2007年08月03日

◆福田康夫最大の誤謬


                       渡部亮次郎

ポスト安倍の有力候補者に上げられながら福田康夫は逃げ回っている。追い回しているのは自民党内媚中派と、おそらく公明党も秋波を送りたいところだ。

媚中派は津島派や山崎派に逸れ(はぐれ)鴉・加藤紘一である。彼らはなんとしても中国共産党政府公認の政府を築きたくてたまらないのだ。引き換えに何らかの利権をもらえると誤解しているようである。

中でも津島派は日中国交回復を成した田中角栄首相を源流とする派閥という事を意識してか媚中がスタンスだ。その点から、公明党も国交回復の政党との自負から媚中を否定しない。

加藤は元外務省で「チャイナスクール」だったから、当然の媚中派である。しかし、政局のたびにチョンボを繰り返すものだから今や手下1人も居ないはぐれ鴉。とあっては、悔しいが誰かを担ぐ以外にない。

山崎拓や二階俊博の媚中派の理由は知らない。しかし、靖国をのけてでも中国共産党のペットであろうとする。そういう奴を中国人は陰で嘲っている事を知らないように。

彼らが福田康夫を担ごうとするのは、康夫がなぜか中国共産党に理解を示すからだ。康夫が秘書官を勤めた父福田赳夫首相が在任中に日中平和友好条約を締結した事も若干、関係しているらしい。

日中平和友好条約こそは田中・周恩来による共同声明で出来た日中関係の仮橋を「鉄の橋」にしたものと福田首相が表現したとおりに、
中国の今日の繁栄を支える最大のものであった事は確かである。

しかしあの条約の締結に福田首相は内心、反対だった事を、一番知っているのは康夫であり、中国側である。当時、日本側で、度々総理や安倍晋太郎官房長官、森喜朗官房副長官、岸信介元首相らに足を引っ張られ、泣く思いをしていたのが外相園田直だったことを秘書官の私は忘れない。


敗戦国日本が、戦勝国中国に対して莫大な経済援助を与えた根拠が日中平和友好条約である。あれが基になって経済の改革・開放があり、今日の資本主義的共産中国が存在している。

国交正常化するとき、日本から戦時賠償金は「取るな」と指示したのは元国家主席毛沢東だったはずだ。

しかし、毛が経済の改革・開放を企図しているはずは無かったから、「取るな」は毛独特の「美学」。賠償の代わりに政府開発援助(ODA)を永年に亘って搾り取ろうとする狙いは無かったはず。

毛に睨まれてばかりいたトウ(ケ)小平が毛の死後、日本搾取を工作し、尖閣列島奪取工作を命じたものである。「尖閣は後世に委ねよう」と園田外相をまんまと騙して。

江沢民、胡錦濤はトウ路線を忠実に辿りながら、手を変え、圧力に強弱をつけながら、究極は日本属国化を企てている事は間違いない。

既に南北朝鮮は旧に復して属国化する寸前である。韓国が外交方針を急転回しなければ、北と統一した時が属国化の第1歩であろう。既に北が事実上、属国化しているからである。

中国の歴史は隣国併呑の繰り返しである。新疆ウイグル及びチベットの現状を直視するなら、極めて明らかである。台湾が中国の領土だった事は1度も無い。

それなのに中国は台湾併呑の野心を滾らせ、日本に対しては尖閣列島の次は沖縄を狙って併呑工作を展開してくるはずである。

「日中友好」とは元々中国が言い出した言葉である。1972年、昭和47年9月、首相田中角栄、外相大平正芳、官房長官二階堂進が日中国交回復のため初訪中した際に周恩来総理が初めて用いた言葉だった。

しかし、日中友好がその後の日本に与えたものが何かあるか。密入国、不法滞在による中国人犯罪の山だけでは無いか。尖閣列島からのガス盗掘だけでは無いか。

そうした中国共産党の底知れぬ野心を知れば、軽々に日中友好の発展などと媚中政権を企図する事はできない。実に売国奴に陥ることだと知るべきである。靖国神社に代わるものを造営する事は売国に繋がる事を知るべきである。

福田康夫は売国奴の手に乗ったら過去の栄光はすべて輝きを失う。それを判らぬ康夫じゃないから口車には乗らない筈だ。文中敬称略 2007・08・02

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