頂門の一針 6251号
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2022(令和4年)年 9月5日(月)
稲盛さんと韓国のこと:黒田勝弘
津村節子の「紅梅」:馬場伯明
英語談義の効用:九州男
コソボでまた悶着が起こりそうな気配:宮崎正弘
重 要 情 報
身 辺 雑 記
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頂門の一針(まぐまぐ)
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稲盛さんと韓国のこと
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黒田勝弘
【ソウルからヨボセヨ】
京セラの稲盛和夫さんが亡くなられた。彼はその経営手腕や著書などを
通じ韓国でも広く知られていたので、訃報は大きく報じられた。と同時に
韓国では故人の韓国とのことさらの縁も強調されていた。ほとんどのメ
ディアが見出しで経営の神様≠ニ称賛するとともに「禹長春(ウ・ジャ
ンチュン)博士の娘婿」と伝えていた。
つまり稲盛さんの夫人が韓国の著名な農学者、禹長春
(1898〜1959年)の娘だったということなのだが、韓国メディア
の関心はそこまでだった。それ以上の縁≠ヘ稲盛さんとは直接関係ない
ことなのでそれでもいいのだが、韓国メディアに代わって歴史をひもとけ
ば禹長春には以下のような背景がある。
彼は日本生まれで母は日本人、父は韓国人の禹範善(ボムソン)という日
韓混血だった。戦前、東京帝大を出て戦後、韓国に帰国≠オ、種無しス
イカの開発で知られた。父は日韓近代史の重大事件である閔(ミン)妃暗
殺事件(1895年)の際、日本人とともに王宮襲撃に加わり、事件後、
日本に亡命した当時の韓国の改革派軍人だった。後に広島の女性と結婚し
禹長春が生まれた。
しかし禹範善は韓国では忘れられた人物になっている。王妃殺害に韓国人
も加わっていたというのは困るのだ。日本にとっては今なお尾を引く痛
恨の歴史≠セが、裏面にはそんな人物もいたのだ。
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松本市 久保田 康文
産経新聞令和4年9月3日採録
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添付ファイル:
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津村節子の「紅梅」
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馬場伯明
2011/9/18の朝日新聞の2面に4段抜きの文藝春秋社発行図書の宣伝があ
り、左端に「紅梅」(津村節子・2011/7/31発行・単行本)が載っていた。
《吉村昭との最期の日々》《1年半にわたる「夫」の闘病と死を、妻と作家両
方の目から見つめて描いた渾身の衝撃作》《4刷8万部》とある。
夫妻の小説の大半を読んでいるわけではない。が、2006/7/31に亡くなっ
た吉村昭(79)の死が「特異な自死」だったと知っていたので、少し前に
本書を読んでいた。新聞の書評やWEBサイトなどへの書き込みも多い。
《「闘病記を超えて 内省的告白の書」(朝日新聞2011/8/7逢坂剛)》
《「夫・吉村昭を追悼した私小説」(日経新聞2011/8/21桶谷秀昭)》《「紅
梅は、長い本ではないが私が感銘を受けた一冊」(Dr.Osamuraの病理学
“NEWPATH”長村義之の病理がわかるWEBサイト2011/8/20)》等。
この小説についての私の関心事と感想を述べる。
この小説は、夫(吉村昭)の闘病記であり、妻であり作家の育子(津村節
子)と家族らの看病記である。その記述内容はほとんど事実と思われ、稀
有な私小説となっている。
登場人物が実名ではなく三人称で書かれたことにより、2人の作家(夫
婦)の挙動がかろうじて客観化される「小説(fiction)」となった。実
名であったら赤裸々なドキュメンタリーとなり、ときどきの感情表現にお
いてもさらに修羅場の連続となったであろう。
しかし、事実であっても、むしろ、これは小説(fiction)であると思い
たい。例えば、《「いい死に方はないかな」と夫がふっと言った。80頁》。
舌癌から転移した癌の膵臓を全摘出した。でも他人には伏せたい。病状の
秘匿を妻らに強く指示する。凄い執念である。育子らは、すべて夫の意思
に盲従するしかない。
点滴の管のつなぎ目をはずし胸のカテーテルポートをひきむしり、「も
う、死ぬ」と。信じられないほどの覚悟の自死である。《看護師に、育子
は「もういいです」、娘も泣きながら「お母さん、もういいよね」と言っ
た。168頁》。
吉村明・津村節子夫妻はともに日本の著名な作家である。夫が真摯な人柄
だったからにもよるかもしれないが、超一流の大学医学部や医科大学の最
高の医師(教授等)たちが、揃って快く引き受け、精一杯治療に尽くして
くださった様子が克明に記述されている。
《有本教授が往診に井の頭まで来てくれた。158頁》
教授の往診に、クリニックの院長が大層驚くシーンがある。医師と患者の
関係を越えた感情の交流が見える。
《「もしご主人が夜中に息を引き取られても、そのままどこにも報らせる
必要はありません。朝になってから連絡して下さればよろしいです。クリ
ニックの院長が、死亡診断書を書いてくれます」育子達は、呆然と教授の
顔を見た。159頁》
それぞれの医師の必死の治療とともにあたたかい配慮の心情が伝わってく
る。それでも人間は死ぬ。人間の運命にはどうしようもないことがある。
迫る夫の死は人間の必然である。夫の闘病期間中に4人の知人が死去した。
《「丹生(丹羽文雄)氏の死の報は、二人に衝撃を与えた。34頁」「佐渡
の歴史家、磯村氏の訃報がはいった。前立腺癌。57頁」「実家の姉の夫が
死去。112頁」、「演劇評論家が食道癌で死去した。121頁」》
サブリミナル効果ではないが、ある種の暗示が読者の潜在意識に沁み入
る。また、25年前の弟の隆司(実名:隆)の悪性の肺癌死も深いところで
夫の寿命の伏線となっている。
本稿の理解を深めるために本書の肩書等から登場人物(仮名)の実名を推
定してみた。大学附属病院のホームページや他の書籍など公表資料等によ
る。大学や本人への取材はしていない(失礼になるので)。
「紅梅」の登場人物(仮名)の表記には特徴がある。主人公の作者自身
(津村節子)には姓がなく「育子」、夫(吉村昭)は単に「夫」という呼
称だ。他の人物も姓のみで名がない。「岡アナベルさくら」は例外である。
子供も、息子(梓)・娘(千春)で、姓がない。姓の頭の1字に本名の頭
の1字を用いている。例:有本(仮名):有井(実名)や石山:石井とい
う具合である。
闘病・看病がなされた2005/1/1〜2006/7/31の頃の本書の《【仮名(肩書
等)初出の頁】:実名(肩書き等)》を、長くなるが列記する。
【育子(作家)3頁】:津村節子(作家)。【夫(作家)3頁】:吉村昭
(作家)。【若狭の著名な作家】5頁:水上勉(作家)
【丹生(著名な作家)】21頁:丹羽文雄(三重県出身・作家)
【先輩作家(徳島県の文学館長)】30頁:瀬戸内寂聴(女流作家・出家)
【地元作家(八幡製鉄所社内報を編集)】78頁:佐木隆三(作家)
【広山(私立医科大学付属病院放射線科教授)16頁】:広川裕(順天堂大
学医学部附属順天堂医院放射線科教授)
【酒田(お茶の水の私立医科大学医史学研究室・教授)12頁】:酒井シヅ
(順天堂大学医史学教授)
【石山(国立大学附属病院の歯周病科石山教授)12頁】:石川烈(東京医
科歯科大学大学院歯学総合研究科歯周病学分野教授)
【小宮(国立大学附属病院口腔外科教授)12頁】:小村健(東京医科歯科
大学附属病院口腔外科教授)
【女医(国立大学附属病院口腔外科・医師)15頁】:小林千尋(東京医科
歯科大学大学院医歯学総合研究科助教授(口腔機能再構築学系摂食機能保
存学講座歯髄生物学分野)。助教授:今は准教授。
【渋川(国立大学附属病院・放射線科教授)16頁】:渋谷均(東京医科歯
科大学附属病院放射線治療科教授)
【岸田(国立大学附属病院頭頚部外科教授)59頁】:岸本誠司(東京医科
歯科大学大学院頭頚部外科教授)
【有本(国立大学附属病院 胆肝膵外科教授)63頁】:有井滋樹(東京医
科歯科大学大学院分子外科治療学分野胆肝膵外科教授)
【石井(三鷹の私立大学附属病院の糖尿病の専門の石井教授)83頁】:石
田均(杏林大学附属病院糖尿病代謝内科教授)
【岡アナベル・さくら(三鷹市の私立大学附属病院 ハーバード大学から
招聘した日系二世の医学博士、岡アナベル・さくら教授)91頁】:岡田ア
ナベル・あやめ(杏林大学附属病院眼科教授)
以下は、特定できなかった。ご教示くださればありがたい。【加藤(私立
医科大学付属病院教授):12頁】。【近野(心臓外科医)63頁】、【桶谷
(国立大学附属病院胆肝膵外科医師)138頁】、【瀬川(瀬川免疫治療ク
リニック)119頁】、【みどりクリニック(地元の医院)143頁】など。
壮絶な闘病と死去、そして、妻子による看病の詳細な記録(事実)につい
ては本書「紅梅」を読んでいただきたい。
詳しく読んだ上で、私は、「本書」で表現された育子の結末の認識に対し
ては違和感があり、異議を申しあげたい。
《本当に、小説を書く女なんて、最低だ、と育子は思った。163頁》
《夫(吉村昭)のベッドは頭を南向きに据えてあった。(背中・・を)育
子がさすっている間に少しずつ駆を動かして、・・・完全に頭が北になる
ように躯を半回転させた(169頁)》。
《育子が夫の背中をさすっている時に、残る力をしぼって軀を半回転させ
たのは、育子を拒否したのだ、と思う。情の薄い妻に絶望して死んだので
ある。育子はこの責めを、死ぬまで背負ってゆくのだ。170頁》
西行が「願わくば花の下にて・・」と詠んだ如月の頃ではなかったが、私
が推察するに、夫(吉村昭)は「頭北面西(づほくめんさい)」を実行し
たのである。
釈迦は入滅の時北の方角へ頭を置き横臥したという故事の風景が、彼
(夫)の朦朧とした意識の片隅をよぎったのではないか。無宗教ともいわ
れた人であったが、極楽往生を希求する仏教徒の作法を土壇場で自ら実行
したと思われる。
だから、育子(津村節子)が「その責めを背負ってゆく」理由は全くな
い。夫は「情の薄い作家妻である」として育子を拒否したのではないのだ。
《育子の心のこもった看護に感謝。108頁:(夫の)日記》とある。
夫(吉村昭)は育子(津村節子)に、《「あなたは、世界で最高の作家
よ!」の叫びは聞こえたよ。「頭北面西」の意味をあとで辞書で調べてみ
なさいよ(笑)》といい、今頃、彼岸で微笑んでいることであろう。
吉村昭の死後、津村節子さんは四国八十八ヵ所の霊場を巡礼されたらし
い。同行(どうぎょう)二人の旅の過程で「(自分が)背負ってゆく責
め」の真の意味をはっきりと悟られたのではないか。だから、死後5年に
してこのような優れた私小説が生まれたのであると私は想像したのである。
そして、今はそれを確信している。(2022/9/1 千葉市在住)
(追記)
(1).「吉村昭」(川西政明・河出書房新社・2008/8/30初版)という本
を読んだ。吉村昭が生涯をかけた仕事について「実名」で書き尽くしている。
《(河出書房新社の西口徹さんに)よく聞いてみると、吉村昭が生涯をか
けて取り組んできた「仕事について書いた本」が一冊もないという。一冊
もないという言葉が、僕の肺腑を衝いた。僕は即座に「僕が書こう」と
言った。333頁》(西口氏の「あとがき」より抜粋した)。
(2).本稿は2011/9/19の本誌掲載文を修正したものである。《【仮名(肩
書等)初出の頁】:実名(肩書き等)》は前稿のままであり、引用頁も当
時の単行本(2011/7/31発行版)による。(了)
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英語談義の効用
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九州男
貴紙 6244号(8月29日)の「英語ではこう言えば良いだろう」で次の書き
込みがあった。
(引用)フロント(デスク)に行って“Please call me a taxi.”と 言っ
て頼んだら“Hey, taxi.”と言われてしまったというのだ。「チャンと、私
にタクシーを呼んで下さいとなっているじゃないか」と言われそうだが、
ここが英語の面倒なところなのである。それは「誰のためのタクシーを呼
ぶのか」が抜けているので、“Hey, taxi.”となってしまったのだとの教訓
なのだ(引用終わり)
上記の、「call me a taxi」は「for me」の有無に関わらず正しい。日本
人がよく間違えるのは「call me taxi」の方である。「call me taxi」は
「taxi」の前に前置詞「a」がないので「わたし『を』タクシーと呼んで
ください」となる。
ついでに「奥様のヘレンによろしく」なら「for me」を付けよ、と言うの
は理解できるが、「『誰のためのタクシーを呼ぶのか」が抜けている」か
ら「for me」を付けよというのはその前に「call『me』a taxi」と「私の
ために」があるので、コンシェルジェなら言わずもがなであろう。
それと、いつも聞かされている英語談義で気がかりなことが一つ。氏のよ
うに「英語に精通」されておられる方なら以後の会話のいかなる展開も恐
れるに足らずであろうが、
一般人が下手に知ったかぶりの英語をかますと、「おっ、コイツは喋れる
のか」、とばかりに一気にまくし立てて来られる恐れありだ。現に小生が
そうである。結局、氏がかつて乗り物の中で辟易させられた「超ブローク
ン英語」になりはしないか。英語談義に水を差すようだが、若者がこのマ
ガジンで英語の勉強するわけでもあるまい。老人なら猶のこと。古来曰く
「能ある鷹は爪を隠す」。
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コソボでまた悶着が起こりそうな気配
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「宮崎正弘の国際情勢解題」
令和四年(2022)8月30日(火曜日)
通巻第7446号
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コソボでまた悶着が起こりそうな気配
ウクライナに「熱中」の欧米にコソボへの関心は稀釈化
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2022年8月28日、セルビア政府は「コソボの外交承認を撤回する
よう7カ国を説得した」と発表した。つまり外交上の関係をチャラにする
わけだから、国際政治には影を投げかけるだろう。
ニコラ・セラコビッチ外相は「すでに4カ国がコソボの承認を撤回した」
と報告した。
アレクサンダー・ヴチッチ大統領は国名を特定しなったが、「セルビア
外交の成果だ」とし、中国、ロシアを念頭に、セルビアは世界の多数の支
持を得ていると発言を続けた。「私と外務大臣の引き出しにコソボ承認を
確認する 7 つの文書がある」とヴァチッチは演説を続けた。
他方、コソボはベトナムとケニアにアプローチし、外交承認を求めてい
る。現在、国連加盟国の半数以下の国々(日米を含めて)がコソボを承認
している。IMF・世銀も承認し、通貨はユーロだ。しかし EU 加盟国の
なかでも、ギリシャ、ルーマニア、スロバキア、スペインはコソボを承認
していない。
G20 のメンバーでは、BRICS(ロシア、中国、インド、ブラジル、南
アフリカ)に加えてアルゼンチン、インドネシア、メキシコの8ヶ国がコ
ソボを認めずしたがって大使館も代表所も首都のプリシュナティに置いて
いない。
セルビアにとっては『コソボはアルバニアに盗まれた』という認識であ
り、人口180万人のうち、若者は英米へ出稼ぎに、数十万人のセルバビア
人はセルビアに避難し、コソボ北部にも相当数の非アルバニア系が残留し
ている。
コソボの産業主体が農業なので、かなりの農地は荒れ果てている。
コソボはユーゴスラビアが大分裂を繰りかえして内戦に陥った時に、欧
米が無理矢理に独立させた経緯があり、立場上、米国はいち早く厳戒警備
の大使館を開設した。
日本は米国からの要請に基づき、独立承認はしたものの、2021年まで大
使館を開かなかった。業務代行はウィーンに日本大使館が負担していた
が、プリシュナティの日本大使館を開設したといっても、駐在員オフィス
ていどで、ウィーン大使が兼任。
中国が大型輸送機でセルビアに武器を搬入した。
かくしてコソボでまた悶着が起こりそうな気配だが、年初来、ウクライ
ナに「熱中」の欧米にとって、コソボへの関心は稀釈化して居る。
☆□☆み□☆☆□や☆□☆□ざ☆□☆□き☆□☆□
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☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆ 読者の声 どくしゃのこえ
READERS‘OPINIONS 読者之声
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♪
(読者の声1)「アフリカへの4兆1000億円(300億ドル)の資金
投入」
岸田・林の朝貢外交はチャイナさんの焦げ付くアフリカ諸国むけ債権
(高利貸しの焦げ付き)をわざわざ日本が肩代わりしてチャイナはがっち
り資金を回収する手段。
チャイナの次の借金地獄作戦を繰り返すのを助けているのではないのか
明らかにせよ!
北京にゴマすって焦げ付き資金を肩代わり日本が払ってやることだと憶測
していますが、このチャイナ疑獄を誰か暴いてください。(AO生、世田谷)
(宮崎正弘のコメント)バイデンに「良い子、ぶりっこ」をしても仕方が
ないのに。それより重点的にアンゴラ、コンゴ、リビアなど資源外交に絞
るべきでしょう。
♪
(読者の声2)8月29日付けの『産経新聞』にエドワード・ルトワック氏
の「世界を解く」という記事が掲載されています。「中国は食糧不足とい
う基本的弱点を持っていて、ペロシ下院議長の台湾訪問でもそうであった
ように、今の段階では戦争を仕掛けることができない。なぜなら西側から
の食糧禁輸を中心とする経済制裁に脆弱であるからだ」と戦略論からすれ
ば普通のことを指摘しています。
だからこそ中国は(食糧補給の面からも)ウクライナはロシアの一部にな
ることにメリットを感じているに相違ありませんこれは食糧のみならず根
源的価値であるエネルギー資源も同様だし人民元を「根源的価値量が多く
含まれた通貨」であるルーブルの「巣」に托卵するのも同じです。
「ポストコロナ時代の生命哲学」(集英社)で福岡伸一氏は「ガラパゴ
ス諸島で一番感動したのは、生物が人間を恐れていないということで
す。・・・これは私の解釈ですが、その理由として、ガラパゴス諸島には
爬虫類と鳥と
かすかな昆虫という、限られた生物しか到達できなかったということがあ
ると思います。ガラパゴス諸島には大型の哺乳動物はほとんど到達できな
かったので、実は
ニッチががらがらに空いているんです。大陸ではさまざまな生物が何億年
も生きているので、ニッチがせめぎ合って非常に窮屈です。そこに争いが
起きているのですが、ガラパゴスの生物たちは基本的に全部草食性で、捕
食者はほとんどいませんがら、とても長生きできます。そんなふうにニッ
チが空いているので、ガラパゴスの生物たちはすごく余裕があって、そこ
に好奇心みたいなものが生まれるのだと思います」と記しておられます。
これを読み、私は即座に今の中国をこれとは逆の姿だと考えればいいかも
と思いました。中国は巨大人口を抱え、植物から肉類食糧へ移りつつとい
うことが「侵略的姿勢」の根底にあるのかもしれません。ところで中国の
エネルギーに関しての脆弱性は2種類あるのではないか。ひとつは資源そ
のものの確保ですが、もう一つは「戦時」における供給システムの脆弱性
です。それは「オール電化」による中央集中(大型)供給方式です。これ
は戦争相手国にとっては、通信網や地域の動力を破断することは簡単です
から。電力供給体制が国家のすべてを決めることは明白で、これが食料を
実際に人間の口にまで運ぶ大本になるからです。ルトワック氏は産経記事
で、「習近平は食糧分野での自国の脆弱性に気付いている」と書いていま
すが、習近平とルトワック氏の両氏がこれから気づくことは、「電力中央
集中供給方式」の脆弱性であり、その解決のために「分散型電力供給体制
の構築」であると思います。今でこそEV車一本やりで中国は突き進んでい
るようですが、これからはHV車を使った分散型供給体制の整備を強力に進
めると予想します。これは人間という生命体が分散型で動いているし、コ
ンピューターが巨大な統合型から分散型に収斂したことと軌を一にしてい
ると思います。以上は中国に限ったことではありません。日本も同様で
す。大型発電所からの電力供給体制はわが国が侵略された際は致命的損害
を被りかねず、逆に我が国が中央集中型電力供給体制の侵略国に反撃する
際は効果的であること。分散型電力供給体制なら敵の攻撃や大災害に対し
て耐久力があるのです。然るに我が国は、国防や災害に対応できる電力供
給体制を構築するために、わが国が国の方針として、一番効果的なやり方
は「わが国の自動車メーカーは車を製造するだけではなく、HVなどで分散
型電力供給体制を構築するための電力会社でもあるのだ」と定義をし直す
ことだと思います。実はこのような提案をある自動車メーカーの上層部に
伝えたのですが、ポカーンとして全く頼りにならない反応で、日本の経済
人はこの程度なのかと心配しています(SSA生)
♪
(読者の声3)戦前のユダヤ問題研究家・陸軍軍人、安江仙弘は1888年に
秋田市の平田篤胤の生家で生まれた。シベリア出兵(1918〜22)に従軍し、
1927年(昭和2年)にはユダヤ問題研究を命じられエジプト・パレスチナ・
欧州視察旅行に出る。1931年(昭和6年)の『革命運動を暴く : ユダヤの地
を踏みて』ではロシア革命からわずか十年後の欧州各国人や欧州ユダヤ人
の本音がでてくる。
エルサレム入りは1928年(昭和3年)晩秋、翌春まで滞在。英国総督より
委任統治ぶりを聴き、シオン団首脳とユダヤ国の将来を語り、テルアビブ
でユダヤの繁栄を視察し、ガリラヤ湖畔のユダヤ共産村でユダヤ移民と語る。
そののちフランス委任統治下のシリア視察。ベイルートから船で約一週
間、絵のようなキプロス島、兵火のため焦土と化したスミルナ(イズミー
ル)を視察、コンスタンチノープルへ。
さらに欧州諸国歴訪、最後にモスクワ視察、シベリア鉄道で帰国。本書で
はユダヤの歴史を概観し、まずは共産党の宣伝とは正反対のロシアの現状
を説明する。
●帝政時代露都には24時間以上ユダヤ人は滞在できなかったが、革命後
どしどし露都に集中し、目下モスコーの人口220万中50万はユダヤ人の占
むる所となった。
●露国は多くの人々の想像しているように、理想的共産が行われているわ
けでもなければパラダイスでもない。その正反対のこの世の地獄である。
●(1930年)私がモスコーに行った時にパンの欠乏で市民は官営のパン屋
の前に先着順で一町(109m)も行列を作っていた。そして後方の列のものの
順番の来る時はもうパンは品切れという騒ぎだ。冬の寒空に子供がはだし
でいるくらいは現露国ではなんの不思議でもない。それで少し政府反対の
声でも出そうものなら、共産党のゲペウ(GPU)がどしどしふん縛って牢屋
に叩き込んでしまう(もちろん裁判などない、と付け加える)
●元来、露国は麦粉の大産出国で帝政時代には一年豊作であれば三年間一
粒の麦が穫れなくともロシア国民の生活を支うることが出来たほどで、常
に欧州諸国に麦粉の供給をしていたものであった。(露国は制裁で信用取
引も手形も通用しないから麦を金貨にかえ現金取引するしかない、と一般
市民にパンのない現状を説明する)
●こういう状態の露国にあって一般露国人に比して立派に生活しているも
のがある。それは共産党員とユダヤ人である。目下、ユダヤ人は反ユダヤ
主義によってソヴェート政府の主部脳から一掃され大臣級には一人のユダ
ヤ人も影を止めないが、しかし依然としてユダヤ人は露国一般社会の中堅
をなしている。官吏、商人、金持、家主はもちろん 技士、工場支配人、
医師、弁護士、音楽家、芸術家、俳優、教師等、いやしくも社会生活の中
心たる職業 ことに知的職業には皆ユダヤ人が活動している。
●もし露都モスコーの市街を散歩して汚ない群衆の中に帽子から靴まで
整ったハイカラな婦人を見たなら、それはユダヤ人と見てまず誤りはな
い。また一流のカフェーやレストランの中で食事をしている人々は外国人
か、ユダヤ人である。
●ソヴェート露国において、帝政時代に比し進歩したものはただ国民教育
の普及だけであるが、その教師たちはほとんどユダヤ人で占められてい
る。そしてユダヤ人の後任はやはりユダヤ人が占める。
●さて露国の社会状態が右のような有様であるからして、露国婦人はロシ
ア人に嫁しても単にその虚栄心を満たされないのみではなくその生活さえ
保証されない。要するに露国人と結婚すれば多くは乞食生活をせねばならぬ。
●然るにユダヤ人と結婚すれば、とにかく普通の人間らしい生活ができ
る。従って彼女らは心の中にジューと卑しめつつもユダヤ人に嫁するので
ある。中には虚栄や自己の生活上からばかりでなく、一家一族の生命財産
の保障を得んがため、旧貴族の夫人らがその夫と相談の上、涙を飲み恥を
忍んでユダヤ有力者に再嫁しているものもある。
●一方共産主義下におけるユダヤ人はその宗教的伝統を忘れ、これ幸いと
露国美人を拉して勝ち誇っている。もちろん露国ユダヤ人が皆露国婦人と
結婚しているわけではない。一部のものではあるが、これはフランス革命
後同化主義ユダヤ人が現れたと同様、ユダヤ民族として特異の現象である。
●私がパーレスタインや欧州でシオニストユダヤ人に会った時、露国の共
産ユダヤ人の話をすると、彼らは必ず共産主義のユダヤ人は堕落せるユダ
ヤ人である。すでにユダヤ人の本質を失ったものである。ユダヤ人全般を
彼らと同じように考えられては困ると常に弁明して居ったが、無理からぬ
ことである。ユダヤ人の本質はその宗教にある。ユダヤ教は男子に異民族
との結婚を絶対に禁止している。
●斯くのごとくユダヤ人とロシア人との社会的地位の転倒は、内面におい
てロシア人のユダヤ人に対する反感を日々に増大し、近時到るところに反
ユダヤ主義が爆発しつつあるのである。
ソ連政府首脳部からのユダヤ人追放は1925年にトロツキーが軍のコミッ
サール・外務人民委員の地位を解任され、安江がモスクワ視察した頃はす
でにアルマアタ追放、さらに国外追放の時期。当然ながら他のユダヤ人幹
部も更迭されたのだろう。
この問題については欧州の反共のユダヤ人でさえ、ロシア革命の成功はユ
ダヤ人あってこそなのに、革命が成功するやユダヤ人を追い出すとはけし
からんと憤慨する。
主義主張は異なれども同胞愛がまさる。堕落せるユダヤ人は現在のイスラ
エルであって、ロシア語で生活し豚肉を食べるのだから面白い。(続く)
(PB生、千葉)
(宮崎正弘のコメント)冒頭に安江大佐が平田篤胤の生家で生まれたいう
履歴は、面白いですね。かれほどのユダヤ人理解者でありながら同時に
『シオンの議定書』の匿名翻訳者でもあり、特務機関で大活躍した軍人で
した。
秋田の久保田城内にある弥高神社は平田篤胤と佐藤信淵を祀ります。ふ
たりは秋田生まれです。
(読者の声4)自動車が生まれる前、百姓が久しぶりに町に出かけバーで
酒を暴飲し、辛うじて自分の馬車に乗り込むと、馬が「自動的に」家まで
連れて帰った。牛でも同様な機能を果たせる。つまり、動物の頭脳が「自
動運転」の機能を果たしていた。以後1世紀間、人類は自動車の奴隷とな
り運転者の仕事を余儀なくされ、飲酒運転も禁止され、運転の為に莫大な
時間・人生を失い、且つ交通事故により死亡、片端・不具者になった被害
者の数は世界大戦争に匹敵する。しかしAIによる完全自動運転は困難であ
り、その完成には20年以上の未来になる、と専門家が言い続けていたが、
テスラは過去10年間苦労して、今ほぼ完成した。運転のアプリ10.69
は$12000、来月から$15000に値上げ。あまりにもその価値が高い故に、
将来的には販売されない、と予想されているので買う事にした。時間、寿
命が伸びる、生命保険と考えると安い。人間の運転手を雇う費用よりは、
格段に安い。目玉は視覚細胞に映った映像を脳に送るだけ、つまりカメラ
のような機能だと思われていたが、目玉が送る1の情報に対して脳から7
の質問、確認、などの命令が送られる。つまり目玉は脳の一部として「見
る」知覚努力を常にしている。更に、産まれて目が開いてから、見るもの
全てが解析され記憶され、その膨大な「学習」の集積、訓練が有って初め
て、「見る」事ができる人間に育つ。生後1−2年間目隠しをして育てる
と、目玉は正常で有っても、メクラになる。私の親戚に生まれつきのツン
ボが、コクレア内耳インプラントと言う仕掛けを取り付けたが、あまり役
に立たなかった。脳が音を解析し理解する訓練が皆無であった、為で、大
人になってからでは、脳の学習能力が消えていた。「三つ子の魂」の賞味
期限は大抵3歳頃まで。余談になるが、唇の動きで言葉を「読む」事がで
きるが、小生の英語の発音も、口の動きも正常ではないとか文句を言っ
て、読めないそうだ。映画「2001年宇宙の旅」ではAIのHAL9000氏が音を
遮断されながらも唇の動きで秘密の会話を「聞いて」しまう。前置きが長
くなったが、本題は、如何にテスラの「視覚」のみによって現実を認知す
る事が困難であったか、それはまさに産まれたての赤子に毎日色々なモ
ノ、生物、などを見せて、目玉と脳を教育していく過程になった。(テス
ラ車の場合、耳は入っていないが、アップル、アマゾンなどが既に開発・
実用化している)
そんな訓練をするために「DOJO(道場)」と呼ばれる巨大なコンピュー
ターを作り、AIの幼児に、あらゆる車、バイク、歩行者、電信柱、ゴミ
箱、樹木、建物、などなどの画像を見せて、どんな角度から見ても正しく
認識するように、教育・訓練する。この作業は車の運転という特化したAI
を育てる、という目的であったが、結果としてAGI、汎用的人工知能を開
発する事になった。EV車とは、単にガソリンを電気に替えた「動力」の違
いではなく、人間の役割、価値、雇用などを根本的に変える時代の先駆け
となる。車輪の代わりに手足をつけたロボットが、実用化、大量生産に入
り、かつての奴隷、家来、女中、介護士、教師、医師、友人、配偶者、な
どの任務を負うことになるらしい。故谷崎潤一郎氏の「台所太平記」によ
ると、田舎から出てきた女を「仕える」女中に育てる苦労話があるが、
「DOJO」で鍛えた新女中は、その日から完璧に仕事をこなすだろう。これ
を、素晴らしい未来、あるいは悪夢の到来、と評価が分かれる、のが近代
の人類史に繰り返された。(在米のKM生)
♪
(読者の声5)岸田首相がコロナ感染とかで記者会見などをテレワークで
行っていたが、その映像のひどいこと。いやしくも一国の首相である。
なっていない照明の当て方をはじめ、みっともないことおびただしい。
首相がますます病人らしく見えてくる。これでは伝わることも伝わらな
い。政府はあんな間に合わせみたいな映像を天下にさらしていいものか。
「広報活動(彼らの語彙では「報道」か)」をなんと思っているのだろう
か。今に始まったことではないのだが。
(EF生)
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重 要 情 報
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◎床屋談義「自分でやろうとすることが出来ない人で、他人に何か言われ
ると自信がなくなってしまうようよ」
:前田正晶
件名は「床屋政談」でも良かったかも知れない。昨3日は第7波も収まっ
ていないにも拘わらず、意を決してここ新大久保駅から山手線に乗って有
楽町経由で京橋の床屋さんまで出掛けた「意を決した」訳は、何分にも重
症化しやすいと定義されているかのような65歳以上の超後期高齢者の89歳
であり基礎疾患の慢性心不全をも抱えているからだ。
京橋まで行く理由は20年以上も世話になっている理容師さんが、永年
通っていた新宿住友ビル内の理髪店が閉鎖されたために、京橋の店に移っ
たので付いていっただけのこと。何故付いていったかと言えば、彼女(と
いっても成年のお孫さんがいる年齢だが)の前に座れば、黙っていても良
いように刈ってくれるからだ。
前置きが長くなったが、多くの理容師がそうであると思っているよう
に、彼女も話題が豊富で何時も雑談を楽しんでいるのだ。昨日もその中で
「どうも岸田さんはモタモタしていて、物価高にも気の利いた手を打って
くれないし、余り頼りにならない気がするね」と言ってしまった。する
と、多くの永年の高齢者の馴染み客を持っている彼女は「あたしのお客さ
んたちも皆同じような事を言って嘆いているわ」と反応した。
そして、彼女の意見としては、見出しに掲げた「自分でこうやろうとす
ることが出来ない人で、他人に何か言われると自信がなくなってしまうよ
うよ」との、岸田内閣総理大臣評を聞かせてくれたのだった。女性独特の
直感力が働いての意見だと思うが、当たっている点があるのではないかと
思わせられので困るのた。同時に言えそうなことは、岸田さんは高齢者に
は余り好評ではない総理大臣のようだということではないだろうか。
政談もさておき、彼女と私の間で完全に意見が一致した何とももの悲し
い話題があった。それは他ならない老化現象のことだった。実はかく申す
私は近頃では「ドライアイ」だけではなく、夕方から日暮れ時ともなる
と、テレビの画面がぼやけて見えてくるのが何とも鬱陶しいのだ。ところ
が、この現象は上瞼を指で押し上げると綺麗に見えるようになる。
これが「瞼の筋肉が老化して支えきれなくなるので下がってくる」とい
う話は聞いていた。それが我と我が身にも起きていたのだ。永年の掛かり
つけの眼科の医師にも手術で改善出来ないのかと伺って見たが、余り肯定
的な見解ではなかった。この件を理容師さんに語ってみたら「全く同じ現
象で悩まされているので、眼科の先生に相談したが、手術は勧められな
かった」と言うのだった。先ず、これが「同病相憐れむ」の第一段目。
次の第二段目はといえば「耳が聞こえにくくなった」ことだった。これ
も矢張りテレビでのことで、彼女は確か高田純次だったかが出演している
テレビCMにある何とか言う音声を老人に聞こえやすくするスピーカーでも
買おうかとまで考えているそうだった。英語にすれば”The same here!!!”
の現象だ。「!」マークを幾つつつけても良いほど同感だった。悲しくも
あったが、同じ事を経験している人がいると知って些か気が軽くなった。
今年になってからだろうか、新聞のテレビ欄に「再」の字が四角の中に
入って付けてある古い刑事物のドラマを見ていると、役者たちが言ってい
ることが聞こえにくくなってきた。そこで聞こえないことを正当化しよう
と「ビデオが古く劣化して、音声が不鮮明になったのだ」と考えるように
していた。だが、音量を幾ら上げていっても聞き取りにくいことは変わら
なかった。3年ほど前の病院での聴力検査では「年齢相応に聞こえてい
る」となっていたので過信していたようだった。
聞き取り能力の衰えはこれだけでは済まないのだ。実は、テレビから聞
こえてくる外国人たちの英語が、情けなくなるほど聞き取れなくなってし
まったのである。告白すれば、下に出てくる字幕が頼りになってしまっ
た。この点は「リタイアして28年も経ってしまって日常的に英語を話す事
も聞くこともないのだから、当たり前で嘆くには当たらない。君は長い間
懸命にやって来たじゃないか」と自らを慰労している始末だ。この件(ク
ダリ)も談義のうちに入れておいた。
彼女は足も少し辛くなってきて、既に杖を使って大田区から出勤される
のだそうだ。そこで、ガラケイの万歩計で「今日は何歩」と記録していた
が、医師からは「何歩あるいたかが重要なのではない。毎日欠かさず歩く
ことだ」と告知されて、歩数の問題は忘れるようにしたそうだ。私も歩数
は気にしているし、ジムでは一寸だけでもウオーキングは欠かさない。昨
日は京橋の交差点から有楽町駅まで歩いた分を含めて、約6,000歩の好記
録を樹立した。
◎玉城デニーの氏素性とは?北村維康
テーマ:ブログ
沖縄県知事選挙の立候補者、玉城デニー氏は、その名の示す通り、アメ
リカ人と日本人の混血である。しかしそのことに、デニー氏の選対本部は
余り触れてゐない。
光輝ある大日本帝国の都道府県での最南端に所在する沖縄県の知事に
は、生粋の日本人を選びたいものだ。
対する候補者、佐喜眞淳氏は、由緒正しい日本人である。私は、この
やうに立派な人が候補者として立たれたことを、大変誇りに思ひ、また喜
びとするものである。
私と考へを同じくする人は、今日も、台風の吹き荒れる沖縄本島で、
また先島諸島で、粉骨砕身の活躍をしてをられることと思ふ。その労に感
謝するとともに、それが報はれることを切に祈る次第である。
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身 辺 雑 記
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5日の東京湾岸は曇りのち晴。
渡部亮次郎わたなべりょうじろう86歳。
元NHK政治部記者。当時「文芸春秋」に「赤坂太郎」で
政治評論を書いた。1字10円だった。
仙台、盛岡局勤務の後、東京の政治部へ。河野一郎を
担当。河野先生は酒 を一滴も飲めなかった。毎夜、赤坂の料亭に立ち
寄っていたが、お膳を前にお茶を飲んでいたとは。呑み助の私には想像も
できない。
外務大臣秘書官。その後、社団法人の理事長を18年間。
現在は年金生活者。メルマガ「頂門の一針」主宰者。
秋田県生まれ1936年1月13日。どこといって故障個所は無いから100位まで
は生きるだろう。このメルマガの届かなくなった日が私の死亡日です。
兄は81で、姉は91で死んだ。遺伝の話をすれば、 父親は60代に死んだが
母親は98まで生きた。
渡部 亮次郎
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渡部 亮次郎