岩本宏紀(在仏)
ぼくのふるさと、広島県西部には珍しい灯籠がある。竹の先を六つに割って広げ、紙を張って漏斗(じょうご)のようにしたものだ。中に蝋燭を立てる。おふくろによると浄土真宗安芸門徒特有らしく、同じ広島県でも東部では見ない。
盆のわずか数日間だけ墓の前に供え、終わると捨てる。通常は赤や青など派手な色だが、初盆には白い灯籠を供える。おやじが死んだ年には、それが我が家の墓地を取り囲んだ。
9年前から盆には必ず帰省するようにしている。そのとき中学時代の友達の墓を訪ねる。彼は大学二年の秋、事故で死んでしまった。
彼の墓の前に立つと、中学三年の夏が蘇る。高校受験を翌年に控えた夏休み。我々二人は彼の勉強部屋で、毎日試験問題集に取り組んだ。数学と理科に弱いぼくは、ずいぶん彼に助けてもらった。逆に英語ではぼくが彼の手助けをした。
もっともぼくにとっては勉強だけではなく、ひょっとしたら憧れの君が勉強部屋から見える道を通るかも知れないという淡い期待もあった。ともあれ、甲斐あって二人とも希望する高校に合格できた。
小椋佳の歌にこんな詩がある。
「愛するひとの瞳(め)に おれの山河は 美しいかと」
二十歳でこの世を去ったお前。細かったお前が、山登りを始めて見違えるほど逞しい身体になっていたな。工学部専門課程の勉強もまだ始まったばかり。さぞかし無念であったろう。
一年に一度お前と向かい合い、美しい山を築けたろうか、翳りない河を拓けたろうかと振り返る。そして怠惰な自分を叱る。 (完)
2007年09月15日
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