わたなべ りやうじらう のメイル・マガジン
頂門の一針 6181号
□■■□──────────────────────────□■■□
2022(令和4年)年 6月27日(月)
「投票したい政党がない」危機:乾正人
温故知新:歴史を学び今を知る:“シーチン”修一 2.0
サヨクの「憲法上の権利」の敗北:Andy Chang
重 要 情 報
身 辺 雑 記
購読(無料)申し込み御希望の方は
下記のホームページで手続きして下さい
頂門の一針(まぐまぐ)
━━━━━━━━━━━━━━
「投票したい政党がない」危機
━━━━━━━━━━━━━━
【風を読む】 論説委員長・乾正人
日曜の午後は、競馬の重賞レースがあるため、なるべく仕事を入れないよ
うにしているのだが、19日は参院選を前に主要6党首が集まるというの
で、のこのこ芝公園にあるホテルまで出かけた。
財界、労働界、学界の有志約100人が参加して不断の改革実現を目指し
て発足した「令和国民会議(令和臨調)」が、キックオフ企画として招い
たのだが、いろいろと感慨深かった。
何しろ防衛力増強に否定的な意見を述べたのが、6党中、日本共産党のみ
で、立憲民主党の泉健太代表でさえ「必要な防衛力は整備する」と言い出
した。
安倍晋三政権時代の安保法制整備にあれほど反対していたのがウソのよう
だ。ロシアのウクライナ侵略が、いかに大きな影響を与えたかがよくわかる。
岸田文雄首相ら各党代表の発言は、真摯(しんし)でそれなりにまとまっ
てはいたが、馬券を買うのを我慢するほどでもなかった。有権者を投票所
に向かわせるだけの「熱」がどうも感じられなかったのだ。
日本をとりまく脅威の増大、急速に進む少子高齢化、一向に上がらぬ実質
賃金などなど現代日本が抱える危機の深刻さは、誰しもがわかっている。
だが、それらの危機から脱する具体的な処方箋をどの党も示せなかった。
まぁ、そんな魔法のレシピがあったら、政府も与党も野党も苦労しないだ
ろうが、世の中甘くない。
小泉純一郎氏の「郵政民営化」、今はなき民主党の「政権交代」という魔
法の言葉に熱狂した結果、どんな結末を招いたかは有権者自身がよくわ
かっている。
そんな既成政党を尻目に、いま最も「熱」を感じるのが、泡沫(ほうま
つ)政党視されていた参政党である。
「投票したい政党がないから、自分たちでゼロからつくる」をキャッチフ
レーズに、ネット中心に運動を続けているが、新橋駅前などの街頭演説に
は立錐(りっすい)の余地がないほど支持者が詰めかけている。たまたま
昼飯を食べに通りかかった我が先輩は、30分近く空腹を忘れて演説に聞
き入ったという。
3年前の参院選は、投票率が50%を割り、投票に出かけた20歳代以下
の若者は、3人に1人もいなかった。政治には関心があるが、投票したい
政党はない、という人々に刺さる政策をどうして既成政党は打ち出せない
のか。
空調の効いたホテルの片隅でついつい考え込んでしまった
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
松本市 久保田 康文
産経新聞採録
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
温故知新:歴史を学び今を知る
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
“シーチン”修一 2.0
【雀庵の「大戦序章」59/通算491 2022/6/25/土】古代ギリシャの芸術
作品を見ると溜息が出る。2500年も前に創られたものなのに今なお生き生
きとして小生を感動させる。その一方でローマ帝国に亡ぼされた後、キリ
スト教の浸透により顧みられることなく消滅し、つまらぬ宗教ゲージツば
かりになってしまった。感動の溜息と無念の溜息・・・栄枯盛衰とはいえ
残念なことである。
<ひとつの時代から次の時代へと受け継がれていった数多くの文化の中
でも、古代ギリシアの芸術や文学は特筆に値する。しかし、古代ギリシア
の文化遺産の偉大さは、そのためだけではない。人間は全て自由であり、
かつ尊敬されるべき存在だという確固とした信念、精神に目覚めていたこ
とである。
三大悲劇詩人のひとり、ソフォクレス(紀元前496〜406年)曰く「この
世は素晴らしさに満ちている。しかし我々人間ほど素晴らしい存在がまた
とあろうか」。
アテネを絶頂期に導いた軍人・政治家ペリクレス(紀元前495〜429年)
は、ペロポネソス戦争の第1回「戦没者追悼式典」でこう演説した。「今
の人々が我々を見て驚くように、後世の人々も我々のなし得たことに驚く
であろう」>(タイム・ライフ「人間世界史 古代ギリシャ」)
ペリクレスはこうも言っている。「アテナイの住民は富を追求する。し
かしそれは可能性を保持するためであって、愚かしくも虚栄に酔いしれる
ためではない」「貧しいことは恥ずべきことではない。しかし、その貧し
さから脱しようと努めず、安住することこそ恥ずべきことである」
実に哲学的で、古代ギリシャをもっと知りたいと百科事典を開いたが、
難し過ぎてギブアップ。E.H.カーの講演録「歴史とは何か」にあたってみ
たら・・・
<ジョン・ビュリ(英国の歴史家)が申しますように「古代史および中
世史の記録には脱漏が散在している」のです。歴史は「紛失した部分がた
くさんある大規模なピクチュアパズル」と呼ばれてきましたが、主たる悩
みは「脱漏」ではありません。紀元前5世紀のギリシャの姿が不完全なの
は、史実が失われたというのが主たる理由ではなく、アテナイ市の住民の
中のごく小さなグループによって形作られた姿であるという理由によります。
前5世紀のギリシャがアテナイ市民にとってどう見えたかは私たちはよ
く知っていますけれど、スパルタ人、コリント人、テーベ人などにとって
どう見えていたかということになりますと、私たちはほとんど何も知らな
いのです>
「歴史は勝者が創る」と言うが、焚書坑儒や不都合な真実の隠蔽は今な
お珍しくない。大体子供から「パパとママはどうして結婚したの?」と聞
かれて、パパは「お前はチャタコ、できちゃった子、結婚するしかなかっ
たから」、ママは「あなたがパパの子だと分かったから」・・・こんなこ
とは言えやしないから「歴史を封印、隠蔽」するのは世の倣い。「真珠湾
の真実」は2050年あたりに解禁か・・・♪オラは死んじまってるだー。
It's too late!
今でもそれは変わらない。プーチンが勝つとウクライナ侵略はプーチン
史観では「正義の戦い」になる。少なくともロシアではそうなる。一事が
万事で歴史の真実を知ることは群盲象を撫でるがごとし、容易なことでは
ない。「古事記」の神武東征も「蛮族を駆逐し国家統一した」ことになっ
ているが・・・夏彦翁曰く「人みな飾ってモノを言う」。閑話休題。
「ローマ人の物語」で知られる塩野七生氏なら古代ギリシャに触れてい
るはずだと同書文庫本を見たらありました、ナント60ページも!・・・基
礎知識がない小生には決意を固めないととても読めない。もしかしたらと
女史の「逆襲される文明 日本人へ(4)」を開いたら、
<ついに脱稿。とはいえ昨年(2016?)から始めていた「ギリシア人の
物語」3部作の2巻目を書き終えたに過ぎないのだが、私の場合、脱稿後に
感じる想いは「書き終えた」というより「分かった」という想いの方が強
い。あるインタビューで、「学者たちとあなたではどこが違うのか」と問
われたことがある。こう答えた。
「その面の専門家である学者たちは、知っていることを書いているので
す。専門家でない私は、知りたいと思っていることを書いている。だから
書き終えて初めて、分かったと思えるんですね」
もちろんそれなりの勉強は書き始める前に済ませてある。ただ、いかに
著名な歴史家の叙述でも、世界的な権威の意見でも、それに捕われたくな
いだけなのだ。
この3部作を書きたくなった動機は2つあって、第1は古代のギリシア人
を分かりたいと思ったこと。第2は、彼らの創造した政体である民主政
が、なぜある時代には機能し、なぜある時期からは機能しなくなったのか
を分かりたいと思ったこと。
これまでの定説では、前者は「デモクラツィヤ」(民主政)、後者は
「デマゴジア」(衆愚政)と簡単に片づけてきた。何しろ日本の辞書では
「衆愚政」を「愚かな者たちによる統治」としか説明していないのだか
ら。だが、学校での出来がはなはだ悪かった私は、何であろうとバカバカ
しいくらいに素朴な疑問からスタートする癖がある。
アテネの民主政と衆愚政の境目は、大政治家であったペリクレスの死、
というのも定説になっているのだが、ペリクレスが死んだ途端にアテネの
民衆が愚か者に一変した、というわけでもないでしょう、と考えたのだっ
た。一夜明けたらアテネ人の全員がバカになっていた、というようなこと
は起こり得ないのだから。
この重要極まる命題を総論という形で正面から切り込めば新書版で済む
のだが、私にはもう一つ悪い癖があって、アテネ市民、ギリシア人全体の
行跡を一つ一つ追っていくことで解答に迫るやり方を専らとしている。
「各論を積み重ねていく」と言っても良いが、この方が歴史を書くのに適
しているとも思っているのだ。
要するに「民主主義(の有無次第による)」と言えば、それだけで問題
が解決すると思い込んでいる人々への疑問を、書いていくことで晴らした
かったのであった>
古代ギリシャと言えば「ポリス=民主主義」を思い浮かべるが、階級社
会の上位の民による自由民主人権法治であったようだ。百科事典マイペ
ディアによると、
<ポリス/polisは古代ギリシアの都市国家。本来は外敵が侵入した際に
避難し防御するための丘(アクロポリス)を意味した。前8世紀ころ集住
によって成立。一般にアクロポリスを中心にアゴラと呼ばれる広場をもつ
城壁に囲まれた都市部と、郊外の農村とからなる。
貴族政、寡頭政、民主政の各時代を通じて市民は参政権をもち、ほかに
メトイコイ(在留外人)、奴隷、ときにはペリオイコイ(市民以外の自由
民)がいた。ポリスは自由・自治を原則とする国法を有し、自給自足を理
想としていたが、他のポリスに従属的になったものも多い。
最盛期にはこうしたポリスがエーゲ海地域のみならずイタリア南部、シ
チリア島、フランス南部にまで広く分布。例外的に大きなアテナイ(アテ
ネ)、スパルタなどのポリスを中心に抗争が繰り返された。ヘレニズム時
代以後、ポリスの政治的独立は失われたが、なお多少の自治は享受した>
あくまで「市民=上層階級」による民主主義であり、それ以外の、多
分、市民よりも圧倒的に多い下層階級には参政権はなかったろう。江戸時
代の士農工商と一緒で、政治にかかわるのは武士階級(人口全体の10%ほ
ど)という身分制と似ている。身分制がいいかどうかはさておき、覇を競
う戦時になると「国民皆兵」で下層階級の民にも頼らざるを得なくなるか
ら身分制は緩めざるを得なくなる。だが「政治への関与、選挙権もないの
になんで国のために戦わなくてはいけないのか?」・・・当然の主張が起
こる。
かくして民主主義は広がるのだろうが、選挙で勝つためには「主義主
張、正論」だけではなく選挙民に美味しいプレゼント、例えば減税や福祉
を約束せざるを得ない。古代ギリシャのポリス=エリート政治が弱体化し
ていったのも「戦力強化のための身分制の緩和」という要素があったろ
う。国民全体の選挙による自由民主人権法治・・・これは理想ではある
が、下手をすると国家を分裂しかねない。悩ましいことだが、自由民主人
権法治の政治は「民度が高くないと上手く機能しないシステム」であるこ
とは確かだ。
古森義久先生の「ウクライナ危機の日本への教訓」Japan Indepth
2022/6/22から。
<ロシアのウクライナへの軍事侵略は日本にどのような影響を及ぼした
のか。結論を先に述べれば、国際情勢への衝撃的な覚醒、そして日本の安
全保障への自己否定にも近い反省の教訓だといえよう。
第一には国際情勢の危険な現実への目覚めのような認識である。核兵器
を保有する軍事大国のロシアが武力の微少な隣の小国を正面から侵略す
る。そして殺戮と破壊をためらわない。
こんな事態は日本のこれまでの多数派の国際認識の否定だといえよう。
日本の憲法が前文でうたうように「平和を愛する諸国民の公正と信義」に
頼れば自国の安全も世界の安定も得られるという認識がいかに現実離れし
ているかの、いやというほどの証明だろう。
この世界には相手が平和や友好を求めれば求めるほど軍事力で自国の野
望を押しつけるという国家が存在するのだ。ロシアの蛮行は日本国民にも
いまの世界の現実を冷徹にみせつけたといえよう。
日本ではロシアのウクライナ侵略は文字通り、連日連夜、衝撃的な
ニュースとして報じられ続けた。その衝撃はこれまでの日本の多数派の
「世界はアメリカ、中国、ロシアの力の均衡でそれなりに安定し、日本は
とくに日米同盟で守られている」という安逸な国際認識を打ち砕いたとい
えよう。
第二には、自国の独立や安全を守るためには軍事力での抵抗が不可欠とい
う場合があるという教訓である。ウクライナはロシア軍の侵略に対し決然
と戦った。その闘争が自国の独立を保ち、国際的な支援をも獲得した。
日本でもこのウクライナ国民の闘争への賞賛が高まった。その賞賛は日
本の一部で根深かった「いかなる戦争も拒否」という無抵抗敗北志向を後
退させた。朝日新聞が喧伝するような「自国を守るための自衛戦争でも人
殺しだ」とする降伏主義がウクライナ国民の勇気ある戦いにくらべると、
いかに堕落し、非人道的かの実証だった。自衛のための戦争までも否定す
れば、残るのは侵略の相手への隷属である。
日本ではこれまで「八月の平和主義」が目立っていた。毎年、原爆投下
や敗戦の月の八月になると、「平和こそが最も大切」という標語の下、
「いかなる戦争も否定」として事実上の降伏主義が唱えられてきた。自国
を保つための防衛や抑止、反撃という概念も排されてきた。
だがいまの日本では国防の強化、防衛費の増額、反撃能力の保持という
正常な国家なら当然の安全保障策を唱える声が驚くほど広まってきた。こ
れもまた明らかにウクライナの教訓だろう。
総括すればウクライナ紛争は日本国民の多くに正常な国家意識を呼び覚
ませてくれたようなのだ>
「ようなのだ」、そうなるかどうかは未知数のようなのだ・・・悩まし
いことである。
ここまで書いて、「さて、どう締めくくるか」と一服していたら「国家
意識よりもバラマキ福祉、ユスリタカリも芸のうち」の池田教ナンミョー
がやってきた。来月は参院選・・・“ウクライナショック票”があるかどう
か分からないが、中露北が大好きな左巻きの立憲共産党(立共)などが不
可逆の絶滅に向かえば結構だろう。
それにしても立共は畢竟、今の日本で「共産主義革命を!」という政党
だ。時代錯誤どころか暗愚か狂気。民主主義を装う鳩山、菅、野田、岡
田、前原、小沢、辻元、枝野、泉・・・人材の宝庫どころか「人災の宝庫」。
感動の芸術を世界に遺した古代ギリシャとは比べようはないが、立共は
図らずも身をもって共産主義者の愚かさを示し、結果的に日本から共産主
義を一掃した政党として記憶されるかもしれない・・・かつての社会党と
同様で、せいぜい1年ほどで忘れ去られるだろうが。
━━━━━━━━━━━━━━━━
サヨクの「憲法上の権利」の敗北
━━━━━━━━━━━━━━━━
Andy Chang
AC 論説No.898
予期していた通り25日金曜日、最高裁は妊娠中絶を憲法上の権利と認め
た1973年の「Roe vs.Wade」
判決を覆す判断を下した。この判決については既に最高裁内部から草稿が
リークしていたので別に新し
い事ではない。判決が出ると中絶禁止派と中絶賛成派の双方が全米各都市
で大規模なデモが起きたが、
幸い暴力事件とならなかった。
総じていえばこの判決は保守派とサヨク(リベラル派)の闘争でサヨクが
負けたのである。サヨクの
「憲法の権利と言う横暴」が通らなくなったのである。
バイデン大統領はホワイトハウスの広報室でテレプロンプターを読む「判
決に反対」の講演を行った。
(バイデンの演説がテレプロンプターを読むだけとは、演説している間の
彼の目が常にある1箇所を見
つめていることで明らかである。)バイデンは「最高裁は米国民の憲法上
の権利を奪った」として最高
裁の判決を批判し、最高裁と対決する態度を明らかにした。
だがバイデンの主張は明らかな間違い、でっち上げである。最高裁は「憲
法は国民に中絶の権利を与え
ていない」ことを明確にしただけなのにバイデンは「憲法が国民に保証し
た権利」を最高裁が奪ったと
嘘をついたのだ。
判決文は簡単に言って二つの判決である。(1)憲法は国民に中絶の権利
を与えていない。(2)中絶
を規制する権限は、国民と国民に選ばれた代表に戻す。この二つだけであ
る。つまりバイデンの言う国
民の憲法上の権利はない。そして中絶を規制する権限は最高裁ではなく、
国民に選ばれた代表、つまり
州政府にある。
ここで注意すべき事は最高裁は妊娠中絶について反対も禁止もしていな
い。それなのにバイデンを左翼
の頭とする民主党側は「最高裁が国民の権利を奪った、中絶を禁止した」
と嘘をつき、国民を煽動して
保守派とリベラル派の対立を高めているのである。
この度の裁判は妊娠15週以後の中絶を原則禁じるミシシッピー州の法律の
合法性を巡る訴訟である。最
高裁の判決はミシシッピー州には中絶を規制する権利があるとした。但
し、最高裁は妊娠中絶を15週以
内に限る事について判決したのではない。サヨクは中絶が原則禁止された
と言う嘘を宣伝している。
バイデン氏は24日の演説で「最高裁の判決は極端な主張と悲劇的な間違
いを犯した悲しい日であっ
た。そして(最高裁の判決は)この国を極端な方向に導いていく」と述
べ、「私は今後も国民の個人の
決定する権利を全力で守る」と述べ、中間選挙で中絶の権利の擁護に投票
するよう呼びかけた。
権利、権利である。サヨクの主張する個人の自由と権利は時として社会の
自由と平和を奪い、法の無視
と崩壊を招く。この数年の間アメリカでおきた数々の暴動と放火、商店に
侵入して金品強盗を働く事件
についてバイデン政権は放任し続けていた。しかもニューヨーク州やオレ
ゴン州など民主党州の政府は
警察の予算を大幅に削減して警察を無力化することに熱中していた。
アメリカの崩壊は法の崩壊で始まると言っても良い。バイデン政権はBLM
やAntifaの跋扈、黒人の犯罪や
彼らの「権利」を放任してきた。「人民の権利」と呼ぶ暴力を利用する民
主党政治家が法の無視、法の
崩壊を促進させてきたのである。今回の最高裁の判決は「何でも憲法上の
権利」で覇権を維持してきた
サヨクの敗北だった。
保守の勝利はトランプが指名した3名の保守側の最高裁判事のおかげで5
対4の判決となった。つまり
サヨクと戦っているトランプが勝利したのである。だがたとえバイデンが
負けたからといっても、一国
の大統領が公然と国の最高裁判所の決定に反対すると発表したのは許され
るべき事ではない。国の制度
を弁えないバイデンは大統領失格、弾劾されるべきだ。
最後になったが今回の最高裁の判決でまだ残っている問題は、判決文の草
稿を盗んでメディアにリーク
した犯人が未だに捕まっていないことである。ガーランド司法長官もFBI
もサヨクの一端を担いでいると
言われる現状では、中間選挙で保守が圧勝しなければサヨクによるアメリ
カの衰退は続くだろう。
2022年06月27日
この記事へのコメント
コメントを書く
この記事へのトラックバック