2022年02月27日

◆日本の自立を取り戻すには真の自立以外ない

加瀬 英明

  日本はいまから70年前の昭和27(1952)年に対日講和条約が発効してか
ら、年を追うごとに国として尊厳を失うようになった。
いつの間にか、日本は誇りを失った国になってしまった。

 世界のどの国でも学校教育の場で、その国の民として誇りをいだくよう
に教えている。日本ではそうではない。
先の大戦の敗戦によって、明治の開国後、先人たちの努力の賜物として築
きあげた、あまりにも輝かしい業績をあっというまに失ったために、茫然
自失して自信を喪失したた
めだろう。

 独立を回復してから70年もたつから、傷を癒したい。
私はナショナリズムを復活させるべきだと、主張するつもりはない。国と
して自尊心を取り戻すことを求めている。

 自尊心を失った人は、正常な社会生活を営むことができない。国も同じ
ことだ。日本は私たちの根だ。国への誇りを失ってしまうと、日本が根腐
れして立枯れてしまう。

 多文化尊重とか、グローバル市民といった、聞こえだけよい菌によって
根腐病が進んで、樹齢が2000年以上の大木が蝕まれている。

 私を右翼、極右だといって誹謗する人々がいるが、的外れだ。ナショナ
リストだと思ったことはない。

 ナショナリズムは自国が他国に優越していることを、言いひろめる。戦
時下なら許されようが平時にはそぐわない

 自尊心を欠いた国は国を失う私は一人の凡人として、自尊心を欠いた国
は立ち行かないと憂いている。

 自らを尊ぶ心を衰えさせた国は生命力が弱まって、相手の国と対等な立
場にたとうという気概を失ってしまう。

 敵基地を攻撃する能力を持つべきか、問題になっているのが、じつによ
い例だ。

 相手が日本本土を攻撃する能力を備えているのに、そのような手段を
持ってはならないと主張する国会議員が与党のなかにもいるのは、どうし
たことなのだろうか。

 このような自尊心を捨てた人々は、日本が性悪(しょうわる)な国家だか
ら、重い責任を負ったり、負わせてはならないと信じているのだろう。弱
いことが平和を守るとい
う、不気味な妄言(たわごと)を口のなかでいつもつぶやいている。

 現行憲法に崇高な平和主義が宿っているといって擁護している人々も、
昭和50年代に日本教職員組合(日教組)大会が開催された時に、アルバ
イト、リベート、プレゼン
トを禁じる“三ト決議”が採択されたのをみても、けつして純粋な精神を
持っていない。

 もっとも、かつて貧しかった時代には、自分に力をつけなければ生きて
ゆけなかったから、人がそれぞれ強い個性を持っていた。

 ところが、物質的な豊かさが増すにつれて、たいして努力をしなくて
も、ある程度の生活が営めるようになったために、ひ弱になって、人も国
も逞しさを失った。

 このところ日本から個性を持った人々が、ほとんどいなくなった。独立
自尊福沢諭吉翁が「独立自尊」という言葉を、遺している。自らを尊ぶこ
とによって、人も国もはじめて独立することができる。

 私は歌が時代の精神を映しているので、明治以後の演歌、歌謡曲、軍歌
などの歌詞に興味をもってきた。

 昭和20年代に、「こんな女に誰がした」という歌が流行(はや)った。ア
メリカ兵を相手に春をひさぐ女をうたった、自暴自棄な歌詞となっている。

 独り立ちするのを否定した憲法を守ろうとしている人々は、自暴自棄に
陥っているとしか説明できない。

 護憲派の人々は他国が軍を保有するのは当たり前のことだとみなしてい
るが、日本は他の国々と対等でないから、軍が存在してはならない。

 近隣の外国が1970年代に入ってから、尖閣諸島を自国の領土だと偽って
「核心的
利益」と称して、その国の武装公船が連日のように領海を侵犯していると
いうのに、政
府はその国に媚びて、尖閣諸島が沖縄県石垣市に属しているのに市職員も
含めて、日本
国民の島への上陸をいっさい禁じている。

 なぜ、日本を侮る外国の機嫌をうかがわなければならないのだろうか。
外国に位負けしているのだ。

 新潟県佐渡島の金鉱山跡を、ユネスコ(国連教育科学文化機関)の歴史
文化遺産に登録しようとしたのに対して、韓国が佐渡金山で韓国人が奴隷
労働を強いられていたと、
根も葉もない主張を行って抗議すると、腰がふらついて、一時、申請を延
期するといったのもそうだ。

 文化安全保障のすすめ

 日本は背骨がない国となってしまった。確固たる信念がなく、いつも動
揺して水母(くらげ)のように漂っている。
敗戦直後の日本人は、まだ毅然としていた。

 終戦の年に、私は小学3年生だった。東京・四谷の家を空襲によって焼
かれたために、鎌倉で育った。

 「リンゴの唄」(昭和20年、サトウハチロー作詞)が、ラジオから流れ
ていたので、よく知っていた。

 占領下だったが、四谷の近所の床屋が店を焼かれたので、なじみの客を
鋏と道具を持って巡ってわが家にもきた
私も刈ってもらった。南方から引き揚げた復員兵だった。

 ある時、「リンゴの唄」を口ずさみながら、鋏を使った。「これは日の
丸の歌ですよ。仲間はみなそう思っています」といった。

  赤いリンゴに口びるよせて
  だまってみている青い空
  リンゴはなんにもいわないけれど
  リンゴの気持はよくわかる
  リンゴ可愛いや 可愛いやリンゴ

  歌いましようかリンゴの歌を
  二人で歌えばなおたのし
  皆なで歌えばなおなおうれし
  リンゴの気持を伝えよか
  リンゴ可愛いや 可愛いやリンゴ

 復員兵にとって、リンゴが日の丸だった。占領下で日本は国旗の掲揚を
禁じられていた。いまでも、この歌を聞くと襟を正す思いがする。

 私は一度、サトウハチロー先生に伺ってみたかったが、その機会がな
かった。

 学校教育の場で青少年に日本人として当然な自尊心をいだくことを、教
えなければならない。

 昨今、経済安全保障を確立することが急務だという声があがっている
が、文化安全保障こそ必要ではないか。

 就職前の大学生の人格教育に当たっている株式会社キャリアコンサル
ティングという称賛するべき教育会社がある。私はしばらく前に豊島区公
会堂に招かれて、800人あまりの男女大学生を前にして講演したことが
あったが、学生たちが全員規律正しく目が輝いているのに感動を覚えた

 本誌に高森明勅氏が、皇室について連載を始めたのが嬉しい。

 日本の現状を嘆いている多くの識者が、米国が占領下で日本国民を“洗
脳”して東京裁判史観を植え付けたために、国民精神が混乱していると
いって米国のせいにしているが、筋違いだ。

 日本国よ、目覚めよ

 米国による占領は、僅か六年だった。自虐史観と日本国憲法が定着した
のは、米軍の力によるものではない。占領軍の傀儡となった大新聞や、学
者たちが保身のために協力
したのが、今日に至っている。

 独立を回復した直後に、占領政策による弊害を正すべきだったのに、七
十年にわたって放置してきた日本国民が、責められるべきだ。




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◆雀庵の「大戦序章/1第3次世界大戦が始まった?」
“シーチン”修一 2.0

【Anne G. of Red Gables/434 2022/2/25金】先日、孫5人、子供3人が集
まって小生の71歳誕生日を祝ってくれた。孫は4月から中2、小5年、4年、
3年、1年になるが、先が長いから大変だ、と小生は思うけれど、本人も親
も大変さが分かっていないから明るいものである。知らぬが仏、怖いもの
知らず・・・何よりも「若さ」という勢いがあるからこそできることで、
素晴らしいことそれでいいのだ!

2月23日は第126代天皇徳仁(なるひと)陛下(令和天皇)の誕生日であ
る。1960/昭和35年生まれで62歳。共産主義を目指す激動の60年安保騒動
の最中だった。

第125代天皇明仁(あきひと、平成天皇、上皇)様は1933年12月23日生ま
れで88歳。明仁様が15歳になられた1948年12月23日、GHQは極東国際軍事
裁判で死刑判決を受けたA級戦犯7名の絞首刑を実行した。マッカーサー、
GHQは日本人を蛮族、ガキとバカにしていたから、大いに愉快だったろ
う。報復のタネをばら蒔いたのはまずかった・・・恨みはらさでおくもの
か、となるわな。

GHQ、アメリカの占領政策は日本を「100年間戦争できない国にする」の
が最大のキモで、占領下で国家主権がない日本は、GHQが1週間ほどで作っ
た日本国憲法を押し付けられ、1946年(昭和21年)11月3日公布、1947年
(昭和22年)5月3日に施行された。

マンガみたいな“なんちゃって”憲法だが、日本の狡猾な政治家やエリー
トは「軍事はアメリカさんにお任せだから莫大な経費節約になる、戦後復
興急ぐべし」と歓迎したようだ。この憲法は事実上「改憲できない」こと
を軽視したツケが今まわって、いささか“老大国”気味になったアメリカさ
んは大丈夫だろうか、と何となく心配するようになった。旦那が老いるに
従って妾が不安を覚えるのと似ている。

私見だが、国難を迎えた時は、クーデターで暫定憲法を創るか、「想定
外の緊急事態だから超法規で対処する」とかのアクロバットで対処するこ
とになるかもしれない。憲法のために国民があるのではない、国民ために
憲法があるのだ、米国製憲法より国民の命の方が大事だ、とか大声を上げ
れば、正義が大好きな日本人は「確かにそうだ」と了解するだろう。

大きな危険を避けるためには自由民主や法律、人道、人権、共生などは
一時的に規制されるものだろう。強盗に襲われたら、強盗の人権云々より
もまず迎撃する――当たり前だ。「テクマクマヤコン、超法規でヘンシー
ン!」、便利で怪しいオマジナイ。やってみなはれ。

迎撃、排除、駆除・・・「孤立を恐れず」の小生はいささか「される」
側だが、餌を求めて山から出て人間を襲ったり不安にする熊が殺処分され
るニュースを知ると、「そこまですることはあるまいに・・・」と思って
いた。例えば北海道新聞2021/12/3「400キロのヒグマ1頭、羅臼で駆除 
11月被害続出」。

<【羅臼】2日午後7時20分ごろ、根室管内羅臼町北浜の海岸で、ヒグマ
1頭が北海道猟友会中標津支部羅臼部会のハンターに駆除された。

中標津署によると、駆除されたのは雄の成獣で体重約400キロ、体長2.1
メートル。午後4時すぎから近くに住宅がある海岸をクマがうろつき、倉
庫に侵入したため町職員や中標津署員らが警戒していた。夜間発砲は鳥獣
保護法で禁止されているため、ハンターは署員から警察官職務執行法4条
(緊急避難)に基づく指示を受け、計3発を発砲した>

熊が森から出てきたら容赦なく殺処分、他の熊に対する警告でもあり、
二度と人間の暮らす里に出てきませんようにというオマジナイのようでも
ある。過酷な制裁・・・

今、枕頭で周(しゅう)はじめ著「原野の四季 牧場の四季」(合冊
本、1966年)を読んでいる。周氏(後に吉田元と改名)は、「大学卒業後
の1953年、知人を頼って最果ての地、北海道根室原野に移り住んだ。ラン
プの下で日々を送る開拓地の牧場で、野鳥や原野の四季、原野で暮らす
人々の生活をカメラと文章で記録し続けた。足かけ3年を過ごしたのであ
る。1955年に帰京後1971年までの間に、根室原野での体験をもとに写真と
文章による一連の著書を刊行した。後に映像作家として政府公式の『昭和
天皇大喪の礼写真集』監修の大役を全うした」(バードフォトアーカイブ
ス 塚本洋三氏「山階鳥研ニュース」2021年5月号)。小中生向けの「原
野の四季 牧場の四季」にはこんな記述もある。

<昭和28/1953年4月5日、上野駅を出発しました。3日の後、根室原野の
西別(にしべつ)という小さな駅に降り立ち、原野への第一歩を踏みしめ
たのでした。牧場まで四里(16km)の道のりがあり、白樺林を伐り開いて
つけた開拓道路がまっすぐにのびていました・・・>

一帯は根釧台地(こんせんだいち or 根釧原野)、百科事典マイペディ
アによると「北海道東部,根室,釧路両地域にまたがる標高200m以下の
台地。火山灰土の低湿地や泥炭地が多く,海岸部は濃霧がかかり作物生育
は困難であるが,1954年から世界銀行の融資でパイロットファーム(試験
農場)がつくられた。内陸部では主畜農業経営が行われる。湿原の一部は
ラムサール条約の登録地」。

上記のパイロットファームは、米国式の大規模農業・牧畜を推進して米国
製農機を売るのが狙いだったらしいが、米国の農場に比べれば狭いという
現地事情に合わず頓挫したよう。それはさておき、周氏が野鳥や自然観察
を始めた頃の根室原野は、人間と相棒の馬(小柄だがタフでパワーがあ
り、乗り心地が良い道産子など)と乳牛などの家畜がコラボして必死で自
然はもとよりカラス、そして時々ヒグマなどと戦う日々だった。

<時々炭焼きに来る甚平さんに初めて会った時、その顔を見た途端、ゾ
オッとしました。片目がつぶれ、顔中が押しつぶされたように歪んでいた
のです。それは3年前の春の事件にさかのぼります。

甚平さんが入植したばかりの丸木小屋の近くの森に大熊が現れて、放牧
していた馬を倒しました。困難な開拓には杖とも頼む馬ですから、熊に対
する激しい憎悪が燃えあがりました。早速、馬の死体の周りにワナを仕掛
け、町のハンターから借りてきた銃を持って、木に登って熊が出てくるの
を待ち構えていたのです。

幸か不幸か、大グマは闇に紛れて忍び寄ってきました。甚平さんが樹上
で夢中でぶっ放した一発は、見事に熊の心臓に命中しました。甚平さんは
嬉しさのあまり、宙を飛んで森を駆け抜け、部落に着くと「クマをやっつ
けたぞーっ!」と大声をあげたものだから、夜中だというのに人々は大騒
ぎして大グマ見物に出かけました・・・

次の年の雪解けの頃、近くの森をクマが歩いているとの知らせがあり、
甚平さんを隊長に五人がクマ狩りに向かいました・・・ナラの大木の側を
通りかかったその時です、ギャーッ!という絶叫が起こりました。後から
歩いてきた四人の若者が見たものは、木陰から立ち現れ、すっくと後足で
立ちはだかった巨大なクマが、甚平さんを殴り倒し、自分たちに向かって
行くぞ!とばかりに構えた姿でした。

二番目に歩いていた若者が無我夢中で向けた鉄砲は、熊の力強い一撃に
よって、あっけなく飛ばされ、次の瞬間には気を失って倒れてしまいまし
た。残る三人は辛うじてクマの攻撃から逃れることができたものの、今や
クマに立ち向かう気力は全く消え失せていました。

一人が部落に急を知らせに走り、二人は百メートルも離れた木の上にの
ぼって、どうなることかとハラハラしながら様子を見守っていました。

クマは倒れている甚平さんに近寄って、じいっと上から見下ろします。
甚平さんは死んだふりをしていましたが、そおっと眼を細く開いてみたそ
うです。ところがクマの大きな顔がのしかかるようにのぞき込んでいるの
を見て、ギョッとしたとたん、クマの手で思い切りどやしつけられまし
た。甚平さんが呼吸を吹き返すたびに顔や胸を殴りつけ、かきむしるので
した。こんな状態がもう少し続いていたら、いかに気丈夫な甚平さんとは
いえ、ついにはお陀仏してしまったにちがいありません。

ところが幸運にも、少し離れて伸びていた若者が、やっと我に返ったの
です。あたりを見回した途端、甚平さんを見下ろしているクマのどえらく
大きな背中を間近に見て、声にもならぬような妙チキリンの唸り声をあげ
たのです。

若者の驚きもさることながら、さらに驚いたのはクマの方でした。背後
に時ならぬ唸り声を聞くや、脱兎のごとくクマザサをかき分けて森の奥に
逃げ去ったのです。

木の上の二人が駆け寄り、血だらけの甚平さんを助け起こし、森を出か
かった時、部落の人々が駆けつけてくるのに出会いました。

甚平さんは四里離れた町の病院にかつぎこまれ、1か月後に森の丸太小
屋に帰って来た時には、もはや昔日の面影はどこにも残っていませんでし
た。「これからのクマ狩りには鉄砲も槍もいらん。この俺の顔を見たらク
マの方でお辞儀する」と、しごくほがらかだったそうです>

すごい話だ。地球という限られた地は、熊や狼、徒党を組んだ野犬など
先住動物と、やたらと木を倒し縄張りを広げる開拓民=人間との激烈な生
存競争の場だ。人間だけがこの60年で75億に大増殖、倍増し、他の動物は
概ね駆逐され続けている。熊に駆除された人間は少なく、人間に駆除され
た熊は圧倒的に多いだろう。シドニー水族館などによると、サメに殺され
る人間は年間10〜20人、人間に殺されるサメは年間数千万匹(80万トン)
とか。蒲鉾、はんぺん、ふかひれスープ、小生が毎日摂取するコンドロイ
チンもサメ・・・さめざめ、絶滅危惧種になっている種も増えているようだ。

人間は人間同士でも激しく縄張り争いをする。人口増→ 食糧不足→ 開
墾・乱獲して増産→ 人口増を繰り返し、さらには戦争で他民族の命と土地
を奪う・・・人類史はこの繰り返し。人間の繁殖は地球を破壊しかねない
のではないか。開墾して砂漠化してしまう。繁殖力もすさまじい。60年前
の30億人台の頃、「人口が少な過ぎる」なんぞ誰も言わなかったのに、あ
れよあれよの間に倍増してしまった。貧困をなくそうという美名のもとに
生活支援を行い、結局、生態系を乱したのだ。

限られた広さのところに密集すると動物はタフな個体だけが生き残るよ
うだ。前述した道産子はもともと本土から北海道に渡り、厳しい環境の中
でタフな個体が生き残り、パワフルになっていったという。

いろいろな面で激烈な環境を乗り越えて来た北方のロシア人、東北の支
那人は、比較的温暖な地の北米人や欧州人、水田耕作のアジア人などと比
べると、肉体的、精神的にタフな印象がある。気候風土のみならず為政者
による統治の厳しさが、強い者には従うという事大主義や、仲間、一族で
固まる相互扶助的なコネ体制を育んできたようである。有史以来現在ま
で、ロシアと支那という大国は一度たりとも自由民主人権法治を体験して
こなかった。ロシア・支那は「力治国家」だ。「法や道義よりも力を優先
させる国」(櫻井よしこ氏)である。

ソルジェニーツィンの作品は随分読んだが、5回ほど愛読した「イワ
ン・デニーソヴィチの一日」に一貫している思想は「諦観」だと思う。厳
冬の中で「いつか春になるだろう」と耐え抜くのだが、春を自分で引き寄
せるという「能動的意識」がまったくないのは不思議だった。ロシア人も
中国人も皇帝か共産主義の専制独裁政治しか知らず、自分たちで自由民主
人権法治の国を創ろうという発想さえないのだ。

米国に亡命していたソルジェニーツィン曰く「民主主義は高潔な美徳で
なく、圧政を避けるためのもの。一人の暴君が、多数の暴君になることが
ある。選挙では内容なき量が、内容ある質に勝利する時があり、多数が間
違うことがあり、道徳的なものは敗北し易い。政党間の争いは理念なき権
力の獲得となり、国民の利害は、政党の影に隠れてしまう」と、西側の自
由主義体制にも批判的であり、ロシア正教を基盤としたロシア独自の社会
の構築が彼の願い、希望だったという(久恒啓一・多摩大学特任教授)。
自由民主人権法治の「ろくでもない面」ばかりでなく「いい面」も学べば
良かったのに。

ロシア正教を含めてロシアの主要宗教の坊主たちは己の存続のために
レーニンに屈服し、レーニンは独裁統治のために主要宗教を利用した。宗
教と独裁のWinWin コラボ、ソルジェニーツィン、ロシア人の限界だ。自
由民主の経験がないのだから仕方がないのだろうが、実に残念、気の毒な
ことである。

プーチンは2008年のソルジェニーツィンの葬儀に際して、「氏の逝去は
全ロシアにとって大きな損失だ。彼の著述と社会活動、長く困難だった人
生の歩みは、人々と祖国、自由の理想、公正、人道主義に対する真の献身
的行為の見本であり続けるだろう」と遺族への弔電で述べたという(久恒
教授)。プーチンは「イワン・デニーソヴィチの一日」さえ読んでいない
だろう。

共産主義者は平気で嘘をつく。露中の民は保身のために騙された振りを
するが、残虐な国家体制を変えようという意識も知恵もない。良き人々は
殺されるか収容所行きだから、露中を外野の我々が非難したところで効果
はない。隔靴搔痒、イライラしてくる。

小生は去年の元旦にはこう書いていた。「米国依存ズブズブ日本の周り
にブスブスと煙が立ち始め、やがて火の粉が上がり出すだろう。降りかか
る火の粉は払わねばならぬ。2021年、激動の時代が始まった」。

悪い予感はよく当たる。小生は習近平・中共が冬季五輪後に火をつける
と思っていたが、プーチンが戦端を開くとは予想外だった。プーさんでは
なく巨大な人食い熊、プーチンはすこぶる付きの戦争巧者である。策士策
に溺れる可能性はないとは言えないが、難敵である。米欧は犠牲を恐れず
にプーチンを潰せるか。

一方で習近平はこれをチャンスとして台湾侵攻を始めるかもしれない。
欧米にとって対露戦争は己の縄張りに関わる重大事で、極東の台湾にまで
は手が出ないから、習にとってはチャンスのはずである。台湾、日本、ア
ジアを守るためには日豪印米加などが結束して戦わねばならない。第3次
世界大戦が始まったようである。小生の妄想であればいいのだが・・・



        

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◆親日国家ネパールで奇妙な暴動

「宮崎正弘の国際情勢解題」 
  令和四年(2022)2月22日(火曜日)
     通巻7227号
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親日国家ネパールで奇妙な暴動 政権は極左マオイストと左派の連立
  米国の3億ドル援助の批准を巡って議会が紛糾
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 2月20日、カトマンズで暴動が起きた。
警官隊が出動し、催涙ガスで鎮圧したが、彼らが掲げたのは「米国の3億
ドル無償援助が問題だ」と言うのである。「反対」ではなく、問題という
のは、ネパールの主権に拘わるからと主張している。

 じつはアメリカの3億ドル援助は紐の付かない、無償援助でMCCプロ
グラムと言い、2017年に決定している。ネパール議会の少数政党乱立
による大混乱で、まだ批准がなされていないのである。
 人口およそ3000万人。一人あたりのGDPは1200ドルそこそこ
で、山岳地方へ行くと貧困家庭が目立つ。山を越えると部族がことなり、
政党政治というより部族政治の側面が強い内陸国家である。

 ネパールが王制から民主選挙の下、民主主義体制に移行したが、投票結
果はマオイスト、マルクスレーニン主義政党、人民党、社会党と少数乱
立。なにしろ政党が25前後あり、このうちの23政党がマオイストか、
もっと左。議席のない極左セクトが多い。

 元国王は旧王宮にいるが、王制支持の保守は議会で少数に転落してい
る。ならばマオイストは暴力革命を目指しているのか? というとそうで
もないらしい。
カトマンズの町は中国人に溢れているが、最大援助国は米国、ついで旧宗
主国の英国。三番目が日本だ。日本食レストラン、居酒屋は殆どが中国人
となった。

 ネパールの親日ぶりは、町を歩くとすぐに分かる。在留邦人は千名そこ
そこだが、日本に出稼ぎに来ているネパール人は十万人近い。

マオイスト国家なのに、ヒンズー教徒が圧倒的。ネパールの北西ルンビニ
でお釈迦様は誕生したが、仏教徒はすくない点でインドの宗教分布と似て
いる。
 ネパールは独立後、インドの保護国というイメージだったが、反インド
感情が強い。グルカ兵を国連に出しているので、「世界平和を維持してい
る貢献国」と、カトマンズ空港の大看板がある。

 現在のデウパ首相は、過去に四回首相を歴任しており、今回が五回目の
首相就任で連立与党を引っ張る。来日歴が二回。ヨガの達人ともいう。
 ならば現在の大混乱をヨガで乗り切れるか?
 
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書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評  BOOKREVIEW 
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 諜報とは人を騙すのではなく誠心誠意、協力者と付き合うことが極意
  インテリジェンス戦争のマスター達は国益を求めて工作に命をかけた

  ♪
岡部伸『至誠の日本 インテリジェンス』(ワニブックス)
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 インテリジェンス戦争に詳しい岡部氏の最新作。
 岡部氏がインテリジェンスに興味を抱いたのはKGBによって睡眠薬を
盛られて昏睡状態にされ、目覚めると財布からドル札が抜き取られていた
事件がきっかけという。KGBの「警告」だった。岡部氏が産経新聞モス
クワ支局に赴任し、北方領土交渉の機微に触れる取材をしていたときだった。
 本書は、その副題が示すように「世界が称賛した帝国陸軍の奇跡」を
追って、とくに小野寺信、樋口季一郎、藤原岩市の三人のスーパー・イン
テリジェンス・マスターに焦点を充てている。
 当時、諜報、情報工作にあたった人たちの信条が「謀略は誠なり(誠と
は真心から発するもので、事をなすには誠心誠意をもって従事するこ
と)」。この精神で世界初の情報士官養成所「陸軍中野学校」を開設した
経緯がある。
 小野寺信は連合国から「枢軸国側諜報戦の機関長」として畏怖され、共
産党の転向者らとも交遊し、梁山泊の趣があったという。小野寺はヤルタ
密約の存在を知り、終戦の土壇場でソ連が北海道へも攻め込むという機密
情報を掴んだ。大本営は、この機密電報を握りつぶした。
ヤルタの密約はFDRが、トルーマン副大統領にさえ見せなかったほどの
もので、しかし英国では15部複製され、女王陛下以下の政府トップには
共通の認識だった。
 日本の『同盟国』だったドイツの保安警察(SIPO)は、1941年
に報告書を作成しており、そこには「日本の『東』部門 ──対ソ諜報の長
はストックホルム陸軍武官の小野寺で、補助役がケーニヒスベルグ(現在
のカリニングラード)領事の杉浦千畝とヘルシンキ陸軍武官の小野田寛」
とした。
カリニングラードは、ロシアの飛び地。評者(宮崎)も、数年前に行った
が、瀟洒な海岸や美しい教会が並び、大きな教会の裏にあるカントの墓に
はいまも花束が絶えない。
 日本のインテリジェンス工作員らはバルト三国やスウェーデンを舞台と
して、とくにソ連を憎悪していたので、日露戦争でロシアを負かした日本
に近親感を抱いた小国の協力者がいた。
 1944年にストックホルムにおいて小野寺を訪ねた扇一登(海軍大
佐)は「小野寺さんは他国の情報将校から『諜報の神さま』と慕われてい
た」という証言もある。 
諜報は人を騙し、破壊工作を煽り、どんな手段を講じてでも情報を掠め取
るという暗いイメージ画をあるが、小野寺は「情報活動で最も重要な要素
の一つは、誠実な人間関係で結ばれた仲間と助力者」だとした。
 「その信念のもとで、他国の情報士官と『人種、国籍、年齢、思想、信
条』を超え誠実な『情』のつながりを築いていった」(23p)
 樋口季一郎は杉原千畝の上司。ユダヤ人を救うのは人道主義に基づき、
いずれ国益にも繋がると信じた。
 樋口は哈爾浜(ハルビン)において、海拉爾(ハイラル)、満州里など
に分散していた特務を統一し、また白ロシア人をエージェントに抱えて、
ソ連に潜入させた。ロシア革命を逃れてきた白系ロシア人はスターリンへ
の憎しみを抱いていた。樋口は「東洋のシンドラー」とも言われたが、ス
ターリンの野望をいち早く見抜いた。 
 もうひとり、藤原岩市は「F機関」で知られる。諜報大国の英国も脱帽
したほどの完璧なインテリジェンス工作を展開した。
 マレーシア上陸作戦は、それまでにマレーシアに写真屋、雑貨商などを
表看板として在留邦人が一丸となって情報をもたらし、また英軍の動きを
背後から監視して、日本の部隊へ通信していた。藤原機関は南機関、ハリ
マオなどを駆使し、チャンドラ・ボーズをインド独立軍の領袖に育てた。
チャンドラ・ボーズはガンジーと対立するとされたが、近年モディ政権に
よってボーズへの再評価が浮上している。
 日本の情報能力は、高いのか低いのか分からないが、英国は日本にファ
イブアイズへの参加を呼びかける時代である。このような書籍が、日本の
論壇に登場したことも、顕著な社会的変化のあらわれと言えるだろう。
    
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜書評 しょひょ
う BOOKREVIEW 書評  BOOKREVIEW 
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  古今東西、英雄は色を好み、烈女は全知全能を傾けて男を繰る
   世界のファーストレディのなか、誰が「あげまん」で誰が「さげま
ん」か。

浜田和幸『世界のトップを繰る「ディープレディ」たち』(ワック)
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 「二十四の瞳」という映画があった。いまの国際政治のキーナンバーは
「24」である。
 それって何? トランプ夫人のメラニアとジョンソン英首相夫人の年齢
差は24,仏大統領の年上の女房は24歳上。
 かつてウォール街によく通っていた評者(宮崎)は『ウォール街 凄腕
の男たち』という本まで書いて、T・ブーン・ピケンズ等を取材し、主と
してファンドの仕掛け人らの思想と行動を追った。けれども裏にある女性
達まで取材する余力はなくキッチン・ストーリーは描けなかった。ピケン
ズは小糸製作所の筆頭株主に突如躍りでて、日本のメディアは「黒船、来
る」と大騒ぎだった。
 ゴシップとフェイク情報が乱れ飛ぶ世界。各国トップの家庭の事情。な
かなか真相に近づけることはないが、本書は「世界の凄腕のおんな達の思
想と行動」を追跡した珍しい読物である。
 古今東西、「英雄は色を好み」、「烈女は全知全能を傾けて男を繰る」
のだが、現代世界であまたあるファーストレディのなか、誰が「あげま
ん」で誰が「さげまん」か。
 浜田氏は「あげまん」の代表としてバイデン夫人とマクロン夫人を挙げ
る。惚け老人に助け船を出し、常に大統領である夫に発破をかけ続けるジ
ル夫人は東京五輪でもバイデンをホワイトハウスに残して単身来日し、ア
メリカは日本の力強い味方だと演出して見せた。
 マクロン仏大統領は年上の熟女に頭が上がらない。
 ならば「さげまん」の代表は誰かと言えば、指摘するまでもないがヒラ
リー・クリントンだろう。と思いきや、本書では英首相ジョンソン夫人の
キャリーがいまでは「キャリー・アントワネット」と呼ばれるほどの悪女
だそうな。
さてさてそうなると、トランプ前大統領夫人のメラニアは、どちらか?
 メラニアはスロベニアから野心を抱いて米国へ渡りファッションモデ
ル。全裸ヌードも厭わない美女だが、トランプをいかにして射止めたか、
微に入り細を穿ち、その鮮やかな手法と仕掛けを描いた。
 大統領就任から半年のあいだ、メラニア夫人はNYのトランプタワーを
動かなかった。息子のバロンをメイドに頼らず、自分の手で育てるため
だった。だからバロン君はスロベニア語もペラペラ喋る。すくすくと背が
伸びてトランプより高くなった。
メラニアがイバンカ夫妻を嫌っている理由は何か。いろいろとゴシップや
タブロイド判の情報は知っていたが、これらのフェイク度合いをチェック
しながら、本書は時系列に体系的に烈女の行動の軌跡を追いかける。メラ
ニア夫人は浅薄なミーハーではなく、したたかな、計算高い女性であると
いう実像が浮かんでくる。
ほかに登場人物は世界一の金持ちとなったテスラのイーロン・マスク、ア
マゾンの創業者ベゾスら世界のビリオネアの女性遍歴と、その女性観をつ
ぶさに書き込んでいる。
ベゾスは糟糠の妻マッケンジーと離別した。反トランプのワシントンポス
ト紙を買収したので「アマゾンポスト」となった。
テスラのイーロン・マスクは二回離婚しているが、日本のアニメファン、
とくにもののけ姫に凝っているというが、それがビジネスといかに繋がっ
たのか、興味尽きないゴシップが並ぶ。
意外や意外な「色を好む英雄」はビル・ゲーツの奇譚である。
 ゲーツは史上空前の離婚訴訟で、前夫人と別れた背景に、とてつもない
スキャンダルがあった。ゲーツが全米一の農地所有者であり、よく来日し
て軽井沢の別荘へ行き、和食ファンでもあることは知られるが、フェイク
ニュースならぬフェイクフーズを作ろうとして種子を集めているのだろうか?
 女性スキャンダルを封じ込めたのはゲーツのカネの魔力だが、何故、そ
していかなる謎があったかは本書でお楽しみあれ!
         
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★読者の声  どくしゃのこえ  READERS‘ OPINIONS 
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  ♪
(読者の声1) MMTの嘘について(林文隆)氏から、小生への御投稿があり
ましたので、以下回答。
「現在の日本でも財政出動して「全世帯にプラスチック光ファイバー網」
の建設、落下寸前の橋梁・トンネル・道路の補修、「超高度科学技術立
国」の政策を掲げれば3年でGDPを3倍に持って行けます。」との事です
が、問題は、
 1。明治時代、昭和には、優秀な官僚が正しく未来を予測し、正しい目
標、計画を立てられたが、1970頃にはすでに彼等、「自分の省だけ、今だ
け、金だけ、後ろ向き」の「受験に強い東大卒」が無能になり、国策のプ
ロジェクトは悉く高価で、コスパが悪く、かつ不能、あるいは負債に陥る
ようになった。(支那、シンガポールの官僚は優秀で、常に時代の先を実
現している)
逆に、落ちぶれていく大きな企業、産業に、莫大な税金を投じ、失う、と
いう歴史を繰り返した。彼等の能力が改善したという気配はない。故に、
政府指導の計画は、必ず無駄になり、負債だけが残り、また維持費だけで
も大変な額になる。
 例えば、新幹線は成功したが、リニアは、過去40年間膨大な費用をか
けて、未だに運転していない。しかも新幹線の重複であり、新しい利点、
効果は期待できない。1^2時間の短縮にどれだけ余分な高価な汽車賃を
払う者がいるのだろうか。既存の新幹線の客を奪い、そちらの被害も考慮
すると、総合的にはあまり意味がない。(おまけに、開発研究費をかけ、
既にそれを支那に盗まれている。新幹線の知的財産権もすっかり取られた。)
2。道路、橋、などの土木工事も同様であり、全く経済効果のない僻地へ
道路や施設を建てても、単なる無駄で、建設業を一時的に儲けさせるだ
け。例えば、四国に高価な長い橋を幾つもかけたが、交通量はほとんどな
く、毎年の維持費さえ生み出せない。つまり、負債、重荷。やがて補修
費。そして、取り壊し工事費。
3。通貨の創造とは、その大部分が「銀行が融資をする」ことによって、
無から生まれる。日本の企業の95%ぐらいは中小企業であり、その融資額
も小さい。
これを担当するのが地方の小さな独立した銀行の任務であり、東京の大銀
行は見向きもしない。民間銀行は損をするわけにいかないので、投資には
砕心の注意
を払い、確実な融資しかしない。つまり「富を産む」計画の投資・融資を
し、結果として雇用を生み経済を大きくする。銀行には、それを判断する
知識・能力・経験が必要で、それには地元の直接現場にある銀行が適して
いる。つまり、霞ヶ関の役人が遠方の見たことも無い地方の計画を操作す
るのと真逆になる。(世界的に銀行の大規模化、統合が行われているが、
危険なことである。中小企業、その雇用を潰すことになる。)
4。自国の通貨をいくらでも増やしても大丈夫、という主張があるが、こ
れは「対外的」には通用しない。戦後、日本が弱かった頃、$1=Y360と
いう時代が長かった。それが1995年に八十円に上り、今115円。これは、
国際的な「円の信用度の評価」による。異次元、財政出動、などを続けれ
ば、いずれ臆病な国際金融機関は、円を遠慮して円滑に縁を切る、方向に
向かうだろう。
つまり360円時代に戻るとすると、日本が輸入せねばならない材料、油な
どが高騰し、国内にもインフレが生まれる。たちまち多くの企業が倒産
し、国も崩壊する。
 5。そんな歴史の繰り返しを見て、やっぱり魔法の打ち出の小槌は嘘
だった、と分かるが後の祭り。
日銀の偉い指導者どもは、責任をとって全員切腹すべきだが、韓国のよう
に逮捕して死刑に処すのもいい。罰を与えないと、また同じ誤りを犯す。
(在米のKM生)


(編集部から)MMTに関しての議論、小誌ではこれで打ち切りとします。
  ♪
(読者の声2)貴誌7226号で、中国の塩害に強い稲作の話題がありまし
た。我が国でも同様の研究は行われているようです。たまたま稲作のこと
で調べていましたら、日本原子力研究開発機構の量子ビーム応用研究セン
ターからの発信がありましたので、ご参考までにお知らせします。
 実用化までにどの程度かかるのかは分かりませんが、研究の進展を陰な
がら応援しています。
https://www.jaea.go.jp/jaea-houkoku10/shiryo/4.pdf
  (高柴昭)
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