2007年09月23日
◆京大病院への警鐘
毛馬 一三
9月18日発売の「新潮45」の小特集「心臓血管外科医辞任へ・どこへ行く京大病院」(同誌120ページ〜127ページ)を読んで驚愕した。信じきっていた国公立のブランド病院の心臓外科現場で、そのような空恐ろしい実態があったことを初めて知ったからに他ならない。
執筆者は、同期の記者OBで、本欄常連寄稿者の石岡荘十氏である。自ら心臓外科手術を受け、彼岸の際まで彷徨った挙句、辛くも生還した経験の持ち主。以来著書「心臓手術〜私の生還記〜文芸春秋刊」を出版するなど、心臓手術に関するさまざまな所見を医学界・患者会に投げ掛けているジャーナリストである。
同氏は、この特集記事で、脳死肺移植で患者が死亡した手術をきっかけにおきた、京都大学病院の米田正始心臓血管外科前教授(9月15日退任)と同京大病院の間で起きたごたごたをとりあげている。
しかし本当の狙いは、そのごたごたのことではなく、そこに到ったいきさつと舞台裏が、これからの患者にとって重大な問題を孕んでいることに警鐘を鳴らしたのだと思う。
本来インタビュー記事であれば、取材する同氏が聞き取った米田前教授との一問一答のみを書くのが常道だが、ここでは「前・中・後」の3部構成の異色な手法を駆使している。すなわち前節の1部と後節の3部とに「事件の経緯とこれに対する持論」を展開し、それを挟んだ2部の中節に、「米田前教授とのインタビュー」を据えている。
この手法だと、2部のインタビューの内容を前後の論者の主張で補強し、インタビューでの主張内容の合理性・正当性を証明する高度な方法だからだ。
特集によると事のはじまりは、<昨年(’06年)3月、京大病院で行なわれた脳死肺移植手術を受けた30歳の女性患者が死亡したのをきっかけに、手術の助っ人だった心臓血管外科の米田正始教授(52)だけに、病院当局が突然「手術停止」を宣告、事実上メスを取り上げたことからだった。呼吸器外科、麻酔科に対しては“お咎めなし”だった。
米田教授に対する手術停止の理由のひとつとして病院の執行部は、「安全上の問題」を挙げているが、手術実績を検証したところ、取り立てて米田教授だけを問題とする理由は見当たらない。
このため、米田元教授は「手術できる地位を侵害され、外科医としての信用が低下する」などとして診療科長の地位確認を求め、3月6日京大病院を相手取り京都地裁に仮処分を申請した>という。これが前節1部の経過記述である。
目を剥くのは、下記に綴る米田教授(当時)との間で交わされた一問一答である。その一部を以下取り上げる。
<・京大では、(心臓手術をする場合)マニュアルの確認やカンファレンスで安全・安心を確保するやり方(省略)をとっているが、「(心臓外科医に)熟練度が必要という考え方(の重視)に欠ける。
・(それが京大病院に欠けるのは)病院の指導者が、外科医の苦労や悔しい思いを知らない。勤務時間が一番多いという外科の現場をしらないからである。
・ 病院執行部の考えは、マニュアルを守れ、「重症で危なそうな患者には手を付けない方がいい」という。(しかし)外科医の熟練度が高まれば、ミスもトラブルも減っていく筈。(これは今や)世界の常識だ。
・マニュアルは守った、だが患者は死んだというより、マニュアルを少し着崩しても患者を助けたという方が良い場合もある。
・(民間病院では出来ないケースを引き受けるのが)プロの医者の常識だが、もう京大の心臓外科は消滅状態だ。
・9年間、京大病院を世界に誇れる高度で理想的な病院にしようと頑張って来たが、ダメだった。今後は京大の外に出て、患者を救うことにする。「さらば京大」です。>等々である。熾烈な主張は書き切れない。
これを受けて石岡氏は、後節でこう締め括っている。<今回のごたごたは、実は「世界の常識」と「日本の常識」の間の摩擦が発する不協和音であったといえるだろう。
日本で中心的な医療機関のひとつとして信頼され、それに応えてきた大学病院がここへきて、自ら招いた病魔に襲われ、のたうち回っているように見える。異常なことだ。京大病院はどこへいくのだろうか。
専門医と称される心臓外科医は、症例数は「年間200例でまあまあ」(米田元教授)といわれるものだが、実態は年間わずか50例の手術経験があれば、心臓血管外科専門医認定試験を受けられる。“もどき心臓専門外科医”というのが現状。確かな実力もないのに臆面もなくメスを握っている>。
患者は一体何を拠りどころに、命を預けられるどの病院と心臓外科医を選んだらいいのだろうか。是非発売中の「新潮45」の小特集「心臓血管外科医辞任へ・どこへ行く京大病院」に目を通して頂き、石岡氏の警鐘に耳を傾けて頂きたい。
(了)2007.09.20
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