2007年08月05日

◆巴里だより “カフェと鏡“

 
  岩本宏紀(在仏)

巴里のカフェは、歩道にも椅子が並べてある。天気のよい日はこの席から埋まっていく。ところがすべての椅子が歩道を向いている。二人だと向かいあうのではなくて、映画館のように隣りあわせに座ることになる。そして道行くひとを眺める。

「着こなしがうまいなぁ」「あのスカーフの色、季節を先取りしてるぞ」「このおじいさん、かなりの年なのに背筋がぴんと伸びてるじゃないか」「逆光の髪がきれだなぁ」「おいおい、どうしとこの男とこんなに素敵な女が腕を組んでるの?」といった調子で退屈しない。ぼく以上に巴里のひとは、ひとの恰好を観察している。

間口は小さいのに、中に入ると意外に広いと感じるカフェが巴里には多い。「あれ、ぼくによく似た服のアジア人が座っているじゃないか」と、思うと自分が鏡に写っていたということが何回かある。鏡をうまく使っているのだ。

広く見せるだけではなく、おしゃれのチェックという効果も大きい。女性が鏡やショーウィンドウの前で立ち止まり、髪の乱れを直したり、衿元を整えたりする場面をよく見かける。


巴里は西ヨーロッパ、アメリカ、日本のなかで「最も鏡の多い街」だと思う。エレベーターはもちろん、地下鉄の車両にも貼り付けてあり、乗り込んできた女性はそれをちらっと見て、みだしなみを整えている。

三年前池袋メトロポリタンホテルのエレベーターの中で従業員さんに「ここに鏡があるとネクタイのチェックができたりして便利だと思いませんか?」と言うと、「はあ?そうですねぇ」と怪訝な顔をされたことをふと思い出した。

一般に自宅の鏡では自分しか写さない。街の中にある鏡のおもしろいところは、ひとの群れの中にいる自分が、どんな風かがわかることだ。カフェでほかの客のなかにいる自分の姿を鏡のなかに発見すると、ぎょっとすることが多い。

200年以上昔、ベルサイユ宮殿の鏡の間では、着飾った貴族たちが美を競い合っていたのだろう。片側の壁がすべて鏡になっている細長いこの大広間は、ひとと比較して自分のおしゃれをチェックする最高の環境だったに違いない。

おしゃれのセンスは、ひとの中にいる自分の姿をながめることで、より一層磨かれるのではないだろうか。巴里に住んでそう思うようになった。(完)
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