2022年10月19日

わたなべ りやうじらう のメイル・マガジン

わたなべ りやうじらう のメイル・マガジン
               頂門の一針 6294号
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   2022(令和4年)年 10月19日(水)


         安保法制と細野氏の反省:阿比留瑠比
      
           史上最悪の外交的敗北:伊勢雅臣

     私の夢、事業部の夢:前田正晶

         「安倍路線の継承、堅持」:岩田 温

        国慶節連休に九寨溝観光初日:宮崎正弘 
                 

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 安保法制と細野氏の反省
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【阿比留瑠比の極言御免】


 以前から何度も感じてきたことだが、政治家は「民主党的なるもの」から距離を置けば置くほど客観的に常識的になり、どんどんまともになっていく。最近は特に民主党で幹事長まで務めた後に離党し、現在は自民党に所属する細野豪志元原発事故担当相の言動に、刮目(かつもく)することが多い。

[「判断間違っていた」]

 細野氏は「日本戦略研究フォーラム季報」(10月1日秋号)で、安倍晋三元首相の「わが国の安全保障で果たされたご功績に報いる」との決意を記し、反省を込めて訴えていた。

 「安倍元首相の最大の功績は数多くありますが、中でも2015(平成27)年の安全保障関連法の制定はその最たるもの」「国民世論の反対はあっても安保関連法を制定するという判断が正しく、当時の私を含む野党の判断が間違っていた」

 細野氏は民主党政調会長時代、集団的自衛権の行使を限定容認し、米国との同盟関係の実効性を高める安保関連法案についてどう言っていたのか。「憲法違反の法律」とまで酷評していたのである。

 この点について細野氏は同じ季報で当時、国会前で同法案反対集会で自身が演説した内容と思いを次のように振り返っていた。

 「『憲法違反』という表現は使わないと決めていましたが、聴衆の反応に合わせて最後は『法案の成立を阻止する』と発言しました。自分が目指してきたものと自らの現実の姿のギャップを痛感しました。元来楽天家の私ですが、あの街頭演説の後は自己嫌悪で落ち込みました。

 民主党とその周囲に漂いまとわりつく「空気」にあらがえなかったのか。細野氏は当時、安保関連法成立で徴兵制が復活するともあおっていたが、それも反省していることだろう。

[再び同じ対決路線]

 同様に29年4月に民主党の後裔(こうえい)である民進党を離党した長島昭久元防衛副大臣が離党記者会見で、こう述べたのを連想する。

 「特定秘密保護法も安保関連法も憲法改正論議も共謀罪もすべて反対、徹底抗戦、廃案路線で突き進む。行き詰まると、院外のデモ隊の中に飛び込んでアジる、あおる、叫ぶ。そこには熟議も建設的な提案もない」

 提案路線を引っ込め、再び対決路線に戻った現在の立憲民主党も、似たようなものか。こうして党内の中道派は居場所を失い、左派政党へと純化していく。

 ともあれ、細野氏は菅直人政権の一員として自身が関わった東京電力福島第1原発事故対応に関しても、反省の弁を述べている。例えば昨年、事故から10年となる前には率直にこう記した。

 「10年前の反省の一つは、科学に反する報道に対して、『反論』しなかったこと。政府には原発事故の責任があったので『説明』に留めた。結果として風評が拡散し復興は遅れた。同じ過ちを繰り返してはならない」(令和3年2月21日のツイッター)
 菅直人氏ら5人の首相経験者が「(原発事故により)多くの子供たちが甲状腺がんに苦しみ」と、事実と異なる書簡を欧州連合(EU)に送った際も、事故当時上司だった同氏を批判した。

 「菅直人元首相は避難範囲の決定をした責任者だ。原発事故により甲状腺がんが増えたと主張するなら自らの政治責任をどう取るのか」(今年1月30日ツイッター)

 論語に「過ちては改むるにはばかることなかれ」とある。現在も立民に所属する数少ない保守系議員は初心に立ち返り、自由に発信する細野氏らを見習ってはどうだろうか。

(産経新聞論説委員兼政治部編集委員)

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  松本市 久保田 康文 

産経新聞令和4年10月13日号採録
         

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「日中友好50年」〜史上最悪の外交的敗北
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           地球史探訪:伊勢雅臣

「中国共産党が言っていることを信じているレベルでは、日本人は将来、とてつもない不幸を背負うことになる」

■1.モンスター国家を育ててしまった「日中友好50年」

 本年9月29日は「日中国交正常化50周年」の記念日でした。50年前、1972(昭和47)年のこの日、田中角栄、周恩来両国首相が日中共同声明に署名しました。ちょうど半世紀の区切りの年で、一応、記念式典も開かれましたが、国民の間ではしらけムードが支配的でした。

 なにしろ、日中共同の世論調査では、日本で「中国に良くない印象、またはどちらかといえば良くない印象」を持つ人が90.9%、中国側でも66.1%の人が日本に対して、同様の印象を持っています[NHK]。この数字だけ見ても、「日中友好50年」の歴史は、大失敗だったことが分かります。

 国民感情だけではありません。尖閣海域での傍若無人な領海侵犯、台湾に対する武力威嚇、チベットやウイグルでの人権弾圧、世界の発展途上国を債務の罠に陥れている一帯一路、等々、中国は今や世界の平和と安定を脅かすモンスター国家に育ってしまいました。

 この「日中友好50年」の間に、3兆7千億円近くのODA(政府開発援助)を貢ぎ、また日本企業の対中投資残高は2020年時点で約19兆円にも上っています[Wedge]。我が国の政府・企業は身を削ってモンスター国家を育て、国際社会に大きな危険と損失を与えてしまいました。

 最近のベストセラー、門田髀ォ氏の『日中友好侵略史』では、「おわりに」で「国交正常化五十年を機に、その歴史を日本は振り返り、これを教訓とし、二度と同じ失敗をしてはならない」と述べています。今回は同書を頼りに、失敗の原因の一端を見ておきましょう。


■2.「国交正常化をできるのは、田中だ」

 かつて自民党内で「元帥」と畏怖されていた木村武雄という衆議院議員がいました。佐藤栄作首相にも直言できる大物議員でした。中国共産党中央委員で対日工作の責任者・廖承志(りょうしょうし)は早くから木村武雄と接触し、二人は何度も会って、日中国交回復について議論を交わしていました。

 やがて田中角栄が頭角を現すと、木村は田中を首相にして、日中国交正常化を進めようとします。木村の秘書を務めていた息子の木村完爾は、当時をこう回想しています。

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国交正常化をできるのは、田中だ、日中国交正常化を武器にすれば政権がとれる、それをしなければならない、と田中さんを説得していました。ライバル福田(赳夫)さんは台湾派のほうに連なっていますからね。私には俺が田中政権をつくる≠ニよく話していましたよ。[門田、p111]
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 木村の後押しを得て、田中軍団は「中国」を前面に押し出して、自民党総裁選に突き進みました。「いま中国に舵を切らなければ、欧米に遅れをとってしまう」「かつての大戦で迷惑をかけた日本だからこそ、中国に目を向けなければならない」、、、。

 田中は「日中国交」を旗印にして、福田を破り、政権を取りました。しかし、それによって田中政権は「日中国交」で失敗も後戻りも許されない状況に、自らを追い込んでしまったのです。


■3.「なにか仕組まれているような気がした」

 田中政権の誕生が昭和47(1972)年7月6日、そして9月29日には北京を訪問し、共同声明で日中国交正常化が発表されました。

 一方、アメリカは電撃的なニクソン訪中を田中訪中の7ヶ月前に果たしたものの、正式な国交樹立は7年後の1979年でした。米国の7年に対し、田中政権は3ヶ月。国際的な外交常識から言っても、異常な「拙速」でした。

 北京の迎賓館に到着した田中角栄首相と大平正芳外相の一行十数人を、周恩来首相が出迎えて、一人ひとりと握手していきました。大平の秘書官・森田一は、その時の驚きをこう語っています。

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 中国側は秘書官の名前も全部、わかっていたんですよ。だって、周恩来さんは、僕に森田さん≠ニ言ったんです。事前に勉強しているんですよ。一人一人について全部わかっているような感じでしたね。途中で、この交渉を通じて、なにか仕組まれているような気がしたのは事実ですね。[門田、p221]
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 後に、門田氏は森田氏にこう聞いています。

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「中ソ対立が極限まで達し、北京や上海では、当時、ソ連の核攻撃に備えて避難訓練もおこなわれていました。また、文化大革命による破壊で、あらゆるものが機能不全になり、中国全土が荒野≠ニ化していたことはご存じでしたか」

 森田の答えは、こうである。
「いま分析すると、中ソ対決の情報が欠けていたと思いますね。それに文化大革命で中国が荒廃しつくしていることも知りませんでした。橋本中国課長がそういう情報を取っていなかったか、上げていなかったかということでしょう。[門田、p221]
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 ソ連との対立、文化大革命による荒廃と、日本を味方につけ、日本の力での経済再建を切実に必要としてのは中国でした。一方、日本は「欧米に遅れるな」という程度の動機しかありませんでした。これほど拙速に動く必要はなかったのです。

 この立ち位置を全く生かせなかったのは、外務省の橋本中国課長が中国側の状況の「情報を取っていなかったか、上げていなかったか」でした。取っていなかったとしたら信じられないほどの無能の極み、上げていなかったとしたら日本の国益よりも中国の国益を優先する「背信」です。


■4.「賠償を放棄するというのも、彼らのやり方なんだよ」

 訪中前に田中が心配していたのは、戦争の賠償問題でした。とてつもない金額を要求されたら、日中国交正常化への国民の期待も一挙に失われ、それを旗印にしていた田中政権が吹き飛ぶことは間違いありませんでした。

 その状況を把握していた周恩来は、公明党の竹入義勝委員長を北京に招待しました。公明党・創価学会は中国がかねてから重点目標として、池田大作・名誉会長には120以上の名誉教授などの称号を贈りつづけ、また竹入委員長も周恩来首相自ら日中国交の希望を伝えていた人物でした。

 周恩来は竹入と会って、直接、賠償問題を持ち出しました。「毛主席は賠償請求権を放棄すると言っています。賠償を求めれば、日本人民に負担がかかります。そのことは中国人民が身をもって知っています」と言って、日清戦争後に日本に払った賠償の重さを語りました。後に竹入はこう書いています。

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 私は五百億ドル(注=十五兆円以上)は払わなければと思っていたので、全く予想もしない回答に頭がクラクラした。周首相は「田中さんに恥をかかせませんから、安心して中国に来てください」と自信たっぷりにいった。[門田、p160]
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 竹入の帰国後、この報告を受けて、田中は訪中を最終的に決断したのです。

 この点について、佐藤慎一郎・元拓殖大学特任教授は門田氏にこう語っています。佐藤教授は、辛亥革命で孫文を助けた山田良政、純三郎兄弟の甥で、満洲や支那大陸に深く潜行して晩年の純三郎を助け、戦後も内閣調査室で中国情報の分析をおこなって、時々の総理大臣に中国情勢の解説を行った人物です。

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 賠償を放棄するというのも、彼らのやり方なんだよ。これで際限なく日本から資金を引き出せるわけだからね。一度で終わらせるのではなく、延々とつづけさせる。実際、日本が中国に対して出すお金には、かぎりがないでしょ。こういう彼らのやり方を知らないまま田中と大平は中国に乗り込んだ。日本にとって、この交渉は本当に悔やまれる。[門田、p259]
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■5.「中国で千数百万人、二千億ドルの損失を与えながらご迷惑≠ニは何事か」

 田中総理一行が北京につき、最初の会談が行われた後、約6百人が参加して周恩来首相主催の歓迎夕食会が開かれました。周恩来の歓迎挨拶の後、田中総理の挨拶が始まりました。

 この時、大きな問題が起こりました。田中が「我が国が中国国民に、多大なご迷惑をおかけしたことについて、私は改めて深い反省の念を表明するものであります」との言葉が、中国語に翻訳された時のことです。

 それまで「角栄」節の一区切り毎に翻訳されて満場の拍手が響き渡っていたのに、この時は急に場内が異様な沈黙に包まれました。その後の会場は明らかに盛り上がりが失われました。

 周恩来はその時は黙っていましたが、宴会が終わり、田中と握手して別れる時に、「田中さん、"ご迷惑をかけました”という日本語は軽すぎます」と抗議をしました。翌日2日目の日中外相会談では、中国側はこの問題を蒸し返しました。

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 日本軍国主義は、中国で千数百万人、二千億ドルの損失を与えながらご迷惑≠ニは何事か。言葉が軽すぎるし、誠意がない。これは受け入れるわけにはいかない。[門田、p230]
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 日本側は「あれはきちんとした謝罪だった」としか言えませんでした。この部分の、中国語の翻訳は「添了麻煩」で、誤って女性のスカートに水をこぼしてしまい、「あっ、すいません」という程度の謝罪だといいます。この言葉で、満場の中国人が黙り込んでしまったとは、明かな誤訳です。

 スピーチの翻訳は橋本中国課長に任されており、彼は戦前にハルピンに生まれた、外務省でも一番、優秀な翻訳官に任せていたそうです。そんな翻訳官が、満場の中国人がみな不快に思うような明かな誤訳をする、などと言うことがあるでしょうか? そんな初歩的な誤訳に中国課長が気がつかない、というのも異様です。それも、もっとも日中間の機微に触れる謝罪問題で。

 門田氏は「中国側にとっては、『添了麻煩』問題は『しめた』というものだったろう」と述べて、あくまで不作為のミスと捉えているようですが、筆者個人としては、ここにも森田一秘書官の言った「なにか仕組まれているような気」がするのです。

 二回目の首脳会談でも、周はこの問題を厳しく追及してきました。ここで攻勢に出た中国側は、台湾問題でも日本側を押しまくります。最終的には、台湾との外交関係は解消されること、「二つの中国」の立場はとらないことなど、橋本中国課長が書いた文書を大平外相が読み上げて、なんとか共同声明にこぎ着けました。

 大平は、最後には「これらのことについて中国側のご理解を得たい」と、悪さをして叱られた生徒が先生に謝るような口ぶりになってしまいました。


■6.「日本がこの方面で一歩先んじていくように仕向けていた」

 こうして、本来なら日中国交正常化を急ぐ必要もない日本側が、いつのまにか「中国側のご理解」をいただいて、その後の膨大な援助を「させていただく」という形になってしまいました。

 こうした「史上最悪の外交的敗北」をもたらした責任が、日中国交回復を政権奪取の旗印とした田中角栄の私心だけでなく、橋本中国課長を代表とする外務省の無能、または背信にあったことは明らかです。

 この橋本課長は、1989年の天安門事件の際には、中国大使に出世しています。自国の多くの学生青年たちを戦車で虐殺する残虐さに欧米諸国が一致して対中非難に結束していた中で、橋本大使と、あの慰安婦に関する河野談話で悪名高き河野洋平官房長官が、対中制裁解除に奔走します。そして天皇訪中まで実現して、対中制裁の輪を崩してしまいました。

 当時の中国の外交部長(外相))銭其しん(王へんに深のつくり、せんきしん)は、回想録『外交十記』でこう書いています。

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 日本は西側の対中制裁の連合戦線の最も弱い輪であり、中国が西側の制裁を打破する際におのずと最もよい突破口となった。
 当時、われわれは日本がこの方面で一歩先んじていくように仕向けていた。西側の対中制裁を打ち破るだけではなく、さらに多くの戦略的な配慮があった。すなわち双方のハイレベル往来を通じて、日本の天皇の初めての訪中を実現させるよう促し、中日関係の発展を新たな段階に推し進めることだった。[門田、p283]
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■7.「とてつもない不幸」をもたらした日本外交の失敗

 ここでも日本外交は中国外交に操られていたことが分かります。天安門事件で、モンスター国家はその正体を世界にさらけだしたのです。欧米諸国とともに、日本が対中制裁に加わっていれば、少なくとも率先してその輪を崩したりしなければ、モンスターの成長を止められたチャンスでした。日本外交はそのチャンスも台無しにしてしまったのです。

「賠償を放棄するというのも、彼らのやり方なんだよ」と喝破した佐藤翁はこうも語っていたそうです。

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 日本人は中国人のことを知らなさすぎる。そしてもっと日本人が知らないのは、私たちが思っている中国人と中国共産党の人間がまるで違うことだ。中国共産党が言っていることを信じているレベルでは、日本人は将来、とてつもない不幸を背負うことになる。[門田、p260]
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 外務省の本来の仕事は、この佐藤翁のように交渉相手をよく理解して、我が国の国益のための外交政策を考えることでしょう。それをまったくしていなかった外務省の無能または背信によって、「日中友好50年」が日本人だけでなく、世界にとっても「とてつもない不幸」をもたらしたのです(文責 伊勢雅臣)



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 私の夢、事業部の夢
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前田正晶

「夢」には色々な意味があるが、ここでは「将来実現したい願望、理想」を言うのだ。

昨夜は実に不思議な夢を見た。それは、家内と外出するので(現実には先ずしないことだが)タクシーを呼んだのだった。やって来た車からは運転手さんが降りてきてドアを開けてくれた。乗り込むと運転席には誰もいないにも拘わらず車は動き出した。後方を見ても誰もいないのに、何処からともなく声が聞こえて操縦を指示してくるのだった。「なるほど、これが未来の自動車だった自動運転か」と納得して、動くが儘に任せていた。

車は何の問題もなく走り、カーブは無理のないスピードでキチンと曲がるし、道路に街路樹の枝が突きだしていれば淀みなく避けてくれた。実に快適だった。だが、信号があった記憶はなかった。そして、目的地に到着したところで目が覚めてしまった。不思議だったとする理由は「当方は運転免許を取ろうとしたことはないし、車の運転の仕方すら知らないし、自動車産業の動向には殆ど興味も関心もないのに、自動運転の車に乗ることが夢に出てきたこと」なのである。「何でこうなったのだろう」だった。

屡々人々を驚かせていたことはと言えば「車の運転をしないで、良くアメリカで仕事ができていたものですな。不便だったでしょう」という点だった。自動車とは「何処かの方が運転してくれて、自分はその方に任せておけば良い乗り物」だったのだ。

話題を変えよう。「夢を見るのは熟睡していないからだ」と何処かで読んだ記憶があるが、私は前立腺肥大のために夜間の頻尿に悩まされながら、その僅かの間隔しかない睡眠の間でも必ず夢を見ているのだ。その夢の特徴はと言えば「昭和16年に転地療養のためにほんの僅かの間住んでいた家に帰ろうとしても、どうしても帰れずに彷徨っている」か「勤務先である日本の会社の事務所に戻ろうとすると、先ほどまであったはずの私の席がなく、あてどなく事務所の中をウロウロしている」の何れかだ。

私自身が不思議だなと感じているのは、先ずウエアーハウザーの頃のような、アメリカ人たちが「オフィス」(=office)と呼ぶ「個室」に帰ろうとする場面が出てくることが全くない点なのだ。一大決心で辞めてしまった日本の会社時代のことしか夢に出てこないのは、余程アメリカの会社が性に合わなくて、元の勤務先が恋しくて戻りたいのだという、自分では意識していなかった願望があったのかと疑っている。

ここで「夢」(=将来実現したい願望、理想)を語って見よう。実は、件名に取り上げた夢は広辞苑では最後に出てくるアイテム(これがitemの本来の意味の項目だと思うのだが)である。そして、マスコミ式にいえば「貴方の夢は」とは「将来実現したい願望、理想」を指しているのだ。思うに、彼らマスコミが言いたいことは「誰しもが将来自分はこうありたいとの願望を持って生きているのだ」のようだ。

振り返ってみれば「戦時中から終戦後の何もない時代を経て、復興期を過ごしてきて、昭和20年4月の空襲で家から何から一切を失ってしまっていた私には「夢」などを思い描いている余裕も暇(イトマ)もなかった。アルバイトで学費を賄って早く大学を卒業して就職して、早い時点で未亡人になっていた母親を楽にしようと日夜考えていたのが「夢」と言えば夢だっただろう。そこを目指していたので、苦労したとか大変だったとの感覚が無く、ひたすら時が過ぎるのを待っていた。

では、39歳になってからアメリカの会社に転進したのは、そのような「夢」があったのかと問われれば「全くそんな事はありませんでした」と答える他ないのだ。何処からともなく自分に向かって流れてきた運命と運に身を任せて、自分の為と家族を養うためのより良き手段だと考えた結果だった。ではあったが、ウエアーハウザーに移ってからは、部門全体と全員の「夢」というか目標があった。

それは「液体容器原紙の日本市場における#1のシェアーホールダーになること」だった。この大目標を達成するためには、大袈裟に言えば、辛酸をなめざるを得なかった。だが、副社長以下全員が結束して如何なる困難をも踏み越えて目標を達成した。この「夢」が私の人生でたった一度思い描いた願望であり理想だった。しかしながら、それは私個人の夢ではなく、会社であり事業部の目標だったのだ。だが、良く解ったことは「目標があってこそ生き甲斐がある人生になる事」だった。


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「安倍路線の継承、堅持」
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           岩田温


【日本の選択】「国葬」への献花の列は異常批判に怒り覚えた人々 岸田政権が決断すべき「安倍路線の継承、堅持」 重要なのは岩盤支持層を失わないこと 


報道各社の世論調査によると、岸田文雄内閣の支持率が続落している。理由は明らかだ。一部メディアによる、「旧統一教会(世界平和統一家庭連合)問題追及」の名を借りた、安倍晋三元首相や自民党、そして、安倍氏の「国葬(国葬儀)」批判の影響だ。

旧統一教会の霊感商法などが問題であるならば、法治国家として、法に従って粛々と対応を進めればよい。だが、わずかでも旧統一教会の人間と接点があった政治家が、テロリスト以上の極悪人のごとく非難されるのは、中世の「魔女狩り」のようで、異常な光景だ。

左派メディアは、いわゆる「モリカケサクラ」で、執拗(しつよう)な安倍批判を展開した。しかし、ワイドショーを妄信する人々を除いて、大多数の国民がそれらの非難に扇動されることはなかった。一方、今回は多くの日本人が、一部メディアの口車に乗せられているかのように見える。

だが、もう一度、考えてみよう。

安全保障法制(平和安全法制)を整備しようとした安倍内閣が徹底的にたたかれたときのことだ。「戦争法」「徴兵制がやってくる」「戦争に巻き込まれる」…。いずれも事実に基づかない言われなき中傷だった。

この時も、多くの国民が一部メディアに煽られていた。シールズと称する若者たちが注目され、安倍批判一色のように見えた。だが、安倍政権を支持し続けた人々がいたことを閑却(かんきゃく=なおざりにすること)すべきではない。彼らこそが自民党の岩盤支持層に他ならなかった。

自民党の政治家にとって重要なのは、自民党の岩盤支持層に見放されないことだ。彼らの声にこそ、耳を傾けるべきなのだ。自民党の岩盤支持層とは、決して過激な右翼や軍国主義者ではない。

安倍氏の「国葬」の日、献花に訪れた多くの人々が存在した。都心に数キロにもわたる追悼の列ができた。彼らは「死人に口なし」とばかりの、異常な安倍批判に静かな怒りを感じていた人々であろう。

民主主義の根幹である選挙の最中に、テロリストの凶弾に倒れた名宰相を見送りたいと願っていた市井の人々だ。彼らこそ、まさに自民党の岩盤支持層だろう。

国葬実施は岸田首相の英断だった。「聞く力を発揮して国葬を取りやめよ」と主張する一部メディアに対して、毅然(きぜん)とした態度を示した。さまざまな批判があろうが、良識ある国民は国葬を支持していた。彼らの声に耳を傾けたのが今回の決断であろう。

政治において「聞く力」が不要であると主張するつもりはない。だが、より重要なのは「決断する力」である。岸田政権が決断すべきは「安倍路線の継承、堅持」の一言に尽きる。

香港や新疆ウイグル自治区での人権弾圧が指摘され、軍事的覇権拡大を続ける中国といかに対峙(たいじ)するか。これが日本の将来を決定する。国内の些末な問題に拘泥し、大局を見誤ることがあってはならない。

■岩田温(いわた・あつし) 1983年、静岡県生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業、同大学院修士課程修了。大和大学准教授などを経て、現在、一般社団法人日本歴史探究会代表理事。専攻は政治哲学。著書・共著に『偽善者の見破り方 リベラル・メディアの「おかしな議論」を斬る』(イースト・プレス)、『エコファシズム 脱炭素・脱原発・再エネ推進という病』(扶桑社)、『政治学者、ユーチューバーになる』(ワック)など。ユーチューブで「岩田温チャンネル」を配信中。

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  松本市 久保田 康文 

夕刊フジ令和4年10月18日号採録

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国慶節連休に九寨溝観光初日
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 「宮崎正弘の国際情勢解題」 
    令和四年(2022)10月13日(木曜日)弐
         通巻第7490号  
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共産党大会前、ゼロコロナ解禁できず中国国内観光にも
異変  国慶節連休に九寨溝観光初日、たった一人しか観光客がなかった
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 日本は外国人のツアーを解禁し、国内ではクーポンを発行するなどして死に体にあった観光産業の復活を企図している。

 日本の観光業界がもっとも期待する中国人ツアーはまだ実現しない。なにしろ習近平のゼロコロナ政策を党大会までにひっこめるわけにはいかないのだ。
 皇帝がいちど言い出したことをそう簡単には改められないのが中国独裁体制における硬直性である。
 
 さてゼロコロナの影響は中国の国内観光でも如実に出た。
国慶節の連休を利用して四川省の世界遺産「九寨溝」を訪れた観光客がたったの211人だったそうな。例年なら数万が押しかける名勝地である。今年は厳しい新型コロナウイルス感染対策が導入され、閑古鳥が鳴いたのもコロナ対策の徹底ぶりが影響したという。

 なにしろ九寨溝に行くには(1)出発前の5日間で3回、(2)]到着後の3日間で3回のPCR検査を義務付け、それまでは入場券を購入さえできないとういう体勢が取られた。
 このため九寨溝への連休初日の来訪者はたった1人だった。昨年同期の観光客は17万人を超えていた。
連休中、例年なら凄まじい人出があるチベット自治区や新疆ウイグル自治区、雲南省、海南島など観光地でも、観光客が激減した。

 九寨溝はユネスコの世界遺産で、標高3400mから2000mの高地に百を超える棚田風の湖沼が連なる。岷山山脈から流れ出た水が滝を形成し、この作用で、棚田のような独特な湖沼風景が出現するのである。

エメラルド色の水は透明度が高く、日中に青、夕方にオレンジとかの色の変化を楽しめる。またパンダの生息地の一つでもある。

二十年ほど前に筆者も九寨溝へ行った。当時は成都からバスで11時間を要した。2003年に九寨黄龍空港が開港し空港から90分で行けることになったが、気象条件がわるく欠航ばかりとういう。

鉄道では成都から蘭州への成蘭線が建設中。開通すると成都東駅から九寨溝鉄道駅まで2時間に縮小されるが、そのころまで観光客が回復しているだろうか? 

     □☆◎☆み□☆☆□や☆□☆□ざ☆□☆□き    
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  書評 しょひょう BOOKREVIEW 
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イスラエルの起業家、発明家の特質をあらわす七つのキーワード
  生存本能を賭けた、積極的にリスクをとる起業家精神あればこそだが

オスナット・ラウトマン著 新井均訳『イスラエル人のビジネス文化』(ミルトス)
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 建国前夜にイスラエルにいたユダヤ人は四万人を欠けた。
それが2017年には879万人、2020年7月の統計で923万人と、加速度的に人口が増えているのは移民である。このうちの75%がユダヤ人、21%がアラブ人という構成である。
ユダヤ人と一口に言っても原理主義、アシュケナージ、セファルディに分かれ、したがって議会は少数乱立。ミニ政党が八つ野合したのが現在の政権で、次の選挙でネタニヤフ復活を予測する人が多い。
 イスラエルは2035年に人口が1130万人を超える。
世界に散らばったユダヤ人はおよそ1400万人。過半がイスラエルで暮らすのだが、共通語はヘブライ語だとおもっていたら、言語状況は違う。ヘブライ語は語彙が少なく7万語(英悟は100万語)、日常会話、じつは殆どが英悟である。道路標識はヘブライ語、英語、そして地域的にはロシア語。それほどロシアからの移民が多いからだ。ヘブライ語を母国語とするユダヤ人はおそらく百万人だろう。
 評者(宮崎)自身、40年ほど前まで貿易会社を経営していたので、多くのユダヤ人とつきあったし、また米国の知り合いやインタビューをした対象もユダヤ人が結構多く、そのうえイスラエルの外務大臣に或る雑誌の企画でインタビューのためエルサレムへ行ったとき、イスラエル外務省の人たちともつきあい、いずれも個性が突出しているという特徴があった。
 とはいえ、イスラエルが過去の戦争をすべて勝ち抜いてきたのは徴兵制、その軍隊での創造的教育である。
商人の国だったイスラエルは、いまや尚武の精神にあふれ、嘗て武士道の国だった極東のある国は商人になって国防を忘れた。
 直近の話をすれば、ウクライナが喉から手が出るほど欲しいのがイスラエルの「アイアンドーム(防御システム)」である。しかしイスラエルは供与しない。
またイスラエルの暗号解読技術や傍聴機材も各国が垂涎の的である。このようなハイテク製品がなぜ、あのような小さな国から生まれたのか。それは生存本能を賭け、積極的にリスクを取る起業家精神のたまものとも言える。

 本書は欧米人、とくにアメリカ人を相手にイスラエルとビジネスを展開するときのイスラエル人の特質をのべており、一種コンサルティングのテキストでもある。
 まず表題のイスラエル(ISRAELI)だが、てっきりイスラエル人のことと思いきや、二重に表記していて、イスラエルのビジネスマン、起業家、発明家の特質をあらわす七つのキーワードの頭文字をならべたものなのだ。
 すなわち
 I informal(形式張らない)
 S straightforward(単刀直入な)
 R risk taking(リスクをとる)
 A ambitious(野心的な)
 E entrepreneurial(起業家精神に富む)
 L loud(声が大きい)
 I improvisational(即興的な)
  だからISRAELI(イスラエル人)はISRAELIというわけだ。

 もうひとつ本書を読んで参考になったのは日本と対比的な上下関係の認識でこれをパワーディスタンスという。
 長幼の序という儒学の教えは戦前までの日本で常識、上下関係を気にしないなどという規律違反は通用しなかった。いまの日本に長幼の序はあるか?
 世界比較でグラフ化したチャートが本書の61ページにあるが、上下関係を重んじ上役の言うことを素直に聞く世界一はフィリピン、もっとも聞かないのがイスラエル。
 指数であらわすとフィリピンのパワーディスタンスが94.ロシア93、中国は80.
 さて日本はと言えば54、対してイスラエルは13だ!
 国際派ビジネスマン、ウォール街研究家、ユダヤ人に興味の深い読者にお勧め。
   
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  読者の声 どくしゃのこえ READERS‘OPINIONS 読者之声
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(読者の声1)クリミア半島とロシアを繋ぐ橋梁が爆破され、その報復でロシアは百発のミサイルをウクライナに撃ち込みました。これもロシア人特有の復讐ですかね。
 停戦の呼びかけをする一方で、攻撃は止めない。戦争の定石とは言え、この戦争はアフガニスタンのように長引く可能性か濃厚ですね。
  (DD生、岐阜)


(宮崎正弘のコメント)長引かせてロシアをふらふらにして、プーチンの退場まで追い込むのが米国の戦略です。
ところが、すでに米国は援助疲れ、世論が換われば、戦争介入をいつまで続けられるか、中間選挙で回答がでるように思えます。

(読者の声2)ウクライナのプロパガンダは相変わらず、「ロシアのミサイルで負傷したウクライナ市民」のメイキング動画があります。

ttps://twitter.com/nanyfrail02/status/1579940926461382656?s=46&t=AfLJq9NL1qyFt12ES0m-cw

 英米の特定の政治的問題に関してはロンドンもワシントンもエルサレムもデリーも東京も同じ論調となる。


 クリミアのケルチ橋爆破事件はトラックに積んだプラスチック爆弾説やら橋脚に仕掛けた爆弾説やらあるが、トラックの移動経路はブルガリアからクリミアまで明らかになっている。プーチンの誕生日プレゼントで爆破と記念切手発行だから英米ウクライナによるものなのだろう。

 今回のケルチ橋爆破の報復でロシアは数十発のミサイル攻撃。ウクライナ西部を攻撃したミサイルはモルドバ上空を通過したというから黒海から発射されたもの。キエフの映像ではかなり限定的な攻撃にみえる。500キロ爆弾ならビル一つ崩壊させられるが、今回のミサイル攻撃は警告なのかもしれない。

 ウクライナ各地の発電所・変電所攻撃でウクライナは停電が相次ぎ、ウクライナの貴重な外貨獲得手段だった電力輸出もストップ。ウクライナ西部ではポーランドから電力を融通してもらうありさま。

 9月末からのウクライナ大攻勢、精鋭部隊をつぎ込んで奪回したのは数千平方キロで人口わずか数万人の人口希薄な平原地帯。ある人は第二次世界大戦のバルジ大作戦といい、多くの識者は「ピュロスの勝利
(Pyrrhic victory)」
とよぶ。紀元前3世紀のギリシャと新興国ローマとの戦いで、損害が過大な「割りに合わない勝利」という慣用句にまでなっている。
 アメリカは石油の戦略備蓄を取り崩してガソリン価格を下げようとしているが、石油会社は石油もガスも高く売れる欧州に輸出しボロ儲け。OPEC+はアメリカの石油増産の要望に減産で応え、UAEは今年第三四半期のヴィラやアパートメントは22〜26%の値上がりと富裕層の逃避先となっている。
 ドイツは遅ればせながら2000億ユーロのエネルギー対策、フランスは1000億ユーロのインフレ対策だという。
 欧州はかつてソ連のゴルバチョフと「欧州共通の家」構想を提唱した。欧州とロシア、恐露病の欧州とナポレオン・ヒトラーの記憶が残るロシア。ソ連崩壊と東西ドイツ統合ではNATOを東に拡大しないと約束したが、欧米もロシアも都合の悪い約束は破るもの。たちまちポーランドからバルト三国までNATO勢力圏となった。ごく最近ドイツは国防大臣がリトアニアでNATO軍の駐留部隊増を発表した。こうやって第三次世界大戦の種がまかれていくのかもしれない。(PB生、千葉)

  ♪
(読者の声3)「目からウロコ」という表現が盛んに使われるが、鱗とは「視力、知力を増加させる」透明なコンタクトレンズでは無く、赤くドス黒く濁った「真実を隠蔽する」大規模な組織的な仕組みである。
つまり賎脳工作の一部。近世になって科学、技術の分野では、最近まで、ウロコは排除された故に飛躍的に進歩した。しかし近年になって、「温暖化、脱炭素、武漢菌」などで、科学者、医学者、報道陣が世界同時に自ら堅牢なウロコを目ばかりか、耳、口にも装着している。(いまだに日本人全員がマスクを着けているが、それは、口、鼻ばかりか、実際には目、耳、脳までも覆っていると理解するのが正しいと思ふ。イスラム原理諸国の女が全身を黒のマスクで隠してるのに近い。)
鱗よって濾過・捏造された「事実」を元にした「間違った解決方法」は巨大な被害を生み出しているが、同様なウロコが「経済、金融、貨幣」の分野でも存在し、よって膨大な無駄、不公平、不幸、停滞、が作られている、と経済学者Richard
Werner
、リチャード・ワーナー氏は過去30年間、啓蒙されている。以前にこの欄で紹介したが、氏は日本のバブルを東京で体験し政府、日銀などに提言したが、日本の指導者のウロコは取れず、以後10、20年が失われ、30年を超える。
  
興味深い点は、経済・金融学は高等数学などの数式を使い科学的な印象を与えるが、他の人文系の学問と同様に、事実、実証性、客観性を軽んじ、各学派は机上の空論・仮説・宗教を展開しているだけだ、という。
氏は経済学者として、初めて現実の銀行で、如何に「通貨が誕生する」かを実験で確かめ、既存の定説が嘘だった、と証明した。個人が、民間企業の社長が、変な宗教の教えに従い繁栄したり破産したり、は勝手だが、国家、日銀、財務省などがあやふやな経済学を信じて定期的に不可避的に「人体実験の被害」を国民に押し付ける。
恐ろしい事に、30年前日本政府の実験をバカにしていた西欧が、近年、特に武漢菌対応などを理由に、真似をする様になった。一蓮托生の運命が近づいてきた、らしい。論理・科学を否定すると、人類は忽ちに中世暗黒時代に戻る。
https://www.youtube.com/watch?v=llb58LePo1I
 英語動画、20分。
「ノーベル物理学賞」「ノーベル化学賞」などと比較すると、「ノーベル経済学賞」は、極めて政治的なノーベル文学賞・平和賞などに含まれるべきであり、ノーベル
財団はこの賞を単に「経済学賞」とのみ認識している。1974年に受賞したフリードリヒ・ハイエク氏は、経済学賞の設立には「断固反対しただろう」と述べ「ノーベル賞は個人に大きな権威を与えるが、これは経済学者には不適当だ。これが自然科学なら問題ない。なぜなら影響力が及ぶ範囲は同分野の専門家たちなので、もしそれが過大ならすぐ実力相応に改まるからだ。ところが、経済学者は政治家やジャーナリスト、官僚、公衆全般と言った非専門家に大きな影響を及ぼす」と。
幸いにも、日本人はまだとっていないが、今回米国FRBのバーナンキ氏が受賞したので、次は日銀文学の著者・黒田氏などが候補になる、かも。
 優秀な成績でトルコから国費留学をされそのまま居座ったエミン・ユルマズ氏が「年末に向けての世界経済と株式市場を予想」を語っておられる。
かなり楽観的だと思うが、統計資料の使い方などの参考になる。正直な現実の解析と恐ろしい予測では、視聴者がソッポを向いてしまうのかも知れない。五感を遮るウロコとは「観たく無い、聴きたくない、知りたくない」という防御装置であるらしいが、日本の医師が末期患者に与える不誠実な「親切」にも通じる。
https://www.youtube.com/watch?v=tZ8l-GAlRT4
 日本語50分。
  (在米のKM生)
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重 要 情 報
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◎何故、我が国の大学では英語での論文の発表が少ないのか:前田正晶

この問題にズバリと明快に答えられる方はそう多くないと思っている。それは「native
speakerの学者(査読者でも良いか)に評価して貰え、合格点を取れる英語の文章を書くのは、我が国の学校教育で英語を学んだ方にとっては至難の業になっているから」なのである。

先ず、その難しさの手っ取り早い例を挙げてみよう。私が昭和26年(1951年)に上智大学に入学して、教授である何人かの神父様に「試験の答案は何語で書いても宜しい」と言われた。ところが、サッカー部の上級生に「絶対に英語で書いてはいけない。日本語で漢字を沢山使って書きなさい」と教えられた。英語の答案がダメな理由は「ドイツ人等々の外国人の神父様たちは英語に文法的誤りや言葉の誤用があれば直ちに減点するから」だった。

では、何故日本語の答案が良いのかと言えば「神父様たちの日本語の能力は君等の想像以上に高いが、事が漢字となると流石に十分な語彙がないので、減点することがなく通ってしまうから」であるそうだった。この英語の答案で失敗をした同級生はかなりの数いたのだった。ここでの教訓は「母国語ではない言語では、幾ら勉強してもnative
speakerか、それに準ずる人たちには通用しないので、十分に注意すること」だった。

この正反対(「真逆」?)を考えて見れば解ることで、如何に日本語で会話が達者な外国人でも、厳格に審査する査読者から合格点を貰えるほどの人が少ないだろうということ。「外国語での読み書きがnative
speakerに劣らない水準に達している人がどれほどいるか」だとご理解願いたい。ウエアーハウザーに在職中の私は周囲に大学院のマスターが何人もいたので、解らないときは「聞くは一時の恥」で、幾らでも質問ができたし、誤りがあれば指摘して貰えるという好条件があった。

英語を母国語している人たちの中にいれば解ることは「日本語とは根本的に発想が違う英語では『そういう表現の仕方があったのか』と嘆息させられる慣用句や口語体があるし、ビジネスの世界で使う公用語の語法等があるので、我が国の学校教育で習い覚えた英語などは通用しないし、ましてやTOEICで高得点だったという程度では追い付かないのだろうと、経験上も認識している。

その難しさは、既に何度か述べたことで、アメリカのその学界の最高権威である学術誌に、某大学のST教授が権威者である教授に勧められて無記名で国籍も知らされない形で投稿された論文は、3人の査読者に「内容は合格だが、話法の時制の一致と定冠詞と不定冠詞の使い方に誤りがあるので訂正の上再提出を」との条件付きで返ってきた事が雄弁に物語っている。多少お手伝いをした私は承知していたとでも、その厳格さに他人である私でさえ震え上がる思いだった。

尤も、私が周囲にいる知識階級の者たちに訊いても「定冠詞と不定冠詞を誤りなく使うのは至難の業」と聞かされていたし、高校の頃には「文法の神」と偽称していた私だが、アメリカ人たちに「英語で何が面倒か」と尋ねられて「時制の一致」と躊躇なく答えたものだった。だが、その裏には「彼らに通じるような正確な言葉遣いができているかどうかは常に不安で、何か突拍子もない珍妙な言葉で表現してしまってはいないか」と何時も不安だった。

上記のような厳格さは、我が国の学界にも企業社会にもあることだと思う。だが、事は英語で母国語の人たちに評価されるような論文を書くことは、かなり難しいことではないのだろうか。私には仮令重荷であっても、英語の論文を数多く発表する必要があるか否かは解らない。と同時に言えることは、UKの“Times
Higher
Education”のランキングに一喜一憂する必要はないと考えている。あれは白人の世界における彼らのための評価なのだから。極論だが、だからOxfordが最上位に来ているのだ。

とは言って見たが、矢張り英語を母国語にしている人たちの世界にも通用するような英語力を養う必要はあるだろう。その大目的の為には、現在の我が国の英語教育では到底そこまでの水準には容易に到達しないだろう。改善の必要がある。但し、万人がそういう高度な次元の英語力を養う必要はないと断言する。
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