2022年10月17日

わたなべ りやうじらう のメイル・マガジン

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               頂門の一針 6292号
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   2022(令和4年)年 10月17日(月)



     統一教会問題、報道の責任を問う:櫻井よしこ

         世界の大学ランキング #2:前田正晶
        
        「無敵の人」になる人の傾向:伊勢吉継

「無言館」外伝:馬場伯明

      偽情報をばらまく演習もしていた:宮崎正弘 
                 

                 重 要 情 報
                 身 辺 雑 記

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統一教会問題、報道の責任を問う
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            櫻井よしこ

日本ルネッサンス 第1016回

9月13日、「朝日新聞」は1面で「岸田内閣支持 最低41%」と題し、不支持が47%となり初めて支持・不支持が逆転したと報じた。世論調査から読みとる内閣支持率低下の原因は、1。安倍晋三元首相の国葬、2。旧統一教会をめぐる対応のまずさ、だと朝日は解説した。

岸田文雄首相が国会で行った説明は不十分で、自民党による党所属国会議員と旧統一教会との関係についての調査も「疑念」を晴らすには至らなかったと朝日は切り捨てた。

私は「モリカケサクラ」についての朝日の狂騒曲のような報道を思い出した。どんなに説明しても「納得がいかない」「不十分だ」と責めるのだ。しかし、朝日をはじめとする報道機関がもう少し公正で客観的な報道さえしていたら、そもそもこんな状況は生まれていないと私は考えている。だからこそ、朝日は岸田氏を批判する前に、自らの過去の紙面を検証して、統一教会の犯罪事実の実態を掘り下げて正しく伝えることだ。

志半ばで暗殺された安倍総理は一番の被害者だ。そのいたましい死を悼むこともせず、朝日は心ない「貶め報道」に走る。他の論者も安倍氏や自民党が統一教会と「ただならぬ関係」(後藤謙次氏、『週刊ダイヤモンド』9月10日号)にあったなどと、具体的根拠も示さずに非難する。

再度強調したい。朝日をはじめとするメディアは統一教会による霊感商法などの違法かつ反社会的犯罪が現在も続いているのか調べ、続いているのならその実態を事実をもって示す責任を果たすことだ。その調査報道は少なくとも、第一次安倍政権に始まり、福田・麻生政権、続く民主党政権、安倍氏が復権した第二次政権発足から安倍氏暗殺の2022年7月8日までを対象とすべきだろう。

だが、巨大メディアはこのような基本的調査をしていない。そこで旧統一教会の犯罪について、報道を辿って調べてみた。対象は朝毎読日経産経と東京・中日の6大全国紙だ。調査期間は先述した期間とした。

統一教会、世界平和統一家庭連合、霊感商法、巨額献金、トラブル、関連イベント等をキーワードに記事を抽出し、霊感商法や売買契約トラブル等の反社会的事案とは直接関係がないと思われる事例を除いて、各紙の各年毎の記事件数を調べた。

全紙でゼロ

それを見ると07年には、統一教会関連会社の社員がパラグアイで身代金目的の誘拐事件に巻き込まれた事案について、各社が数多く報道している。しかしそれがおさまると、09年から10年にかけて教団が印鑑等を売りつける霊感商法事件の記事が突出してふえた。ちなみにこのときの政権は民主党である。

11年以降は霊感商法などを訴えた裁判で教会側に賠償命令の判決が下されたとの内容が報じられているが、各紙の報道件数は激減した。

いま、テレビのワイドショーは統一教会と安倍氏の関係を口角泡を飛ばす勢いで取り沙汰しているが、3年3か月にわたる民主党政権後の12年12月26日に誕生した第二次安倍政権から、22年7月8日の安倍氏死去までの間に出た統一教会関連の記事を見れば驚くだろう。メディアはまるでこの世に統一教会問題など存在しないかのように静かなのだ。

全国紙6紙が12年に報じた統一教会の記事は計4件(産経2件、読売1件、朝日1件)だった。13年は東京・中日が1件のみ。14年は読売、朝日が各々1件ずつ。15年は毎日、朝日が各々1件、16年は産経2、読売2、朝日2だ。17年は朝日、読売、東京・中日が各々1である。

18年、安倍政権の下で消費者契約法が改正され、騙しとられたお金の取り戻し策が強化された。霊感商法も明確な取り締まり対象として法律に盛り込まれた。結果、大きな事件発生はなかったのであろう。統一教会報道は18年、19年の2年間を通じて全紙でゼロだ。20年には産経が1件、21年は読売が1件であとはゼロ。22年は安倍氏死去まで報道はない。

ワイドショーは連日報道を垂れ流し、統一教会と関連団体を邪悪視し、これらの団体と政治家の関係はいかなる形であっても許さないとするかのような姿勢だが、これこそおかしい。そこまで問題の多い団体ならば、なぜメディアはここ何年間も実質的に放置してきたのか。なぜ、事実上全く、報道しなかったのか。

理由は、メディア自身が、統一教会も関連団体も、過去はともかく、今は問題なしと見ていたからではないのか。だからこそいま、統一教会の実態を取材して示す責任がメディアの側にあると思う。

選挙戦術

霊感商法や巨額献金の強要などは決して許されない行為だ。しかしそのような問題行動はすでに法によって罰せられ、反社会的行動はおさまっているのではないのか。メディア報道がなかったのはその結果であろう。ならば政治家、たとえば萩生田光一氏が、日常の政治活動の中で国連が認定しているNGO「世界平和女性連合」と接点を持ったからといって非難するべきことではないだろう。

次に選挙で自民党は統一教会に頼りきりだという指摘もある。教団票は全国で6万から7万票と言われている。今夏の参議院議員選挙で比例代表における自民党の得票数は1825万票余りだった。

6万票が1人の議員を当選させる上乗せ票として必要だったのは確かだろう。かといって自民党が統一教会と「ズブズブ」でその票にふり回されているかのような指摘には疑問符がつく。田原総一朗氏は『サンデー毎日』9月25日・10月2日合併号で安倍氏が「教団票を参院比例区候補の上乗せ票として誰に配分するかの采配をしていた」と論難している。

ベテラン記者、田原氏の指摘、つまり選挙における票の割り振りはどの政党も選挙戦術として行っている。共産党は、立憲民主党と組めば思想信条や長期の国家像について根本的に相容れない点があっても、党員に指示して立憲民主の候補者に票を回す。労働組合「連合」の票に頼る立憲民主党は、どの組合の票をどの候補者に回すのかを、党の幹部らが連合側と相談して決定する。選挙の総責任を負う指導的立場の政治家が票を正確に予測して割り振るのは、どの政党でも当然の戦術である。

安倍氏の国葬儀について、閣議決定だけで法的根拠がないのは憲法違反だと立憲民主党などが反対している。産経新聞編集委員の阿比留瑠比氏が指摘した。

「8月15日の全国戦没者追悼式、東日本大震災十周年追悼式、天皇陛下御在位三十年記念式典、国賓をもてなす晩餐会、沖縄復帰50周年記念式典なども全て、閣議決定だけで別の法的根拠があるわけではありません」(「言論テレビ」9月9日)

立憲民主党の政治家は閣議決定で行われるこれら式典も憲法違反であり欠席すると言うのだろうか。            



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世界の大学ランキング #2
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          前田正晶


我が国の大学では何故英語の論文が少ないのか

この件では、昨日やや簡単に取り上げてしまったので、我が国の大学の先生たちを及ばずながら擁護しようと思うのだ。昨日引用したST教授が指摘しておられた事は、拡大してみれば「一度日本語で発表された論文を、その都度英語に訳して発表している訳ではないので、海外から見れば論文が少ないことになる」のである。

だが、これだけでは未だ説明不足だろうと思う。論文について、私が何人かの先生方の論文をお手伝いした経験から言えることは「参考文献一覧」が大変な量になっていることを先ず取り上げたい。引用した文献を詳細に記載するこれを怠ると「剽窃」になって大問題になってしまうのだ。これらを間違いなく掲げるだけでも大いなる労力を要する作業になる。それらを英訳せよとなると、別な問題も生じるのだ

即ち、他者の論文か著作の題名から正確に英語にしなければならないのだ。既にそれらの英語訳があるかどうかも調べねばならず、無い場合には自分で正確な英語に訳さなければならないのだ。容易ならざる大変な作業である。言うまでもない事は、英語を母国語にしている人たち並みの英語力が必要になってくると言う点なのである。

論文本体を英語に訳すのであれば、英語の専門語などに誤りがあってはらないのだ。だが、それ以上に重要なことは絶対に文法的に正確であり、如何なる誤りも許されない点なのである。これまでに何度か回顧したことだが、2002年に私がお手伝いした某教授がアメリカの権威ある学術誌に寄稿された論文が「内容は合格だが、時制の一致と定冠詞と不定冠詞の使い方に誤りがある」と訂正を求められ、差し戻されたことが、その内容のみならず文法を疎かにすることは許されないことを実証していた。

この点は、仮令native
speakerの学者たちにとっても難しい課題なのだ。念の為に確認しておくと「定冠詞と不定冠詞を正確に誤りなく使うことは、native
speakerたちにとっても非常に難しい問題」なのである。「時制の一致」にしたところで、私の経験の範囲内でも、余程注意していないと誤りを指摘されてしまう結果になった。

このような難関があれば、我が国の大学教授や学者の方々が一度日本語で書いて発表された論文を、上述の条件を満たした英語にして発表されないのも無理はない事ではないかと思うのだ。このような事情を知るだけに、私は日本の教授や学者の方々に同情的にならざるを得ないのだ。このように言えば、我が国の先生方を庇い立てしていることになるのかも知れないが、実情を知れば知るほど擁護したくなる次第だ。


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「無敵の人」になる人の傾向
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伊勢吉継


2ちゃんねるの開設者のひろゆきさんが、自分は死刑になってもいいからなんでもやってやるとか、何やっても怖くない、だからどんな犯罪行為でもできてしまう人のことを「無敵の人」と呼んでいる。
近年こういう種の人による犯罪が多い、大阪クリニック放火26人殺人事件とか、山上容疑者もそうなのではと言われている。

この無敵の人になる人の傾向というのが、自分なりにこうじゃないかなと思った。

それはまず、
1)自分がこれだけやったのだから、これだけのリターンを受けとるべきだと考えがちな人である。
人間関係というものは、返してくれるからやってあげるわけではないし、ときには見返りを求めずやってあげることが必要なときもある。
だから、自分はこれだけ会社のために尽くしてきたのにこの仕打ちかよと怒りが止まらなくなるパターンである。

2)学歴にこだわりすぎる、執着する人である。
普通の人はそんなに学歴に執着しないので、そんなにガリガリ勉強しないが、勉強が
好きでもないのにガリ勉あったり、学歴がない人だったら、コンプレックスがすごい。

3)物質主義である
人、人生を学歴、年収、地位とかだけで評価する。人、人生というものは必ずしもそれだけではなく、精神的な面、精神的なつながり、向上だって大事なことだが、そういうことを重視しないし、価値を置かない。

4)もしかすると反省、向上ができない
 のと自分を客観視できない人というのは若かりし頃はひどいし、大したものではなく、だからうちのめされて、自省して変わっていって成長していくものだと思う。人というのはそういう機能があるものだが、こういう人はそれができないのかもしれない。

それに自分を客観視できれば自分に落度があったと自覚でき、自分のせいだと思え、世の中が悪いという結論にはならないだろうし、

もし反省、向上ができたら、周りの環境も変わっていき、いい人にも出会え、いいこともあるかもしれないし、
過去の良くなかった出来事もあれがあったから今の自分はこれだけ進歩できたと感じ、そういう悪いことをしようとはならないだろうからである。

以上が自分の観測であるが、こういう種の人に出会ったら、あまり近寄らない方がいいかもしれない。


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「無言館」外伝
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    馬場伯明

2022.8.28に日本テレビ系が放送した「24時間テレビ『愛は地球を救う』の中で、ドラマ「無言館(むごんかん)」があった。いいドラマだった。

私は長野県上田市の「無言館」にまだ行ったことがない。絵が掲載されている本は何冊か読んだ。長野市や佐久市出身の古い友人がいながら、また、小諸の藤村の「千曲川旅情の歌」の歌碑なども何回も巡り、無言館の近くまで行ったことがあるのに。早い機会に訪問し鑑賞したい。

本稿の表題を「無言館・外伝」とした。「外伝」とは《伝記の主となる部分から漏れた、その人物に関する周辺の逸話。Side Story。「義士―」(Goggle日本語辞書)》とある。「無言館」につながる私の周辺の断片的な出来事や話題を綴る。各話の間に強い関連性はない。

【桑原喜八郎さん】
桑原喜八郎さんは、叔父(父の弟)馬場孟臣(たけおみ)の東京美術学校日本画科の同級生である。静岡県掛川市生まれ。昭和19年9月卒業予定であったが、昭和18年12月学徒出陣、昭和20年2月ビルマで戦死。24歳。叔父とは親しい友人であった。叔父は身体が弱く学校に残っており出征はしていない。

戦後すぐ昭和21年に叔父たち同級生が協力し「桑原喜八郎君遺作展」を掛川市で開催した。展示会場での写真には、弟の桑原十四郎さんと、同級生の馬場孟臣、加倉井和夫、竹山博二、渡辺定夫、そして、桑原さんの家族の人たちの姿がある。

1970年代の頃か、喜八郎さんの弟の桑原十四郎さんが、仕事で長崎県小浜町雲仙に来られた折、「孟臣さんの仏前に参りたい」と、南串山町の実家を突然訪問された。当時、父母(馬場賀臣:孟臣の兄・ミスエ)が応対した。孟臣の写真アルバムを繰りながら、戦死した喜八郎さん(24歳)と早世した孟臣(28歳)の2人の思い出を語り合ったという。

「私は昭和18年に東京の学校へ進学しました。5歳年上の兄(喜八郎)に連れられ友人の馬場孟臣さんに会い、可愛がっていただきました。孟臣さんは優しい人でした。今日孟臣さんの仏前に参ることができ、兄の遺作展(昭和21年)を主導してくださった孟臣さんへの恩返しができました」と。

2015年6月6日〜7月19日、「没後70年戦没画学生『桑原喜八郎展』」が掛川市の二の丸美術館で開催された。孟臣の兄である父の子供ら(孟臣の甥と姪)5人(姉妹弟と私〈長男〉)は、この間掛川市へ出かけ、喜八郎さんの弟の十四郎さんの奥さんと娘さんのご案内で喜八郎さんの絵を鑑賞し語り合い交流した。無言館への喜八郎さんの絵の提出は最後まで逡巡したとおっしゃっていた。

展覧会のポスターには喜八郎さんの、明るい「夢の話」があった。
《「おい、俺はゆうべいい夢をみたぞ」「何の夢?」「ラジオの臨時ニュースで、本日をもちまして戦争は終わりましたっていうんだ。俺たちはもう兵隊にゆかないですむぞって。みんなで乾杯した夢を見たんだよ」》。この話から「自由にもっと絵を描きたい」という喜八郎さんの思いが痛いほどわかる。

【長崎・無言館展】 
2018年6月3日から7月8日まで、長崎県美術館で無言館展が開催されていた。帰省していた私は幸運にも観ることができた。長野県上田市郊外の無言館には132人700点が所蔵されているそうであるが、長崎ではその内の140点が展示されていた。戦時下であったが自然体で描かれた絵が多かった。時代はその絵の作者や遺族を無残に翻弄した。数十年後の今もその絵は私たちに人間の命の尊さを訴えとている。

孟臣所縁(ゆかり)の戦没画学生では同級生の桑原喜八郎さんと大竹武雄さんの絵が展示されていた。関連の図書を購入した。野見山暁治先生のご講演は日程が合わず拝聴できなかった。

【金子孝信さんの東京の青春】
金子孝信さんは、旧沼垂町(現
新潟市中央区)の古社・蒲原神社神官の三男として生まれた。東京美術学校を昭和15年主席で卒業し、将来を期待されながらも、昭和17年、26歳の若さで戦没した。26歳。洋画風の表現も取り入れながら、モダンな東京の街頭風景を好んで描いた(HPより抜粋)。(この昭和15年に馬場孟臣は東京美術学校へ入学した)。

平成6年に「ある戦没画家の青春 : 金子孝信の絵日記
全5巻」(金子孝信の絵日記刊行会)が刊行された。この著作を私は購入し父へ送った。東京美術学校の頃の東京の日々を、瑞々しい感性と新しい感覚で描いた。金子孝信の青春の息吹が私たちの前にぐんぐん迫って来る。

【大竹武雄さんの学徒出陣】
叔父の馬場孟臣は東京美術学校日本画科を昭和19年9月に半年繰り上げ卒業した。卒業式に出たのは日本画科からは18人の卒業者のうち、孟臣と信太金昌、大竹武雄の3人だけである。私が2002年8月にインタビューした信太先生(当時:82歳)の話がある。

「馬場と大竹、私の三人は卒業まで学校に残っていた。卒業制作を描いたのもこの三人だけだった。若いために遅れていた大竹が学徒出陣で出征することになった。大竹は亀戸に住んでいた。宇都宮の部隊に入るというので、馬場と私は大竹を上野駅で見送った。馬場が言った

『死んだらだめだ。帰って来い!』。あのときの馬場の言葉が今でも私の耳に残っている(早世の画家『馬場孟臣』2014出版86頁)」。大竹武雄さんは昭和20年9月4日、21歳で、中国奉天で戦病死した。敗戦直後の死だった。痛恨事である。そして今、無言館に絵だけが残る。

【生誕100周年記念  馬場孟臣展】
2021年11月、馬場孟臣生誕百周年展覧会を長崎県諫早市の美術・歴史館が開催された。長崎在住の姉や妹らが尽力した。多くの来場者があり大盛況であった。無言館の開設を提唱された画家の野見山暁治先生からはお手紙をいただいた。また、桑原十四郎さんの娘さんお二人が静岡県と東京都から来てくださり、姉が応対した。十四郎さんの奥さんは90歳を超えられたが健在であるとのことであった。

馬場孟臣は大正14年南串山村(現雲仙市南串山町)に生まれ旧制諫早中学校を卒業後、東京美術学校日本画科に進み、才能を開花させ、日本画壇を背負う逸材として期待された。だが、病のため28歳という若さで亡くなった。出征はしなかったが、早世した弟の無念さを偲び、父(馬場賀臣)は何らかの形で足跡を残してやりたいとの思いから、私設美術館自彊館(じきょうかん)を自宅に併設し開設した。
また、姉を中心に、私たち甥姪5人は、孟臣の遺作を整理し「早世の画家 馬場孟臣」(2014・非売品)を制作した。

【テレビドラマ「無言館」】
冒頭のTVドラマにもどる。太平洋戦争により命を落とした画学生が生前に遺した作品を展示する無言館(長野県上田市)を題材に、窪島誠一郎が画家の野見山暁治とともに設立するまでの歩みを描く。


美術館を営む窪島誠一郎は、戦死した画学生の伊澤洋の兄、民介の家を訪ね、洋の描いた絵に目を奪われる。それは意外にも普通の絵だった。その絵に「見つけられた」と感じた窪島は、戦没画学生の絵を全国から集めて新たな美術館を設立しようと決意、野見山と共に絵を集める旅に出る。莫大な建設費や非難に疲弊しながらも「無言館」設立に奔走する。(HPより抜粋)劇団ひとりの脚本で、浅野忠信(窪島役)と寺尾聰(野見山役)の掛け合いの演技は絶妙であった。

戦没画学生のエピソードが次々と披露された。2つ挙げる。
井澤洋さんの絵の1枚は「家族」。一家団欒の食卓風景である。決して裕福ではなかったが、このような食卓風景を希求した想像家族画である。また、出征直前に描いたという故郷の「風景」を目に焼き付けたいと思ったのであろう。

女性(雪江:檀ふみ)が、画学生の恋人(日高安典さん)が描いた自分の裸婦像の絵を上田市の無言館に観に行く。清楚な裸婦の絵である。「生きて帰ってきたら必ずこの絵の続きを描くから・・・と‥言い残し戦地へ発った」という。昭和20年4月19日ルソン島で戦死、27歳。


ここまで、無言館を続けてこられた昭和18年の生まれの窪島誠一郎さんも、すでに高齢者であり、さらに老いてゆかれる。
今後、無言館はどうなるのだろう。先の戦争で若くして亡くなった絵画の俊英たちの貴重な遺産が、適切な形で後世に受け継がれ守られていくことを心から祈念する。(2022/10/13 千葉市在住)


(追記)

叔父馬場孟臣の同級生の卒業写真(昭和19年9月)は写真館が消失したため存在しないとされていた。「東京藝術大学百年史東京美術学校篇 第三巻(平成9年)」にも掲載がない。ところが、じつは、卒業写真の試し焼きの点検を写真館から頼まれた当時在京の孟臣がその1枚だけを持っており、その後長崎へ持ち帰っていた。

私は、卒業写真の写しを、「藝大百年史(美校篇第三巻)」の発刊後にはなってしまったが、本巻執筆者の吉田千鶴子先生に届け、その後、遺族で制作した「早世の画家馬場孟臣(2014・非売品)」を吉田先生と東京藝大図書館へ贈呈した。(了)

           
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偽情報をばらまく演習もしていた 
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 「宮崎正弘の国際情勢解題」 
     令和四年(2022)10月12日(水曜日)
         通巻第7488号
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 中国軍の台湾侵攻演習でミサイルは11種類を飛ばした
  同時にオンラインの偽情報をばらまく演習もしていた
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 10月10日は台湾の双十節である。
蔡英文総統は双十節祝賀式典で、「中国による軍事威嚇や外交的圧力は懸念される。台湾海峡の平和と安定を維持するため、双方が受け入れられる方法を見つけたい」と述べた。
「台湾人と与野党の共通認識は主権と民主主義、自由な生活を守ることにあり、この点で妥協の余地はない。したがってミサイルや海軍の艦船など武器製造を推進し、中国軍の弱点を突いて侵攻を阻止する『非対称の戦闘』への備えを急ぐ」とした。

蔡英文総統の「理性的で対等な対話」呼びかけに対して、中国共産党は蔡政権が「一つの中国」を認めていないとして対話を拒否し、軍事的威嚇を続けている。

中国人民解放軍は、8月2日のペロシ議長訪台直後から台湾周辺海域の六カ所で実弾射撃訓練を行うと発表したが、この演習は党大会前に予め計画されていた。

というのも習近平国家主席兼中央軍事委員会委員長は 2015 年から着手してきた軍事改革がすでに
7 年を閲していたので、統合された戦闘能力を証明する必要があった。
 6
つの演習海域のうち、台湾の南と北東の海域は、台湾との間の船舶交通の遮断をシミュレートする目的があり、また台湾海峡の中央線に近い西側の演習地帯は弾道ミサイルを発射演習だった。
 同時に台湾海峡長距離砲ロケットを発射し、台湾東部の演習地帯に関しては準備段階を示した。
 演習は 8 月 4
日に開始され、複数の東風シリーズの弾道ミサイルが台湾沖の海域に向けて発射された。東風11(DF11)、DF15、DF16など、合計11発の異なる種類の弾道ミサイルが標的地域に向けて発射された。

 軍事演習に加えて、中国は偽情報キャンペーンを展開した。
偽情報と真実を大量に混ぜ合わせ、台湾当局に対する国民の信頼を損なうことを目的としたデマをオンラインで広めた。例えば、「桃園国際空港は中国からのミサイル攻撃で被害を受けている」

 台湾政府の Web サイトがハッキングされたとする偽情報も加味された。
これらは台湾危機に際して、情報セキュリティが修復不可能なほど危険にさらされる危険性を提示したが、偽情報キャンペーンと認識する台湾人はパニックに陥入らなかった。むしろ中国の手口をしることができた。

 台湾有事に対応する日米は共同演習が新段階に入った。
10月10日から14日まで、米海兵隊と陸上自衛隊は合同実弾射撃訓練を行う。
日米両軍は連携を深め、台湾の状況に対応した、日本の南西諸島と島嶼を防衛する「離島防衛作戦」をシミュレートしつつ、抑止力、抵抗力、対応力を強化する。米海兵隊はハイマース(高機動多発ロケットシステム)も24発使用した。この作戦名は「レゾリュート・ドラゴン22」  

   □☆◎☆み□☆☆□や☆□☆□ざ☆□☆□き  
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 ユダヤ人を救った動きを影でささえた将軍がいた
   直筆の回想録を再検証、復刻新版は日本人必読

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樋口季一郎『陸軍中将 樋口季一郎回想録』(啓文社書房)
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 歴史にのこる二つの偉業がある。
 第一はナチスの魔手から逃れてきたユダヤ人を樋口季一郎の主導で、極寒の満州で救済したこと。これは「樋口ルート」と呼ばれた。
樋口は外国語学校でロシア語を専攻し、またポーランド駐在武官としてウクライナ、ドイツなどを視察している。
 樋口はシベリアにあって諜報活動にも従事していたため、ロシア人、ユダヤ人を観察していた。

 彼はこう書き残している。

 「ロシア人は本質的にユダヤ人を好まぬ。これを軽蔑する特種の感情をもっていた。彼らユダヤ人は、一方においてユダヤ人を含むロシア過激派を蛇蝎視するかたわ
ら、一般ロシア人に対する反感を抱いている。ところが日本人は、昔からユダヤ人に対する特別の交渉ももたず、ユダヤ民族を同胞として待遇せざるべからざる何らの歴史をもたない関係からただ彼らを『外国人』として平等に待遇したのみでなく、金力に富む彼らを一般外国人の上位に置いて考えたものである。否、特別にこのような意識をもった訳ではないにしても結果的にそのような待遇を与えたのであった」(106p)。

 第二の樋口の偉業はポツダム宣言受諾後に北海道を狙って侵攻をつづけたソ連軍を食い止めたことだ。

 この将軍には篤い日本人の熱血と人道主義があった。あの北海道防衛戦がなければ、ソ連は千島どころか北海道も占領していただろう。
 樋口は大東亜戦争中の1942年8月1日、札幌に司令部を置く北部軍(のち北方軍・第5方面軍と改称)司令官として北東太平洋陸軍作戦を指揮した。
 1943年5月、アッツ島守備隊は玉砕した。
しかしキスカ島撤退は成功した。キスカ島撤退作戦に際しては中央の決裁を仰がず樋口の一存で撤退作戦を遂行した。

日本の降伏直前、1945年8月10日、ソ連が対日参戦し、樋口は占守島、南樺太におけるソ連侵攻軍への抗戦を指揮し、成功させた。
 スターリンは当時軍人として札幌に在住していた樋口を「戦犯」に指名したが「世界ユダヤ人会議」が、世界中のユダヤ人組織を動員しロビー活動を展開した。

 連合国軍最高司令官マッカーサーはソ連からの引き渡し要求を拒否、樋口の身柄を保護したのだった。
樋口は戦後、宮崎県小林、神奈川県大磯、大阪豊中、そして長男の転居に伴い、最後は東京に暮らしながら、戦友たちの慰霊をつづけ、昭和四十五年没。
享年82歳だった。

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●樋泉克夫のコラム ●樋泉克夫のコラム 
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樋泉克夫のコラム
【知道中国 2433回】 
   ──習近平少年の読書遍歴・・・「あの世代」を育てた書籍(習99)

   ▽
 文革は小児病棟すら「毛沢東思想の学習・宣伝のための大教室」にしてしまう勢いだったわけだが、どう考えても正常ではない。だが子供の読者に向かって、その異常事態を正しいこととして教えるのだから、やはり異常が常態化した超異常な時代だったことになる。

 今(2022)年2月に出版された『中国共産党簡史』は、文革は「社会主義建設に関する多くの正しい思想が貫徹されず、最終的に内乱になった」と記す。
ならば「(小児)病棟を毛沢東思想の学習・宣伝のための大教室」にすることが「社会主義建設に関する多くの正しい思想を貫徹」することなのか。
はたまた「病院は静かに病気を治すところ」との考えは「社会主義建設に関する多くの正しい思想」には組み込まれないのか。

 このような社会環境において、現在の、そしてこれからの中国を導こうとする世代が幼少年期を送ったことを、やはりハッキリと記憶しておくべきだろう。
 とは言うものの、時代は文革の真っ盛り。これまでも見てきたように、上海人民出版社から「社会主義建設に関する多くの正しい思想」に導かれた『紙の爆弾』がまるでキンタロー飴のように出版され、子供の世界で炸裂し続けるから、じつに恐ろしい話である。

 先ずは『心紅似火』(上海港工人業余写作組編)だ。体裁は16cm(縦)×13cm(横)で20頁前後の小冊子風。2410回で示しておいた『夜航石頭沙』、『胸懐朝陽戦冰雹』、『宋師傅学外語』、『優秀的共産党員 ──陳波』、『為革命読書』と同類だ。
 時は文革渦中のある年の7月。上海某埠頭案内所で旅客案内係を勤める主人公の魏心剛は私心を捨て、奇跡的と思えるほどに旅客のために働く。まさに「為人民服務」の『権化』としか言いようはない。

 行く先の住所を書いたメモを失くし途方にくれる老婆と孫の2人連れを見れば、まさに天啓のように、耳元から「べチューン同志は自らのことなど寸毫も考えず専ら他人に尽くす精神をもって、仕事に対する極端なまでの責任感、同志と人民とに対する熱情を表現した」との「毛主席の暖かく親切な声が聞こえて」くる。毛沢東信仰極まれり、である。べチューンとは共産党革命のために誠心誠意尽くしたとされ、文革当時、「為人民服務」の象徴として全人民が学習すべき模範だと、毛沢東が極端に持ち上げたカナダ人医師である。

 ある列車に乗っているはずの妻を捜してくれとの長距離電話を受けるや、魏心剛は出発間際の列車の通路を走り回る。だが見つからない。焦るばかりの心に、今度は「事に当たっては細心であれ。大雑把は失敗の元だ」との毛沢東の声、いや『お告げ』が聞こえてくると言う寸法だ。かくて落ち着いて周囲を観察すると、それらしい女性を発見する。

 事の仔細を告げ、荷物を持って急いで列車から降りる。その刹那、汽車は動き出す。すると「我われに必要なのは熱烈にして冷静な心であり、緊張しつつ秩序だった仕事ぶりである」との毛沢東の教えが頭の中に浮かんでくるというのだから、やはり尋常ではない。有り体に表現するなら、恐るべし毛沢東思想教育、である。

 毛沢東思想教育が涵養する『社会主義聖人君子物語』でもある『心紅似火』は、旅客や同僚の輪の中で、主人公である魏心剛が「我々は全て五湖四海(せかいかくち)からやってきて、共同の革命という目標のために手を携えて一緒に進もうではないか・・・」との『毛主席語録』の一節を朗々と読み上げるところで幕となる。

──かくも見事な予定調和物語はともかく、気になったのが魏心剛の上司の執務姿を描いた挿画である。絵の中の上司の後ろの壁には、「大海渡るには舵取りに頼る。革命は毛沢東思想に頼る 林彪「一九六七年十一月廿九日」との林彪の揮毫が張られているのだ。

 『心紅似火』の奥付けには「1971年2月第1次出版」と記されている。出版から4か月後の同年6月に香港の中国系の学生書店で購入したものだ。

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  読者の声 どくしゃのこえ READERS‘OPINIONS 読者之声
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(読者の声1)10月14日(金曜日) 午前11時からのニュース解説生番組「FRONT 
JAPAN」は宮崎正弘氏と大高未貴さんのコンビでお送りします。
テーマは「半導体、5G通信、中国猛追に息切れ」の予定です。(日本文化チャンネル桜)
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(読者の声2)
貴誌連載中の「知道中国【2432回】──習近平少年の読書遍歴・・・「あの世代」を育てた書籍(習98)」を読んで。
 毛沢東が少年・少女を介して人民に訴えたかったのは「滅私奉公」・「利己より利他」ではなかったでしょうか。
徹底的な自己中で自分の利の為なら他人が死のうがどうなろうが構わない精神、そこが中華人民の最大の弱点であると見抜いたからこそ、その様にあって欲しいと願った毛沢東の心情が判ります。督戦隊がないと闘わないで逃げ出す人民を知っていたのです。
この紅少年・少女の物語は、特攻兵であり樺太真岡電信局女性の中華版です。
 では、その「偉大な中華民族」は変身したでしょぅか?
 共産主義は、歴史上になかった滅私奉公の人民に生まれ変わらせることが出来たでしょうか? そうでないから、毛沢東を引き合いに出して米国との戦争を前に必死にその様にあれと訴えているのが、習近平同志ではないでしょうか。
 自衛の装備を充実して来る台湾進攻に備えるのも必要ですが、中華人民の弱点を附く情報戦も有効です。
 人民は「張り子の虎」で強がり、相手が弱いと見たら居丈高になり情け容赦なく攻めて来ますが、相手が強い・自分が死ぬかもしれないとなれば恥も外聞の気にせず即座に逃げ出します。督戦隊を必要とした訳です。(細谷清)

   ♪
(読者の声3)62年前、10月12日には社会党書記長・浅沼稲次郎氏が暗殺された。舞台の上での現場を報道陣のカメラが記録する。故山口二矢氏は、古風にも短刀で日本国体の赤化・崩壊を防ぐ為に、陽明学的に行動する。裁判を待たず、独房で、古風にも自決する。故三島由紀夫氏は、18歳の彼を高く評価していた、らしい。小説、評論、劇、映画、テレビ出演、の無力、無駄を痛感していたのだろう。10年後、氏は市ヶ谷で、古風な自決をする。
 62年後の今、浅沼氏より数倍、数百倍の害を犯している左、右の売国奴・政治家官僚は、安心安全な暮らしをしている。が、ひょっとすると、安倍総理暗殺・葬儀がきっかけとなる、かも知れない。
自決とは、極めて情報発信量が高く、時空間を超えて消滅しない。故福田赳夫首相は「人の生命は地球より重い」と述べ、「超法規的措置の発動」という貴重な前例を残した。翻訳すると、命をかけるべき大義のためには、超法規、違法行為も認める、という意味にも解釈できる。全ての戦争は超法規であり、当事国にとっては、必要な善なる戦いである。(在米のKM生)

   ♪
(読者の声4)今年の米国中間選挙では大きな変動が予想されます。それは日本にも少なからず影響があるものと思われます。そこで長年ワシントンDCで活動されているジャーナリストを講師にお招きし、そのような問題に関して詳細に語って頂きます。貴重な機会ですので多くの方々の御参加を待ち申し上げております。
       記
  日時 11月16日(水)午後6時〜7時45分(受付:5時30分〜)
  会場 憲政記念館(代替施設)1階 第2会議室 (永田町1─8─1)
  講師:古森義久(産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長を歴任。ボーン国際記者賞、日本新聞協会賞、日本記者クラブ賞を受賞。著書は「ODA幻想=対中国政策の大失態」「米中対決の真実」「韓国の奈落」「アメリカの悲劇!」など多数)。
 参加費 2,000円/40名(定員に達しお断りする場合があります。マスク着用をお願いします)
お申込み・お問い合わせは全て下記メールアドレスのみ。緊急連絡先(09086785518)
参加ご希望の方は、お名前、メールアドレス、お電話(携帯番号)を、尾崎財団アドレスinfo@ozakiyukio.jp
まで11月14日(月)までにお送りください。
  (グローバル・イッシューズ・インスティチュート)

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(読者の声5)『日本の息吹』の安倍元総理追悼特集号は各界代表凡そ150名ほどの追悼記事が並んでいます。とくに政治家、文化人の記事がおおい保存版です。
https://www.nipponkaigi.org/opinion/archives/15214#header
 さて殆どの人が追悼の思い出と、交際逸話、そして安倍さんとの距離を表していますが、なかで際だって異色なのが宮崎正弘先生のコメントでした。
 ヤマトタケルの悲劇と比較された上、増上寺から永田町を霊柩車が通過するときに雨に降られたことを「古代の神々の涙」と比喩されました。
悠久の歴史認識から発せられた文章と感銘を受けました。とともに宮崎先生が、この数年、中国論に平行して歴史物シリーズをさかんに出され、明智光秀、徳川家康の近世、吉田松陰、西郷隆盛の幕末ものもさりながら、近年は古代史だけでも古事記、神武天皇、古志など数冊を矢継ぎ早に出されましたね。
書店に並んでいても手に取ったことがなかったのですが、追悼文の意味の深さを思い、これから順番に、この先生の歴史シリーズを拝読させていただこうと考えています。
   (HD生、さいたま市)

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(読者の声6)ウクライナの大統領と議会は、「北方領土は日本のモノだ」と国会決議したようだ。
 この意図はロシア軍の兵力をウクライナ方面できるだけ集中させないようにするために、「日本がこの機会をとらえて北方4島を奪還すべく動き出すかもしれないよ」とロシアに示したいのであろうし、彼らからすれば日本だってせめてこんな「後方支援」を日本がしてくれてもいいのではないか、
このチャンスを日本はなぜ「利用」しないのか?と思っているのだろう。
この動き対して、あの鈴木宗男氏は「戦後の国際的諸手続き(ヤルタ協定、国連憲章、ポツダム宣言、サンフランシスコ平和条約)等で、ロシアが現在実効支配しており、二国間で解決すべき問題であり、ロシアを刺激しても何も得るものはない。」
「この問題は多国間で協議する話ではなく、日本とロシアの二国間の問題だと結論付けられ、その後、G7でも取り上げられる事はなかった。今回、ウクライナが日本を表向き支持する姿勢を示しているが、国際的には何の影響も与える事は出来ない。表面だけを見るのではなく、歴史的経緯、事実を踏まえて判断して戴きたい」
と述べたと報じられている。
でも「戦後の国際的諸手続き」を「今回も」根元から破壊し武力行使を始めたのはいったい誰なのか?どさくさまぎれに北方4島を奪いとったのは誰なのか?ロシアという国のいつものやり方を鈴木氏は「歴史的経緯、事実を踏まえて判断」して発言をしていただきたいと思う。


 それにしても何かが起きると「最も強い言葉で非難する」を連発する岸田総理の連休中の動きをみると、台湾(尖閣問題)・北朝鮮(拉致/核武装)・ロシア(北方領土)など、わが国の安全に関して深刻な国際情勢がひたひたと迫ってきている緊迫感が全く感じられない。ウクライナに示唆されるまでもなく、ウクライナ・ロシア戦争を我が国の外交にどう生かすかを、強かに考える人物はいないのだろうか?
これが私の「徳川家康480年の孤独」の読後感想となりました。(SSA生)

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重 要 情 報
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◎ 編集長ピックアップ=宇田川尊志

 身勝手な人間は尽きないものです。最近起きた、あるいは発覚した事件を振り返るにつれ、その思いは強まります。

 7月8日に奈良市内で起きた安倍晋三元首相の銃撃事件は、3カ月がたち、現場で取り押さえられた容疑者の人生が明らかになってきました。世界平和統一家庭連合(旧統一教会)に母親が多額の寄付を繰り返し、家庭が崩壊。教団に恨みを募らせた容疑者は当初、教団トップの襲撃を考えていたそうです。しかし、なかなか接触できないなどハードルが高く、教団関連団体のビデオあいさつに出演した安倍氏を狙うようになったようです。

 自らの家庭が崩壊した経験から、安倍氏の家族の悲しみ、憤りに考えが及ばなかったのでしょうか。国葬で涙した昭恵夫人、言葉に詰まりながら弔辞を読んだ盟友の菅義偉前首相…。容疑者の身勝手さは決して許されることではありません。
▼「しっかり者」憎しみ募らせた末に 教団元幹部が見た山上容疑者
▼菅義偉前首相「真のリーダーでした」 友人代表の追悼の辞全文

 東京地検特捜部による東京五輪汚職事件の捜査は続いています。受託収賄容疑で3回逮捕された東京五輪・パラリンピック組織委員会元理事は、五輪のスポンサー企業や広告会社に便宜を図る見返りに、自身が経営するコンサルタント会社や知人のコンサル会社に資金提供させたという疑いを持たれています。

 新型コロナウイルス禍が収まらない中、全力プレーをしたアスリートや大会を支えたボランティアスタッフらの努力を無にする身勝手さと言わざるをえません。事件によってこれほど不審の目でみられた五輪はあったでしょうか。当時の組織委幹部が考えを発信したり、自ら調査を始めたりといった行動があってもいいものですが、見えてきません。自浄作用が働かなければ、札幌市による2030年冬季五輪・パラリンピック招致にも影響が出てくるでしょう。
▼【スポーツ一刀両断】スポーツ界よ、もっと怒れ 増田明美

 回転ずしチェーン「かっぱ寿司」を運営する「カッパ・クリエイト」の社長が、ライバルの「はま寿司」から営業秘密を持ち出したとして、不正競争防止法違反容疑で逮捕された事件。はま寿司を運営するゼンショーホールディングスからカッパ社に移籍時の犯行とされています。根底には、容疑者自身の立場や保身を第一に考えた身勝手さがあったのでしょう。あきれるばかりです。
▼【衝撃事件の核心】競争激化のすし業界 カッパ社長に魔が差した瞬間


◎◇◆◇唸声の気になるニュースとストリートビュー 2022年10月16日◇◆◇

▼唸声一行日誌/今週の気になったことを一日一行に

10/10(月) ロシア前大統領のメドベージェフをウクライナ指名手配、プーチンは?


10/11(火) クリミア橋破壊テロでロシアミサイル報復、今までは何のテロ報復?


10/12(水) サイゼリヤ「値上げしません」宣言、海外店が円安で増益のため

10/13(木) マイナ保険証義務化、そうしないとマイナカード登録が進まない

10/14(金). 北朝鮮軍機、10機南北境界線飛行、またミサイルも挑発三昧

10/15(土) GDP2%海保も入れる?でも海保は軍隊ではない!自衛隊も同じ!

10/16(日) トルコ炭鉱事故41名死亡、原因はメタンガス?石炭も貴重な資源


今週号は以下をご覧下さい
https://ameblo.jp/unarigoe/entry-12769602571.html

今週の一言
ある事件で60代の高齢者と言う件がありましたが、69歳であれば高齢者と分かりますが、61歳で高齢者はどうでしょうか?自分も60歳を優に超え、四捨五入すれば70歳、しかし高齢者と言う感覚はありません。若い人たちから見れば、高齢者なのかもしれませんが・・・。



年金問題ですが、給付延長となりますかね。65歳も何年続くか?すぐに70歳になりそうです。今の年金制度じゃダメだと話は出てきますが、具体的な改革案はどうなっているのでしょうか?単純に原資が少なくなれば、配分を減らすか配分を遅らせる。もしくは原資を増やすとなります。もう一つ忘れてならないのは、事務経費が掛かり過ぎているのではないかと言うこと。コロナの時のような莫大な事務経費は掛かっていないのかもしれませんが、それでも見直しは必要ですね。一般企業であれば、考えられないような経費が掛かっているのではないでしょうか?ちなみにコロナ関連の給付10事業、総額28兆2962億円のうち事務経費は6756億円、マイナンバーカードがもっと普及していればどれくらい事務経費は削減できたでしょうか???


唸声千流<ねを上げて減るのは腹と給付金>

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