためか。日本を赤化したいの
か、それともカネを貯めて贅沢をしたいのか。強権独裁の習近平一派を排
除して14億が安心して暮らせる国にしてやろう、アジアから圧政を一掃
し、それなりにのんびり穏やかに暮らせるように応援しようとは思わない
のか?
日本の暴力団は警察の地道な努力で激減している。<警察庁のまとめによ
ると、全国の暴力団構成員や準構成員らの2020年末時点の人数は、前年比
2300人減の2万5900人。16年連続で減少し、統計が残る1958年以降では過
去最少となった>(nippon.com)
暴力団的な国家も周辺国が結束して封じ込めば必ずこける。ソ連は消え、
ロシアと北は最後の悪あがきをしている。「暴力を 追い出す力 みんなの
輪」「団結し みんなで排除 暴力団」「暴力団 恐れず追い出せ 地域の
輪」。マルクス系毛沢東組習近平一家を潰すべし。
━━━━━━━━━━━━━
◆中国は名指しもされていないのに
「宮崎正弘の国際情勢解題」
令和四年(2022)2月3日(木曜日)
通巻7206号
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
日本の鈍すぎる政治 人権への懸念決議は空疎
中国は名指しもされていないのに、「深刻な挑戦だ」
****************************
国会衆議院は2月2日、中国の人権状況に懸念を示す決議を採決した。
ところが、中国を名指しせず、非難もしていない。「深刻な人権状況につ
いて説明責任を果たすよう強く求める」とあるだけ
これって、何か意味があるのかな。
決議の表題は「新疆ウイグル等における深刻な人権状況に対する決議案」。
本文では、少数民族や民主派に対する弾圧が伝えられるウイグルとチベッ
ト、「南モンゴル」(内モンゴル自治区)、香港を列挙し、「国際社会か
ら懸念が示されている。人権問題は一国の内政問題にとどまらない」と指
摘している。
小学生が読んでも中国を指弾していることは了解できるだろう。
ところが、決議は日本政府に対して、情報収集に努めるよう要請し、
「国際社会と連携して監視し、救済するため包括的な施策を実施すべき
だ」と訴えだだけの微温的なもので、「中国」「人権侵害」の文言がない。
決議文を、これほど空疎で無内容にしたのは何党か、誰々か? 自民党
は連立相手を間違えているのではないのか。
ところが、迅速な反応をしたのが北京だった。
中国は名指しもされていないのに、「深刻な挑戦だ」とした。外交部の趙
立堅副報道局長は採択が確定的となった2月1日の談話で早くも、「乱暴
に内政干渉し極めて悪質だ」と批判し、対抗措置を仄めかした。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評 BOOKREVIEW
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
吉田ドクトリン、永井陽之助、そして岸田政治を論ずる
珍しい鈍感さをしめす岸田政権は本当に大丈夫なのか?
田久保忠衛 v 櫻井よしこ『宿命の衝突 ニクソンショックから50年』
(ビジネス社)
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
痛快な内容、爽快な読後感。読む前から結論が分かっているような錯覚
もあるが、討論内容は濃く、豊富で示唆に富むばかりか、今後の日本の運
命を考える上での基本的な考えかたが何かを懸命に探っている姿勢である。
主要なテーマは勿論、わが国最大の脅威チャイナについてだ。
中国はアメリカを騙し続けたが、日本を騙すのは極めつきに簡単だっ
た。中国が一を言えば、十やってくれる中国の第五列がメディア、学界ば
かりか、国策を決める国会議員に山のようにいるからだ。
したがって中国にものを言った安倍晋三や高市早苗を高く評価し、「め
ずらしい鈍感男」と言われる岸田政権を、軟らかく、しかし辛辣に批判す
る。そもそもこの首相には、自分の言葉がない。信念がない。エリート意
識しかない。憲法改正に消極的であり、核武装には距離を置くセイジヤで
ある。
日本の運命をこの小心翼々で貴公子のような政治家に任せて本当に大丈
夫なのか。
外交を司る外務省も問題で、バイデンを歓迎しているというのだ。田久
保氏が関係者をまわって聞いたところ、バイデンに「不安を言った人は、
ひとりもいません」
米国も分裂状態は悲惨で、歴史はズタズタにされ「白人が悪い」という
自虐的な左翼史観が蔓延しだしたことに櫻井氏は強い懸念を表明している。
本書の要諦は「百年に一度」の世界潮流の大変化をいかに認識するかで
あり、日本は中国利権を捨て、自由と民主主義を守る戦いのため、決然と
しなければいけないとする覚悟を説く。
過去五十年、アメリカが揺らいで大きく衰退し、その隙に中国が立ち上
がった。日本は、その恐ろしさに気づくことさえできれば、道が開ける。
自らの運命を切り拓くことが可能になると訴えるのである。
本書の中で所謂「吉田ドクトリン」の主唱者となった永井陽之助に、奇
しくもふたりが時を同じくしてインタビューしたという箇所があって、
えっと小声をあげた。実は評者(宮崎)も、永井氏が北海道から東工大教
授となって東京にこられた時に、すぐにインタビューに行った。
そのときの秘話をひとつ。永井教授は表では決して口にしなかったが、じ
つは核武装論者だった。
さて。御二人の討論にも二回出てくるうえ、大河ドラマにもなっている
鎌倉武士が元寇をしりぞけたことは知られている。ところが武士の戦いぶ
りはスルーされ、「神風」が伝説化した。
これは事実とは異なって、「神話」のたぐいであり、嵐が来たのは壱岐、
対馬までモンゴル軍が撤退したときに台風並みの嵐に遭遇し、多くの船が
沈没したというのが実態。
博多から西海岸に上陸した蒙古兵を鎌倉武士は、弓と武闘で迎撃し、敗
退させた軍事作戦の妙があった。
その五百年も前に筑紫から唐津、松浦半島にいたるまで防塁を築き、太
宰府の前衛に水城を突貫工事でやりとげ、一貫し防衛に邁進した防衛のシ
ステムが大いに役立ったのである。
それは白村江の敗戦によって日本が挙国一致でなした防衛システムの構
築であり、天智天皇と天武天皇の国策であった。元寇を敗退できたのは、
その恩恵システムが残っていたことも裨益した。
ついでに言えば白村江は、当時のノモンハンと比喩できるかも知れず、
勝敗は五分五分。日本は負けたと感じたが、新羅も唐も局地戦では日本の
水軍を敗退させたものの全体で勝利したという意識はなく、日本が必ず報
復にくると恐れ、戦後、新羅は何回も日本に朝貢し、唐も外交使節団を玄
界灘に派遣して様子をさぐりに来た。
というのも、後衛部隊を率いた阿倍比羅夫は、2400名の百済の王
族、官僚、匠をのせて帰国したからである。つまり日本で百済亡命政権を
作ったと、新羅と唐は判断した。それは国際政治の常識というものだろ
う。ちょっと脱線でした。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
読者の声 どくしゃのこえ READERS‘ OPINIONS
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
♪
(読者の声1)貴誌前号、石原慎太郎さん関連です。石原さんはヨット乗
りで、たしか、アメリカ本土とハワイ間のトランスパックというレースに
参加されたはずです。
私もある年代、結構ヨットに乗っており、海上で石原さんのヨットとすれ
違ったことも何回かありました。
今、あまりその面で何かを書く人がないので筆を執りました。
(関野通夫)
♪
(読者の声2)過日、貴誌で紹介のあった「中国牛鬼蛇神録」(楊小凱
著、集広舎)の感想です。
この本の題を見るとおどろおどろしいが、内容は深い。中共批判の本は
いろいろあり、被害者の立場から見たものは、「上海の長い夜」、「ワイ
ルド・スワン」などがある。この本は著者(楊小凱)の回想で支配階級出
身の高校生の若者が、文革の大混乱の中で、必死に状況を理解しようと考
え行動し、当初は毛沢東やマルクスを読むが、政治の実態が違っているこ
とに気づいてゆく。
これは毛沢東は初めから共産主義者では無く大盗賊だったという見方を知
ると解決する。毛沢東は冷酷狡猾な現実主義者だった。
文革は共産党内部の権力闘争だった。平等な社会をつくる共産党など存在
しておらず、共産主義思想や毛沢東思想は妄想、共産党は思想を看板にし
た虚構、そして統治の実態は私利私欲の暴力犯罪だったのである。
著者は若くして牢屋に入れられ、いろいろな人に会う。この人物回想は
本書の魅力であろう。中共の国民も普通の人間であり、正しい政治を望ん
でいるのだ。
著者はその後米国に渡り経済の専門家として学識を深めるが、濠州で肺ガ
ンで死去した。優秀な人であった。
(落合道夫)
♪
(読者の声3)早速、御新刊の室谷克実さんとの共著『なぜ韓国人は国を
捨てるのか』(ビジネス社)を拝読しました。
類似韓国論のなかで、まったくユニークで文化と国民性を掘り下げておら
れ、半分は吹き出しながら、なんという国かと驚きながら、さてはて、こ
れが韓国の真実の姿であるとすれば、哀れみの感情さえ湧いてきました。
韓国政治や経済を正面から批判する本が沢山並んでいますが、大上段か
らではなく、裏側から、横合いから観察した韓国論ですので、意表を突か
れるばかりでした。
(KR生、さいたま市)
♪
(読者の声4)貴誌通巻7196号(読者の声1)と同7198号(読者の声3)
と7203号(読者の声3)の続き。7203号の拙文で、「他に江戸の霊的守護
なのが、鬼門の『浅草神社』と、裏鬼門の『増上寺』である」という箇所
は、正しくは「他に江戸の霊的守護なのが、鬼門の『(東京都台東区)浅
草寺』及び『(東京都千代田区)神田明神』と、裏鬼門の『増上寺』であ
る 」の間違い。
(第二十六代)継体天皇の宮殿「樟葉の宮」跡のある『交野天神社』訪
問の記憶から、失意の惟喬親王が日没を惜んで『日置天神社』を建てた平
安の皇族狩場「禁野」の交野ヶ原への夢想と続き、意識は古代日本の戦略
上重要位置に在る、男山の『石清水八幡宮』上空を彷徨う。
そして古(いにしえ)の武士(もののふ)八幡太郎義家を想いつつ、正月
二日の「臨済宗鎌倉五山巡礼の旅」へと、やや無理やりに話を繋げる(笑)。
破壊と復興・繁栄の昭和から、「世紀末」と「ミレニアム末」を経た、
二十一世紀日本で流行るもの。渋谷のハロウィン狂騒とサッカーサポー
ターの跳梁跋扈だが、地味に節分の日の恵方巻きがある。最近はコンビニ
でなくスーパーでも見かける。
「恵方」とは、陰陽道で年の福徳を司る神「歳徳神(としとくじん)」の
居る方角である。鉄道の発達する明治時代まで、日本には(方角無視の)
「初詣」は無く、江戸時代の正月は居住地から、恵方の社寺に参詣するの
が「恵方詣り」という習わしである。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%B3%E5%BE%B3%E7%A5%9E
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%81%B5%E6%96%B9%E8%A9%A3%E3%82%8A
(「バブル世代」以降の世代には、ハロウィンやサッカー騒動に違和感
を感じる向きもある。だが、バブル時代でも耶蘇誕生祭前夜には、高級ホ
テルのフレンチは予約満員で、余興に讃美歌コーラスを聞き快い気分に
浸っても、「クリスマスって何だっけ?」が普通で(苦笑)、聖バレンタ
インの日に女性からチョコレートを貰うと、ホワイトデーでマシュマロを
返すとか、訳の分からぬ習慣に乗れる人と乗れない人が居るのは、世代差
の所為だけでも無い(「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら、なんちゃ
ら」とは名言である)。
これらは全部、ケーキ会社、チョコレート会社、マシュマロ会社など、
日本人の伝統的味覚の西洋化・国際化を推し進めんと欲す、資本主義者の
陰謀である。
同様に「初詣」の習慣も伝統的方角感覚を失わせんと欲す、鉄道会社カル
テルにより「作られた」、デコレーションケーキ同様の「日本文化破壊計
画」だと、陰謀論を説く者なら是非見抜いて欲しい(笑)。独占的製菓会
社カルテルなどの背後には、きっと国際金融資本の影がある「かもしれな
い(爆笑)」)。
江戸で恵方詣りが正月に行われたのに対し、上方では恵方詣りは節分で
ある。関西の人が正月参りに行くのは明治以降の話なのだ。(因みに、キ
リスト教圏では耶蘇生誕祭よりも、耶蘇磔刑後の「復活祭」の方が遥かに
重要である。12月24日の夜に聖地エルサレム旧市街は(二つ理由が有る
が)人の気が全く無い、もぬけの殻である)。
前回、京の都の(表)鬼門の霊的守護の比叡山延暦寺(と坂本日吉大
社)、裏鬼門の霊的守護の男山の石清水八幡宮の構図を、(現東京の)江
戸にも移植
して、表鬼門の霊的守護の東叡山寛永寺と裏鬼門の霊的守護の赤坂日枝神
社(に加えて、表鬼門の神田明神と浅草寺、裏鬼門の増上寺)という構図
が在る。さらにその背景に天台宗と山王神道が有ると書いた。また、江戸
の表鬼門の延長の日光東照宮の本殿から参道を真っ直ぐ伸ばすと、寛永寺
に届くという「仕掛け」もある。ここまでは良いが、「武士の都」鎌倉で
鬼門・裏鬼門の霊的守護の寺社の話は聞かない。
整理すると、(上方)比叡山延暦寺→東叡山寛永寺、(上方)坂本日吉
大社→川越日枝神社→赤坂日枝神社、(上方)日吉東照宮→日光東照宮、さ
らに(九州)宇佐神宮→(上方)石清水八幡宮→鶴岡八幡宮と、需要な寺社
は上方から下方(関東)へ一方的に移植。
英国から植民地の米国東部ニューイングランドに、プリマス
(Plymouth)→ニュープリマス(New Plymouth)、ハンプシャー
(Hampshire)→ ニューハンプシャー(New Hampshire)、ジャージー
(Jersey)→ニュージャージー(New jersey)、など母国の地名を付けた
のと似ている。
つまり京都の朝廷や公家の意識からすれば、東国は「植民地」なのであ
る。実際に(初代)神武天皇東征以来、(第百二十一代)孝明天皇まで、
歴代天皇は関東に足を踏み入れた事は無い。
(第百二十二代)明治天皇ですら、東京行幸後に京都に「お帰り」にな
る。東京に御陵が在るのは、(第百二十三代)大正天皇と(第百二十四
代)昭和天皇のみである)。宗教的に鎌倉時代の「坂東武士達」は、臨済
宗や曹洞宗など簡素な禅宗を好んだが、京都のエスタブリッシュメント
が、真言宗や天台守など密教(や山王神道)と関係深いのと対照的である。
年始のテレビで、本郷和人東京大学史料編纂所教授が、(京都大学出身
の)国際文化研究センターの井上章一所長と歴史論争をした。本郷は鎌倉
幕府は京都朝廷とは「別政権」という「二つの王権論」を主張。井上に鼻
で笑われる。調べると、鎌倉幕府を(西日本を中心とする王朝国家)朝廷
から独立した別個の中世国家と見なす学説である「東国独立国家論」が、
故佐藤進一東大史料編纂所教授に提唱されている。対して、京大出身の学
者らは朝廷や公家、寺社勢力、武家の相互補完関係の「権門体制論」とい
う学説で反論して現在に至る経緯がある。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E5%9B%BD%E5%9B%BD%E5%AE%B6%E8%AB%96
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A8%A9%E9%96%80%E4%BD%93%E5%88%B6
本題に戻る。巡礼は、駅員の居ない北鎌倉駅から始まる。最初は(鎌倉
五山序列第二位)臨済宗円覚寺派大本山『円覚寺』で、飛び回る「神仏の
使い」の台湾リスを見る。次に(同序列第四位)同円覚寺派『浄智寺』、
三番目に敷居の高い(同序列第一位)同宗建長寺派の大本山『建長寺』へ
と続く。間に禅寺と対照に大勢行列の『鶴岡八幡宮』を見て、(バスで向
う)四番目の(同序列第五位)同建長寺派の『浄妙寺』で、「期せず」熱
いほうじ茶を頂く。(7198号で「古いタイプの大きな湯沸かしポットが二
つ」と書いたが、正しくは「魔法瓶が二つ」で訂正)。
7198号の宮崎先生のコメントで、恩師故林房雄氏の墓が鎌倉に在ると
あった。
調べると、生前の住所が(神奈川県)鎌倉郡鎌倉町浄明寺宅間ヶ谷(現在
の鎌倉市浄明寺二丁目八番地)とある。おらが訪れた『浄妙寺』の場所で
ある。川端康成も隣人である。彼らもモダンな京急バスに乗り、浄妙寺で
ほうじ茶を啜っただろうかと夢想(笑)。地名「浄明寺」が『浄妙寺』と
字が違うのは、格の高い寺に住民が敬意を払ったかららしい。
(道楽Q)
2022年02月06日
◆【変見自在】未だ戦争中
at 10:14
| Comment(0)
| 高山 正之
この記事へのコメント
コメントを書く