2022年08月06日

わたなべ りやうじらう のメイル・マガジン

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   2022(令和4年)年 8月6日(土)



私が見た人間『安倍晋三』の飾らない素顔:櫻井よしこ

国家儀礼としての「国葬」粛々と:百地章

         国柄探訪: 最澄の仏教再生:伊勢雅臣

ペロシ下院議長のアジア訪問団:宮崎正弘 
                 

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私が見た人間『安倍晋三』の飾らない素顔
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 櫻井よしこ


『週刊新潮』 2022年7月28日
日本ルネッサンス 拡大版 第1009回

「憂国の政治家」として論陣を張る一方、会えばその人柄に魅了される人
も多かったという。「座談の名手」とも称された安倍元総理と親交が深
かったジャーナリストの櫻井よしこさんが、訃報に際して思い起こされる
数々の交流秘話を、本誌読者のために綴ってくれた。

凶弾に斃れた安倍晋三元総理は感情豊かな人だった。怒るときには本当に
怒った。

「失敬じゃないですか!」

「失礼じゃないですか!」

野党の根拠なき攻撃や昭恵夫人への誹謗中傷に対して、気色ばんでこう反
論する国会での姿は、多くの人々の記憶に残っているはずだ。「失敬だよ
ね」「ひどいよね」。森友・加計学園問題の最中、幾度か交わした会話の
中で、元総理はこうした言葉を繰り返した。

けれど、それ以上は言わない。気の置けない仲間同士で誰かの批判をする
とき、口を衝いて出てきがちな下品な悪口雑言を、私は安倍氏から聞いた
ことがない。

政治家同士の駆け引きの中で安倍氏は幾度も騙された経験がある。安倍氏
暗殺を受けて涙ながらに悲しみ、怒ってみせた政治家の中には、あからさ
まな裏切りを重ね、政界を泳ぎ続けている人もいるその詳細を聞いたこと
がある。

その時その政治家がどんな表情でどんな言葉を口にしたか。人払いをして
二人きりになったとき、総理との距離感はどのくらいで、どんなヒソヒソ
口調だったかなども聞いた。そんな時でも安倍氏の怒りの表現は極めて抑
制的で、一言でいえばたしなみ深い人だった。

しかし、いま、安倍氏は心から怒っていると思う暗殺事件から十数日、犯
人について少なからぬ情報が明らかになってきた。統一教会への積年の恨
みの一方、元総理への恨みはないとSNSで犯人は書いている。ではな
ぜ、安倍氏を殺害したのか。なぜだ、なぜだ!私の心はおさまらない。

暗殺された元総理もきっと言っているはずだ。「ひどいじゃないか」と。
けれど安倍氏はこんな場面においてさえ、怒りに駆られて我を忘れ、罵詈
雑言を口走ることはないだろう。幼少時から政治家は怒りの表現をどうコ
ントロールすべきなのか、どこで止めるべきなのかを祖父岸信介の巣鴨で
の体験や、首相となってからの日米安保改定騒動への対処の仕方などから
学んでいたと思う。

暗殺犯の男には想像もつかないであろうが、安倍元総理は国民全員の幸福
を願っていた。世界の価値観が変わると共に世の中の制度や一人一人の生
き方が多様化していく中で、わが国はどのような社会・国を作っていくべ
きかに心を砕いていた。多様な生き方を抱きとめる重要性を十分に承知し
ながら、大多数の人々の生き方や価値観を社会の基盤に据えて穏やかで安
定した国を維持するのがよいと、安倍氏は考えていた。

LGBTQ、シングルマザー、単独親権か共同親権か等々、家族の在り方
に関する課題で私たちは度々意見交換をしたが、そんな折、本年5月16日
の月曜日、安倍氏が言った。

「この本、読んでみて下さい。家族がどんなふうに作られてきたか、国家
と家族の関係はどう形成されてきたか、書いてあります」

安倍氏が示したのは古びた一冊の岩波文庫『家族・私有財産・国家の起
源』で、エンゲルスの著作だった。

「私も勧められて古本を購入したんです。読み始めたばかりなんですが
ね。前の人がところどころ線を引いてくれていて、分かり易いんですよ」

安倍氏は照れ隠しで笑った。戸原四郎氏が訳し、解説している。それによ
ると同書はエンゲルス一人の作品ではなく、その前年に死去したマルクス
の「遺言執行」の書だそうだ。人間の歴史を振りかえると、家族が最初に
形成されて部族に発展したわけではないこと、部族が人間社会のそもそも
の本源的、自然発生的な形だったこと、私有財産が徐々に形成される中
で、母権的な氏族制度の枠が破られ、父権を軸とする家族が生まれたこ
と。大雑把にいえばこういう内容だと思う。

「孤独なんだよね」

その後、同書について安倍氏と語り合う機会がなかったため、氏が同書を
どう読んだか、わが国の家族の在り方の議論にどんな光を与えてくれるは
ずだったのかは、今となってはわからない。ひとつ言えるのは、安倍氏が
読書家であり、よく学んでいたということだ。

かといって元総理は「本の虫」ではない。とても朗らかに、映画やドラマ
の話をするのが好きだった。音楽よりずっと好きだった。ある日、突然
言った。

「イギリス王室のはなし、ネットフリックスで見るといいですよ。『ザ・
クラウン』です!」

私が動画配信サイトのネットフリックスを見始めたのはこのときからだ。
ソニー・ピクチャーズが100億円以上をかけ製作したイギリス王室の物語
『ザ・クラウン』は世界中で大変な人気を博していた。シーズンはTからW
まで展開していた。

暫くしてお会いすると、突然、聞かれた。

「『ザ・クラウン』、見ました?」

「ええ。でもあそこまで内輪話を暴露してよいのか、他国の王室ながら心
配です」

「そうなんですね。でも、イギリスって凄いですね。どんどん描いてい
く。どこまで見ました?」

好奇心あふれる安倍氏は性急である。世界で幾千万もの人が観ている同作
品は、何年もかけ製作し公開された長寿のヒット作だ。王室物語が実話に
基づき再現され、女王陛下はじめ王室の方々の公務の様子の再現はほぼ完
璧と言われている。

作品は最初から強烈な印象で迫る。エリザベス2世女王陛下の夫君、フィ
リップ殿下はヴィクトリア女王の血を引きながら、4人の姉がナチスドイ
ツと関係していた。安倍氏が語る。「フィリップ殿下はスコットランドの
寄宿学校(ゴードンストウン)に送 られるんですが、一族とナチスの関
係、欧州では許されない暗黒の家族史 に彼は直面するんですね」

ここで彼は凄まじい苛めにあい、身心共に深く傷つきながらも耐え抜い
た。エリザベス女王と結婚し、皇太子を得たとき、チャールズを自分と同
じ寄宿学校に入れた。チャールズも自分同様に厳しい試練に耐えて、強い
人間になってほしいとの想いからだった。しかし作品はチャールズの脱落
を生々しく描ききった。

別の日、また話題が『ザ・クラウン』に及んだ。

「ダイアナのところまで見ました? あれはやっぱりチャールズが酷いよね」

同時にこうも語った。

「幼い頃、チャールズは両親が多忙であまり一緒に過ごしていないんです
ね。孤独なんだよね。だから自分を受け入れてくれる大人の女性を求めて
いたのかもしれませんね」

当事者の一方を悪いと決めつけるのではないのだ。そして、いかにも愉快
そうにこんな話も教えてくれた。

「この前、ジョンソン(英首相)と会ったとき、聞いたんですよ。『ザ・
クラウン』の話は真実かと」

安倍氏の笑顔がはじけた。

「彼は少し考えて、大英帝国の首相としては答えられない。但し、女王陛
下には日本国の首相が『ザ・クラウン』を観ていると報告しておく、と
言っていました」

秋篠宮家の件

安倍元総理はジョンソン首相とここまで打ち解けて話せる間柄だったの
だ。『ザ・クラウン』を安倍氏は日本にひき較べて見ていたとも思う。作
品はこれでもかこれでもかと英王室のスキャンダルを暴いているが、王
室、あるいは皇室を守るという共通の重い責務を担う二人の首相は、懸念
も共有していたはずだ。

メディアが秋篠宮家の件を批判的に取り上げ続けることについて、安倍氏
は度々語った。

「秋篠宮家を貶めることは、皇室全体を貶めることに、どうしてもなって
いく。皇室の権威を貶めることは日本を貶めることなんです」

過ぎたる非難を浴びせることで皇室と国民の絆が損なわれてしまえば、日
本国の力自体が本当に衰退していくと、安倍元総理は人一倍気にかけていた。

少し前のことになる。2011年の晩秋、安倍元総理はブッシュ政権とイラク
戦争について書かれた『ウルカヌスの群像』(渡辺昭夫監訳、共同通信
社)を読んでみるようにと、私に薦めた。

ウルカヌスとはローマ神話に出てくる火と鍛冶の神の名だ。同書では、
ブッシュ政権の枢軸を形成した人物6名、チェイニー、ラムズフェルド、
パウエル、ウルフォウィッツ、アーミテージ、コンドリーザ・ライスを総
称して使われている。

ウルカヌスはアメリカこそ世界最強の国であり続け、その民主主義の価値
観と理念を世界中に広げていかずにはおかないと決意した人々だった。彼
らはそれこそが正しい道だと信じて邁進した。経済を重視したクリントン
政権の路線と訣別して、アメリカは世界最強国の力をさらに強化させ、ど
の国も抵抗できない軍事力の時代に入った。それこそがアメリカにとって
の国益であり世界の善なのだと信じたウルカヌスたちは、どんな思想的形
成を経てそこに至ったのか。アメリカ研究の大テーマが、6人の言動を通
じて生き生きと描かれている。

「米国人に勧められて読んだのです。興味深かった。面白くて、そうかと
思うことが多かった」

と、安倍氏は語った。私にとっても非常に勉強になった一冊である。奇し
くも日本は民主党政権下で、この書はいわゆるリベラル勢力への疑問の書
でもあった。

武力で中東をおさめようとするブッシュ政権の政策は失敗していったが、
ではその後の世界に私たちはどう対処すべきなのか。思想的背骨を失った
日本国は答えを出し得ていない。

そして今、私たちはアメリカを凌駕しようと決意した中国の脅威に直面し
ている。安倍元総理は、中国の脅威こそ歴史上最大のものになると認識
し、「台湾有事は日本有事だ」と喝破した。日台の運命は重なるのであ
り、中国による侵攻の危機は近い。

誰よりも危機を切迫したものと捉えていた安倍氏の危機意識を肝に銘じ、
備えることが大事だ。憲法改正を遂行する強い決意を持つということ、こ
れが岸田政権に残された遺志であろう。

            
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国家儀礼としての「国葬」粛々と
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日本大学名誉教授・百地章 

凶弾に倒れた安倍晋三元首相の国葬が9月27日、日本武道館で行われる こ
とが正式に決定した。
[国内向けでなく国際的視点で]

わが国では戦後、国葬令が廃止されたため、昭和42年の吉田茂首相の国
葬は、閣議決定により行われた。憲法上、内閣は行政権の担い手であり、
行政権の中には立法権、司法権以外の全ての国家作用が含まれる。だから
具体的な法令上の根拠はないが、憲法に基づき閣議決定によって「行政措
置」が執られた。

因(ちな)みに、昭和27年以来行われてきた「全国戦没者追悼式」など
も法令上の根拠はなく、閣議決定による。この点、今回の「国葬儀」は内
閣府設置法に定める「国の儀式」と位置付けられ(第4条)、法的根拠は
より具体的で明確になった。

慎重派の中には、佐藤栄作首相の「国民葬」や大平正芳首相らと同様の
「内閣・自民党合同葬」をといった意見もあったようだ。しかし、これら
は国費支出の割合などを考慮した妥協の産物であり、国内向けの理屈でし
かない。

これに対して、わが国の国際的地位と存在感をかつてない程高め国際的評
価も群を抜いた安倍氏の葬儀には、これまでにない多数の国々から首脳や
弔問使節の参列が予想される。それ故、曖昧な「国民葬」や「合同葬」で
はなく、国際社会において確立した国家儀礼としての「国葬」を粛々と行
い、心から哀悼の意を表するのが、最も望ましいと思われる。[過去の
「国葬」と比較し妥当]

旧国葬令では、天皇の大喪儀や皇太子などの喪儀を「国葬」とし、それ以
外にも「国家ニ偉勲アル者」を国葬の対象としていた。戦後、国葬令が失
効した後も、天皇が崩御された際に「大喪の礼」を行うことは皇室典範で
規定されたが、一般国民に関する法律は制定されなかった。それ故、現状
では旧国葬令に準拠して考えるのも一つの方法だろう。戦前、総理大臣と
して国葬に付せられたのは伊藤博文、山県有朋、松方正義、西園寺公望の
4人である。

安倍氏については、客観的に見ても国内外から高く評価されており、「国
家に偉勲ある者」に当たると見るのが自然であろう。

国際的には、ローマ教皇や英国のエリザベス女王から皇室宛に弔意が伝え
られ、バイデン米大統領は安倍氏の逝去後、在米日本大使館を訪問、マク
ロン仏大統領も岸田首相に弔意を表明している。その他259の国・地域 な
どから1700件もの弔意が寄せられた。また米国ではホワイトハウス に半
旗を掲げ、インド、ブラジル、ブータンは国として喪に服した。

皇室を除けば、わが国で海外からこれだけ高く評価された政治家は、安倍
氏の他になかろう。

台頭する中国に対抗すべく組織された米国、インド、豪州それに日本を構
成国とする「クアッド」は、2007年にインド議会で行われた同氏の演 説
を起源とし、「自由で開かれたインド太平洋構想」も安倍氏の提唱によ
るものである。それ故、世界のリーダーとして当時のトランプ米大統領や
メルケル独首相ら世界の首脳も安倍氏の意見には耳を傾けた。

国内的には「モリカケ」「サクラ」を持ち出して執拗(しつよう)に批判
を続ける政治家やマスメディアの影響を受けた国民もいる。しかし、わが
国憲政史上、首相として最長期間、重責を担った安倍氏の功績について
は、毎日新聞の世論調査(7月18日)では国民の70%、退陣当時の朝 日新
聞の調査でも国民の71%が評価している。

また政治的評価は分かれうるが、「戦後レジームから脱却」し「日本を取
り戻す」ため様々な法整備を行い、独立国家に相応(ふさわ)しい国づく
りの基礎を作り上げたのは安倍氏であった。具体的には戦後体制の象徴と
もいうべき教育基本法の全面改正や憲法改正のため不可欠な国民投票法の
制定、謝罪の歴史に終止符を打とうとした戦後70年談話などがそれである。

さらに国家安全保障会議の設置や集団的自衛権の限定的行使容認と平和安
全法制の整備により、日米同盟をかつてない強固なものとしわが国の防
衛・安全保障の基礎を整えたのも安倍氏であった。
[「国葬」の正しさ、歴史が証明]

「国葬」の決定には、岸田首相の強い思いも働いたという。また、産経新
聞・FNNの世論調査によれば、国民の50・1%が国葬を支持し、30代以
下の若い世代では6割を超えた(7月25日)。

ところが事件後、日を追うに連れ山上徹也容疑者の口から出たという旧統
一教会への批判と、旧統一教会と関わりのあったという政治家の名前が
大々的に報道されるようになった。その中には安倍氏の名前もある。その
ため、統一教会批判の矛先が安倍氏にも向かい、国葬に水を差しかねない
異様なムードさえ漂い始めている。

しかし、熟考の上「国葬」と決定したはずであり、政府はこの種の報道に
動揺することなく、国民への説明に努め、自信をもって国葬の準備を進め
てほしい。国葬の選択が正しかったことは将来、必ず歴史が証明するだろ
う。(ももち あきら)


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
松本市 久保田 康文 
産経新聞採録


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国柄探訪: 最澄の仏教再生
━━━━━━━━━━━━
伊勢雅臣

日本人の生命観に根ざした日本人のための仏教へ
最澄は日本人の自然観、人間観に根ざして、インド仏教を日本人のための
仏教に再生した。

■1.奈良の大仏は、生きとし生けるものすべてを救うため
昨年、奈良の大仏を参拝した時のことです。巨大な大仏のまさに「お膝
元」に聖武天皇の大仏造立の詔(みことのり)が掲示されており、その中
に、心惹かれる言葉がありました。原文と現代語を掲げると次のようにな
ります。
__________
誠に三宝の威霊に頼り、乾坤(けんこん)相泰(あいやすら)かに万代の福
業を修めて動植咸(ことごと)く栄えんことを欲す。

三宝(仏、法、僧)の力により、天下が安泰になり、動物、植物など命あ
るものすべてが栄えることを望む。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
聖武天皇が願われたのは、人間の幸福だけではなく、「動物、植物など
命あるものすべてが栄えること」なのです。内紛や反乱、干魃(かんばつ)
と飢饉、天然痘の大流行など、国家の混乱がうち続く中で、まことに積極
果敢な御志です。 仏教に限らず、すべての宗教は人間の幸福を願うもの
だという先入観がありましたが、どうも日本仏教は違う面があるようなの
です。そして、ここには日本古来からの「生きとし生けるものは神の分け
命」という生命観が働いているのでは、と思ったのです。

■2.「いっさいの生きとし生けるものに深い慈悲を注ぐ」最澄

 大仏造立の詔は天平15(743)年に発せられましたが、それから42年後の
延暦4(785年)、伝教大師(でんぎょうだいし)・最澄(さいちょう)が比叡山
に籠もって、修行を始めます。ここから比叡山延暦寺の歴史が始まってい
きます。
__________
比叡山全体を境内とする延暦寺は、三塔十六谷に分かれる。最盛期には三
千の僧房を数えたといわれます。日本仏教史に名をとどめる法然、親鸞、
栄西、道元、日蓮、一遍などの名僧もここに学びました。[梅原、136]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 延暦寺はお寺の一つというよりも、仏教の総合大学とも言うべき存在で
した。だからこそ、多くの名僧がここで育っているのです。そして、梅原
猛・国際日本文化研究センター名誉教授は、「すべての日本仏教は、最澄
に入り最澄から出る」と言われています。[梅原、1685]

 梅原教授の次の指摘は「最澄から出た」後継者たちを通じて、日本仏教
の「根っこ」となったと考えられます。
__________
すべての人間ばかりか、生きとし生けるものすべてに仏性を見る彼の一乗
仏教は、山を愛し、いっさいの生きとし生けるものに深い慈悲を注ぐ彼の
人生の必然の帰結であるといえましょう。[梅原、1,900]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
■3.「仏教が、完全に自然中心の宗教に転化した」

 最澄に始まった日本仏教の特質をよく理解するためには、もともとのイ
ンド仏教との違いを知る必要があります。仏教学・インド哲学を専攻され
ている立川武蔵・国立民族学博物館名誉教授は、「自然を神としてみなす
ことはインド人のもっとも得意とすることであった」としながらも、次の
指摘をされています。
__________
しかし、インド仏教は、そのような自然の神格化を避けているように思わ
れる。仏典には、ガンジス河の砂浜の描写や極楽浄土の風景の描写などが
見られるが、(伊勢注:ヒマラヤを神格化した)カーリダーサの詩に見られ
るような自然の神格化はほとんど見られない。

それはブッダの立場からすれば、ごく当然のことではある。ブッダにとっ
て重要なのは、無明に苦しむ人間なのであり、いかにすればその無明から
解き放たれるかが問題なのであった。したがって、山や川が礼拝の対象と
しての尊格である、というようなことはブッダの立場からはあり得ないこ
とであった。[立川、2,862]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 仏教の開祖・釈迦(しゃか)は、生老病死の「四苦」からの解脱を目指し
て出家したと伝えられています。ちなみに「四苦八苦」とは、この「四
苦」に「愛する者との別離、憎む者との出会い、求める者が得られない、
自分の肉体と精神が思うがままにならない」という4つの苦しみを加えた
ものです。

 こう見ると、「四苦八苦」は人間社会の中での生活に関するものばかり
で、それを取り巻く自然は視野に入っていません。梅原教授も、もともと
のインド仏教と最澄から始まった日本仏教の違いをこう述べてられています。
__________
(伊勢注:最澄以降に発展した)この天台本覚論の思想は、「山川草木悉皆
成仏(さんせん そうもくしっかい じょうぶつ)」という言葉にもっとも
よく表現されています。ここにきて、人間の自覚の宗教であったはずの仏
教が、完全に自然中心の宗教に転化したといえます。仏教が完全に日本の
仏教になった。そして、このような思想の中から、法 然、親鸞、栄西、
道元、日蓮が育ち、立場はちがいますが、それぞれ天台 本覚論の影響を
受け、その思想を別のかたちで展開していったのです。 [梅原1,907]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
■4.最澄が仏教を「自然中心の宗教に転化」させた理由

 それにしても、最澄はなぜ、そして、どのように仏教を「自然中心の宗
教に転化」させたのでしょうか。

 最澄は延暦4(785)年、奈良の東大寺で具足戒(ごそくかい)を受けまし
た。具足戒とは出家した修行者が守るべき戒律で、これを受けて、初めて
出家者の仲間入りができます。今日で言えば、大学院の博士課程に入学し
て、いよいよ本格的な研究者としてのキャリアを踏み出した段階とでも言
えましょうか。ところが、最澄はこの後、3ヶ月あまりで比叡山に籠もっ
てしまうのです。これはどうした事でしょうか?

 梅原教授は、こう指摘しています。当時の仏教界は奈良で栄えた都市型
仏教でした。朝廷にも影響力が強く、たとえば僧・道鏡(どうきょう)が女
性天皇・称コの寵愛を受けて、皇位簒奪(さんだつ)を企(たくら)んだとさ
れる事件が起きたりもしていました。

 そうした堕落した仏教と、仏教によって影響される政治を正そうと、桓
武天皇は都を奈良から、まずは長岡京へ、それに失敗して次は京都へと移
し、新しい政治を始めようと苦闘します。
__________
 少年最澄は、そういう時代風潮を敏感に感じとったと思います。新しい
時代には新しい宗教が必要だ。それが何か、よくわからないが、少年最澄
は、新しいものの予感に駆られるように古い仏教を捨てて、ひとり山の中
へ入ったのではないかと思います。[梅原、130]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
■5.日本列島の豊かな美しい自然のなかで

 太古からの我々の先人たちは、日本列島の豊かな美しい自然のなかで生
かされてきました。最澄も山に入って、四季折々に色とりどりの花が咲き
乱れ、樹木が実をつけ、鳥が鳴く様に囲まれていたはずです。そこで心を
虚しくして周囲を観察をすれば、不思議な大自然の力をまざまざと感じ
とったことでしょう。
__________
 眼前に展開するものがそのままで真如として存在し、しかもわれわれの
周囲に存在するもののすべてが、一つの調和ある存在であるという考え方
は、すべてのものにアニミスティック(伊勢注: 精霊信仰的)な生命を認め
ようとする日本人には最適な世界観であったからだ。日本人には、眼前に
あるもの(色)が本来は無(空)であるなどという思想は、初めから受け
入れられるものではなかった。

 山には神がおり、川には精霊が住み、風に霊のささやきを聞く。木や草
花にも「生きた気」を感ずるというのが、古代日本人の自然観であった。
神道はこの考え方を踏まえて、今日にいたっている。[立川、755]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 この日本列島に住んだ太古の先人たちの神道的な感じ方からすれば、目
の前で驚くべき精妙な光景を繰り広げる大自然を見せかけだけの架空の存
在とし、その奥に見えない真理がある、というような観念的空想的な考え
方は、とうてい受け入れられなかったでしょう。

 それまでの奈良仏教は、インド・中国から導入された精緻な教理体系と
多くの戒律を備えた仏教でしたが、それをごく一部の知的エリートが観念
的な学問として学ぶだけで、一般民衆には縁遠い存在でした。それを最澄
は、豊かな美しい自然の中で、日本人の伝統的な感じ方を思い出し、そこ
から仏教の哲理を組み直したのでしょう。

「衆生」とは、もともと人間を指す言葉でしたが、やがてすべての動植物
を含めた「生きとし生けるもの」を含め、さらには山や川まで広げられ、
それらが「成仏」すると最澄は言うのです。ここで言う「成仏」とは、大
自然の本来の姿がそのまま現れる、ということでしょう。したがって「山
川草木悉皆成仏」とは、神道での「すべては神の分け命」という自然観に
通じていると考えられます。

■6.空海の説く大日如来

 伝教大師・最澄と並び称される弘法大師(こうぼうだいし)・空海、二人
はほとんど同時代の人間です。空海は7歳ほど年下ですが、同じく延暦
23(803)年の遣唐使に同行して、唐に渡っています。

 この二人は「一人の人間の二つの分身ではないか」と思われるほど似て
いる、と立川教授は指摘してます。空海も19歳の頃から山林で修行をし
ます。その一つが高知県の室戸岬で、ここの洞窟で空海は悟りを開いたと
伝えられています。また、最澄が比叡山で延暦寺を開いたように、空海も
高野山を真言宗の総本山として開きました。その説く内容も近いのです。
__________
 二人はともに、外界つまり世界に「命」を認めていた。天台教学は「諸
法は実相なり」と主張する。現象世界が、実相つまり真実なるものである
という考え方だ。密教もまたこの世界に「聖なる」価値を認める。この世
界は如来の身体であると考えるからだ。
 最澄と空海が、このように現象世界に「聖なる」価値を与えた背景に
は、日本のアニミスティックな世界観があると思われる。[立川、58]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 最澄の説く密教では、大日如来(だいにちにょらい)を宇宙の根源神とし
ます。梅原教授は、この大日如来は太陽をシンボルとしている、として、
__________
ほんとうの仏教は、自分を大日如来と一体化し、体全体から喜びが溢れ
る、そういう身となってはじめて他人を救済することができる。[梅原、709]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 こう言われると、日本人が朝日に向かって手を合わせ、「お日様」「お
天道様」の「お陰様」で、今日も生かされていることに感謝するのと同じ
ではないかと思われるのです。後の神仏習合、すなわち仏教と神道が融合
していく過程で、大日如来と天照大神を一体化して捉える見方が出てきた
のも当然でしょう。

 こうして見ると、インド仏教を最澄と空海が日本古来の神道的な生命観
に根ざして再生した、といえそうです。

■7.「1本の草、ひとにぎりの土でも協力したいという者がいれば」

 冒頭で紹介した聖武天皇の大仏造立の詔で、もう一カ所、心惹かれた言
葉がありました。
__________
・・・一枝の草、一把の土を以て像を助け造らんことを情(こころ)に願
う者有らば、恣(ほしいまま)にこれを聴(ゆる)せ。

たとえ1本の草、ひとにぎりの土でも協力したいという者がいれば、無条
件でそれを許せ。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 この一節の前に、聖武天皇は天皇としての権力を用いて大仏を造ること
は容易だが、人民を無理矢理働かせるのでは、「私の願いを叶えることが
できない」と言われています。民の一人ひとりが「自らが盧舎那仏を造る
のだという気持になって」大仏建造に参加して欲しい、ということです。
弊誌1250号では、我が国は民を大御宝として大切にすることを目的とし
て建国され、またそれを実現するのも大御宝の力であるとして、我が国は
「大御宝による、大御宝のための国」であると述べました[JOG(1250)]

 仏教の導入にあたって、聖徳太子はすべての人民を平等に救うべく、そ
の思想に合致した法華経を選ばれて、自ら宮中で講義され、注釈書まで書
かれたと伝わっています。それが奈良仏教で、抽象的な理論や些末なまで
の戒律を要求する、エリートのみの教えになってしまいましたが、太子の
願いを受け継いだのが最澄なのです。

 そして、最澄の後継者とも言うべき、法然や親鸞、日蓮などによって、
難しい理屈も戒律も不要で、ひたすらに念仏を唱えることで救われる、と
いう鎌倉仏教の諸宗派が開けていきました。これらはまさに「大御宝」の
ための仏教というべきでしょう。その「根っこ」は最澄を経由して聖徳
太子から神武天皇にさかのぼる国家的理想なのです。

「すべての日本仏教は、最澄に入り最澄から出る」という梅原教授の言葉
を冒頭で紹介しましたが、その最澄の独自性とは、すべての「生きとし生
けるもの」には神仏が宿っているという汎神的自然観と、人はすべて「大
御宝」であるとする平等的人間観です。

 そして、この二つは太古の昔から日本列島に住んできた我々の先人たち
が大切にしてきた生命観であり、それは現在の我々の精神にも繋がってい
る「根っこ」です。その「根っこ」の継承と深化を果たしたのが、最澄の
日本仏教再生でした。

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ペロシ下院議長のアジア訪問団
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「宮崎正弘の国際情勢解題」 
      令和四年(2022)8月1日(月曜日)
          通巻第7419号
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(夏休み中の発行計画)八月の小誌は随時発行となります
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ペロシ下院議長のアジア訪問団、まずシンガポールへ
   随行五人の下院議員全員は民主党リベラル派の
『オバマ・チルドラン』
******************************
 ペロシ議長、83歳の老婆だが、矍鑠としてバイデン外交の先兵役を果た
す。個人的なパフォーマンスが大いなる動機とも言われるが、それは彼女
の選挙基盤であるサンフランシスコで次期当選が危ぶまれているからでも
ある。

 サンフランシスコといえば、ITメッカ、シリコンバレー。アジア系人
口が突出し、政治的にはLGBT、同性婚、過激派左翼思想の震源地。ち
なみに大阪市は慰安婦像の撤去を求めたが、応じなかったため姉妹都市関
係を解消した。

ペロシの選挙区では人口の20%が華人である。したがって彼女の政治的
発言が、全米議員のなかでも突出して反中、チベット、ウイグル、天安
門、香港大乱で人権、法治を訴えるのである。サンフランシスコの華人
は、政治思想がリベラルゆえに、中国の非人道的政策には反対の立場の人
が多い。

さてペロシ訪問団は最初の目的地シンガポールへ入った。
8月2日まで滞在し、その後、マレーシア、韓国、日本に立ち寄るが、こ
の旅程の何処かに台湾を訪問することになる。

 ペロシは五月にも台湾訪問を予定したが、コロナ感染で離脱、今回は共
和党にも呼びかけた超党派を装いたかったが、共和党でペロシの要請に応
じた議員はいなかった。
 随行五人の下院議員等は全員が民主党リベラルである。

グレゴリー・ミークスはNY選出の黒人で、下院外交委員会のトップ。
2013年から五期連続でベテラン議員と言える

 マーク・タカノは名前から日系。自らゲイと告白しても問題とならな
かったのは選挙区がカリフォルニアだからだろう。退役軍人委員会所属。
2021年にも台湾を訪問した。

 スーザン・デルベネはワシントン州(西海岸)選出で、マイクロソフト
出身。通信委員会副委員長。名前からイタリア系。ペロシと同じである。
ラジャ・クルスシュナマーシはインド人タミル族。イリノイ州が選挙区。

 アンディ・キムは韓国人で初めての下院議員で国務省勤務から安全保障
会議スタッフ。ニュージャージー州が選挙区だ。この議員団の構成をみる
と人種のるつぼ、ペロシ自身がイタリア系であ る。事情通にいわせると
「オバマ」・チルドラン」と言われ、つぎの選挙 は危ない議員が多いと
いう。

  □☆□☆み□☆☆□や☆□☆□ざ☆□☆□き☆□☆□
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☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆   書評 しょひょう 
BOOKREVIEW 書評 
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜権は天
に勝たず、楠正成の国家・正義・倫理観の普遍性
 理性のない覇権主義の反知性に勝つには軍事力しかない

  小堀桂一郎『國家理性及び國軆について』(明成社)
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

 執筆動機を著者の小堀桂一郎氏は次のように言われる。
 「苛烈なる現代の國際社会における安全保障の最大の条件は、国際関係
の法的秩序が常に公正に維持されてあるという事である。その秩序を安定
した形で保持すべき要因は端的に武力・軍事力以外にない。この力をそれ
があるべき様に統御する健全な国家理性の機能について、我々はもう一度
歴史に学び直す根気を持ってよいのではないか」。
 この箇所を読んで評者(宮崎)、はからずも天武天皇の詔を思い出し
た。「まつりごとの要は軍事なり」
 小堀氏はまず『国家理性』という言葉の意味をさぐり、この「複合語の
原意が有つ緊急避難的・超法規的な必要性の緊迫感は(歴史学者等の解釈
に)含まれていない」
現代政治学は、単に「国是」と解釈しているから、往々にして歴史解釈
を間違える。国家理性はややもすれば哲学的であり、マイネッケを連想し
てしまう が、現在のわれらが日々目撃しているのは『理性』を喪失した
戦争、ウク ライナの悲劇、そして侵略の牙を露骨に見せびらかして周辺
国に軍事威圧 を加えている北京の侵略政権だ。

 「現在の国際社会には、じつはヒトラー主義の最悪の増長期にも匹敵す
るほどの理性の破壊が進行しつつあるのを如何にすべきか。それは改めて
言うまでもない、中国共産党の習近平政権の為しつつあるジェノサイドで
あり更に南シナ海の海域において停まる処を知らぬ攻撃的覇権主義であ
る。(中略)粗野で利己的な欲望にその粉飾としての政治的必要の名を冠
しているだけである。しかも彼等の行動原理としての政治的必要は国益の
ためでさえなく、党派の利権であり、政権内の有力な個人の金銭欲を充す
必要でしかない」

 まさに私利私欲、暴君の暴走を周囲はとめる力もない。
 「理性的思考とは凡そ縁のないこの様な国家と国民を一衣帯水の距離に
隣人として持つ我々は、この面からしても国家行動の格率としての国家理
性の理念は我々の現実的応用には耐えない骨董的概念語でしかない」
(48−49p)。
 近年の考古学は従来の歴史解釈を革新した。
16500年前の土器、岩宿遺跡の発見、そして三内丸山遺跡の出現と 方々の
遺跡から出土した輝かしい芸術としての縄文土偶。火炎土器。祭祀は天皇
伝統の根幹だが、こうした「祭政一致の国体は、日本という国 家の建設
より遙か以前今を去る七千年という蒼古の昔の縄文時代の文化の 段階で
既に形成されはじめていた。天神地祇への畏敬と感謝という住民の 精神
生活の様式が具体的な形をとった」
日本の国家理性の古さ、その安定感。あらためて歴史の神髄に触れる論考
を読んだ。

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☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆   書評 しょひょう 
BOOKREVIEW 書評  
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 日本に
とって、ウクライナ戦争の教訓はなにか?  
現代兵器の戦争では自衛隊は一ヶ月しか持たないって本当か

西村金一『こんな自衛隊では日本を守れない』(ビジネス社)
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

 日本にとって、ウクライナ戦争の教訓はなにか? 
日本人が武器を取って、まず敵と戦わなければ友軍は来ないということで
ある。ウクライナ人は銃を手に侵略者と戦ったから、英米は武器供与に応
じ、宣 伝戦争ではウクライナの強い味方となった。もし侵攻されたら、
日本は奇襲作戦を防ぐ術はなく、間違いなく敵に占 領される。現代兵器
の戦争では自衛隊は一ヶ月しか持たないと本書では じつに悲劇的なシ
ミュレーションが展開される。
ならば、どうするのか?第一にモラルである。第二に軍事力の拡充、そし
て第三が集団安全保障 の枠組みである。
 いまの日本にはどれもない。若者のわずか6%ほどが敵と戦うと答える
が、あとの人は逃げるという。でも、何処へ? 一番近いのは韓国だけど?

 ところが中国の軍隊の実力は表の軍事力の拡充ぶりとは裏腹だ。日清戦
争当時、清国の北洋艦隊は世界最強とされた戦艦「定遠」と「鎮遠」を
誇った。ドイツ製で14ノット7000トン級だった。しかし日本海軍の巧みな
攻撃で擱座し、自沈した。ウクライナ戦争を中国はどう見ていたのか?台
湾にペロシ下院議長が訪問すると発表したら、『火遊びで焼け死ぬ ぞ』
と脅し、ペロシの搭乗機を攻撃するなどと物騒な恐喝をする中国に対 し
て、米軍は空母レーガンを海域へ派遣した。ペロシ搭乗機はF35で護衛 す
るとした。もしペロシが台湾訪台を中止すれば、バイデン政権は赤恥を
満天下に晒す。4月13日、ロシア黒海艦隊旗艦の「モスクワ」がミサイル
攻撃を受けて 沈没した。対艦ミサイル「ネプチューン」が使用された。
中国はこれをみ て肝を冷やした。なぜなら中国軍は陸海空軍とものソ連
製をまねて、ある いはライセンス生産してきたからである。これら中国
軍がもつロシア型の戦闘機、戦車、ミサイル艦船に欠陥がある ことが露
呈した。ミサイル一発で沈没するのだ。さしあたっては台湾上陸用の強襲
揚陸艦がミサイルの標的だが、護衛の 駆逐艦もソ連艦をまねたものであ
る。118年前の4月13日、旅順港ではロシア戦艦「ペテロパプロフスク」
が 沈没した。翌年の日露戦争で、ロシアの誇った艦隊は全滅した。中国
海軍のミサイル駆逐艦は旧ソ連ソブレメンヌイ級とウダロイ級であ る。
潜水艦もまたロシアからキロ級を購入した。
 つまり「中国海軍の軍艦は大型で、周辺各國に対してその偉容を見せつ
け威圧している」けれども日米は脆弱なポイントを知っている。中国海軍
の戦車揚陸艦は28隻だが、ロシアの揚陸艦(オルスク)と同型 で、オル
スクもウクライナが放ったミサイルで撃沈された。ロシア製で中 国海軍
が誇る全ての揚陸艦は台湾のミサイル50発で全滅する可能性がある。ロシ
ア軍戦車1300両、装甲車3100両がウクライナの放った対戦車ミサイ ルと
ドローンで撃破された。ジャブリンとNLAWSなど携行ミサイルの 威
力を前に、旧ソ連の戦車しかない中国はやっぱり戦意をなくしただろう
と著者の西村氏は予測する(モスクワタイムズ、7月18日号によればロシ
ア戦車T72は237両、T80は170両が被害としている)中国はモスクワ撃沈
を目撃し、慌てたことに間違いはない。 
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  樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム
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樋泉克夫のコラム 
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【知道中国 2400回】 
習近平少年の読書遍歴・・・「あの世代」を育てた書籍

    ▽
 残るも地獄、去るも地獄。ならば僅かな可能性を求めて香港に賭けよう
じゃないか。想像を絶して凄まじくも悲惨な逃避行の末に辿り着いた香港
で、ある日、主人公はナチスの残虐な民族浄化策を描いた映画を見て、
「共産党と全く同じだ」と呟く。

 『血涙斑斑』は、共産党が自らの民族に仕掛けた民族浄化の惨状を告発
していたのだ。ここで唐突だが、1968年出版の『中国案内』(白石凡編 
筑摩書房)を 紹介しておきたい。それというのも、当時の日本における
中国に対する典 型的な見方が示されているからだ。

 『中国案内』は「世界史に、あらたな歩みをすすめる中国──この巨大な
隣国の歴史と革命の本質を解明し、私たち日本人のとるべき道をさぐるシ
リーズ」として
出版された『講座 中国』(全5巻)の別巻。中国の風土、民族、風俗、
習慣の解説を配した旅行案内でもある。因みに5巻の書名と編者の名前を
挙げると、『(1)革命と伝統』(竹内好・野村浩一)、『(2)旧体制
の中国』(吉川幸次郎)、『(3)革命の展開』(野原四郎)、『(4)
これからの中国』(堀田善衛)、『(5)日本と中国』(貝塚茂樹・桑原
武夫)──こう編者の名前を並べるだけで、大凡の内容は想像出来るに違い
ない。

 1968年を思い起こせば日本のメディアは親毛(=親中)派に占拠され、
中国バンザイ、毛沢東バンバンザイを叫び、文革を「史上空前の魂に触れ
る革命」と狂喜乱舞して持ち上げていた時代の真っただ中であった。
しかも『講座 中国』は数多の「日中友好屋」を仕切っていた白石によっ
て編集されたわけだから、別巻と位置づけられた『中国案内』もまた、先
に挙げた5巻と同じように中国への大々礼賛に充ち溢れていることは、も
はやいわずもがな。どの頁を繰ってもマユツバな上に虫唾が走るような
チョウチン記事ばかり。

 率直にいって、これは正真正銘のトンデモ本だ。改めて読み返す必要は
ない──と、ここまで書いてしまったら身も蓋もない。だが、であればこ
そ、21世紀も20年余が過ぎた現時点で、気恥ずかしさを堪えながら敢えて
読み直してみる必要がありはすまいか。

 『中国案内』によれば「感性的、現実的なのが、中国人のものの考え方
の特色」であり、彼らは「道義に厚い民族」だそうだ。そこで「鍵の要ら
ぬ国」という一種の
キャッチコピーが掲げられる。かくて「ホテルで部屋に鍵をかける必要の
ないことは、先にも述べたが、泥棒の心配のない国といえば、今日世界広
しといえども中国
だけであろう。それどころか、忘れ物でもしようものなら、その品が工作
員の手でリレーされて、後から後から追いかけてくる。場合によっては、
忘れ物のほうが先まわりして次の目的地のホテルにとどいていることさえ
珍しくない。〔中略〕中国には、古くから『道に遺ちたるを拾わず』──道
に落ちているものを拾って自分のものとしない──のが、よい世の中だとす
る言葉があるが、今日の中国では、文字どおりそれが実現されている感が
ある」と。そんなバカな。

 70年代前半、留学生活を送った香港で知り合った複数の元紅衛兵に当時
の日本で喧伝されていた『道義国家ぶり』を質問すると、彼は嘲笑気味に
こう語ってくれた。

 ──日本人はお人好しが過ぎる。先ず中国にはモノがないから、一般国民
は外国製高級品なんぞ手に入らない。

 外国人旅行者から盗んで持っていても、誰もが24時間監視されている。
家族だって信じられない。誰かに見つかりでもしたら、反革命現行犯で人
民裁判だ。ホテルの部屋に鍵をかける必要がないのは、モノ盗り目的で侵
入でもして見つかったら、これまた中国人民の面汚し。毛主席の顔にドロ
を塗ったということで半殺し。人生は終わりさ。忘れ物のリレーだって外
国製を持っていることが他人にバレたら、ブルジョワ思想に毒されている
との罪で逮捕。ヘタすりゃ極刑だ。

 ともかく外国製品を持っているだけで将来は真っ暗。怪しまれないため
には、ともかくも当局者に渡すしかないんだ──
 白石らは世間を誑かし、害毒を流し続けた。巧言粉飾鮮(すく)なし
真・・・。
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READERS‘OPINIONS 読者之声
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   ♪
(読者の声1)英国の首相が誰になるか。保守党内で候補者同士の論戦が
続いていますが、スナク前財務大臣は「就任した第一日目に在英の孔子学
院をすべて廃校とする」と言っています。日本は十五の大學で孔子学院は
野放し状態です。(DF生、大阪)

(宮崎正弘のコメント)過去二年間で、理由は不明ですが、工学院大学
と、兵庫医大中医薬学大學で「孔子学院」は廃院となっています。
 ところで英国保守党の次期首相えらびは、スナクとトラス外相の闘いで
すが、スナクはインド人です。旧植民地からの移民の子が首相となれば、
英国史始まって以来。もっとも外国籍という意味ではディズレリーはユダ
ヤ人でしたが。。。。

  ♪
(読者の声2)敗戦によりGHQは、厳しい言論統制を行い、「朝鮮、支
那、GHQ, 新憲法、などを批判する」ことは禁止されていた。独立後も、
その7年間の完璧な訓練により、以下の貴重な教訓は自主的に隠蔽され、
対韓・対中のあらゆる関係が狂ってしまい、現在に至る。
保守はこのGHQの悪道を非難するが、以後70年間日本の報道、教育機関、
進歩的文化人、政治家の頭は正常化できていない。さらに、後、GHQの庇
護のもと、在日朝鮮人によって日本人の莫大な不動 産などが盗まれた。
その結果、日本の政治家も買収された。巨大な富を産 むパチンコ業界は
政治家、警察などを牛耳るが、誰も手をつけられない。統一教会も、同様
に日本を内部から崩壊してきた。明らかに親韓・親中の 報道機関、そし
て外務省も?
以下、1910年「日韓併合時、日本政府から朝鮮総督府に送られた注意事
項」現在では、こんな事を言うと、たちまち「差別だ」と非難され、暗殺
され るかも。政治家は清き一票を失う。(先日の参院選で小野田紀美氏
が、公 明党に媚びせず、侮辱し、しかも圧勝した。これは自民党にとっ
ては霹靂 の大事件であり、やっと公明党・創価学会からの隷属的束縛か
ら逃れられ ると期待される。勇気があるのは女、それもハーフ。日本男
児はみんな去 勢済みらしい。)

一、朝鮮人は対等の関係を結ぶという概念がないので、常に我々が優越す
る立場であることを認識させるよう心がけること。

一、朝鮮人には絶対に謝罪してはいけない。勝利と誤認し居丈高になる気
質があり、後日に至るまで金品を強請さるの他、惨禍を招く原因となる。

一、朝鮮人は恩義に感じるということがないため、恩は掛け捨てと思い情
を移さぬこと。
??一、朝鮮人は裕福温厚なる態度を示してはならない。与し易しと思い
強盗詐欺を企てる習癖がある。

一、朝鮮人は所有の概念について著しく無知であり理解せず、金品等他者
の私物を無断借用し返却せざること多し。殊に日本人を相手とせる窃盗を
英雄的行為と考える向きあり、重々注意せよ。

一、朝鮮人は虚言を弄する習癖があるので絶対に信用せぬこと。公に証言
させる場合は必ず証拠を提示させること。

一、朝鮮人と商取引を行う際には正当なる取引はまず成立せぬことを覚悟
すべし。

一、朝鮮人は盗癖があるので金品貴重品は決して管理させてはいけない。

一、朝鮮人には日常的に叱責し決して賞賛せぬこと。

一、朝鮮人を叱責する際は証拠を提示し、怒声大音声をもって喝破せよ。

一、朝鮮人は正当なる措置であっても利害を損ねた場合、恨みに思い後日
徒党を組み復讐争議する習癖があるので、最寄の官公署特に警察司法との
密接なる関係を示し威嚇すること。

一、朝鮮人とは会見する場合相手方より大人数で臨む事。

一、朝鮮人との争議に際しては弁護士等権威ある称号を詐称せる者を同道
せる場合がある。権威称号を称する同道者については関係各所への身元照
会を徹底すべし。

一、朝鮮人は不当争議に屈せぬ場合、しばしば類縁にまで暴行を働くので
関係する折には親類知人に至るまで注意を徹底させること。特に婦女子の
身辺貞操には注意せよ。

一、朝鮮人の差別、歴史認識等の暴言に決して怯まぬこと。証拠を挙げ大
音声で論破し、沈黙せしめよ。

一、朝鮮人との係争中は戸締りを厳重にすべし。仲間を語らい暴行殺害を
企てている場合が大半であるので、呼出には決して応じてはならない。
(在米のKM生)

━━━━━━━
重 要 情 報
━━━━━━━

◎これは投稿と言うよりも「感想」です。:前田正晶

北村維康氏は「現在生きてゐる私達日本国民は、その殆どが、学校で習っ
たのは「今の 日本国憲法は『平和憲法』といふものであり」と言われて
いましたが、私にはサッパリそういうことを学校で教えれた記憶はないの
です。

この新憲法は1946年(昭和21年)に公布され、1947年(昭和22年)に施行
されたのです。私は1946年には旧制の中学校の2年生でした。それ以降、
新制高校になっても大学ででも、そのような教え方をされたことがなかっ
た気がしています。あるいは、当時の湘南中学ではそういう教え方をしな
かったのかも知れません。また、当時は朝日新聞こそが新聞だったので、
朝日がそういう記事を載せていたかも知れませんが、覚えがないのです。



◎カタカナ語排斥論者は諦めの境地に到達した:前田正晶

お気付きの方がおられれば幸甚だが、昨日からアメリカのNancy Pelosi
下院議長の台湾訪問について述べた際に、Pelosiという名字(英語では
last nameだが)を英語そのままの形で表記してきた。その理由はといえ
ば「我が国のNHKも含めた報道機関が全て本来の英語というかアメリカで
の発音を無視したのか、あるいは知っていても知らぬ振りをして『ペロ
シ』としたのが気に入らなかったから」なのである。

また、カタカナ語排斥論者の戯言かなどと思わないで頂きたい。見出し
で「諦めの境地」としてあるのだ。更に上記では「NHKも含めた云々」と
したのは、NHKだけが大谷翔平君をとうとうトレードに出さなかった球団
名“Angels”を、アメリカ式に近い「エンジェルス」として良識?を示して
いたので、まさか「ペロシ」と表記するとは思ってもいなかったからだ。
正確には「エインジェルス」なのだ、念の為。私は「ペロシ」とは、他で
もないローマ字読みであると考えている。

今回哀しいことに、今頃になって漸く悟ったことがあった。それは「今
回のPelosiにせよ、去りし東京オリンピックのゴルフで優勝したKorda,
Nellyも、Los Angelsも、スイスの時計Rolexも、全て日本語化されてい
て、元の原語の発音などとは無関係な日本語なのだ」と理解するに至った
のである。日本語になってしまった言葉であれば「無駄な抵抗は無用だ」
と悟ったのである。

即ち、英語版のWikipediaでは発音記号まで表示されて「ペロウシ」と
なっていようと何だろうと、ローマ字読み乃至は何処かの通信社の記事に
無定見に従っているだけだろうということ。英語とは無関係の日本語にし
てしまっているのだ。日本語に逆らおうなどという大それた事は考えてい
ない。Kordaさんについては、当時しつこいほど「おかしい」と指摘した
ことで「コルダ」ではなく「コーダ」がアメリカでの発音なのである。

Rolexの「ロレックス」も今や我が国では通用する一般的な名称になっ
ている。だが、銀座の時計店「EVANC」の大貫氏は「80歳台の方はロー
レックスなのだ」と指摘しているが、1970年にRolexを買った現在89歳の
私には「ローレックス」以外の発音はあり得ないのだ。理論を言えば「ア
クセントは終わりから2番目の母音に来る」のが常識であるから「ロレッ
クス」などあり得ないのだ。

また、カリフォルニア州に「ロサンゼルス」なんていう都市はないが
「ロスアンジェリーズ」ならある。カタカナ語製造業者は“general”も
「ゼネラル」という日本語の表記にしてしまった。この辺りにローマ字の
限界のようなものが見えてくるのだ。六本木の交差点の上の高速道路に
「ROPPONGI」と表示されている。それを読んだアメリカ人たちは一様に
「ロッパンジ」か「ラッパンジ」としか発音しないのだ。

敢えて再度お断りしておくと、今回は、私は最早カタカナ語批判を展開
しているつもりはないのである。それよりも、寧ろ諦めの心境にあって
「どうぞ、お好きなようにローマ字読みするか、“r”をコーダさんの場合
のように「コルダ」とされたら如何と考えているのだ。そこにあるのは
「何処かの何方かが恣意的に日本語とした名字や地名や英単語の日本語化
された形があると考えるべきだ」と認識したことである。言うなればカタ
カナ語排斥論者は「ギブアップ」の心境である。

先人は「のろまの知恵は後からやってくる」と喝破しておられたが、将
にその通りかと思っている今日この頃である。


━━━━━━━
身 辺 雑 記
━━━━━━━
6日の東京湾岸は曇り。

渡部亮次郎わたなべりょうじろう86歳。

元NHK政治部記者。当時「文芸春秋」に「赤坂太郎」で
政治評論を書いた。1字10円だった。

仙台、盛岡局勤務の後、東京の政治部へ。河野一郎を
担当。河野先生は酒 を一滴も飲めなかった。毎夜、赤坂の料亭に立ち
寄っていたが、お膳を前にお茶を飲んでいたとは。呑み助の私には想像も
できない。
外務大臣秘書官。その後、社団法人の理事長を18年間。
現在は年金生活者。メルマガ「頂門の一針」主宰者。
 
秋田県生まれ1936年1月13日。どこといって故障個所は無いから100位まで
は生きるだろう。このメルマガの届かなくなった日が私の死亡日です。

兄は81で、姉は91で死んだ。遺伝の話をすれば、 父親は60代に死んだが
母親は98まで生きた。

渡部 亮次郎
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