2022年08月27日

わたなべ りやうじらう のメイル・マガジン

わたなべ りやうじらう のメイル・マガジン
               頂門の一針 6242号
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   2022(令和4年)年 8月27日(土)


        最高指揮官が持つべき敬意:阿比留瑠比

       はるかな「麦の記憶」(1/2):馬場伯明

          朝日新聞の宗教弾圧=F花田紀凱
             
        ロシア新興財閥の豪華ヨット:宮崎正弘 
                 



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最高指揮官が持つべき敬意
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       【阿比留瑠比の極言御免】 

 防衛大学校を舞台に若者の成長と青春を描いた漫画『あおざくら』4
巻の巻末に、防大1期生だった歴史学者の平間洋一・元防大教授のインタ
ビュー記事が掲載されている。その中で平間氏が卒業間近の昭和32年2月
に、防大の創設者である吉田茂元首相邸を訪ねた際の話が紹介されている。

 吉田氏は2時間ほど話し、大阪ずしをふるまった後の平間氏らの帰り
際、おもむろに語ったという。

 「君たちは自衛官在職中決して国民から感謝されたり、歓迎されること
もなく自衛隊を終わるかもしれない。きっと非難とか誹謗(ひぼう)ばかり
の一生かもしれない。ご苦労なことだと思う。しかし、自衛隊が国民から
歓迎され、ちやほやされる事態とは、外国から攻撃されて国家存亡の時と
か、災害派遣の時とか、国民が困窮し国家が混乱に直面している時だけな
のだ。言葉を変えれば、君たちが日陰者ある時の方が、国民や日本は幸せ
なのだ。国家のために忍び堪えてもらいたい」

 長々と引用したのは、今まさに自衛隊が国民から感謝され、歓迎される
事態が、もう目の前に来ていると思うからである。

[ハード整備だけでは]

 時代は確実に変わった。岸田文雄首相が10日に発足した第2次改造内閣
について「有事に対応する『政策断行内閣』」と呼んだように、国際情勢
はいつ有事を招くか分からない。自衛隊ばかりに耐え忍ぶことを強いる局
面は既に過ぎた。

 現在、防衛予算がどの程度増額されるかが注目されている。全く足りな
い武器・弾薬の補充や老朽化した隊舎、施設の整備も当然必要だが、それ
だけでは不十分だろう。自衛隊を政治の道具扱いせず、もっと誇りと名誉
を与えるべきではないかと考えてきた。

 そんな折、昨年3月まで防大校長だった国分良成氏が今月刊行した著書
『防衛大学校 知られざる学び舎の実像』を読んだところ、卒業生の帽子
投げで知られる防大卒業式の興味深いエピソードが記されていた。

 それによると、小泉純一郎首相より前は、目の前で帽子投げは失礼だと
いうことで帽子投げの前に首相は帰路につくため、その後の自衛官任命・
宣誓式には出席していなかった。

 ところが小泉氏が任命・宣誓式にも参列したいとの意向を示したこと
で、首相の拘束時間を短くするよう学生たちは卒業式後、学生服のまま任
命・宣誓式に臨むことになった。帽子投げは首相退席後に行った。

 小泉政権後もこの方式での卒業式、任命・宣誓式が続いたが、この手順
に不満を持つ学生も多かった。学生服のまま任命・宣誓式を行うことが、
卒業式の美学に反するからである。

[安倍氏の即決]

 そこで国分氏が安倍晋三政権になって安倍首相に直接、改善を要請し
た。卒業式後に学生たちが帽子投げをし、いったん学生舎に戻って新装の
自衛官服に着替えてから会場で整列する。

 この本来のやり方に立ち返ることである。首相の拘束時間は30〜40分長
くなるが、安倍氏は即決した。

 「それで結構です。自衛隊最高司令官として最後までいます。帽子投げ
も壇上で見たい」

 国分氏は著書に「小さな変化かもしれないが、一生を国家・国民に捧
(ささ)げる覚悟を決めた若き自衛官の大事な門出、彼らにとっては一生の
重みをもつに違いない」と書いている。

 最高指揮官には、こうした自衛官への敬意が必要なのだと改めて感じ
た。それと同時に、自衛隊の憲法明記もあだやおろそかにしてはならない。

(産経新聞論説委員兼政治部編集委員)


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
  松本市 久保田 康文 

産経新聞令和4年8月25日採録
      

            
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はるかな「麦の記憶」(1/2)
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            馬場伯明

「のりあき、ほりゃ、米んめしば、よんにゅ、食(く)て行かんね(伯
明、さあ、米のご飯をたくさん食べて行きなさい)」と母はその朝白米
100%のご飯で茶碗を山盛りにした。私は生のエタリイワシとタクアンと
みそ汁でご飯を2杯食い浜の「板引」停留所へ駆け下り県営バスに乗りこ
んだ。

63年前、長崎県中学校体育連盟卓球大会が大村市で開催され、地区・郡大
会を勝ち抜き南高来郡(島原半島)代表として県大会へ出場した。中学2
年生の夏。大村市内の中学校で練習した後旅館に宿泊。翌日朝から試合だ。

「じぇったい、がまだすど(絶対、がんばるぞ)」と私は気合を入れた。
郡市代表16チーム、選手3人の学校対抗団体戦。1回戦で五島の学校に快
勝。2回戦で諫早市の学校に負けた(私は1、2回戦とも勝ったが)。

前振りが長くなった。県卓球大会特別な日だった。水田が少ない南串山村
では普段に白米100%のご飯を食べる家は多くはない。白米に麦(大麦)
や芋(サツマイモ)を混ぜていた。一方(「ハレ」の)正月7日は七草ず
うし(雑炊)15日はご飯に餅を炊き込んだカエバシラを食べた。しかし今
では、すべて遠くはるかな記憶になってしまった。

「麦の記憶-民俗学のまなざしから」という本を読んだ。著者は野本寛一
氏、民俗学者で1937年静岡県生まれ、近畿大学名誉教授等。瑞宝重光章、
文化功労者)、350頁、3,000円+税、七月社2022.6.23の発売である。

《(麦は)多様な農耕環境の中で「裏作」に組み込まれ、米を主役とする
日本人の食生活を陰ながら支えてきた。現在では失われた多岐に及ぶ栽
培・加工方法、豊かな食法、麦の民俗を、著者は、長年のフィールドワー
クによって蘇らせる》

《多くの穀物の中で口に入るまでにかけなければならない労力の多さは、
何と言っても大麦(皮麦)が一番である。多くの手間と時間をかけてやっ
と食べることができるのだ。そうした苦労に支えられて命をつないできた
麦のことを忘れるわけにはゆかないのである麦とともにあった心を失って
はならないのだ(「序章麦に寄せて」より)(帯)

私は1944(昭和19)年の生まれ。教師の父は身体が丈夫ではなく農作業は
しなかった。それで、小学校低学年から高校卒業まで、頑健な母とともに
農作業に従事し、農作業の技能を身に着けた。姉と妹は農作業の働き手と
しては劣る。畑8反と水田1反5畝の小規模営農だったが農作業の中身は大
規模専業農家と同じである。米、イモ(サツマイモ)、ジャガイモ、タマ
ネギ、蕎麦、野菜などを栽培した。そして麦(大麦)や小麦も。作業負荷
が大きいイモの畝上げ、イモ掘り、麦の収穫、水田の作業や餅つきのとき
など、繁忙期には労働地代契約の農家から労務提供を得ていた。

断っておくが、私は、民俗学の専門家ではなく長年製造業に勤務してきた
企業人である。幼い頃から農作業をやっていたことを特別に自慢して書い
ているのではない。当時、大規模専業農家の子供らは全員、自家のために
当然のこととして、私よりずっと働いていた。

本書は日経新聞(2022.7.30)の神崎宣武さんの書評に触発され購入し
た。神崎さんは、1944年岡山県生まれ、武蔵野美大と国学院大卒。日本の
民俗学者であり、岡山県宇佐八幡宮司でもある。

同業分野(民俗学)の先輩学者をうまく立てて紹介している。
「ページを開いたところで脱帽である。『昭和18年に静岡県榛原郡菅山村
立国民学校に入学した』とある。戦時中に幼少期を過ごし、終戦後に青年
期を過ごす、そのこと自体がすでに稀少(きしょう)な体験である。麦の
記憶とは、著者自身の体験と重なる(「書評」より)」と。

だが、読めば、著者(野本さん)自身の「『麦の記憶』の(実)体験」は
実際にはずいぶん稀少(!)である。体験と研究は大して重なっていな
い。野本さんは「私には僅かな麦の記憶があるだけなのだが(22p)」と
わざわざ「僅かな」と書いている(謙遜ではなく真実だと思う:馬場)。
戦中戦後を野本さんが過ごしたことと「麦の記憶」の夥多・稀少とは無関
係である。

「(野本さんは)自分の記憶に頼るだけではない」と神崎宣武さんは書い
ているけれども、頼るべき(体験と)記憶が僅かなのだ。年長者だから尊
いのではない。神崎さんは野本さんに脱帽する必要はない。

野本さんの幼少年期の「『麦の記憶』と体験」を本書から抜粋してみる。
(1)黒穂病の麦の茎を折った。(2)麦踏みをした。(3)母が麦稈(む
ぎから)の捩(ねじ)り籠を編んでくれた(自分では編んでいない)。
(4)農具の「ジョレン(鋤簾)」と「オニバ(鬼歯)」が印象に残る
(自分では作業していない)。(5)麦飯を食べていた。・・・原「体
験」は多くはない。

当時の農家の男の子供たちは農作業を手伝いよく働いた。私もそうだ。と
ころが、野本さんは小学校から中学卒業まで農家で過ごしたにもかかわら
ず、農作業をあまりしていない(本書には書いていない)。なぜ「僅かな
麦の記憶があるだけ」なのか、素朴な疑問が残る。

「私の父は昭和13年、日中戦争で戦死していた。それは、私が満1歳にも
ならない時だった」。「家は、祖父は没し、父は戦死、伯父は南方に出征
中、家を取り仕切っていたのは祖母の千代(明治26年生まれ)だった」。
(「兵士たちの子守唄」2019野本寛一)。

男の働き手がいない(?)菅山村の農家の野本さん一家は、祖母の千代さ
んが取り仕切っていたとあるが、麦の他にどんな営農と生活をしていたの
か、わからない。だが、それを探しても無意味である。やめよう。

野本さんの真骨頂は大学へ進んだあとからである。神崎さんが書いている
ように主たる業績は20歳過ぎた後の研究活動である。具体的な「麦の記
憶」の聞き取りを含めたフィールドワークの「成果」が着実に積みあがっ
ていく。

(野本さんは)「各地の方々から多様な(苦渋の)体験と伝承を聞いてき
た(22p)」と書いている。野本さんは、大学時代民俗学に関心を持ち、
卒業後は高校教師と兼業で研究に従事し、さらに大学の専任の研究者とし
て、すぐれたフィールドワーク手法を確立し、全国の地域の多くの人から
丁寧な聞き取りを行なった。その集大成が350頁の本書「麦の記憶」に詰
まっている。

この後は、はるかな「麦の記憶」(その2)に続くがその前に、野本さん
が戦死した亡父について書いた文章の一部を抄録し転載する(「兵士たち
の子守唄」2019野本寛一)

抄録《平成29年に103歳で死去した母の遺品の中に、父の小さな手帳があ
り、子守歌の歌詞のメモが書きつけてあった。夫を戦地に送り、幼子を守
り育てる母の立場で作詞されたものだ。6番まであった》。
《これを読んだ時、異国の戦地で母国に残してきた幼いわが子を思う若い
兵士(父)の心が胸に迫った。80歳を超えた身に全く記憶のない父の思い
が深々と沁みた》。

ねんねんころりよ ねんねしな 
坊やの父さん国のため遠く戦に行きました
ねんねんころりよ ねんねしな 
戦闘済んで草に寝て 夢に坊やを見るでせう

ねんねんころりよ ねんねしな 
坊やの父さん強いから きっと凱旋なさるでせう
ねんねんころりよ ねんねしな 
父さん土産は何かしら 小さい喇叭か鉄兜
ねんねんころりよ ねんねしな 
もしも戦死なされたら いえいえそんな事はない
ねんねんころりよ ねんねしな 
勝って帰った父さんは 大きくなったと言はれませう

当時の「日の丸子守唄」と比べても明らかに違う。異国の戦地でひそかに
歌われた(らしい)この唄(歌詞)は一体誰が作ったのだろう。

私は、森山良子の「愛する人に歌わせないで(1968)」の歌詞と曲を思い
だした。この歌が「父の手帳:兵士たちの子守唄」の良質な(!)エピ
ゴーネン(模倣)に思えてきた。

もう泣かないで坊や あなたは強い子でしょう
もう泣かないで坊や ママはそばにいるの
あなたのパパは強かった とてもやさしかった
だけど今は遠い 遠いところにいるの (中略)
戦いに行くその日まで きっと無事で帰ると
かたい約束をして 出掛けて行ったのに(中略)
あなたのパパは坊や ここに帰らないの
あなたが大きくなったら 愛する人に二度と
歌わせないで頂戴 ママの子守唄を
(2022.8.23 千葉市在住)

 
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朝日新聞の宗教弾圧
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    【花田紀凱 天下の暴論プラス】


 朝日新聞は旧統一教会(現世界平和統一家族連合)をあたかも「指定暴
力団」とでもいうように扱っている。

 文部科学省から認められたれっきとした宗教団体ではないか。信教の自
由をどう考えているのか。

 もう朝日新聞のことを書くのはうんざりなのだが、これは書いておかね
ばなるまい。

8月20日、朝日新聞の1面トップ、白ヌキの大見出しは、

 「教団支援 陣営『外では言うな』」

 「自民党前議員ら 旧統一教会との関係証言」

 何事かと思えば、〈2016年の参院選で「世界平和統一連合(旧統一
教会)の友好団体から支援を受けて当選した自民党の前参院議員、宮島喜
文氏(71)が朝日新聞の取材に応じ、その経緯や支援の実態を語った。〉

 宮島氏が前回参院選で旧統一教会関連団体の支援を受けて当選。今回は
断られ出馬を断念したという話は、他メディアも書き、既に知られている
話だ。

 旧統一教会が、ある候補者を支援する。ある候補者が旧統一教会の支援
を受ける。そのどこがいけないのか。何が問題なのか。

 選挙ともなれば各宗教団体は特定候補を推薦したり、支援したりする。
創価学会なんか、その典型ではないか。

 教会自体も朝日新聞の取材に対し、〈「宮島氏の政策が我々の理念と一
致したため、講演会を開催するなど選挙で応援したのは事実」〉とちゃん
と認めている。

 何の問題もない。

もう一度、朝日新聞に重ねて問うが、どこが問題なのか。

 2面を開くと、朝日新聞がこの件を1面トップに持ってきた理由を自
白≠オている。

 8段、約半ページの関連記事に、デカデカと白ヌキの大見出しが2本。

 「当選後に『研修』安倍氏の映像」

 「安倍氏『自分で頑張れないか』」

 「安倍氏」「安倍氏」と強調。要するに朝日新聞はこの件も「安倍案
件」と言いたいのだ。

 山上徹也容疑者(41)の銃撃によって殺された安倍晋三元総理を、何が何
でも英雄、受難者にしてはいけない、したくないという7月9日以来の一
貫した朝日新聞の報道の一環なのだ。

 事件翌朝、午前6時の朝日デジタル「森友・加計、桜・・・『負の遺
産』真相不明のまま安倍元首相が死亡」から始まって、グロテスクな朝日
川柳、国葬反対・・・。

 この1カ月余、社説で、天声人語で、社会面で、政治面で旧統一教会を
叩きまくり、安倍元総理は教会と関連があった。だからケシカランと書き
まくってきた。

朝日新聞はどれだけ安倍元総理を貶めれば気が済むのか。

 だいたい政治家もダラシない。旧統一教会系の会合に出て何が悪いの
か、統一教会の雑誌に登場して何が悪いのか、と反論すればいいのだ。

 7月29日の会見で福田達夫前総務会長が「何が問題か僕はよくわからな
い」と発言し、朝日新聞をはじめとするメディアの袋叩きにあった。

あの時福田氏は取り囲んだ記者たちに聞けばよかったのだ

 「何が悪いのですか、教えてください」と。

 現在、朝日新聞をはじめとする大新聞、テレビのワイドショー、週刊誌
が取り上げている旧統一教会批判はほとんどが、十数年前から20年以上前
の話。

 今回の一連の報道はメディアによる宗教弾圧≠サのものだ。

(月刊『Hanada』編集長)

出典:夕刊フジ2022年(令和4年)8月25日(24日発行)

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
   松本市 久保田 康文 

夕刊フジ令和4年8月25日採録
           


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 ロシア新興財閥の豪華ヨット
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☆◇◆◇◆☆◇◆◇◆☆◇◆☆◇◆◇☆◆◇◆☆◇◆◇☆◇◆◇
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「宮崎正弘の国際情勢解題」 
      令和四年(2022)8月24日(水曜日)
         通巻第7438号  
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ロシア新興財閥の豪華ヨット、欧州で初の競売
   世界からビリオネア30人が応札。ジブラルタルで
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 ジブラルタル海峡を扼するのは英国。スペインの南に位置し、この
チョークポイントを通過しないと地中海に出入りが出来ない。南北に五キ
ロ、東西は1・2キロの岩盤地区(町内会ていど)が英国領なのである。
ジブラルタルの南に浮かぶのが、スペイン領のセウタ島(免税特区)

 このジブラルタルで行われたオークションにロシア財閥が所有した豪華
ヨットが競売となり、世界のビリオネア30人が応札した。米・英、イタリ
ア、カナダなどから電話でなされるオークションは、買い主が誰かは明か
されない場合が多い。

 さて、この豪華ヨットは72・5メートル、五つのデッキ、プール。サウ
ナ、ジャグジー風呂にジムナジウム、船内には3dの映画劇場もあって、
これまでの持ち主はパンプヤンスキーである。彼はロシアのオルガルヒで
資産は20億ドル。妻と息子とともにジュネーブ に住んでいる。米国が制
裁した96人のロシア人リストに入っている。その うえEUが三月に追加
した146人のロシア国会議員と14人の財閥の制裁リ ストにも乗っている。
 制裁の結果、欧州において資金繰りが出来なくなっており、ヨット購入
などのローンとして、パンプヤンスキーが借りていた2000万ドル余が焦げ
付いた。そこでJPモルガン銀行は競売に踏み切ったというわけだ。

 パンプヤンスキー。はロシアOAO TMKの前会長。同社は4・5万人
の従業員がいてスティールパイプの製造で知られ、ロシア国内に28工場、
海外にも支店、工場がある。メインは石油、ガスのパイプラインでつかう
パイプ。世界最大級のロシア企業だ。

 ロシア制裁で最大の「被害者」はプーチンだろうが、ついで有名チーム
「チェルシー」のオーナーでもあったロマン・アブラモウィッツだろう。
西側の制裁を受けたため620億ドルを失ったとされる。ま、自業自得かも。
     □☆□☆み□☆☆□や☆□☆□ざ☆□☆□き  
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  樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム  
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樋泉克夫のコラム 【知道中国 2411回】     
習近平少年の読書遍歴・・・「あの世代」を育てた書籍(習77)
         ▽
 程志敏の提案を傍で聞いていた「反動的な技術『権威』」である船長は
飛び上がって驚き、「石頭沙では解放前も海難事故が数限りなく発生した
ではないか。夜間航行など滅相もない。不可能だ。航行は絶対にダメだ」
と言い張った。

 そこで程志敏はスックと立って、「石頭沙の夜間航行が難しいことは先
刻承知です。だが我々共産党人には、毛主席の支えがあります。これが難
しい、アレは出来ないなどと弱音は吐きません。たとえ刀の山であれ、猛
火の海であれ、飛び込んでみせる」と敢然と言い放つ。すると、その場に
居合わせた誰もが、「毛主席の教えに従って、みんなで力を合わせましょ
う」とばかりに程志敏の手を固く握るのであった。

 じつは程志敏は超人的な努力で最下級の船員から出発し、現在の地位を
築き上げたのだ。
 「旧社会で母と2人の兄弟は敵の醜い刀によって惨死させられた。共産
党、毛主席がプロレタリア革命を領導してくれたことで暗雲を払い明るい
太陽をみることが出来た。『毛主席がいなかったら、程志敏の今日はあり
えない』」と心の中で深く感謝しつつ、全員に航路環境を説明し任務遂行
を求める。かくて60人の乗組員の心は一つになった。航標五号は暴風雨の
中を現場目指し抜錨する。

 水路は狭く、浅瀬や岩礁が続く。風雨は増すばかり。
 甲板に立った「程志敏と同志たちは偉大なる領袖・毛主席の『我われと
全人民とが団結し共同して努力すれば、あらゆる困難を押しのけ勝利とい
う目的に到達できるのだ』との教えを心にシッカリと刻んだ」。天候はい
よいよ荒れ、航標五号の行く手を阻もうとする。

 その刹那、程志敏の脳裏に「偉大なる領袖の教え」が浮かぶ。「勇敢な
る戦闘精神を発揮せよ。犠牲を恐れるな。疲れを恐れず連続作戦の作風を
発揮せよ。短期間に休むことなく波状攻撃で戦い抜け」である。まるで数
世代昔の「スポ根」ならぬ「毛根(?!)」だ。
 やがて現場に到着。沈没寸前の船から乗組員を救助し、任務は完了し
た。そこで程志敏は「この軍隊は前例なき精神を秘めている。敵の一切を
圧倒し、断固として敵に屈服しないのだ」との『毛主席語録』の一節を声
高らかに読み上げる。こうして「キラキラと光り輝く金波銀波を蹴立て
て、程志敏と同志たちが操舵する航標五号は革命の航路を勇敢に前進す
る」のであった。

 『胸懐朝陽戦冰雹』は、1969年5月の上海郊外の曹行人民公社が舞台。
 激しい雹の被害を受けながらも、老人から幼児までもが毛沢東の「一に
苦しみに怯むことなく、二に死を恐れず」の教えに従い刻苦勉励の末に遂
に豊かな稔りを手に入れた物語。

『宋師傅学外語』はアフリカやラテンアメリカからやって来る賓客を前
に、流暢な英語で国際連帯を説く埠頭で働く老港湾労働者の涙ぐましい努
力を説く。
 建国前、貧しかった彼に教育を受ける機会は与えられなかった。新中国
で港湾労働者となった彼は、入港する外国船舶の船員と接する機会が多く
なった。だが外国語ができないことから、毛沢東の偉大な教えを伝えるこ
とができない。そこで一念発起である。超人的努力を重ね英語をマスター
し、海外からの友人を前に毛沢東思想の偉大さを語り尽くす。

 『優秀的共産党員 ──陳波』は、解放軍在籍10年間で13回も人命救助を
果たしながら、遂に犠牲になった陳波の一生を描く。
 彼の爺さんは、旧社会で地主のために一生を牛馬のようにこき使われ、
父親は日本鬼子(にほんへい)の漢奸(いぬ)に拉致され、惨めな体にさ
れてしまう。
 極貧家庭だから、彼は6歳で家を出て乞食となった。やがて毛沢東の手
で建国が果たされるや、彼も学校へ。最初に覚えた漢字が「毛主席万歳」
の5文字である。
やがて解放軍に入隊し、毛沢東思想を活学活用し、我を忘れて「為人民服
務」の日々を送った。
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  読者の声 どくしゃのこえ READERS‘OPINIONS 読
者之声
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(読者の声1)陽明学と、三島由紀夫氏、百田尚樹氏の関係。
 両者とも日本文化、歴史を深く知り愛する貴重な人物であったが、
「知っていても行動しなければ、無知と同様」であるという厳しい制約を
果たせなかった。すぐに諦めてしまう。最近の動画で(以下)百田氏は、
日本は3年で終わる、そんな日本を見るよりは、涙ながらに自死を選ぶ、
と。氏は今回の侵攻、侵略、占領は前回のGHQとは異なり、完璧な日本破
壊が予想されると承知の上での発言である。「全財産と命を懸けて」、日
本を守ろうという気持ちも勇気も計画も無い ようだ。氏の読者、視聴
者、支持者は多く、インフルエンサーとしてかな りの成果を生み出せる
と思われるが、その貴重な財産を今から行使しよう というつもりは無い
らしい。今、使わなければ、数年後に全ての「全財産と命」は奪われる、
と知って の発言である。江戸の末期、黒船の出現によって、日本国民は
正しく「国の存亡の危 機」にあると認識し、自発的に「全財産と命」を
賭けた多くの若者が試行 錯誤で、辛うじて独立を維持した。現在でも、
そんな男が人口の1割ぐら いはいるはずだと推測するが、彼らには指導
者による具体的な行動計画が 必要だ。歴史を地政学を知り、悍ましい未
来を予知できる有識者、論者、指導者 は直ぐに諦めて綺麗に「終わりの
美学」を実行されてはならない。
知識と能力を持つ者は自動的に責任・任務が課せられる。その意味で52
年前、三島氏は悪い前例を残された。
氏の影響力、財産、勇気、天才的頭脳を使えば、かなりの行動が可能であ
り、それを執拗に52年間、続けておられたら、今の日本はここまで劣化
していなかったのではないか。氏を慕う男が楯の会に入隊し、一千人、一
万人にもなったかも知れない。当時も今も、最大の敵は日本国内の売国
奴、敵の家来となった日本人指 導者どもであるという恐ろしい状況にあ
るそれは体内に棲む寄生虫、病原菌、癌、の様な厄介な、治療の困難な病
気 である。しかも愚かな寄生虫どもは、体内を食い荒らし、母体が死亡
する と同時に死ぬ、殺される、という未来を理解していない。米国にお
いても、同様な状況であり、長期的な緻密な計画とそれを継続 して実行
できる独裁政権は、脆弱な民主制度を内部から、無血の革命・占 領を進
め、その最終過程に来ていたが、トランプ氏が邪魔に入った。故安 倍氏
は、アジアの実態を説教し、唆したとも言われる。
https://www.youtube.com/watch?v=U5dmcmhkX9I
   (在米のKM生)

(宮崎正弘のコメント)歴史は類似パターンを繰り返してきました。最初
の文化侵略(仏教の伝来)に対して伝統保守、文化防衛の闘いとしたのが
物部守屋らでしたが、蘇我氏率いる渡来人集団に滅ぼされた。その蘇我一
族の横暴に立ち上がったのが乙巳の変。仏教伝来の538年から645年 ま
で、凡そ百年です。
天智天皇は白村江にやぶれたとは言え、太宰府に水城を、各地に防衛の城
塞を22ヶ所に築いた。
しかし天智亡き後の近江政権は親シナ派で占められ、この亡国政権を滅ぼ
したのが壬申の乱、天智天皇の実弟・天武天皇の詔は「まつりごとの要は
軍事にあり」でした。
遣隋使、遣唐使の開始から廃止まで298年、およそ三百年です。遣唐使
など無益につき中止を建言した菅原道真は、しかし親シナ派らの策謀と讒
言で左遷され、次にシナと戦うのが元寇、そして秀吉の朝鮮征伐、徳川の
キリスト教禁止です。江戸時代の鎖国が弐百年余。これにより日本文化の
粋が完成します。
ですから戦後77年など、まだまだ正気回復の途次と考えれば良いので
あって、いずれ正当な歴史感覚が恢復するでしょう。三島事件は「精神的
クーデター」でした。なお百田氏の名前は存じておりますが、著作を読ん
だことがないのでノーコメントです。 

   ♪
(読者の声2)現行日本国憲法護憲派の方と話す機会があり「第一条だけ
は死守する」とのことだった。第一条もGHQ関与だから英文条文の方を参
照してみる。
Article 1.The Emperor shall be the symbol of the State and of the
unity of the people, deriving his position from the will of the
people with whom resides sovereign power.
天皇を symbol 扱いし、the will of the peopleにより天皇を支配でき
る。当時連合国は昭和天皇処刑論だったのを、占領統治に利用するため
「天皇 処分は将来の日本国民の手に委ねる」とした経緯から、この条文
は「日本 国から日本人民共和国へ」至る道なのだ。改憲派にも第一条は
そのままが多く、自称保守のなかには、過去に「マッ カーサー神社」建
立を唱えたようなGHQ礼賛保守までいる。( TA生、川崎市 )

(読者の声3)NATO諸国のなかで軍事費を減らし続け陸海空軍とも稼働率
が大幅に低下したドイツ。なんとか飛べる機体をかき集めたのかアジア太
平洋地域での軍事演習「ラピッド・パシフィック2022」にはユーロファイ
ター・タイフーン6機、 A400M輸送機4機、A330多用途空中給油機3機を派
遣。1機は特別塗装で胴体にはドイツ旗、主翼には大きく左にオーストラ
リ ア、右に日本、小さくシンガポールと韓国の旗がえがかれる。西側の
結束 力を示す狙いなのだろうが韓国が火病を起こしそうな塗装でもある。
http://kaigainohannoublog.blog55.fc2.com/blog-entry-4298.html
https://trafficnews.jp/post/121472
 日本への飛来は9月28日から30日の予定。安倍元首相の国葬が27日なの
だがドイツからは誰が参加するのだろう。11月6日の観艦式にはロシアの
み招待せず。中国とは2019年の観艦式に相互参加。韓国は今回招待してい
るが来れば旭日旗に敬礼、来なければアメリカの顔を潰すいい踏み絵であ
る。防衛力強化まったなしを感じさせる出来事が続きます。(PB生、千葉)


(読者の声4)貴誌7437号で、『古事記』の話題が取り上げられまし た。
少し前にもご紹介しましたが、私は現存『古事記』の序文は後世の偽 作
であり、太安万侶は実在したが『古事記』編纂には関わっていない。ま
た、稗田阿礼と言う人物は実在しなかった。とした上で、原『古事記』の
完成は序文が記載するよりも100年近く前の舒明天皇の時代である痕跡 を
見つけた、と述べました。
『古事記』は推古天皇の記事で終わっていますが、よく読めば、次の舒明
天皇が、それとは言われずに読む人が読めば分かるように書かれていま
す。その痕跡を見出し、舒明天皇の在世中に完成していたと推定しました。
また神武天皇以前のことは神話であるとして、まともに取り上げられるこ
とは少ないですが、伊奘諾・伊奘冉両尊による?馭慮嶋上陸は、実際に
あった事件が、神話的な誇張や脚色が行われたもので、その場所は北部九
州から始まったことも見出し、現在掘り下げ中であります。この時代のこ
とは考古学的出土物はありますが、文字資料は極めて少なく、その少ない
文字資料を神話として切り捨ててしまえば、古代を探る手がかりも捨てる
ことになります。脚色などを取り除き、その芯になる出来事を見出して、
我が国の古代の実 相に迫るのが古代を探求する難しさであると同時に意
味あることでもある と考えております。よろしければ、お時間があると
きにお訪ねください。
https://yamataikoku.exblog.jp/
『古事記』序文の検証は下記から
https://yamataikoku.exblog.jp/28824954/
『古事記』完成時期の結論をお急ぎの場合は下記へ
https://yamataikoku.exblog.jp/28878773/
伊奘諾・伊奘冉両尊による国生みは下記からです
https://yamataikoku.exblog.jp/29049295/(高柴昭)



━━━━━━━
重 要 情 報
━━━━━━━
◎22年7月の新宿区の人口ー新型コロナウイルス感染者の累計は79,940人で
日本全体の0.04%だった:前田正晶


第7波による感染者の増加傾向は一向に沈静化する気配が見えないので、
今回は先ず新宿区の感染者の累計がどのようになっているかを見ることに
した。上記の比率は8月24日の時点でのものである。この日までの我が国
全体の累計の感染者数は17,798,021人で、世界全体の597,740,914人に占
める比率は2.9%となっていた。更に新宿区が東京都の2,911,812人に対す
る割合は3.27%となっていた。

因みに、世界の第1位はアメリカの93,755,395人の15.7%で、以下イン
ド、フランス、ブラジル、ドイツと続いていた。我が国はつい先頃までは
トップ10入りは出来ていなかったが、第7波の急激な感染者の増加で不名
誉な?上位10ヶ国に名を連ねるに至った。

22年7月の新宿区の人口は345,858人と対前月比で249人の増加となって
いた。日本人は459人の減少で307,236人となった。外国人は708人の増加
で38,622人となっていた。この増加現象で外国人が区全体の人口に占める
比率は11.16%と前月の10.76%から上昇であり、5月の9.7%より1.5%ほ
どの増加となっていた。ということは、彼らの増加傾向が続いているので
ある。

大久保通りを山手線の内側と外側を歩いた限りでは、外国人が昨年辺
りよりも増えたとは感じられない。だが、確かに数多ある日本語学校に出
入りする若者の数には明らかに増加している。彼らは新たに入国したのだ
ろうか、それとも他の区または都外から移住してきたのだろうか。私には
不思議な増加傾向のように思えてならない。

大久保通りの山手線内側のKoreatownの老若女による賑わいは衰えるこ
とを知らない模様だ。夏休みとあっては一段と活況を呈している。彼らは
連日の猛暑にもめげずに押し寄せている。韓国産の化粧品にあれほど人気
があるのでは、我が国の化粧品メーカーは彼女らの需要を標的にしていな
いのかと疑いたくもなる。

参考資料:新宿区広報 8月25日号



◎畏メル友TS氏からのコメント:前田正晶

カタカナ語排斥論者としては甚だ不本意ながら「コメント」などというカ
タカナ語を使いましたが、何となくこの方が据わりが良い感がしましたの
で、禁を破りました。

今朝ほど「現在の公職選挙法がある限り、無償で働いてくれる人たちを送
り込んでくれる彼らの存在が立候補者にとっては、何物にも代え難いほど
有り難いのだ。だから依存するので、それを止めようがない。」

と述べてありましたが、これについてSさんから下記のようなご意見があ
りましたので、紹介しようと引用します。

「その通り。それが本質なのだから、有償運動員を認めるか、宗旨宣明
をさせることにして、つまり、日当3万円で人集めをするか、無償なら、
所属する宗教団体名を、それぞれ、名札にして胸に付けることで、解決さ
せればよい。そんなに難しくはない。」

でした。如何にもSさんらしい尤なご指摘だと思います。私もこうあっ
て欲しいと考えましたが、矢張り公職選挙法の改正は必要ではないかと感
じました。だが、野党も含めて政党からは何故こういう声が大っぴらに上
がって来ないのでしょうか。


━━━━━━━
身 辺 雑 記
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27日の東京湾岸は曇り。

渡部亮次郎わたなべりょうじろう86歳。

元NHK政治部記者。当時「文芸春秋」に「赤坂太郎」で
政治評論を書いた。1字10円だった。

仙台、盛岡局勤務の後、東京の政治部へ。河野一郎を
担当。河野先生は酒 を一滴も飲めなかった。毎夜、赤坂の料亭に立ち
寄っていたが、お膳を前にお茶を飲んでいたとは。呑み助の私には想像も
できない。
外務大臣秘書官。その後、社団法人の理事長を18年間。
現在は年金生活者。メルマガ「頂門の一針」主宰者。
 
秋田県生まれ1936年1月13日。どこといって故障個所は無いから100位まで
は生きるだろう。このメルマガの届かなくなった日が私の死亡日です。

兄は81で、姉は91で死んだ。遺伝の話をすれば、 父親は60代に死んだが
母親は98まで生きた。

渡部 亮次郎

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渡部 亮次郎
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