2022年02月19日

◆尖閣諸島問題にも影響

小川 和久

日本はロシアの現状変更の試みを糾弾せよ

ロシア軍によるウクライナ侵攻を回避するため、フランスやドイツが交渉
に当たる一方で、差し迫った状況を示す情報も飛び交っています。その中
の1つ、ロシア軍が輸血用血液などの医療物資を国境付近に移動との
ニュースについて2014年のクリミア併合時と比較し分析するのは、メルマ
ガ『NEWSを疑え!』を主宰する軍事アナリストの小川和久さん。ロシアの
圧力に、アメリカも自国民への退避勧告というカードで対抗し予断を許さ
ないとした上で、日本が示すべき態度についても言及しています。


軍事の最新情報から危機管理問題までを鋭く斬り込む、軍事アナリスト・
小川和久さん主宰のメルマガ『NEWSを疑え!』の詳細はコチラから


ロシア軍の輸血準備は情報戦か?
10日からロシア軍とベラルーシ軍の大規模な合同軍事演習が始まりまし
た。演習を装った動きがそのままウクライナへの越境攻撃につながらない
かと、緊張が高まっています。

そんなおりですから、気になるニュースをご紹介しておきます。1月28日
付のロイターによる配信ですが、地味なニュースなので話題にはならな
かったようです。

「ウクライナとの国境付近で軍を増強させているロシアが、戦闘で負傷者
が出た場合に備え、輸血用の血液を含む医療物資を国境沿いに移動させた
ことが、複数の米当局者の話で分かった。ロシアが侵攻の準備を進めてい
ることを示す重要な動きとして警戒されている。匿名を条件にロイターに
情報を提供した3人の米当局者のうち2人によると、輸血用血液がウクラ
イナとの国境沿いに運ばれたのはここ数週間のことだった。ただ3人と
も、米政府がこれを察知した時期については明らかにしなかった。米国防
総省は、ロシアが軍増強の一環として『医療支援』も国境沿いに配備して
いることはこれまでも察知していた」

「ただ専門家は、輸血用血液の準備はロシア軍の準備具合を推し量るに当
たり、重要な指標になると指摘。退役軍人で現在は欧州政策分析センター
に所属するベン・ホッジズ氏は『攻撃実施を保証するものではないが、輸
血用血液を準備せずに攻撃が行われることはない』としている。この件に
関してロシア国防省からコメントは得られていない。米国防総省はコメン
トを控えている」

これについては、専門家にとって忘れることができない出来事がありまし
た。ロシア軍は2014年2月26日、中央軍管区とウクライナ北東部と国境を
接している西部軍管区で15万人を動員した大規模な軍事演習を抜き打ちで
実施しました。ウクライナ侵攻の可能性も排除できず、関係各国は身構え
ましたが、やがてこの演習に野戦病院などを展開するための医療部隊が参
加していないことがわかり、ウクライナ侵攻はないと判断され、警戒を緩
めることになりました。

その隙を衝いたのがクリミア半島へのロシアのハイブリッド戦です。上記
の軍事演習と重なる2月27日、国籍不明の武装集団がクリミア半島の空港
と自治共和国の議会庁舎を占拠し、ウクライナ軍施設を包囲、ロシア系住
民の支持のもと、クリミア半島を無血併合してしまったのです。
        
   
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◆22アジア版『反独裁連合帝国』で中露に備えよ

雀庵の「開戦前夜/22 アジア版『反独裁連合帝国』で中露に備えよ」

          “シーチン”修一 2.0

【Anne G. of Red Gables/431(2022/2/17/木】生物は繁殖するのが本能、
天命である。そのためには群れる。孤立したら生きていけない。人間も石
器時代どころか旧人以前から群を作ってきたのは猿と一緒だ。大きくて強
い群でないと、他の群に追い出されてしまうか併呑される。豊かな餌場を
確保するためには群をどんどん大きくして強い部族になり、縄張りを広げ
ていく。

やがて石器時代、縄文時代あたりから各地の部族間での交易が盛んにな
る。それぞれ特産品を持ち寄って物々交換する。山の部族は矢じりやナイ
フに使う黒曜石を持ってくる、海辺の部族は貝の身を茹でて乾燥保存でき
るようにした加工食品を持ってくる、北の部族は接着剤であるタールを
持ってくる、という具合で、その交易圏がやがて「国」のようになって
いったのだろう。

小生は時々、自給自足できる小さな村、桃源郷のような村で穏やかに暮
らせたらいいだろうと思うが、たとえ辺境であっても“美味しそうな村”な
ら強い部族が放ってはおかないから、遠くに逃げるか、強い部族に併呑さ
れるしかない。東北の先住民だった蝦夷(えみし、アイヌ)は間氷期の気
候変動で東北が温暖化すると縄文人(弥生人?)が押し寄せて来たため、
北海道や樺太、シベリアなど北の寒い地域に移動して(≒駆逐されて?)
いったらしい。

ユーラシア大陸の北辺からシベリア、アラスカは、西と南の勢力に追わ
れるようして北上、東上してきた人々が先住民となったようだ。エスキ
モーもその一つだろう。明治時代から北海道は本土からの移民による開拓
が進むが、この地は数百年あるいは数千年はアイヌの暮らす地だった。現
在の地名の多くはアイヌ語由来で、例えば、トーヤ/湖岸→ 洞爺 モペッ/
静かな川→ 紋別、クマウシ/物干しが多くある所→ 熊石などで、北海道庁
によると市町村名の8割がアイヌ語由来だという。

アイヌ人は特に明治以降に本土からの開拓移民が増えて北方の島などに
移住を余儀なくされたり、本土人と交配を重ねたりしたのだろう、「純血
種」は大正時代にはいなくなったという説がある。1970年頃に知り合った
北海道出身の友、日高君(通称)は髭が濃く精悍な顔つきをしていたが、
聞かれもしないのに「俺はアイヌ系じゃない」とよく言っていた。北海道
ではアイヌ系への偏見(差別?)が残っていたようだ。


北海道のアイヌは白人系との混血もあり、ハーフの美男美女もいたよう
だ。1878年に北海道を訪れた英国人イザベラ・バードは大感動している。

<その大人は純粋のアイヌ人ではなかった。彼の黒髪もそれほど黒くはな
く、髪も髭もところどころ金褐色に輝いていた。私はその顔型といい、表
情といい、これ程美しい顔を見たことがないように思う。高貴で悲しげ
な、うっとりと夢見るような、柔和で知的な顔つきをしている。未開人の
顔つきというより、むしろサー・ノエル・パトン(英国の歴史画家)の描
くキリスト像の顔に似ている。(修一:Sir Joseph Noel Paton、以下の
作品らしい)

https://paintingandframe.com/art-imgs/sir_joseph_noel_paton/the_man_of_sorrows-6899.jpg

彼の態度は極めて上品で、アイヌ語も日本語も話す。その低い音楽的な
調子はアイヌ人の話し方の特徴である。これらのアイヌ人は(修一:日本
人と違って?)決して着物を脱がないで、大変暑い時には片肌を脱いだ
り、双肌を脱いだりするだけである>

洋の東西を問わずバードなどインテリ上層階級は、暑いと褌一丁になる
のが大好きな小生のような日本原人を(当時の下層階級は疥癬=皮膚病が
珍しくなかったこともあり)「まるで蛮族」と見ていた人も多かったか
ら、上記の美しい白人系混血アイヌに感動したわけだ。インテリの「高等
白人以外は下層民族」という思い込みは今でも欧米では基本的に根底に
残っているだろう。白人が「有色人種も同じ人間らしい」と認識し始めた
のはここ数十年ではないか。父は米国人をアメ公、ロシア人を露助と言っ
ていたから、まあお互い様か。

小生は見かけではなく中身で差別、区別する、「こいつはアカ=蛮族=
駆逐すべし」と。習近平、プーチン、バイデン、オバマ・・・蛮族みたい
なのが多過ぎて逆に逃げ出したくなる。「自給自足できる小さな村、桃源
郷のような村で穏やかに暮らしたい」と小生が時々思うのは、加齢による
故郷=田舎への郷愁かなあと思っていたが、どうもそんな穏やかな動機で
はなく、厭離穢土、欣求浄土、切羽詰まったストレス由来らしい。

例えば世界のグローバル化、即ちヒト・モノ・カネの自由な移動が幸福
をもたらすはずだったのが、どうもそんな風にはならず、むしろ反対に世
界の競争、対立、憎悪、緊張を促すことになっている、そういう違和感や
不信感、「漠然とした不安」が根底にあるようだ。古人曰く「嫌な予感は
よく当たる」・・・

グローバル化、国際化は「後進国の貧困、餓死を減少させ、中進国を増
やした」というプラス面はあるだろうが、21世紀に中進国から先進国(自
由・民主・人権・法治+福祉?)になった国はない。いわゆる「中進国の
罠」にはまり、国民一人当たりの実質GDPが130万円ほどになると貧富の差
の拡大で内需が伸びない、ハングリー精神が萎える、などにより経済が停
滞したり民の生活満足度が低下したりする傾向があるそうだ。

なぜなのか。中進国は先進国から仕事をもらう下請け企業みたいで、経
営者・株主は儲けても従業員は低賃金で日々の生活に追われてゆとりはな
い。従業員の給料を上げれば人件費の安い低諸国に仕事が流れてしまうか
ら、なかなか難しい。日本もバブル以降は給料が上がっていないから消費
が低迷したままだ。


GDP世界2位の中進国の中国でさえ、工場やサービス業の末端を支える農民
工は生活するのがやっとというレベルで、一種の奴隷のようだ。中進国が
賃金を上げれば、輸出品も値上げになり競争力が落ちるから、低迷気味の
経済はマイナス成長になりやすく、そうなると「政権がもたない」という
事態になりやすい。

中国は14億の巨大な市場だが、それを支えているのは“世界の工場”であ
る。ロシアは石油やガスなど天然資源を外国に売ることで経済が成り立っ
ている。中露とも外国とWinWinで仲良くしなければ貿易に支障をきたす。
特にコロナ禍の非常事態下である今は各国と共に耐え忍ぶのが道理である。

ところが、中露という強権独裁国家は普段から国民の不満を経済成長=
多少なりとも生活、衣食住を向上させることで抑えてきた。それがマイナ
ス成長で維持できない、となれば政権への支持は急速に弱まるだろう。こ
ういう事態になると独裁者は国内の求心力を強めるために対外戦争危機を
起こすようである。

プーチン・ロシアは2014年、ロシア軍を表に出さずにウクライナのクリ
ミア半島を強奪した。今はウクライナの東と西で「内戦」を装った侵略を
進めている。その行方は小生には分からないが、軍事力をちらつかせた一
種の「帝国主義」である。

<「帝国主義」は「併合による支配と植民地総督の下での統治」を意味
する。一方で「非公式の帝国主義/Informal Empire)」というのがある。
これは「独立した他国に対して、政権周辺エリートを買収・操縦し、己の
都合の良いように間接的支配を及ぼす政策」である>(水野和夫著「閉じ
てゆく帝国と逆説の21世紀経済」)

この、ソフトを装った狡猾な植民地統治法「非公式の帝国主義」は大英
帝国が1800年前後に発明したそうだ。幕末の日本で活躍した英国外交官、
アーネスト・サトウは著書「一外交官の見た明治維新」で有名だが、薩長
を支援することで日本を間接支配し、英国の国益を増進するのが任務だっ
たわけだ。それはまずまず成功して、今でも日本では「日英同盟の頃は良
かったなあ」と回顧する人が多い。日清、日露の大戦勝利は英国の協力が
なければ危うかったかもしれない。

世界大百科事典などによると「非公式の帝国主義」は経費節約の必要か
ら産まれたようだ。

<18〜19世紀のイギリスでは、政治的=領土的な支配を避けて行政経費を
節約しながら、経済的には支配を貫徹するという「非公式の帝国主義」
(自由貿易帝国主義とも)が主流となった。


政治的・経済的に英国の従属下にあるものの公的な支配を伴わない統治
で、東インド会社支配下のインド、19世紀の南アメリカ諸国、19世紀後半
から20世紀初頭にかけての清などがイギリスの代表的な「非公式の帝国」
で、事実上イギリスの経済的支配下に入った。

「非公式帝国」化するための前提条件として、自由貿易で他の競合国を
圧倒する「経済力」と、航路の安全を保障し、かつ自由貿易を相手国に強
制する「軍事力」が必要となる。政治的・行政的支配の伴う公式帝国に比
較し、「非公式帝国」は直接的な支配を必要としない分、官僚や軍隊の維
持に必要なコストを低く抑えることができるとされる>


大国がパワーで弱小国を制圧・搾取するのが大昔からの「帝国主義」。一
方でエサを与えつつじわじわ血を吸うのが「非公式の帝国主義」のよう。
革マル派創設者の黒田寛一はJR総連など巨大労組や各種組織を乗っ取るた
めに、対象に静かに、深く入り込む「サナダムシ戦略」を考案し、大成功
した。

「非公式の帝国主義」を初級「パラサイト帝国」、中級「乗っ取り帝
国」、上級「暴力団帝国」と分けてみると、ロシア、中共は完璧な餓狼戦
狼の「暴力団帝国」と言えるだろう。

この厄介な時代錯誤的「暴力団帝国」を封じ込める、あわよくば解体さ
せるのが世界の良識ある国家の仕事ではないか。そんな大それたことは
個々の国家ではできない。即ち、米国合州国、EU連合国、NATO同盟のよう
な、大きなアジア版「反独裁連合帝国」を結成しないと中露の侵略を招い
てしまうことになる。

アジア諸国がそれぞれ政治・軍事・経済面で孤立していると、中露は個
別撃破であっという間にアジア覇権を確立するだろう。我々がアジア版
「反独裁連合帝国」=アジア太平洋連合を結成し、結束し、強力な連合軍
を持ち、かつ核兵器を共有すれば、中露の侵略をためらわす効果が期待で
きる。米国合州国、EU連合国がアジア連合と共同歩調を取れば、巨大な抑
止力になるはずだ。

国民の生命、生活、自由民主人権法治を守る――これが主権在民国家の大
原則である。それを実行できない国家、国民は遅かれ早かれ消滅するが、
自由陣営が1日ためらえば1日危険が迫る。20世紀に欧米の植民地支配を終
わらせた日本は、21世紀に有志諸国と共に共産主義独裁国家を終わらせる
――天命である。



━━━━━━━━━━━━━


◆大量のユダヤ人が出国した

「宮崎正弘の国際情勢解題」 
  令和四年(2022)2月15日(火曜日)
   通巻7219号  <前日発行>
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 ウクライナから大量のユダヤ人が出国した
  オデッサからイスラエルへの帰国便は満員
*****************************

 ウクライナのオデッサからユダヤ人が大量に出国している(エルサレム
ポスト、2022年2月14日)。
学校では留まるように教師等が説得しているが、すでに150家族はイス
ラエルに向かった。ベングリオン空港の到着風景がイスラエルの新聞を大
きく飾っている。

 以下は拙著『日本が全体主義に陥る日』(ビジネス社)から、このオ
デッサ訪問旅行記の半分ほどを抜粋した。


 ▼ウクライナの中で、飛びぬけて自由と繁栄を享受する港町=オデッサ

 オデッサは「黒海の真珠」と称される美しい港町だ。横浜市と姉妹都市
の関係を結んでいる。
 一九〇五年の戦艦ポチョムキンの反乱は、このオデッサで起きた。
ソ連映画史に輝く名画「戦艦ポチョムキン」は一九二五年に制作され、世
界中の注目を浴びた。ついでに書いておくと世界的ベストセラーとなって
映画化もされたフレデリック・フォーサイスの『オデッサ・ファイル』は
この港町とは無縁でリガでのユダヤ人虐殺を命じたナチス高官を追い詰め
るジャーナリスト、それを妨害するナチス残党の眼に見えない組織の名称
である。

 黒川祐次(元ウクライナ大使)は『物語ウクライナの歴史』(中公新
書)のなかで次のように書いている。
 
 「オデッサは古代黒海北西岸にあったギリシア植民都市オデッソス(ギ
リシア神話の英雄オデッセウスから来た名)にちなんで名づけられた。オ
デッサは
一七九四年、エカテリーナ二世の勅令にもとづいて建設され、一八一七年
に無税の特権を得てから目覚ましい発展を遂げた。そして一八六五年オ
デッサと
ポディリア地方を結ぶウクライナ最初の鉄道が敷設され、穀物の内陸輸送
が可能となるとその発展に拍車がかかった。一八四七年には全ロシアの穀
物輸出の
半分以上がオデッサ港からなされた。まさに穀倉とオデッサ港は表裏の関
係にあった。(中略)ロシア帝国にとって世界への南の窓であった。コス
モポリタンな都市で、輸出業はギリシア、イタリア、ドイツ、ユダヤの商
人たちによって行われていた。その他トルコ人、アルメニア人、西欧・東
欧の諸民族が雑多に住んでいた。同じ正教徒ということでギリシア人の数
は多く、トルコからの独立運動の拠点になった。ユダヤ人の数は次第に増
加し、ロシア革命直前には市の人口のほぼ半分を占め、ロシア・東欧のユ
ダヤ世界の中心となった」。

 そのオデッサ、今や人口百万人という大都市の礎を築いたのは女帝エカ
テリーナ二世だった。この偉業を讃え、市内には彼女の巨大な銅像が建っ
ている。
 二〇一四年から始まったウクライナの内戦はまだ終結したわけでなく、
首都キエフから東側、ロシアに近いほど治安は不安定。むしろ無法地帯然
としている。
 四半世紀前に首都のキエフを訪れたことがある。ちょうどビル・クリン
トン大統領(当時)の訪問直前だったため宿泊したホテルのバーには先乗
りしていたSPが陣取り、アメリカの歌を唱って陽気に騒いでいた。西側
に急傾斜するウクライナに対して、なす術もなく拱手傍観したエリツィン
政権のロシアをよそに街は「米国大統領訪問」という祝賀ムードにあふれ
ていた。
 (いよいよ経済繁栄と自由がやってくる)
 広場は喧しい音楽と踊りで浮かれ、オペラ座も満員。人々は全身で喜び
をあらわし、次々とシャンパンの栓を抜いていた。


 ▼オレンジ革命の♪「夢は儚く消えて」。。。。

 その夢ははかなく潰えた。
 「オレンジ革命」から大した時間も経たないうちに、東部の分離独立機
運がにわかに勃興し、ヤヌコビッチ大統領はロシアへと逃亡した。そして
ロシアから投入された「民兵」と衝突、ロケット砲を撃ち合い、戦車を繰
り出す内戦の日々が始まった。プーチンは「ロシア軍は関与していない」
と否定しつつ民兵に間断なく軍事的支援を続けた。一時休戦がなったのは
サルコジ(フランス前大統領)の調停によってであった(後注 マクロン
が廊下鳶を演じるもサルコジの真似だが、五月大統領選挙を控えているた
めでもある)。

 こんな状況だからウクライナ渡航はさぞ難しかろうと身構えていたのだ
が、意外や日本人はビザ不要、航空便はヨーロッパ各地から、そして中東
諸国からも多数就航している。筆者はイスタンブール経由便を撰んだ。
 ユダヤ人の街として交易で栄え、映画の舞台にもなったオデッサは経済
的繁栄を謳歌している。
 
オデッサではオペラ座の向かい側に建つ老舗のモーツアルト・ホテルに投
宿した。ここから港へ向かって歩けば数分で観光名所「ポチョムキンの階
段」へ行ける。
 世界的に有名になったその階段を目当てに、次から次へと観光バス、馬
車、マイカー、リムジンが到着し、記念写真を撮っている。
 白人も黒人もヒスパニック、ラテン系の人々、本当に世界中の人種が勢
揃いしたような印象である。港からフェリーで着いた客用にはケーブル
カーも設置されている。広場は年中フェスティバルが開かれているような
賑わいである。キャラクターの風船売り、大道芸人、トランペット吹き、
手品師、綿菓子。記念写真屋、カメラ。。。。。。
 (とても同じ国の東側で内戦をしているとは思えないなぁ)

 波止場の突端まで二十分ほど歩くと、黒海クルーズを愉しむことができ
る。一時間=五百円。黒海沿岸をひと回りするのだが、デッキまで鈴なり
だ。出航し、コンテナヤードを経て沖合へ一〇分も出るとアルカディアと
いう有名な海水浴場に至る。まぶしい太陽の下、ビキニ姿の老若男女が日
光浴を楽しんでいる。

 岸辺の緑の中に豪華別荘群、リゾート・マンション、いまも建設中の高
層マンションが林立して見えるではないか。これにはいささか驚いた。
「貧困のウクライナ」というイメージとはかけ離れた眺めだ。


 ▼街の繁栄、シナゴールの静寂

 デリバスィフス通りは「オデッサの銀座」だ。両側にグッチやディオー
ル、モンブランなどのブランド店も軒を競っているが、歩道いっぱいに陣
取るカフェ、さまざまな意匠をこらしたエスニック・レストランが魅力的だ。

それぞれが入り口にユニークな看板を掲げ、覗いてみようかと興味をそそ
られる。ウクライナ料理だけでなく評判の高いグルジア、海賊の伝統調理
のバルト料理、ボルシチとピロシキが売りのロシア料理。なぜか値段の高
いフランチ・レストランもある。

なかでも店数の多いのがイタリア・レストラン、そしてオデッサにもやは
り「寿司バー」がある。水たばこの店も。しかし世界中で共通の中華料理
とコリアン・バーべキューは見かけなかった。


 ▼ウクライナ語に翻訳された日本人作家は?

 間口の狭いレストランでも、一歩中に入ると中庭があってそれが結構広
いのだ。これは旧東欧に特徴的で、とくにベラルーシ、モルドバだけでは
なくポーランドでも建物の間口は狭いのに内部は奥深い。

 中庭には緑の木立、噴水、公園にはベンチが並び、中国伝統建築の四合
院のような建築思想に縁っているようだ。この広い中庭にテントを広げ
て、テーブル席が設えられている。
書店で「日本人作家のものはありますか?」と店員に話しかけてみた。女
性店員はすぐに三島由紀夫と村上春樹のコーナーへ案内してくれた。

 滞在三日目、駅まで六キロほど歩いた。
猛暑の中、汗びっしょりになりながらカリフォルニア通りを左折し、シナ
ゴーグ跡へ向かった。

 冷戦時代までユダヤ人街だったこのオデッサの下町はユダヤ人が去って
からは極度に寂れ、貧困のにおいが漂っている。ゴミも多く、街の風景が
くすんで見えた。ユダヤ人たちは大挙してイスラエルと欧米諸国へ移住した。

 モスクワ、キエフと繋がる鉄道のオデッサ駅はいかめしく頑丈なつくり
でロビーもオペラ劇場かと見まごうほどに堂々たる意匠で、広々としている。

その駅前には乞食、宗教団体の宣伝隊、レストランのチラシ配りに交じっ
て、近郊へ向かうバスの呼び込みの声が飛び交って賑やかだ。

 オデッサには歴史館、民族展示館、美術館に加えて文学館が驚くほど多
い。(隣国モルドバの首都)キシニウと並んでオデッサにもプーシキン記
念館がある。
都を追われたプーシキンが一年間、オデッサに滞在した経緯がある。 

     
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  ★読者の声  どくしゃのこえ  READERS‘ OPINIONS 
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
  ♪
(読者の声1)「言論テレビ」(櫻井よしこ氏主催)の番組「花田紀凱の右
向け、右」に宮崎正弘さんがゲスト出演します。テーマは「中国経済はと
うに死んでいる」(仮題)。
https://www.genron.tv/ch/hanada/
 放送は2月18日(金曜)午後10時の予定です。
   (言論テレビ)



  ♪
(読者の声2)樋泉先生の犬の話で思い出したので、手許にあった燕山夜
話(?拓著)を開いてみると狗の話が出ています。
古来シナでは犬は祭祀、猟犬、番犬、食用として重視されてきました。愛
玩動物という発想はなかったようです。それが有名な格言「狡兎死して良
狗煮らる」です。
また古代の英雄が狗殺しを生業としていたことも知られています。項羽と
ともに兵を挙げたハンカイ、あの始皇帝を狙った刺客ケイカも狗屠を仕事
にしていたとあります。
 面白いのは、現在(文革直前)の中共では狗を飼う風習はないが、それ
はシナ事変の始め、中共のゲリラ兵が河北の日本軍の支配下に行くと番犬
に吠えられたので、犬殺し運動を起こしたからという。
それが今も続いているという。これは実際は大躍進の飢餓で食用にしたの
であろう。?拓は文革が始まると燕山夜話が毛沢東批判の書とされて一九
六六年死亡(処刑か)。毛沢東の死後名誉回復した。
  (落合道夫)



  ♪
(読者の声3)「犬を食べる支那人」(樋泉克夫のコラム【知道中国 
2329回──英国殖民地だった頃・・・香港での日々】について。
 小学校の頃、都内で犬を飼っていたが、常に鎖に繋がれ、ろくに散歩に
も行かされず、故に不満で態度も悪かった。噛みつかれたこともあった。
10年ほど前、シアトルから田舎に移り住み、嫌がる愚妻を説得し、久しぶ
りに犬を飼うことにした。
今度は、広い家の中で常に共に暮らし、首輪も鎖も無しで、広大な野原を
走り回り、近所の鹿、牛や馬や鶏を揶揄ったりして、伸び伸びと育ち、そ
の恩を感じてか、深い相互信頼関係を得られたと勝手に思っている。敵に
襲われたら、必ず決死の覚悟で防衛してくれるはずである。
 あらゆる動物の中で犬ほど多様性に富む種族はない。あらゆる大きさ、
性格、能力が用意されており、遺伝子を人工的に簡単に改造することがで
きる。
私見によれば、かつて人類が無防備の状態で、恐ろしい野獣に襲われてい
た頃、このままでは(1)人に鋭敏な高性能の聴覚、嗅覚などを付け加え
る。(2)それを補う敏感な家来を提供する。(3)自然に任せ、弱い人
間の人口を減らす、などの選択に迫られ、オオカミのDNAを改造して対応
なされた、と見るのが正しい。
限られたヒトの「知的頭脳を最大限に活かす」ためだった。と言う事情が
あって、正常な人間は、現在の人類の文明は犬に負うことが多いと潜在的
に知っており、感謝の念があるので虐めたり食べたりしない。
 ついでに言えば、草食動物、牛、馬、羊などは「人を食べ物」として認
識しないので、大変穏健で友好的である。人間のような綺麗な小さな歯並
びをしている。彼らを、美味しいからと言って、食べるのは非倫理的であ
り、いずれ将来、禁止される方向になると思ふ。
食用に生まれ、残酷な環境で飼育され、屠殺されるのは、支那だけではな
い。あらゆる地球の生物は、DNAなどを深く共有しており、血の繋がった
大きな家族の一員である。弱いものをいじめるのは卑怯である。
 (在米のKM生)


(宮崎正弘のコメント)縄文時代、犬は猟犬であり、シベリアからマンモ
スをおって北海道にやってきた狩猟民族のお伴。共同生活のよきパート
ナーであり、弥生時代に番犬が表れた。犬がペットとして愛用されたの
は、おそらく江戸時代、綱吉の生類哀れみの令から。
 近代は警察犬、麻薬犬、盲導犬などに使用範囲は広がり、現代にいたる
や秋田犬もシェパードも見かけなくなって、犬は愛玩用に飼われ、朝の散
歩でみる犬なんぞ、人形のごとし、ですね。
子どものいない家庭、独身女性に多いようですが、近くの公園などでは犬
好きがあつまって犬の品評会は侃々諤々の騒々しさです。
    ◎□△◎□△◎□△◎□△◎□△◎
at 11:08 | Comment(0) | 番外編
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